ジェット旅客機に関する貴重情報メモ

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図. A380、A350、A320は、これぐらい大きさが異なる。

<目次>-----------

1 ボーイング747>

2 〇ボーイング767>

3 ボーイング777>

3.1 〇ボーイング787>

3.2 〇エアバスA350XWB>

4 〇コンコルド>

5 DC-8>

6 DC-9>

7 〇エアバスA380>

8 エアバスA320&フライ・バイ・ワイヤ飛行方式>

9 〇YS-11 (ワイエス・イチイチ)>

10 ボーイング707>

11 ボーイング727>

11.1 〇ホーカーシドレー・トライデント>

11.2 〇C-5 ギャラクシー

12 JAL(日本航空)>

13 ANA(全日空)>

14 〇旅客機サイズの需要>

15 〇航空用語の由来>

16 タイヤ>

17 機内食、パイロットの食事>

18 エアライン・パイロット>

19 客室乗務員>

20 国際線路線の特徴>

21 ジェットエンジン関係>

22 飛行機の安全性>

23 ヒコーキ雲、雲関係>

24 飛行している飛行機の数、旅客機メーカー>

25 ハイジャックの由来、迷惑行為>

26 旅客機の価格>

27 ステップ・アップ・クライム、最適巡行高度、オゾン層>

27.1 〇高度(フィート,QNHセッティング、QNEセッティング)、速度(ノット)、距離(マイル)>

28 1964年の国際線の運賃>

29 航空会社の名前>

30 スチュワーデスのはじまり>

31 旅客機の整備士>

32 自動操縦(オートパイロット)>

33 急減圧&ゆっくりとした減圧>

34 離陸速度、ジェット機の特性>

35 非常脱出時のパイロットの役割>

36 パイロット等の帽子、制服>

37 パイロットのトイレの行き方>

38 サイレント・サーティ・セカンド>

39 空港での天気観測>

40 航空ファン>

41 旅客機の巡航時の迎え角度>

42  〇大型旅客機の飛行経路関係(どこをどんな風に飛行しているのか, STAR, SID, RNAV,フライトプラン、AISJapan(国交省、SID,STAR参照サイト)>

43 〇航法、航法設備(VOR, RNAV, ウェイポイント)>

44 〇航空管制の世界、ゴーアラウンド>

45 〇飛行機の重心、翼の温度>

46 〇場所によっては太陽は西から登るように見える>

47 〇空港に台風が接近したら>

48 旅客機の進化はヨーロッパから>

49 航空機は空気の密度(大気圧、気温、標高)の影響を大きく受ける>

50 偏西風とジェット気流>

51 〇航空無線上の文字の通信方法>

52 飛行機とジェット・エンジン開発の歴史年表>

53 空港関係>

54 航空図「ジェプセン・チャート Jeppesen Chart」>

55 国内線の旅客機は最大で一日に9回飛行している。>

56 〇天気が良い場合の飛行高度と見える範囲の関係>

57 おすすめの本、資料>

58 航空灯

59 〇水平飛行

60 〇着陸時のリバース、地上スポイラー、ブレーキの役割分担

61 〇滑走路番号

62 〇炭素繊維

63 〇プロペラ機とジェット機の需要

64 〇ライト兄弟

65 〇Top of Decend (TOD)

xx 〇その他、未整理情報の倉庫

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1○ボーイング747 "ジャンボ”>

 1969年初飛行(54年前)。1970年日本航空が導入。747は、元来は米軍の巨大輸送機計画(CX-HLS計画、この計画によってロッキードC-5ギャラクシーが誕生)に設計した案が、ロッキード社案に敗れたために、その研究成果を活用して大型旅客機として設計された。よって、当初から現在の747の形をしていたわけではなく、CX-HLS計画では、C-5ギャラクシーのような高翼型輸送機だった。

 ボディ幅は8フィート(約2.4m)四方の貨物コンテナを二列に並べることを基準に設計された。

 機首部分はボディ幅が大きすぎてコクピットのサイズ(人間が手の届く範囲)には不適だった&CX-HLS計画では、機首を開けて長い搭載物を載せる仕様だったので、コクピットを2階に置くことにした。このコクピットは普通のビルなら3階に相応する高さである。よって、最初から2階建てを目的に設計されたわけではなく、その証拠に、初期の747(747-100型)の2階部分は、ファーストクラス用ラウンジとして使用され、窓が両方で6個しかない。当時、国際線の主流はDC-8かB707で航空運賃も高く、そこに3倍の容量を持つ500人乗りの747が登場すると、需要が見込めないため初期、航空会社は購入をためらっていた。

 ”ジャンボ”という言葉は、元々はアフリカのスワヒリ語で「こんにちは」という意味で巨大という意味はないが、1880年台にアメリカのサーカス師、P.T.バーナムがイギリスから購入した巨大なオスのアフリカ象の名前がジャンボで、これから「ジャンボ=巨大な」という意味が英語に加わった。747の登場時に、英国、米国、又は日本?の記者が「ジャンボなジェット機」と呼び出して、ジャンボジェットという名前が定着した。当時、「ジャンボ」という言葉は、鈍重なイメージがあり、747は能力的にはゼロ戦以上(翼面荷重でいうとゼロ戦の6倍の能力)の運動性能があるので、ボーイング社は「ジャンボ」という名称を嫌っていた。その後、巨大な飛行機という意味で、日本の航空会社がDC-10なども「ジャンボジェット」という愛称を付けたこともあるが普及せず、747のみの愛称となった。現代では、エアバスA380など747と同等サイズの旅客機もあるが、A380をジャンボジェットとは呼ばない。

 ジャンボ1機に必要な塗料は約1トン強で乾燥重量でも400kgある。747にはドラム缶にして1000本以上の燃料が入り、後期機種では尾翼内にも燃料タンクがある。747は空中に1分間浮いているだけで100リットルの燃料を消費し、燃料が1リットル73円とすると1分間に7300円の燃料を消費している。一時間では10t弱の燃料を消費するので12時間飛行するためには120t程度、代替飛行場までの燃料、予備を含めると150t程度の燃料を積んでいた。

 この大型旅客機の登場で大量高速輸送が可能になり、航空運賃が安くなり、空港ターミナルも拡大され、空港アクセスも便利になるなど、空の旅が身近になった。小型旅客機は、現在でもバス2、3台で飛行機のそばまで輸送されることもあるが、ジャンボのように300-500人を輸送するにはバスが10台も必要になるので、空港ロビーから直接乗り込み可能な方式(ボーディングブリッジ)が普及した。

 747の翼は飛行中に、わざとたわむように設計されており、このたわみによって乱気流の影響を胴体に伝えないようになっており、巨大な重量もあいまって飛行中の揺れが少ない旅客機だった。747の主翼は、高速輸送時代に設計されたので後退翼の角度が大きく巡航速度が大きいものであるが、近年のジェット旅客機は経済性重視でマッハ0.8ぐらいの亜音速で運行されており、マッハ数が0.02遅いだけ(飛行時間3時間で5分遅くなるだけ)でも燃費はかなり向上する。主翼は燃料満載時は約1.5m下方にしなっており、飛行中、翼端で3-4mしなっても問題なく、仮に翼端が7mしなった時点(飛行中にここまでしなる事はない)で破壊する程度の柔軟性がある。

 ジャンボの胴体外板の厚みは最小で厚さ1.6mmで、内側に厚さ15cmの防音断熱材を貼り、内張パネルで覆っている。高空で飛行中は外気が0.2気圧である中、機内は0.8気圧に与圧されているが、この状態でも外板の破壊強度の4分の1以下となっており、安全が保たれている。747のエンジンは火災の時には、翼を破壊しないように機体と接続している接続ピンが溶融してエンジンポッド自体が脱落する設計になっている。

 また、機体自体は、毎日3回休まず54年間飛行して初めて金属疲労が起こる程度の精度で設計されている。ジャンボの場合、世界中のジャンボ100機を1グループとして各飛行時間が1-2万時間に達する間にサンプルチェックを行い、その結果をボーイング社で集めて、問題があれば航空会社に通告される形式だった。日本の国内線では最近は食事は出さないが、長距離の国際線では一人当たり1.5-2食分の食事と飲み物類を搭載しており、500人乗りだと、食事2回分として1回のフライトで1000食の食事を搭載し、これらの重量で約6tにもなる。ジャンボの就航していた空港が広く、ジャンボ自体が巨大ということもあってタキシングスピードは遅く見えるが、実際には、タキシングで滑走路に向かう時は時速70km出ており、この速度で急ハンドルすると、最前列や最後尾の乗客は大きな旋回Gを受けて乗り心地が悪かったそう。

 航空業界ではBoeing 747はB4やジャンボと、737はB3、777はB7又はトリプル7と略して呼んでいる。また、Boeing747-200型などは、B742と表現されることもある。また、マニアは機体の登録番号(例えばJA8119)で区別している場合もあり、あたかも人のように、「あの機は、昔はJALで飛んでいて、今はユナイテッドに移籍した」と楽しんでいるファンもいる。

 大型旅客機は、重量が大きいので慣性力が大きくて揺れにくいが、飛行中はパイロットが操縦桿を倒しても、旋回を開始するまでには数百メートル直進するので、旅客機同士のニアミスで100mまで近づいた時には、すでに遅いという状態らしい。長年、ジャンボ機長を務めた人の証言によると、ジャンボは重量があるので惰性がついて何事もワンテンポ遅れるが、慣れてしまえば揺れずに安定して飛行し、操縦しやすかった飛行機であり、巨大なために狭い空港での地上走行が一番難しかったそう。

 最新の747は747-8という名称となっているが、8はBoeing787の技術を使用しているという意味でつけられている。

 世界初の双通路機(機内に通路が2つあるということ)である747は、1967年に製造を開始し、1969年2月9日に最初の試験飛行を実施。54年間で100以上の顧客向けに1574機が製造された。747の総飛行時間は1億1800万時間以上、飛行サイクルは約2300万回に及ぶ。ちなみに、旅客機の需要からするとB747は大きすぎて、手ごろサイズのB737とA320シリーズは、合計で年間1200機づつ増加している。


写真>747シリーズ最後に製造されたBoeing747-8Fと人間の大きさ比較


写真>飛行機は鉄の塊と表現されることもあるが、最近の旅客機は実際はジュラルミン、又はカーボンファイバーで出来た風船というのが実態で、旅客機の胴体の外板は、とても薄い(A320後部胴体)


写真>B747のフラップ部分のカットモデル。翼面は約1cm厚のジュラルミン製ハニカム構造であることが分かる。軽量で強度を求めるため、このような複雑な翼形状でもハニカム構造が用いられており、現代でも飛行機は基本、手作りである。


2●ボーイング767>

 767(1981年初飛行)は、座席配置が2列-3列-2列となるよう設計された。これは、旅行客は2人連れが一番多いとともに、この席配列では、85%の人が窓側か通路側に座れるので、席に挟まれる中間席の割合が少なく、快適性が高くなるためである。また搭乗率が85%以上になるのは、年始年末など特別な時であるので、通路側か、窓側に座れる可能性が高い。また767は搭乗時のドアが、オープン時に上部に格納される特別仕様であるが、このドア開閉方式は、その後のボーイング機のスタンダードにはならなかった。乗客用ドアが機内上部に格納されるメカニズム自体は1970年初飛行のDC-10で実用化されている。


写真>真正面から見るとボーイング767と777はそっくりであるが、767は猫のヒゲのような位置にピトー管が設置されているのが見分けポイント。

3ボーイング777>

 777は、元来はボーイング767Xという名前で企画され、767の胴体を延長し、主翼が大型化される予定であった。しかし、767はセミ・ワイドボディといわれるぐらい胴体直径が中途半端で、LD-3コンテナが一列しか入らなかったので、航空会社受けが悪く、まったく新しいジェット機として設計された。777は、一昔前のプロペラ機(YS-11)より静かであり、ジェット・エンジン2つで4発のB747並の乗客を運ぶことができるので経済的であり、ジェットエンジンの大幅な信頼性向上にともない、双発機でも安心して海上を長時間飛行が可能であり、世界中の都市間を直接、運航出来るようになったので、結果としてB747を駆逐することになった。


写真>Boeing777と737の大きさ比較(ネットから拝借)。ボーイング777のエンジンが737の胴体直径と同じというのがよく分かる。


 具体的には、太平洋上空で片方のエンジンが停止した場合でも、最大で207分間、安全に飛行することが保証されている。実際の飛行では、トラブルが発生すると、引き返すか、あらかじめ予定してしていた近くの空港に着陸するので、207分も片肺飛行することはない。開発に際しては、「安定して即運航可能、トラブルなし」を目指して、3年間に開発機5機を使用して1000回以上の試験飛行を行った。

 777の機首が先細りのデザインなのは、コクピットが「計器盤に人間の手がすぐに届く範囲」で設計されているからである。

 777に搭載されているエンジンは、吸気する空気の10%しか燃焼に利用しておらず、90%はファンで大量の空気を噴出する(巨大扇風機のようなもの)ことによって強力な推力を得ている。777に用いられているGE90-115Bエンジンは一基30〜40億円するらしい。777は約200億円といわれるので、両エンジンだけで80億円とすると残り部分が120億円。

747はエンジンが4つで、旧式の燃費の悪いエンジンを使用し、パイロットを含めて総勢20名近くのクルーが必要(乗客が1人でもフライト・クルーを減らすわけにはいかない。)なのに対して777は燃費効率の良いエンジンが2発であり、乗客数が多少減っても利益が高まるので747後継機種として777が主流になった。

 777はボルト、リベットなどを含めると約300万個の部品で構成され、ボルト、リベットを除くと約13万2500個の部品から構成されている。ちなみに747は約600万個の部品から構成されていたので、ほぼ同じ大きさの747に比べて部品点数が半減されている。

 777では、ボーイング機として、はじめてフライ・バイ・ワイヤ方式が採用された機種である。ボーイングのフライ・バイ・ワイヤ方式は、操縦限界に近づくと徐々に操縦桿が重くなるような味付けになっているが、最終的には力づくで操作する又はフライトコントロール・スイッチを押す事によって操作できるようになっている。フライ・バイ・ワイヤによって操作系とアクチュエータは完全に分離されているが、パイロットにコンピュータがどういう操作をしているか、視覚的にパイロットに意識させるために、わざと操縦桿やスロットルレバーを同じように動かしている。通常はノーマル・モードというプログラムで各種の操縦保護機能が働いているが、一部故障すると代替モード、コンピュータすべてが故障するとダイレクト・モードのプログラムが動き、ラダー、エルロン、エレベータをパイロットが直接、操作することが可能になる。ノーマル・モードでは、ベテランパイロットが操縦するような細かな調整を自動で行うようになっており、パイロットの疲労軽減と乗り心地の向上に貢献している。

 777-300のように胴体が長くなりすぎると、離陸時に胴体後部をこする可能性が高くなるので、こすりそうな時は、胴体後部にスキッド(そり)が飛び出すメカニズムが装備されていたり、ソフトウェア的にコンピュータが自動的に迎え角度を抑制する機能が装備されている。また、離陸時の向い角度を大きくして離陸距離を短くするために、離陸時にメイン・タイヤ部分が「つま先立ち」するようなアクチュエータが装備されている。現行の777-300ERは座席数が4クラス244席で、ファースト8席、ビジネス49席、プレミアム・エコノミー40席、エコノミー147席。長距離用777で244人乗れても、ファーストクラスの定員は8席であり、お金持ち夫婦が乗るとしても、一便に4組しか乗れない。実際には、老人はお金持ってても足腰の問題で外出できなくなるので、若い金持ちということだろうが。

 コクピットの窓は視界を広くするために大きく設計されるとともに低空では鳥との衝突に耐える強度が必要であり、ガラスとアクリルの五層構造になっており、厚さは合計約45mm、一枚で約75kg。同じ機種でも、機体ごとに微妙にゆがんでいるので、パイロットは気づいた旅客機のクセをログブック(航空機搭載日誌)に記録して、整備士や他のパイロットと情報を共有しているそう。777には速度を計測するピトー管が3本装備されており、1本が故障しても、その他の2本が正しい値(多数決の原理)を示すので、安全性を担保している。ピトー管が2本装備の場合、片方が違う値を示しても、どちらが故障しているか不明のままであるので、3本装備することによって多数決の原理となっている。


3.1●ボーイング787>

 全日空が767後継機を検討した際に、なによりも経済性の高い中型機が必用と考えた。この時代、エアバス社はA380の開発に全力を入れており、中型機の開発に余力はなかった。一方、ボーイングは音速近くで飛行するソニック・クルーザーを計画し、中型機の開発には関心が無かった。しかし、ソニック・クルーザーは航空会社の関心は引かず、全日空の要求に答えた形で2003年に787計画(計画当初は7E7、EはエコノミーのE)を開始した。よって、全日空は「世界で初めて787を発注した航空会社」ではなく、「ボーイングに787を作らせた航空会社」といえる。

 787のうち試験飛行機である1号機から3号機については全日本空輸が受領する予定だったが、量産型に比べて機体重量が増加して本来の性能が得られないことから受領を拒否し、全日本空輸には量産型が納入された。そのため試験機は2015年までに退役し、2015年6月に日本の中部国際空港(セントレア)に、ボーイング社より生産初号機(ZA001号機)が寄贈され、現在、セントレアで展示されている。787は、低燃費で長距離飛行可能なので、世界中の主要都市間を結ぶことが可能になり、747のような大量の乗客を一気に運ぶ需要がなくなり、747や777といった大型機の退役を早めることになった。よって、現在の空港は小型機のB737、A320及び中型機のB787、A350ばかりが並ぶ風景になった。787に装備されているジェットエンジンはとても強力で、いっきに巡行高度まで上昇可能であり、巡行高度は揺れが少ないので快適性の向上に寄与している。787のコクピットは飛行中に他機のジェット音が聞こえるほどに静粛性に優れている。


3.2 〇エアバスA350XWB

 エアバス社は、最初A350という旅客機の開発を計画していたが、受注に苦しみ生産開始できなかったために、再設計し、従来よりも幅広い胴体の構造にして新型飛行機にはA350XWBと命名した。(XWBはeXtra Wide Bodyの略)。飛行性能的にはボーイング787がライバルとされる。

 よって、JAL, ANAが採用した旅客機の正式名称はA350XWBであり、初期のA350と区別するために、正式にはA350とは呼ばないが、最近では、初期のA350自体が忘れられつつあり、A350XWB自体をA350と呼ぶ風潮になっている。ちなみに、コクピット周辺を黒く塗装(エアバス社ではマスクと呼んでいる。)しているのは、窓枠を黒くする事で窓の温度を調整するのが容易になる&現在、B777やB787、A330など似たような大型双発機ばかりなので、遠くからでもA350XWBと分かるように塗装している。この黒い窓枠はこれからのエアバス機のスタンダードになる模様。

 ボーイング787の胴体&機種部分が、ほとんどカーボンファイバー製であるのに対してA350XWBは鳥との衝突、いわゆるバードストライクによる損傷で修理しやすいようにコクピット周りはアルミ合金で製造している。

 一般に旅客機の重量といっても、最大離陸重量や最大着陸重量、最大無燃料重量(燃料なし、客と貨物を満載した重量)、空虚重量(燃料なし、客、貨物なし)などがある。手元の資料によるJALのA350-900は、最大離陸重量は268t、最大着陸重量は205t、最大無燃料重量は192t、空虚重量は116t。最大着陸重量が205tまでなら安全に着陸できるということで、客、貨物満載、燃料ゼロならば192-116=76tで、「客と貨物の最大重量は76t」。205-116=89t.で客、貨物満載で着陸する時に許される燃料は89-76=13t。

客、貨物の積載率が8割として76tx0.8=61t。空虚重量が116t。268-192=76tで、最大76tの燃料が積めて、安全を見越して2割の燃料が残っているならば15.2t。ということで、機体重量116t+客貨物61t+残燃料15t=192t.


4●コンコルド>

 コンコルドの開発が始まった時代は、プロペラ機からジェット機全盛になった時代で、いずれ超音速旅客機が普通になると信じられていた時代であった。それでコンコルドの開発がスタートすると航空会社からの発注が100機以上あったという。1969年に試作機が初飛行したが、直後に大幅な改造が加えられ定期便で就航したのは7年後で、この時代になると、燃料費は高騰し、騒音問題も深刻になっていて大量の燃料を猛烈な爆音とともに燃やすコンコルドが受入れられる時代ではなくなっていた。

 コンコルドはマッハ2で巡行する旅客機として有名であるが、フライ・バイ・ワイヤ技術を世界で初めて採用した旅客機でもある。コンコルドは超音速で巡航するために戦闘機のようなアフター・バーナーを装備していた。

 コンコルドのジェット・エンジン(ロールスロイス&スネクマ社製Olympus 593)の資料によると、アフター・バーナーは通常の約2倍の燃料を消費し、推力が20%増しになっていたそうで、マッハ2まで加速した後は、アフターバーナーなしでマッハ2で巡航可能だった。

 空気の薄い高空ではスピードを出しやすいので普通のジェット旅客機の最高高度である約4万フィートの上空、約5.5ー6万フィート(高度5万フィートでは地球の丸さを実感できるそうだ)を飛行し、当時、この空域はコンコルドの独占状態となっており、混み合っていないのでパリからニューヨークまでほぼ直線で飛行していた。また、高度3万5千フィート以上では宇宙線による被爆が深刻となるので、コンコルドのパイロットは被曝問題の関係で数年ごとに機種転換を行っていた。コンコルドのような大面積のデルタ翼機は、地上付近では大きなグランド・エフェクトが発生するので、着陸速度が比較的早くても極めてスムースに着陸ができていた。コンコルドは累計で試作機を含めて20機製造され、最も数多く超音速飛行した機体は累計で7000回以上、超音速で飛行した。

 現代の多くのジェット戦闘機は超音速飛行が可能であるが、毎回超音速で飛行するわけではないので、「多くの客を乗せて毎日、マッハ2以上で飛行していたコンコルド」は、別次元の乗り物だったかもしれない。

 試作機は、大きめの客室窓で製造されたが、超音速飛行すると、機体と空気との摩擦(正確には大気の断熱圧縮で加熱される。自転車の車輪に空気入れると熱くなるのと同じ現象)で機体外面が加熱されるので、量産機ではコンコルドの客室窓はなるべく小さく設定され、スマートフォン画面よりも小さいぐらいのサイズしかない。コンコルドの詳細はconcordesst.comで詳細に解説されている。試作機では超音速巡行時の風防バイザーの形状が、量産機とまったく異なっている。



写真>コンコルド試作機。飛行時のバイザーを上げた状態。アイアンマンのような風貌。

 コンコルドはイギリス、フランスの合作であるが、コンコルド開発当時は、当然、アメリカ、旧ソ連も似たような旅客機を計画しており、アメリカでは、ロッキード L-2000、ボーイング2707が計画され、旧ソ連ではツポレフTu-144が作製された。


5DC-8>

 ダグラス社のDC-8は、ボーイング747が登場する前ではボーイング707と同じ程度の国際線規模の最大旅客機で旅客機の名門ダグラス社が、ボーイング707の開発に刺激を受けて開発した飛行機。今となっては危険だがDC-8は飛行中にスピードを落とすためにエンジンの逆噴射ができる仕組みになっていたが、羽田沖で逆噴射による墜落事件以降、現在ではほとんどの旅客機は安全のために着陸した後でないと逆噴射が作動しない仕組みになっている。現代の旅客機では、あまりにスマートな着陸では、センサーが機体が地面と接触したことを検知しない場合もあり、特に凍った滑走路などでは逆噴射(リバース)が効かないと、滑走路をオーバーランウする可能性があるので、飛行機のマニュアルに、悪天候時はわざとハードランディングして、確実にリバースを作動させることと記述してある。

 旅客機において胴体直径というのは非常に大事で、胴体直径が大きいということは、空気抵抗が大きくなる反面、荷物の搭載量が増えるというメリットがある。機体の構造を変化させずに単純に乗客数を増やす場合は、胴体の長さを長くすれば乗せられる乗客数を増加することが可能であり、その場合、主翼付近の重心を変化させないように、主翼付近の前後の胴体を延長する手法が取られる。また、燃料は主に中央胴体と主翼内部に入っているので、乗客を減らすと、それだけ重量が減り、同じ搭載燃料量ならば、より遠くに飛行できるようになるので、胴体を短くして長距離を飛行できるようなB747SPという旅客機もあった。

6DC-9、MD80シリーズ、ボーイング717>

 ダグラス社のDC-9(ダグラス・コマーシャル ダグラスの民間機という意味)は、戦闘機専門だったマクドネル社と合併してMD80シリーズ(マクドネル・ダグラス)と呼ばれるようになり、その後、ボーイング社と合併してボーイング717という型式で呼ばれるようになっている。ちなみに、DC-9以前にボーイング717という旅客機が存在しなかったのはボーイング707が開発された時に、707の軍用バージョン(後のKC-135で、707はKC-135開発時の旅客機応用版として開発された。)を717として使用する予定にしていたが、結局、違う形式(C/KC-135)になったので欠番になっていた。ちなみに、DC-9や727など、エンジンが後ろについている小型旅客機は、地上でエンジンを軽く逆噴射させることによってバックすることが可能であり、広大なアメリカでは普通に自力でバックしていた。DC-9など、ジェットエンジンが機体後部に設置してある旅客機で、しかもストレッチ型は、騒音の元となるジェットエンジンが機体後部にあるので、機体前方は特に静かであり、エンジン出力が小さくなる降下時は、まるで「大きなグライダー」に乗っている感覚になるそう。

7●エアバスA380>

 A380は、座席配置から考えると、ボーイング747の上にエアバスA300が載っているぐらい、広い客室空間を有している。標準では525席であるが、全席をエコノミークラスとするならば最大853席を用意することが可能であり、長距離旅客機なので、850人以上に2食提供すること(食事1700食分も同時に搭載可能ということ)も可能な設計になっている。A380は巨大すぎるので空港において安全に通過できる誘導路は限られており、誘導路を間違えると立ち往生してしまうので、あらかじめ誘導路を機体の空港データべースに入力しておくと、着陸時に自動でブレーキをかけて目的の誘導路に入るのにちょうど良いスピードにする機能が備わっている。



写真>A380,A340,A320の大きさ比較。

 部品は世界30カ国1500社から調達。基本的には、前もってプログラムされた目的地をインプットしておけばコンピュータが機体を目的地に運ぶようになっている。最近のエアバス機はエアバス機同士でパイロットがスムースに機種変更できるように、操縦性能が同一になるようにコンピュータで調整されており、A380のコクピットは従来機のコクピットからの目線と違和感がないようにビルの1.5階ぐらいの位置に設定された。A380では、燃料が最大で31万リットル入り、空の状態から満タンにするのに、最新の給油システムを用いても30-40分かかる。A380は開発の順番からいうと、A350と名付けられるべきであるが、当時のエアバス製最大旅客機A340の2倍の規模がある(40x2=80)&二階建てで、8という数字が、0が縦に2つ重なったように見えるので、あえてA380という名前になり、その後、エアバス版B787ともいえるA350が開発された。A320クラスの機体は、離陸時は後方乱流の影響を考慮して、次の飛行機の離陸には最低2分間空けて運行されているが、A380クラスは、後方乱流が強いので、3分間空けて運行されている。2005年にデビュー以来、A380の総生産数はエアバスが当初計画していたよりもはるかに少ない251機にとどまり、21年末には生産が終了した。通常の旅客機は、25年程度で廃棄されるが、A380は巨大すぎて次の用途に困り就航から20年過ぎた現在、解体される例が出てきているが、このサイズの旅客機は今後、出現しないと予想されているので、特定路線、特定用途で、リサイクル部品を使いまわしながら、一定数の機体が長年運用されると考えられている。


8エアバスA320&フライ・バイ・ワイヤ・システム

 A320は、コンコルドで採用されたフライ・バイ・ワイヤ・システムが装備されており、パイロットが危険な操作をしても飛行機にプログラムされている運用限界(フライト・エンベロープ(=飛行包囲線、迎え角、速度、高度の飛行領域))以上の運動は「飛行機が無視して安全な範囲内にとどめる」設計になっている。

 例えば、パイロットが巡行中にサイド・スティックを勢いよく機首下げ方向に押し込んでも、安全保護機能が動作して、オーバースピードにならないようになっている。また、オートパイロットで飛行中は33度以上に横に傾くことはなく、パイロットが、サイド・スティックを横方向に勢いよく押し込んでも、機体は最大で67度以上は傾かないようになっており、サイド・スティックを離すと、傾きは自動で33度に戻り、そのまま33度を維持して飛行を続ける設計になっている。急旋回などで必用に応じて33度以上を保持するには、こまめにサイド・スティックを操作する必要がある。また、重力加速度が常に1Gになるように飛行する(最大で2.5Gを超えることは飛行機が許さない設計)のも特徴で、これは上下方向にほとんど揺れないという状態を作り出して乗り心地の良さに貢献している。体感的には天候が安定してれば、「新幹線より揺れない」といっても過言ではない。

 さらに、「アルファ・フロア(失速しそうな状況になると自動的にエンジン推力が増加して強力に上昇し、失速姿勢を防止する機能。アルファは迎え角という意味。)」と呼ぶ失速(ストール)防止システムがあって、失速を予防する保護プログラムが作動するようになっている。例えば、巡行時などフラップを収納した状態では迎え角が13度を超えた時、フラップを出している時は一定の迎え角を超えた時に、アルファ・フロアが作動し、ある一定以上の迎え角(最大の迎え角= アルファ・マックス)以上にならない(=アルファ・マックスの角度を維持して飛行を続ける。)ようになっている。

 パイロットは離陸・着陸時以外で用事が無い時は、サイド・スティックを触る必要(強い力で触ると、自動的にオートパイロットが切れて「プルッ、プルッ、プルッ」というオートパイロットが切れたという警告音がなる設計になっている)はなく、飛行中はフライトコントロール・ユニット(FCU)上のつまみを回して飛行条件(スピード、方向、高度)を変えたり、つまみを引っ張ったり(状況に応じてパイロットが設定した条件での自動飛行)、押し込む(フライトプランで最初に設定済の条件での自動飛行)操作ぐらいの操作をしながら、基本はオートパイロット機能で事前の飛行プラン通りに飛行している。

 エアバス機のサイド・スティックはマニュアル操縦時には柔らかくて操作が可能であり、手を離すとスティックは中立位置に戻るが、機体の傾きなどの飛行姿勢はそのまま保持される。つまり、目的のバンク角、迎え角になるまでスティックを操作する(実際には、パソコン・キーボードのカーソル・ボタン(←、→、↑、↓)と同じような操作をサイド・スティックで行っている。)と、その角度で機体の姿勢がずっと保持されるようになっている。一方、オートパイロット設定時には、サイド・スティックは固まって容易に動かなくなる。しかし、非常時にパイロットが力ずくで動かそうとすると「ガチャン」という音がして、柔らかい感じが戻り、オートパイロットが外れた事をパイロットが明らかに認識できるようになっている。しかしながらオートパイロットが外れても、アルファ・マックスやアルファ・フロアといった安全保護機能が解除されるわけではなく、失速を防止して機体を危険な状態にさせないようになっている。(ただし、近年のエアバス機は、最悪時には一定の操作をすると保護機能が外れる仕様になっているらしいが、その操作方法はまったくの秘密。)

 よって、パイロットがコクピットに2人いるならば「意図的に墜落させることが出来ない」ぐらいの設計になっている。しかしながら、過去に実際にA320を故意に墜落させたパイロット(ジャーマン・ウイングス9525便事件)が存在するのも事実であり、これは意図的に機長をコクピットから閉め出して一人状態を作り出し、計画的に墜落に至る状況を作り出していた。現代はパイロットの精神状態の管理が安全に寄与する時代ともいえる。

 フライ・バイ・ワイヤのプログラムは、同時に故障しない&不具合が起きないように、2つの独立したグループが設計したシステム(それぞれ独立して設計された3系統と2系統の合計5系統)を飛行中に両者をクロスチェックしながら動いている。パイロットの操作信号は2種類のコンピュータを経由したあとに、舵面のアクチュエータに送られる。

 フラップやレバーは、飛行中に押せば動くというものではなく、誤動作を防ぐために、機械的ノッチやつまみを同時に動かさないと動かないようになっており、さらに作動に際しては、速度などの観点からコンピュータが安全保護機能で見張っている。

 エアバス社はフランスの本社に、世界からパイロットを受け入れてエアバス機操縦の訓練を行う、フライトシミュレータ・センターがあり、A320以降のエアバス機については、「飛行機が失速状態になりえない」プロテクション機能が標準なので、フライトシミュレータによる訓練でも、「失速はありえないので失速状態の手前までの操作しか体験させる必要がない」という状態になっている。また、実際の飛行機では行わないが、訓練に来たパイロットに最初にシミュレータ上で前述のような乱暴な操作をさせて、飛行機の強力な安全保護機能を体験させるらしい。

 ちなみに、サイド・スティックは、コンコルドの実験機で使用していた時代からの流れであり、コンコルドの実験機では右側サイド(副操縦士側)にサイド・スティックを設置して、実験していた。サイド・スティックの飛行機としてはF-16が有名だが、F-16は機動性能を最優先させた戦闘機なので、何もしなければ不安定(=機動性抜群)で、まともに飛ぶことは出来ず、フライ・バイ・ワイヤでコンピュータ制御することによって、安定して飛行するようになっている。

 エアバス社のフライ・バイ・ワイヤの仕組みは、講談社「エアバスの真実」、イカロス出版「インテリジェント・ジェット エアバスA320」に詳しい。また、「alpha protection airbus」で動画検索すると動作状況を見ることが可能であり、パソコン上でリアルに体験したい人には、フライトシミュレータソフト「Xplane11」で、エアバス社公認ソフト「Toliss A319」をインストールするとよいが、本物と同じ操作をしないと、まともに飛ばす事も出来ないので、エアバス機の操作に慣れた人から教えてもらう必要がある。ちなみに、「マイクロソフト・フライトシミュレータ2020」にもエアバスA320NEOが標準で入っているが、これは簡素化されたフライバイワイヤとなっており、本物のエアバスの操作マニュアルとは若干、異なる。本物を飛ばした経験はないが、エアバス社公認ソフトで遊んでいる感じとしては、A320以降のエアバス機は、旅客機というよりも、「飛行機型ロボットに最初にフライトプランを入力し、随時、パイロットが管制官と相談しながら、A320に行き先を指示しながら飛ばしているという感覚」で、パイロットは、安全に運航しているか監視しているという感じ。A320シリーズは、2021年に製造開始から33年で累計1万機以上生産され、2022年現在では月に70機ほど増加している。A320neoは、同社の主力機である「A320シリーズ」の新たな派生型で、従来機のA320ceoと比較し、エンジンを換装することなどで、消費燃料が約20%、騒音影響が約50%、それぞれ削減が図られている。

9●YS-11(ワイエス・イチイチ)>

 YSは、輸送機(Yusouki)設計(Sekkei)研究協会の頭文字でYS、11はジュウイチではなく、第一案のエンジン・プラン(ロールスロイス製ダート10)、第一案の主翼を採用したので名前がつけられ、「YS イチイチ」と呼ぶのが本当の読み方。YS-11を操縦していたパイロットの回顧録によるとYS-11はボーイング727や737に比べてコクピットの居住性が悪く、エアコンの効きが悪いので夏場は蒸し風呂状態だった。プロペラがついているのでプロペラ機に見えるが、ジェットエンジンでプロペラを回しているので、専門的にはターボプロップ機と呼ばれる。短距離で着陸するために、着陸後にプロペラのピッチを逆にして逆推進力を生み出すために、全長2mぐらいの特別大きなプロペラを採用している。

10ボーイング707>1957年初飛行

 707はKC-135開発時の旅客機応用版として開発され、ジェットエンジンをパイロンで翼よりも前に吊るすという、現代のジェット旅客機の原型を確立した。707の開発に関しては先行して爆撃機ボーイングB-47(1947年初飛行)で、この形式を確立した。後退翼は、構造が複雑でそのままではフラッターと呼ばれる振動が発生しやすく、強度を上げると重量が重たくなりやすい。そこでエンジンを前方に移動させて、翼の重心を前の方に移動させて、フラッターの発生を押さえつつ翼の重量増も抑えたのが、後退翼+エンジンのパイロン吊りという形式だった。エンジンのパイロン吊りという形式自体はコンベア社のB-36ピースメーカー(1946年初飛行)で実現されている。ちなみに、DC-8はボーイング707を参考にして設計されたとされる。



写真>ボーイング707初号機(ボーイング367-80)クリーム色は、この時代のボーイング社のテーマカラー。


 ボーイング社のジェット旅客機第1号は順番からいうとボーイング700になるはずだったが、ボーイング社は広告エージェンシーのアドバイスを採用して707と命名した。英語的に発音してセブン・ハンドレッド、セブン・オウ・オウよりもセブン・オウ・セブンの方が響きが良いのと「ラッキー7」で終わるという意味もあったらしい。当時、国際線の有力なライバルとしてDC-8があったが、707はAPUを内蔵しており、自力でエンジンを起動させられるという特徴があり、APUがあるとエンジンが動いていない条件で、エアコンが使用できたり、天候の都合で意図しない空港に着陸しても自力でエンジンが起動できるという利点があった。

11ボーイング727>

 本を読んでいると「昔は大阪ー東京間を片道30分で飛行したこともある。」という記述もあるが、これは727が導入された時期の話で、727は当時の大型のDC-8に比べて小型ながらスピードが速いことがセールスポイントであり、昔は飛んでいる旅客機が少なく、冬場の強い偏西風にのって、ほぼ直線ルートを飛行出来たので30分以下の飛行が可能となっていた。しかし、現在では飛行機も増えて安全運航のために、何でも航空管制に指示されて飛行するので、大阪ー東京間は1時間程度かかっている。1963年初飛行。B737は1967年初飛行。

11.1  ホーカーシドレー・トライデント>

 本機は、世界で初めて自動着陸が認められた旅客機であり、昔は電子機器の小型化が困難だったので、機首部分に大型の自動着陸装置を収めるために前輪の収納を検討した結果、横向きに収納することになって機体中心から明らかに外れたデザインとなった。

11.2 〇 C-5 ギャラクシー

 本機は、アメリカ軍の超大型輸送機であるが、車輪がとてもユニーク。まず、前輪が並列で4つ並んでいるのが珍しく、さらに、メインギヤを展開・収納する時に車台(ボギー)を90度ひねって出し入れする。写真をよくみてほしい。


12JAL(日本航空)>

 JALが日本で初めてジェット機を導入した時に、ボーイング707ではなくダグラス社のDC-8を導入したのは、それまで旅客機の名門であるダグラス社製飛行機を運用していた&戦時中、爆撃機B29を生産していたボーイング社(1957年B707初飛行、1945年日本降伏)を考慮したためと考えられている。日本航空は、空港の発着制限の関係で「少ない便数で多くの乗客を運ぶ必要」があったので、世界で最多の累計110機以上のボーイング747を導入し、最多時には74機を運行していた。日本航空の鶴マーク(丹頂鶴)は、一時期廃止され、最近、復活したが、昔とまったく同じ図柄ではなく、新しい鶴丸マークは、昔に比べて鶴の翼の切れ込みが長くなっていたり、JALという文字の書体が明らかに異なっている。JALグループは1日に約1000便を運行しており、延べ150人、常時約100人の専門スタッフが24時間体制で本社ビルの高層部にあるオペレーション・コントロールセンターで働いている。日本航空は、ほぼ国策会社として設立され、設立当初はアメリカ製旅客機、アメリカ人パイロットがほとんどで、日本人パイロットは当初、客室乗務員として勤務し、アメリカ人パイロットの操縦を後ろから盗み見て操縦を覚えたというエピソードが残っている。日本航空では、国内線でも外国人が明らかに搭乗していることが分かるとキャビン・アテンダントが日本語に加えて英語でもアナウンスする。日本航空は2010年1月に、一度倒産している。この原因としては、「大型旅客機を増やしすぎたのが致命的だった。大型機はとにかく整備に手間がかかり、経営破綻前は、整備が終わらず、1年の半分ぐらい休ませている機材ばかりという状況となり、会社を立て直そうと様々な手を打つ経営側と、日々の安全運航にいそしむ現場との間で、少しずつ距離が広がったという。


 写真>真ん中の鶴丸は、Jが下に飛び出ている。最近の鶴丸は、初期に比べるとAの文字で細い部分がないのが見分けポイント。


初代> 1953年~1959年 一般公募 JALの文字を飛行機を前面から見た形に見立てたもの。日の丸をバックに飛行機が飛んでいる形だが、どこの航空会社か分からないと評判は芳しくなかった。

2代目>  1959年~1989年
ジェット機の採用を受け作られた初代鶴丸。宮桐四郎氏(日宣美会員のフリーランスデザイナー、との記録あり)が原案を作り、アジア方面に強かったアメリカの広告代理店Botsford, Constantine & Gardner(吸収され現Ketchum)のヒサシ・タニ氏が製図。 70年代から航空会社のCI化が一般的になってくる。それまでは文字ロゴ、シンボルマーク、社章の使われ方はばらばらというのが普通だった。

3代目> 四角デザイン。1989年~2003年 ランドーアソシエイツ社がデザイン。完全民営化を機会にロゴをリニューアル。使い方のあいまいだったロゴ、シンボルマークを文字ベースのロゴに一括。鶴丸は尾翼に残され、鶴丸マークを描いた飛行機は2008年5月31日まで続いていた。

4代目> アークデザイン。2003年~2011年 ランドーアソシエイツ 日本エアシステムとの統合によりロゴをリニューアル。

5代目>現行デザイン 2011年4月1日~


13ANA(全日空)>

 ANA社は、一般に”アナ”と呼ばれることもあり、通常の会話では”ジャルか、アナのどっちでいく?”と言っても違和感はないが、会社が決めている公式略称は”エー・エヌ・エー”であり、関係者は”エー・エヌ・エー”と呼ぶ。確かに、空港でアナウンスを聞いていると「エー・エヌ・エー〇〇便、〇〇行き」と放送している。

全日空(全日本空輸)に改名する前の会社名は日本ヘリコプター輸送株式会社だったので、昔の全日空機には、レオナルド・ダ・ビンチの想像した人力ヘリコプターをアレンジしたロゴマークが使用されていた。一般にダビンチ・マークと呼ばれている社章をデザインしたのは、所沢出身の画家、山路真護(やまじしんご 本名・壹太郎)で、昭和27年(1952)に、全日空の前身の日本ヘリコプター輸送株式会社の設立3か月前に会社の依頼によってデザインされた。

 飛行機の便名、例えばJAL123便などは、2レターコードによって表現されており、空港の電子掲示板には、「JL123」と表現されている。全日空は、過去の経緯もあって、現在も、日本ヘリコプター輸送株式会社に由来する「NH〇〇」で表現されている。


写真>ダ・ビンチマークの原型>日本ヘリコプター&飛行機輸送会社


 1970年代、JALパイロットの制服は有名デザイナーの石津謙介氏のデザインに対して全日空の夏服は開襟シャツだった。昔は、JALパイロットは貴公子と呼ばれていたのに対して全日空パイロットは野武士と呼ばれていた。初期の全日空パイロットは各所からパイロットを寄せ集めした集団であったのでイタリアのバレエ学校出身者、元バイオリニスト、医学部出身、元歯科医など様々な経歴の人が多く、地球上でも最も気候変化の激しい日本国内を日に何回も離着陸を繰り返して自然に鍛えられていた。元来、全日空のパイロットは国内線を飛ぶ人が多かったので、国際線に進出した当時は英語が苦手な人が多かった。黎明期の全日空パイロットについては「機長!(井上 博 著)」に詳しい。1970年頃(53年前、B747が初飛行した時代。)に入社したパイロットの伝記によると、この時点でパイロット応募資格に英検2級程度の条件があり、会社養成で30人募集しても、英語能力の不足から10人程度しか合格を出せなかった。また、当時は旅客機の安全性も現状ほど高くはなく、「なぜ、パイロットを目指すのか」という雰囲気もあった。当時はイギリスの飛行学校で基礎的な研修を受け、その後、大阪空港にある訓練所ビルに寝泊まりして軍隊方式で訓練したという。(現在は、熊本で訓練し、軍隊式の訓練は当然行っていない)

 全日空機の塗装は、B737の導入(1969年)にしたがって、水色のモヒカン模様の塗装にした。しかし、B767の導入にともなって1983年6月から現在の青いライン(トリトン・カラー)に変更された。逆にいうと現在の塗装は38年の歴史がある。モヒカン模様は、初代ボーイング737-100が開発された時のボーイング社のハウス・カラー(濃いクリーム色地に黒のラインでモヒカン模様)を参考にしたといわれている。ちなみに、JALと合併して消滅したが日本エアシステム(JAS)のレインボー・カラー塗装は、当時のエアバス社(A300開発時代)のハウス・カラーを参考にしている。大手飛行機会社の塗装が大きく変わる時には、順次、塗装を塗り替えていくので、すべて塗り替えるには5-7年かかる。

14●旅客機サイズの需要>

 欧米では、ボーイング747クラスが1機とすると、B767クラスは2機、B737(A320)クラスは5機ぐらいの比率で需要があり、B747クラスの旅客機は国際線や長距離路線でしか利用価値がない。よって、結果としてB737や、ライバルのエアバスA320(AはAirbusのA)が大量に生産されている。2019年の記事によると、座席数が200席未満の小型旅客機は旅客機市場の7割を占めており、例えばB737シリーズは2018年には約600機程度生産されている。当然、ライバルのA320シリーズも同程度生産されており、B737とA320シリーズだけで年間1200機づつ増加していることになる。日本は基幹線(羽田⇔札幌、羽田⇔福岡、羽田⇔大阪、羽田⇔沖縄)を中心に一度に大量に人を運ぶスタイルだったので、747やDC-10、トライスターなどの大型機が運行の中心であり、これは世界的に見ても特殊な市場だった。

15●航空用語の由来>

 航空用語は基本、船の習慣に基づいており、機体はシップ(船)、機長はキャプテン(船長)、客室乗務員はスチュワード(女性はスチュワーデス)、クルーは船の乗組員、空港(エアポート)は空の港、客室はキャビン、着陸(ランディング)はLand(上陸)に、パイロットは水先案内人、パイロット服も船長由来。これは旅客機が開発された当初、「陸上に大きな空港、長い滑走路がなかった」、「エンジンが不安定で海上に着水する可能性が高かった」ために初期の大型旅客機は、飛行艇であり、ここから船の習慣が広まった。コクピットはコックピット(鶏のカゴ)で、昔の飛行機の操縦席が鶏のカゴのような形だったからと言われており、狭い空間(コクピットは2人のパイロットが5点式シートベルトをした状態で常に操縦計器に手の届く範囲で設計されている。)を意味しており、昔から小型船の操縦席をコクピットと呼んでいた。テイク・オフは体操の跳躍板(踏切)に由来。搭乗をボーディングというのは、ボード(板)に乗るという意味で、昔の客船が板を伝って船に乗っていた時の名前が残っているから。客が乗る所はメイン・デッキといい、B747のように2階部分はアッパー・デッキと呼ぶ。

16タイヤ>

 ボーイング747以降の旅客機については、タイヤの車軸部分に荷重計が仕込んであり、航空機の自重が分かるようになっている。旅客機のタイヤには窒素ガスが充填してあり、777クラスでは離陸時にタイヤ1本で25トンを支えており、着陸時よりも重量の重い離陸時(25トンの荷重で時速300km)が、タイヤ負担が重い。1本のタイヤ全体としては約1500回のフライトに耐えられる。タイヤ表面のトレッドと呼ばれる部分は約200回の着陸で消耗し、張り替えられるので、だいたい1か月ごとに交換されている。旅客機は地上にいると1円も利益を生まないので、なるべく飛ばす努力が行われており、タイヤの出番があるのは離着陸時と、地上にいる時ぐらいであるので、タイヤは小さく丈夫に作られている。そうはいっても、大型機のタイヤ(バイアス・タイヤ)は、(一本200万円以上、大型機では25本程度必要なので総額5000万円程度)、直径125cm、幅45cmもあり、着陸時には一瞬で回転数0から時速260-300kmに変化するので400-430℃の高熱になる。A320や777といった最近の新型機は、発熱が少なく、軽量なラジアル・タイヤが採用されている。タイヤの温度は次のフライトの離陸時の安全性に影響するので、パイロットは、着陸時にタイヤ温度がなるべく上がらないような着陸方法、ブレーキ操作になるように心がけている。

 A350-900 約280トン/A350-1000 約308トンの最大離陸重量において、タイヤに許されるタイヤ許容スピード は、A350-900 235mph(378km/h=204ノット)、A350-1000 245mph(394km/h=213ノット)であり、理屈でいうと、この速度以下で離陸しなければ離陸時にタイヤが破損する可能性がある。

100ノット=185km/h

17機内食、パイロットの食事>

 ビーフ?魚?と聞かれるのは、宗教上の理由で牛や豚を食べられない人への配慮で、全員がどちらかを選べるほど、多くの機内食を準備しているわけではない。食中毒防止のためにパイロット二人が同じ食事を食べないのは有名であるが、パイロット二人が同時に食事することもなく、片方が食事が終わってお腹を壊さないなど、ある程度時間をおいてから残った一人が食事を開始する。食事自体もお客と同じものを食べているわけではなく、国際線ではお客用とは別に2種類のメニューがあり、短時間で食べられるようにカレーライスやオムライスが配給されており、国内線ではお弁当が配給されている。国内線では客の搭乗を待つ間に弁当を食べることが多く、弁当は高さ5cm程度の箱に入ってくるので、ボーイング系の飛行機では箱をヒザの上において、箱の上に弁当をおいて食べているそうだ。また、エアバス系の飛行機ではテーブルがついているので、テーブルに載せて食事する。パイロットの食事は、楽しむものではなく、常務に必要な健康と集中力を維持するためのものである。巡行高度が高い場合は、一人がトイレに行く際は、残されたパイロットは緊急時に備えて備え付けの酸素マスクをつけている。飛行中にジェットエンジンで発生させる電力の7割近くが機内照明や、食事を温めるための電力に使用されており、最近では、カート内にセットされた食事のメインディッシュの下部分にヒーターが入っていて必要な場所だけ加温する仕組みになっている。成田空港付近にある機内食を専門に製造しているメーカー東京航空食品(現TFK社)では一日で120-150頭分の牛肉のステーキを作り、毎日9000食の機内食を提供していたという。500人乗りの長距離国際線旅客機などは、飛行時間が長く、食事を2回出すこともあるので、片道で1000食の食事を積み込むことになる。

18エアライン・パイロット>

 2017年の資料によると日本の大手航空会社に所属するパイロットは約5700人。内訳は、機長3400人、副操縦士2200人で、意外ながら副操縦士の方が少ない。ANAパイロットは1700人ほどだそうなので、JALも同程度いるとすれば3400人。そうすると、それ以外の航空会社には2300人という感じ。4割が50歳代であり、このままではエアラインパイロット不足が懸念されている。

 2021年に新たにパイロットになった人は265人。航空会社ピーチがパイロットを募集した際には応募約1300人に対して合格者は5人で倍率260倍、合格者は4年にわたって訓練し、はじめて、実機の操縦を行うことが出来る副操縦士になるという。ちなみにジェット旅客機のマニュアルは英語で3000-4000ページにもなり、客の安全を守るためにパイロットはマニュアルを熟知しているという。

 客が数人しか乗れない旅客機を除くと、エアライン・パイロットは、安全のために2人乗務して操縦することが基本となっており、一人は必ず機長資格を有することがルール。基本的には機長(キャプテン)が操縦、副操縦士(コーパイ)は無線を担当することになっているが、将来の機長を育てるという意味で、状況に応じて副操縦士が離着陸を担当しているが、天候が悪い場合の着陸などは専門の資格が必要になる。誤操作を防ぐために、何をするにしても、例えば機長が「フラップを1にして」と命令し、副操縦士が「フラップを1にします」と確認してから操作するようになっている。基本的に何種類ものチェックリストをチェックしながら作業を進めるのが基本であり、旧型ジャンボの場合には出発前に125項目の点検項目があったという。

 具体的には、操縦を担当する人はPF(Pilot Flying)、補佐役のパイロットはPM(Pilot Monitoring、モニタリング(操縦以外のことをほとんど担当する)するパイロット)と呼ばれ、多くは機長がPF、副操縦士がPMの役割だが、機長資格を有する人が2人乗務する際は、PFとPMを割り振ったりする。PMの業務はすべてPFの指示で行われPFは自分の出した指示と異なる場合、注意してやり直させる。もちろん、機長が何かの動作を忘れた場合、間違った場合は、副操縦士が指摘することは仕事のうちである。

 一般には、左席に座る機長がPFを務めるが、右側に座る副操縦士がPFを務めたり、副操縦士が左側に座ってPFを務めることもある。乗客への配慮なのか、どの本を見ても「誰が操縦しているか=機長が操縦しているか」を記載してない場合が多いが、ある本では副操縦士が、適切な資格を所有している前提の場合、副操縦士の経験を積ませるために、機長と副操縦士は、一日のフライト数の半分づつ、一日3便の場合は、機長が2便、副操縦士が1便操縦を担当していると記述してあった。どちらにせよ、最終的には機長が責任を負うので、機長が自分で操縦する時よりも緊張するらしい。

 長距離路線では、大人同士が、狭いコクピット内で、10時間程度、緊密にやり取りする職場であり、当然、人間同士なので気の合わない場合もある。よって、航空会社には「〇〇さんとは、一緒の操縦にしないで」という人間関係の申告制度があって、航空会社は、旅客機が円滑に運行できるように配慮している。また、世間話をしないで仕事で必要な会話だけを行う「仕事専念タイム」の制度もあるらしい。

 パイロットの組み合わせはフライトごとにコンピュータで経験と資格を参考にしながらランダムに決められ、一回のフライトが終わると、同じメンバーで再び仕事をするのはいつの日か分からない。

 国際線は一日一便が基本で韓国便や中国便に限って日帰りという場合もある。また、8時間を超すフライトの場合は労働時間の関係で機長2人を含む3人で交代に操縦することもある。飛行状態を指示する人(一般には機長が多い)はPIC(Pilot in command), 機長2人体制の時の、もう一人はマルチ・キャプテン、副操縦士はコーパイロット(コーパイ)と呼んで区別している。

ニューヨークやヨーロッパなどの遠くの路線を往復した場合には通常は4日休めることになっており、パイロットの勤務としては、日本在住に限らず、例えば、出向でローマに駐在し、そこを拠点にパイロット勤務をする場合もある。また、フライトを始める勤務地までの移動で一般乗客として搭乗する勤務は「デッド・ヘッド」と呼ばれる。ジェット旅客機は100-500億円もするので、地上で遊ばせている訳もなく、可能な限り飛行させて利益を稼ぐ。そのために旅客機1機の運行に関して機長、副操縦士を含めて約10人のパイロットが必要になるそう。

 パイロットが操縦する機種は会社の指示によって決定され、機種が決まると航続距離によって外国長距離路線か外国短距離路線、国内線などが自然に決まるようになっている。また、パイロットは資格によって操縦可能な機種が限定されているので、同じ機種仲間は顔見知りであるのに、違う機種のパイロットとは疎遠であることが多いとされる。

 一方、客室乗務員は、十数人のチームで仕事をすることが多くチーフを中心にして約1年間同じメンバーで仕事をしている。

 パイロットは心身ともに健康であることが基本であり、旅客機の場合は、半年に一回の身体検査に合格し続けなければ、乗務できないそう。飲酒は飛行12時間前までに制限され、風邪薬でさえ薬の効能がある間は操縦することができない規則になっている。最近では花粉症対策として乗務中でも使用できる点鼻薬や点眼薬が開発されている。医者、弁護士、教師などは一度免許を取得すれば、悪いことをしない限り免許は取り上げられないのに対して、旅客機パイロットは人の命を預かっている関係上、現役中は訓練と試験の繰り返しで、実質的な免許の有効期間は半年というのが実態らしい。こういう環境下で、ずっと現役でいられる人は、基本的に飛行機が好き、飛ぶことが好きな人がパイロットということらしい。

 パイロットは安全第一が最優先され、例えば日本航空では「安全性を第一として、同時に定時性、快適性、できれば経済性にも配慮しなければならない」と運行規定に定めている。現在のパイロットには名人芸的操縦技術は期待されておらず、一か八かという着陸は禁止されており、安全ルールにしたがって、B747では総勢20人近くのクルーをまとめながら運行する能力が問われている。また、安全運航のため、パイロットの技量を平準化する訓練も行われており、これによってどの便に乗っても同じような乗り心地を確保しているらしい。

 ハイジャック防止のために、パイロットは客の搭乗前に乗り込み、すべての客が降機した後に、飛行機を離れるのが基本となっており、トイレを除き、飛行中に機内を歩き回ることはない。また、最近では徹底したハイジャック防止のために客室で何かあった場合、絶対にコクピットのドアを開けることはないという。 

 パイロットやフライト・アテンダントは土日も正月もなく、機材計画、運航計画、人員配置、資格など様々な要件を勘案してスケジューラーと呼ばれる人が勤務日程を決定している。よって、例えば日本航空では、パイロットの勤務予定は毎月25日に発表されることによって来月の乗務パターンが分かるようになっており、原則としてパイロットはフライトを選ぶことはできない。

 パイロットは会社によって決まった路線、地域があるものの、日本全国、人によっては世界各国を飛びまわるので、泊りがけの仕事が多く、それぞれ止まり先での楽しみを持っているものらしい。泊まり先でひたすら寝る人、ゴルフ、テニスする人、買い物、観光地巡りに出かける人などがいるらしい。

 パイロットの出勤時間は、フライトの都合によって決まり、出社するとすぐにフライト準備にとりかかるので、管理職でない限り、会社に自分の机というものは存在しない。よって、一番座っている時間が長いのはコクピットのシートということになる。日本の大手エアラインでは、副操縦士を10年程度務めた後に機長昇格課程の受験資格が得られる。大手エアラインの国内線パイロットは月に20回着陸、長距離の国際線では月10回着陸し、着陸技術がさびつかないように、年に数回、シミュレータで通常及び非常時(悪天候、トラブル発生)の訓練を行っており、プロパイロットはスピード、高度もきっちりと制御できるような訓練を行っている。現役機長であっても、一年中、フライトを担当しているわけでもなく、月の半分はスーツを着て出社し、通常の会社員と同様に会議に出たり、デスクワークをしていることもあるらしい。また、多くの乗客の命を預かる仕事上、年に何回も健康上、技術上の審査を受け続け、合格する必要があり、例えベテラン・パイロットでも、健康上の理由で不合格になると、即、地上勤務で、健康が回復するまで、又はそのままパイロット職引退となる場合もある。

コクピットでは基本的にVHF, HF,衛星の無線通信を使って飛行ルートの確認や天候状況などを管制官と交信している。VHF電波は地上局から直線距離で約400kmしか届かないので洋上ではHFと衛星を利用したデータ通信を利用している。洋上では管制官との交信に利用しなくなったVHFを123.45MHzに切り替えて、先行する航空機からの揺れの情報を入手し、安全運航に努めている。

現在のように、袖に線が入ったダブルスーツと制帽を着用するスタイルは、アメリカのパンアメリカン航空が始まりとされ、それ以前はパイロットはアーミールックの軽装だったが、客に安心感を与えるように変化させた。


参考文献>「プロフェッショナル・パイロット」イカロス出版、「ザ・グレート・フライト」講談社、「機長たちのコックピット日記002便」朝日文庫、「パイロット」実業之日本社

19客室乗務員>

 客室乗務員の本業は保安要員で、緊急時の酸素マスク装着、救命胴衣の着用の指導、脱出誘導などのために乗務しており、ついでに乗客へサービスしているだけ。元来は男性の仕事でスチュワード(船の執事)、女性版がスチュワーデスと呼ばれた。最近では「キャビン・アテンダント(CA)」と呼ばれることもあるが、これは和製英語で外国人には通用せず英語では「フライト・アテンダント」「キャビン・クルー」が標準。日本航空では、男性客室乗務員は1953年に第一期生が採用され、スチュワードと呼ばれたが、翌年にはスチュワードからパーサーという職名に変更された。日本航空では約6000人いる客室乗務員のうち、約100人が男性だそう。

20国際線路線の特徴>

 日本出発の太平洋路線では、偏西風の影響が強く、例えば日本からハワイに行く場合、行きは約5時間、帰りは約9時間になり、途中で着陸せざるを得ない時にはミッドウェー島が候補になる。

 日本と北米のルートとしては北太平洋ルート(NOPACルート、ノパックルート)を飛行することが基本。

 オーストラリアなどの路線では、赤道付近(赤道収斂体、せきどうしゅうれんたい)に発生する積乱雲による乱気流に注意する必要があり積乱雲の合間を抜けながら飛行する場合が多い。中国路線では、中国管制と中国機は中国語で会話している場合が多く、外国パイロットはどこに中国機が飛行しているか不明な場合があって緊張している。ヨーロッパ路線では、ロシア上空を飛行することが多く、緊急着陸した場合に、機体整備がうまくゆかず、日本から整備士や機材を空輸する必要がある。アラスカのアンカレッジでコンパスを見ると実際の北極とは20度近く違う値を示し、さらに北極に近づくと方位磁石は70-80度も違う方向を示し、北極の真上ではコンパスの針は一瞬どちらを示すべきか考えたように動かなくなり、北極点を通過したとたんにグルグルと回り出し、最後にはずっと真南を示す。

 真冬のアンカレッジは昼間の気温が氷点下-20℃で日照時間が5時間しかなく、暗くて寒い場所。決まった飛行ルートを飛ぶのではなく、運航当日の天候や風などを予測して飛行時間が短く、最も燃料消費などの効率が良いルートが選択されており、これを専門用語で「ミニマム・タイム・トラック(MTT)」と呼ぶ。冬期のヨーロッパは、ヨーロッパ大陸のほぼ全域が低層雲で覆われる。日本から中国や韓国など近い外国の場合は、飛行時間が短く、外国に到着しても2時間程度で日本向けに飛行するので、パイロットは飛行前の外部点検を除くと飛行機から出ない場合も多く、その際は入国手続きはしないという。つまり物理的に外国に行ったけれど、飛行機から出ないので入国はしてないということ。


21ジェット・エンジン関係>

 ジェット・エンジンが4つついているのは主に長距離用大型機であるが、(最近はボーイング777、787など双発機もあるので、一概にはいえない)パイロットとしては4発あると最悪1発だけでも目的地まで行くことができるので安心している。大型機で国際線、長距離路線で空気の薄い真夏に、満員状態で離陸する時が、旅客機にとって最も過酷な状態であり、エンジンは最大出力に近い出力を出さねばならず、離陸出力を安定して出すことができるのは5分間と言われている。実際には、旅客機が滑走路を使用する時間は平均2分間といわれているので、最大出力を5分間も使用することはマレといえる。昔の旅客機は離陸時はフルパワーを出していたが、最近の旅客機は推力に余裕があるので騒音軽減やエンジンの耐久性を高める目的で推力を落として使用することが多い。

 基本的にジェット機の燃料は灯油と同じもの(ケロシン)であるが、水分があると冷たい上空で水分が凍ってパイプがつまるので水分を徹底的に抜いたものを使用している。また気圧の低い上空で沸騰しないように添加剤が加えてある。ジェット機の燃料は最後の一滴まで使いきるものではなく、ある程度の量はタンクに残っていなければならない。これは機首を上げ下げした時に燃料がエンジンに行き渡らず、エンジン停止の可能性が高いからである。よってパイロットは燃料をなるべく残しておくように心がける。最新のボーイング787は違うものの、それ以前の最近のジェット旅客機は、ジェット・エンジンの高圧空気(500℃以上、20気圧程度)を適切に加工して客室内の与圧に利用しているので、大気中の花粉や細菌は、高温高圧の圧縮空気中で燃焼し、客室に入らないようになっている。ジェット・エンジンのジェット部分の排気速度は時速1440kmと猛烈な勢いだが、現在ではジェット噴流の約9倍の体積の大気をファン・ブレードによって噴出しており、この低速低温噴流がターボジェット噴流を包み込むことによって騒音が大幅に抑えられている。ジェット旅客機の経済的な巡行速度はマッハ0.8ぐらいであり、これはマッハ0.9ぐらいになると、翼面の上面部分がマッハ1を超えて、衝撃波が発生し、気流が乱れ、空気抵抗となるからである。また、ジェットエンジンの空気取り入れ速度はマッハ0.5ぐらいが最適であるが、エンジン・ナセルの入り口を狭める設計によって、マッハ0.8で飛行しても、常にエンジン部分にはマッハ0.5ぐらいの気流になる設計になっている。

 ジェット・エンジンはAPU(補助動力ユニット)からの抽気で高圧コンプレッサを回転させて、そこに燃料を噴射して点火プラグで点火し、燃焼開始させるが、ある程度までエンジン回転が上昇すると点火は停止し、その後はガス・コンロのように連続燃焼を続ける。その後、離陸、着陸のためにフラップを下ろすと、燃焼停止予防のために再び点火プラグが作動している。その他、点火プラグが作動するのはナセルのアンチアイス・システムが作動した時や、大きな揺れが予想される場合、パイロットが手動で 連続点火スイッチをONにした時。ジェットエンジンの前部、大気吸い込み口から聞こえる音は、ファンやコンプレッサーからの機械的ノイズで後部から聞こえるのはジェット(噴流)が大気と混合した時に発生する渦流による衝撃波由来の音。大型旅客機が着陸時にリバース(逆噴射)するのは、着陸のための滑走路距離を短くするためであるが、強力な減速を発揮しているのは車輪の強力なオートブレーキがメインであり、リバースによる逆噴射は、メイン推進力であるファンブレードによる推進力を阻害して、「ブレーキの効き」を良くしているだけである。ファンブレードによる大きな推進力が発生していると着陸時に滑走距離が伸びてオーバーランの原因になる。ジェットエンジンの稼働状況を示す目安のN1、N2は、パイロットが感覚的に分かりやすいように、エンジン「ファン」回転数を最大回転数に対する割合(パーセント)として「Number of rotation speed(回転速度、回転数(rpm))」の頭文字Nで表現している説、又は公称(=一般的な呼び方、Nominal,N)しているという意味で、Nとつけて、N1とかN2と呼んでいる説がある。

〇エアバスA320の代表的エンジン>CFMインターナショナル CFM56-5 シリーズ

 乾燥重量(=燃料、潤滑油抜き)は一台2.3t。現在、最も普及したターボファンエンジンの一つになっており、主要な4型式はこれまで世界中で20,000基以上生産されている。ファンブレードの回転数(N1)は最大出力 104%で5380RPM(1分間に5380回転、毎秒90回転)、内部の高圧コンプレッサ(N2)は最大出力 105%で 15180RPM(一分間に15180回転、毎秒253回転)。A320などの一般的旅客機では、ジェットエンジンの寿命を長くするために、最大推力の使用は最大5分間に制限されるようになっている。羽田-伊丹間が、68分間かかると仮定し、旅客機がプッシュバックしてエンジンに点火し、離陸まで10分(60%のアイドル推力)、離陸、上昇時のフルパワー3分、巡行40分(60%のアイドル推力)、着陸前5分間のフラップ展開時の推力アップ分(80%)、着陸後のエンジン停止までの10分間(60%のアイドル推力)と仮定し、ファンブレード(=目で見える回転部分)の最大回転数(N1)が5380rpm(毎秒90回転!)、内部の高圧コンプレッサー最大回転数(N2)が15180rpmと仮定すると、トータルでファンブレードは23.1万回、内部高圧コンプレッサーは65.2万回程度回転することになる。A320のエンジンのファンブレード直径は約1.7mなので、人間ほどの大きさの金属製ファンブレード(扇風機)が最大で毎秒90回転、アイドル時で毎秒54回転もしていること自体、驚き。



写真>ボーイング777Xに搭載予定の世界最大級のジェットエンジン「GE9X」.人間サイズのファンブレードを搭載。


22飛行機の安全性>

 テロを除くと、統計で見ると飛行機に毎日乗って事故に合うのは438年に1回。飛行時間10時間のホノルルー福岡の飛行を14万3000回往復(2750年かかる)してはじめて事故に合う確率。航空機事故の7割は人間のミスによるもの。一般に、新開発の飛行機は快適性が高いが、新しいシステム由来のトラブルが多く、数年してトラブルが出尽くし、対応策が取られてからが、最も安全な状態となっている場合が多い。つまり、開発されて10年程度経った旅客機は故障しやすい場所も分かっているので一番安定して運航できるといわれている。一度、離陸してしまえば、航空管制によって航空機は一定の範囲の安全空間を所有するので他機と衝突の可能性は低くなるが、空港では狭い空間に大型機同士がすれ違うことになるので、他機との接触という点では空港の方が事故の危険性は高い。少なくとも欧米製の旅客機については、新型航空機が完成した場合、飛行機の寿命を考慮して機内の気圧を12万回繰り替えし増減させて機体のふくらみや縮みを調べる耐久試験等が課され、おおよそ考えられる限りの過酷な条件下でも安全に飛行できるとお墨付きが出た飛行機だけが出荷されている。


23ヒコーキ雲、雲関係>

 ヒコーキ雲がはっきりと見えるのは上空(高度8-10km)に水蒸気が増えている証拠であり、翌日は曇りになる確率が高い。大気中の水蒸気が少ない場合は、ヒコーキ雲は短時間で蒸発し、見えなくなるが、水蒸気が多い場合は、いつまでもヒコーキ雲が残っている。また、うねったようなヒコーキ雲は、上空を強い風が吹いている証拠なので急に天気が変わる可能性がある。

 雲の形は、気流の状態をそのまま示している。気流が安定していれば雲は薄く横に広がるから層状の雲になりやすい。反対に積乱雲(入道雲)のように雲が縦方向に積み重なるような形をしているときは縦方向に気流が上昇、下降していることであるので揺れる可能性が高い。積乱雲の中は激しい乱気流があり、時には大粒のヒョウが360度の方向から襲い掛かってくるそうだ。日本上空は強いジェット気流が吹いているので世界でもトップクラスの空の難所と言われている。パイロットで揺れの名所として知られているのは鹿児島周辺、松島、仙台、三沢の辺り。岩国付近もよく揺れるそうだ。パイロットは飛行中に、入道雲を常に監視しながら避けて飛行し、赤道付近を通過する東南アジア線、オセアニア線では、入道雲を避けながら飛行する場合が多い。入道雲は、生成と消滅を繰り返しており、1時間程度で移動したり消滅している。エアラインパイロットの場合、航空会社が違っても、安全運航の目的として、現場の天候情報を常に共有しており、揺れる場所の情報は常に共有している。これは、世界中のどこかで、小規模航空会社の飛行機がトラブルにあってニュースになると、「やっぱり飛行機は危ない」となり、影響が大手エアラインにも影響することに関係している。パイロットの感覚としては、雲一つない状況は、気流の流れが不明なので不安であり、むしろ多少、雲がある方が気流の流れ方が雲の形で見えるので安心らしい。夜間飛行の際は、雲の形を見やすくするために、コクピット内はつねに薄暗くしている。雲は水蒸気の上昇に伴って作成され、高度1500mぐらいから生成し、極地では高度8km、赤道上では高度18kmの対流圏の中に存在する。これは30センチの地球儀では段ボール紙1枚分の地表付近の大気中で起こっている現象に相当する。夏場は地表温度が上がるとともに水蒸気も多いので太平洋側では積乱雲が発生し、雷が発生する。冬の日本海側は地形的に特別であり、南から暖かい対馬海流が流れ込み、海水温が高いうえに、上空には大陸から張り出した冷たいシベリア高気圧があるので、上昇気流が発生し、積乱雲が発生し、雷、及び大雪となる。厚い雲(積雲、積乱雲)の中で飛行機が揺れる原因は、雲の中では上昇、下降気流が入り混じっており、翼の揚力分布が局所的、時間的に随時変化し、翼が振動することで、その振動が胴体に伝わるから。B787などは意図的に翼がしなるようになっており、振動を伝えにくくしている。

図>入道雲とジェット旅客機の巡行高度の関係

24飛行している飛行機の数、旅客機メーカー>

 世界中では、この瞬間に13000-16000機の旅客機が飛行している。アメリカ領空内は平均して1時間に200機以上が飛行しており、常に一日に5000機以上飛行している。

 稼働している航空機の数は貨物用を含めると24000機、2500機が倉庫にある。軍用機を含めると39000機あると推定されている。今現在、旅客機メーカーとしては、ボーイング、エアバスが世界の中型旅客機以上の約80%を占めており、その他にボンバルディア、エンブラエルを含めて「世界の旅客機4大メーカー」と呼ばれているが、旅客機メーカーとしては100社以上ある。航空機メーカーのボーイング社、エアラインのユナイテッド航空、ジェット・エンジンのプラット・アンド・ホイットニー社はユナイテッド・テクノロジー社というグループを形成していて、元々つながりが深い。

25ハイジャックの由来、迷惑行為>

 ハイジャック(航空機の乗っ取り)という言葉は禁酒法時代のアメリカに現れた密造酒の追い剥ぎ犯罪が元で、密造酒を運ぶトラックにヒッチ・ハイクを装って、「ハーイ、ジャック(ジョン(=ヨハネ)のニックネーム)」と声をかけていたのがはじまり。2001年のアメリカの同時テロ以来、コクピットのドアは強化型に変更され、多少のことでは開かなくなり、パイロットはトイレに行くにも客室乗務員と連絡を取り合う複雑な種順に変更された。現在では犯人がナイフで客室乗務員を脅してもコクピットのドアを開けるパイロットはいないとされる。また、客室乗務員がコクピットに飲み物を運んだり書類を届けるにも暗号を用いた連絡手段を使っているとされる。機内での迷惑行為については、乗務員はサッカーの審判のようにイエローカードを出し、それでもやめない場合には機内に搭載されている手錠をかけたり警察に引き渡す権限があり、近年は実際に実行されることが多くなっている。

26旅客機の価格>

 2017年時点の1ドル120円の設定でのボーイング機とエアバス機のカタログ価格(定価)。B777-300ER 417億円、A380 524億円、B787 275億円、B737-800 118億円、A320 119億円。実際には開発の早い段階で契約すると3割引であったり、まとめて数十機発注すると、もっと安くなっている。

27ステップ・アップ・クライム、最適巡行高度、オゾン層>

 何もなければジェット旅客機は、巡行高度(=平均海面からの垂直距離)1万m、約3万フィートを+3°の迎え角にて飛行している。これは高度1万メートルが大気が安定していて、雲もなく、エンジン推力と空気抵抗のつり合いがとれて最も燃費の良い高度であるからであるが、東京ー札幌程度の距離では30分ぐらいしか巡行(水平飛行)していない。離陸直後の重たい機体を急激に1万メートルまで上昇させると、上昇時の燃費が悪いので、燃料が軽くなれば高度を上げるなど、少しづつ高度を上げながら、高度1万メートルまで上昇し、その後、着陸に向けて一気に降下する(エンジンはアイドル推力なので、実質はグライダー状態)運航形態が採用されている。これをステップ・アップ・クライムという。民間旅客機業界では、無線での言い間違えを予防するために、上昇はクライム、下降はディセンドと呼ぶ。しかし、国内線のように短い距離では、上昇した後、すぐに下降する必要があるので、せいぜい8000m、2万4千フィート程度までしか上昇はしない。地球大気上空11km~50kmにはオゾン層があり、特に高度22kmはオゾン濃度が濃い。旅客機はオゾン層の底辺辺りを飛行し、そのまま外気を取り込むとオゾンを濃縮して取り込み、オゾンは刺激性なので人間の体にはよくない。よって旅客機のエアコン内部にオゾンを分解する機械が設置されている。上空では基本的に右側通行であり、仮に、正面から飛行機が向かってきた場合によける場合には右旋回と決まっている。これは上昇して回避するのには機体が上昇するのに時間がかかるし、両機とも降下すると衝突するので、両機が互いに右旋回することによって衝突をさけることになっている。2万4000フィート以上で巡航する飛行機は少ないので、この高高度では航空機は希望したルートを飛行することが出来る。

27.1〇高度(フィート、QNHセッティング、QNEセッティング)、速度(ノット)、距離(国際海上マイル)>

高度(フィート)> 1フィートは約0.3m。飛行機業界で単に高度といえば、「大気圧高度」を意味し、これは平均海面からの垂直距離(高さ)であり、例えば高度3万フィートは、フライトレベル300(FL300)と表現している。例えば、高度1万フィートの山の上を高度3万フィートで飛行すると、山の上を高度2万フィートで飛行していることになるが、これは「絶対高度」や「対地高度」と呼ばれる。絶対高度(対象物との絶対的距離)は、離着陸時や山岳地帯で重要であり、これは電波高度計でリアルタイムで実際の距離を自動測定し、必要な時にコクピットのFD画面に表示される。また、着陸時直前にも電波高度計が作動して、滑走路まで何フィートと実際の距離が表示される。大気圧と高度はほぼ比例関係にあり、高度が高いほど気圧も低くなるので、気圧を測定すると高度はほぼ決定される。地上付近では、平均海面から3m上の気圧をセッティングして高度補正を行い、これを「QNHセッティング」という。なんらかの理由で標準高度が不明な時は、その空港の標高になるように調整する。

 大気圧高度は標高が高い空港や、低気圧状態では、地上付近の高度が間違って表示されるので注意。日本では高度14000フィート以上では、平均海面からの高さに(この高度では誤差も含まれるので、どの飛行機も同じ誤差を含むように一律で水銀柱で29.92in HG)切り替えるようにしており、フライトレベル(FL〇〇,例えば1万4000フィートはFL140)で呼ぶ。つまり、日本ではFL130以下の表示はないということになる。これを「QNEセッティング」(一律で水銀柱で29.92in HG)と呼ぶ。高度1万4000フィート(4300m)は、日本一高い山である富士山(3776m)を安全に通過できることを全体にして決定された。管制とのやり取りでは、「QNHセッティング」では例えば5000フィートと正確に表現するのに対して、「QNEセッティング」では、フライトレベル300(=約30000フィート)と区別して表現している。羽田ー小松ルートは飛行時間が1時間程度なので、高高度を飛ぶ必要がなく、標高の高い中央アルプス付近を飛行するので眺めがよい。ちなみに、中国ではフィートではなくメートルを使用しており、中国上空を飛行する時は計器をメートル表示にして飛行している。

速度(ノット)> 1ノット(=1.8km/h)は、1時間に1国際海上マイル進む速度の事を意味している。A320は、V2速度がだいたい150ノットなので、時速270kmで離陸していることになる。飛行機は、速度によって揚力がほぼ決定され、空中に浮かんでいられる速度の維持が大事なので、大気に対する速度が一番、重要であり、コクピットに表示される速度は大気速度(air speed)であり、翼面を流れる速度は実大気速度(Ture Air Speed,TAS(翼面速度))である。しかし、実際に速度計に表示されるのは、指示大気速度(Indicated Air Speed, IAS)である。

 速度は大気圧から算出しているので、IASとTASは地上付近では同じであるが、大気は高空では薄くなるので、IASとTASは大きく異なる。(高空ではTAS(翼面速度)はIASの1.5倍ぐらいになる)しかし、安全のためには地上付近での速度が大事なのでIASをコクピットでは表示している。

 自動車のように地上に対してどれだけの速度(対地速度、Grand Speed,GS)が出ているかは、飛行機にとって、そう重要ではないが、大型機では、慣性航法システムの単位時間あたりの移動情報から、計算して表示している。実際には、風の状況やナビゲーション・ポイントの距離から、到着地点までの所要時間は、コンピュータによって時々刻々表示されている。

 仮に200ノットの向かい風の中を、対気速度200ノットで飛行している(空中に浮かんでいる時)は、対気速度は200ノットとなるが、地上から見ると飛行機は空中に止まっているように見えるので対地速度は0とカウントされる。

 ピトー管で計測される速度は、大気の濃い低高度で有効で、この場合はノットで表示され、高高度では誤差が大きくなるので高高度の巡行速度はコンピュータで計算されたマッハ数で表示される。

距離(国際海上マイル)>1国際海上マイル=1.852km。マイルには陸上マイル、海上マイル、国際海上マイルの3種類あり、海上マイルでは、地球の緯度1分の長さを1マイルとしているが、地球は楕円であるので地域によって1マイルの長さが異なる。よって、この不便をなくすために、平均化した「国際海上マイル」を使用している。地球の緯度1度は約60マイル。東京-札幌は約450マイル。


281964年の国際線の運賃>

 1964年当時、東京ーロサンゼルス間のエコノミークラスの片道料金は、15万6千円で、当時大卒の初任給が約2万円なので月給の約7-8倍。今が大卒初任給20万円と仮定すると、エコノミークラスで片道1140-160万円ぐらいの感覚だった。この当時、パイロットはあこがれの職業ではなく、当時は飛行機の事故が多かったので「危ない仕事」という認識であった。当時のJALパイロットは太平洋戦争時代のパイロット、自衛隊出身者、アメリカ人パイロットがほとんどであった。

29航空会社の名前、アメリカでのシェア>

 航空会社KLMはKoninklijke Luchtvaart Maatschappij(オランダ王立航空会社)の頭文字から名前をつけた。ルフトハンザはドイツ語で航空会社という意味。カンタス(QANTUS)・オーストラリア航空は、Queensland And Northern Territory Aerial Serviceの頭文字。アリタリア航空はAeroLinee ITALIAne Internazionaliで「イタリアの翼」という意味。2022年のデータでは、米国ではアメリカン(シェア20%),サウスウエスト(17%)、デルタ(16%)、ユナイテッド(13%)、ジェットブルー(5%)、スピリット(5%)、フロンティア(5%)。

30スチュワーデス関係>

 ユナイテッド航空の前身はボーイング航空輸送でボーイング社が創立した会社。サンフランシスコの病院に勤務していた飛行機大好き看護婦、エレン・チャーチはパイロット志望だったが、当時の状況では相手にされず、看護婦の資格を持った若い女性の方が、きめ細かいサービスができると言って売り込んで、1930年に世界初のスチュワーデスになった。ちなみに、機内でサービスする時は、白衣の看護師スタイルで、当時はスチュワーデスとは呼ばず「看護師」という名称だった。エレンは、その後、サービスマニュアルの制定や制服のデザインにも重要な役割を果たしキャビン・アテンダントの元祖となった。船の世界では、客の世話をする男性乗務員はスチュワードと呼んでいたので、これの女性版ということでスチュワーデスという呼び名になった。

 昭和62年発行の文献によると、日本航空では、スチュワーデスの制服は会社から貸し出され、3年間にワンピース9着、ジャケット2着、トレンチコート1着、ボディシャツ5着、ベルト3本、制帽3個、エプロン12枚、ストッキング108足、ハイヒール3足、ローヒール5足、スカーフ5枚、バッグ2個支給されたという。

 客室乗務員(フライトアテンダント、キャビンクルー、スチュワーデス)は、接客業として化粧するのは基本で、暗い機内で健康的に見えるように、少し濃い目の化粧が施されており、口紅の色などもある程度、色が決まっている。また、会社のイメージに合うように皆、同じような化粧をするように決まっている。機内前方で、客と向かい合わせに臨時の椅子に座っているのは、ベルト着用指示が出ている時だけで機内スペースを節約するためと離着陸時に乗客がきちんと座っていることを確認するため。


31旅客機の整備士>

 整備士は、整備作業を行える航空機やエンジンが限定されており、ジャンボのメンテナンスができる整備士が必ずしも737のメンテナンスができると限らない。ジェット・エンジンもエンジンごとにメンテナンスできる資格が必要。飛行機は年を重ねるごとに故障個所が多くなるが、日本の航空会社の優秀な整備陣は飛行機が年齢を重ねるごとにチェック項目を増やしながら完璧な整備を施している。旅客機は、新型機導入などによって中古で海外に販売される場合が多いが、日本で整備された機体は、状態が良いので人気だという。旅客機自体は整備を怠らず、部品交換もまめに行えば、20年、25年経った機体でも問題なく稼働し、古い機体はあらゆるところの部品を交換するので製造当時の部品はほとんど使われていないという状態になっている。ただし、古い機体を修理しながら使用するより、新しい機体を購入した方が経済的な場合もあり、その目安が20,25年程度。航空法令によると、旅客機を飛ばすには機長とディスパッチャー(運行管理者)、及び一等航空整備士の承認が必要とされており、一等航空整備士は、飛行機に精通しているエキスパートである。

32自動操縦(オートパイロット)>

 旅客機では基本、計器を頼りにして飛行する計器飛行方式で飛行する事が義務付けられており、離陸後及び着陸の直前まで自動操縦で飛行することが基本となっており、安全のために自動操縦を入れたり外したりして良い高度も制限されている。ただ、パイロットのマニュアル飛行技術の維持を目的として巡行中にマニュアルで操縦している時もある。ただし、オートパイロットが有効に働くのは地上の無線設備や飛行機の計器類がすべて正常に働き、天気が良く、他に飛行を邪魔する航空機がいない時であり、パイロットは常に計器と飛行空域の周囲監視をして、異常事態に備えている。

上昇局面から水平飛行に移る事を「レベル・オフ」と呼ぶ。

 巡航時に人間がマニュアル操縦で水平飛行すると操縦桿の上げ下げによって乗客は船酔いのような状態になる。着陸時は飛行機の制御は自動操縦に任せておき(実際には着陸直前(100フィート?高度約30m)には、着陸時の横風対策としてマニュアル操縦が多い)、パイロットは着陸に際して滑走路が視認できるか着陸するかしないかといった判断に集中することで航空機の安全運行につなげている。

 大型の旅客機では、副操縦士が5~20分ぐらいかけて、「飛行前にフライトプラン通りのルート、重量等を飛行機に入力してからでないと飛ばすことはできない」ようになっている。もちろん、飛行中には雲をよける、天候の関係で着陸ルートを変更する、管制官の指示に従うなどで飛行ルートを変更することはしょっちゅうあるので、その際は随時、CDU(エアバスはMCDU)という装置に入力して、自動操縦を続けている。

 素人がマニュアルで自由に操縦するといえば、好きなように左右上下に動かすことをイメージするが、マニュアルで飛行中にフライトプランのルートで飛行したい時には、「FD(フライトディレクター)ボタン」を押すとFD画面(統合型フライトディレクター画面。ピッチ、ロール、速度、方位を統合して示す画面)内に、表示が出るので、その方向に合わせるように操縦桿を操作していくと半分オートパイロットのような操縦が出来る。FDボタンは、FD機能を作動させるもので、PFD(プライマリーフライトディスプレー)画面を表示させるものではない。

参考文献>「コクピットイズム 09」イカロス出版、2009年

33急減圧&ゆっくりとした減圧>

 ジェット旅客機は地上と同じ1気圧を保つ最新のボーイング787を除くと客室は0.8気圧に設定されており、これは標高2000mの高原(長野県松本市から山を少し登った程度)と同じ気候になっている。ただし、高高度で空気漏れなどで急減圧状態になると、パイロットは自分で酸素マスクを装着し、酸素マスクの不要な高度(約1万3000フィート、高度4000m)まで急降下するが、故障などで、ゆっくりと減圧した場合(酸素センサーの故障で、気づかない時)には、気づかないまま低酸素症に陥ってパイロットが意識を失う場合がある。こういう場合は、燃料のある限り自動操縦で飛行し、燃料切れで墜落するパターンがほとんどだという。ちなみに、酸素マスクというが、長い時間吸うことはできず、高度5000メートル以上で酸素だけを吸ったら、酸素中毒になって、長時間、酸素だけを吸っていると肺機能が低下して酸素と窒素が混じった空気を吸った時に生理的に悪影響が生じる。

  旅客機の窓は主に三枚構成で、上空1万mでは一個の窓に約1トンの重量と約70℃の温度差が負荷している。しかしながら、一番内側の窓を除くと、外側2枚のうち、一枚が破損しても与圧に耐えられるだけの強度がある。

 戦闘機では、窓を大きくする必要や、急激な気圧の変化に対応するために、機種によっては0.3気圧程度しか与圧されていないので、高空では常に酸素マスクをする必要がある。人間の耳は飛行機の降下の時など圧力が高まってくる方向には苦痛を感じる(赤ちゃんが泣きだすのは降下時が多い)ので、乗客に苦痛を与えないように降下率は毎分300フィートを限界としてゆっくり降下している。

34離陸速度、ジェット機の特性>

 〇V1(ブイ・ワン)は離陸決心速度。vはvelocityのvで、速度という意味。スピードなのでS1(Speed 1)とは、なぜか言わない。V1速度は、このスピード以下なら、エンジン推力を減少して急ブレーキ(最近は、離陸時は自動ブレーキが最大になるように設定している。)をかければ滑走路内で停止できるという限界速度。機長は、いつでも推力を落とせるように、V1までは推力レバーに手をかけている。一般的には副操縦士がV1とコールしたら、機長は推力レバーから手を放す。これは、間違ってV1速度以上で推力レバーを戻して、機体が滑走路からはみ出すことがないようにである。〇Vr(ブイ・アール, V(rotation))はローテーション速度。離陸に際して機首を上げ始める速度。A320では、約3秒かけて+15°まで機種を引き起こすのが普通。一般に飛行機では+21°で揚力が最大になり、それ以上の迎え角では気流の流れが阻害され失速の危険性が高まる。〇V2(ブイ・ツー)は、安全上昇速度。高度35フィートになっているであろう速度で、基本的にV1以上の速度では、離陸時にトラブルがあっても、離陸を中止してはならず、問題解決は離陸後に解決することになっている。ただし、実際には、V2速度でも地上から離れていない場合も多く、あくまで目安であるが、V2速度以下では高度が上がらないということなのでV2速度以下にならないようにパイロットは注意している。

 実際にはV2速度に+10~20ノットを加えた速度で高度500フィート以上で旋回開始(500フィート以下で旋回すると高度が下がって危険)、高度1000フィート以上でオート・パイロットをオン、高度1500フィート以上で離陸推力から上昇推力に自動的に切り替え(離陸推力のままだとエンジンに負荷がかかりすぎてエンジン寿命が短くなるので、余裕をみて最大離陸重量は最大推力の60%で計算している。)、高度3000フィートまで上昇していくそうだ。

 これらの速度は、離陸時の機体重量、離陸時の風速、天候などによって自動的に計算されて、CDUにパイロットが入力している。

 各種離陸速度は人間が計算して出すのではなく、航空機製造会社が作成しているマニュアルに表示されている物の表を参照にして離陸重量がどれだけになるかを確認してから決められる。現代の旅客機ではFMCという機体に搭載されているコンピュータに必要な事項を入力すれば値を得る事が出来る。

 実際の飛行機では、離陸時に突然横風が吹いたり、他の航空機が現れたり、エンジン推力が突然低下したりというハプニングが起こるので、自動操縦で離陸というのは今後もありえないだろう。

 離陸直後に問題があれば、着陸には重すぎるので燃料を空中廃棄してから着陸すると昔は聞いていたが、これはB747など国際線大型機の話であり、B737やA320クラスの小型旅客機は、燃料を多く積んでいないので、そもそも空中燃料廃棄装置が設置されていない。

 高い高度では空気抵抗が少ないのでスピードを出すことができるので、結果的に燃料が少なくて済む。一方、空気の濃い低空ではスピードを出すのに推力が必要となって燃料を多く消費し、特に低スピードではフラップを出して揚力を確保するために推力が必要など燃料を多く消費する。Vrefは着陸時の滑走路末端のスピードで失速速度の1.2-1.3倍のスピード。作者は、旅客機はフラップをフルに展開して着陸時はグライダーのようにエンジンをアイドル(推力60%)にして着陸するものだと思っていたが、実際にはフラップをフルに展開すると、揚力を維持するために速度(=推力)が必要であり、エンジン出力を上げる必要があるそうで、滑走路が見えないとか滑走路上に問題があって着陸をやり直す(ゴーアラウンドやタッチアンドゴー)必要がある可能性があるので滑走路にタイヤが設置して、逆噴射(リバース)が済むまでエンジン回転数は落さない。

35非常脱出時のパイロットの役割>

 パイロット、客室乗務員は、非常脱出時には各自の持ち場が振り当てられており、副操縦士(コーパイ)は、先頭のドアから真っ先に機外に出て客を誘導する役割がある。一方、機長(キャプテン)は機体の一番後方が持ち場で、すべての客が脱出したのを確認した後に脱出するという役割がある。この状況は映画「ハドソン川の軌跡」でも見られる。

36パイロット等の帽子、制服>

制服と制帽は、別ページの「大手エアラインパイロットの服装」を参照。

KUSUMOTO旅客機版 大手エアライン・パイロット制服編

制帽>パイロット用>制帽は、飾りではなく、機体の外部点検時に、上を見て歩いている時に、機体からオイルなどが垂れてきた時に帽子のつばで目を守るという役割がある。また、機体に頭をぶつける時に守ってくれたり、簡単な雨除けにもなるという効果もある。パイロットは、搭乗するとすぐに、コクピット内の帽子ばさみに帽子をはさんでいる。パイロットの制服は、世界中で基本的に同じような服装をするというルールがあり、客や空港スタッフにパイロットであることを分かりやすく示す意味がある。パイロット、航空機関士用は、金色のあごヒモで、伝統的に機長用帽子は、つば部分に模様が入っている。制帽も初期は東京神田、銀座のテーラー羊屋が手掛けていた。JALが国際線に進出すると、米国の制服メーカーから調達した制帽も存在する。

パーサー用(スチュワード用)>日本航空の初期のパーサー用制帽は、黒ではなくグレーで、あごヒモは黒色、帽子内部にはOnwardと印刷されているが、これがメーカー名であるかは不明。その後、黒色制帽に変化している。パーサー用はその後、銀色が主体となり、あごヒモも銀色。

制服>伝統的に、日本の航空会社の機長は袖部分に金色4本線が入っており、三本線は副操縦士、フライトエンジニア(旧JALでは、赤ラインの入った金色3本線、ANAは3本線で1本だけ赤色が入っている)、教官(銀色2本線)、男性パーサー(銀色3本線、銀色1本線もある、初期は線なし)であるが、最近では、ジェットスターの機長では銀色4本線というパターンもある。肩章も同じ形式。日本航空パイロットの制服は黒であるのに対して、全日空パイロットは黒に近い濃紺。

ワイシャツはJALとANAでは胸ポケットのデザインが若干異なっている。

 プロパイロット用のシャツは、左胸のあたりにウイングマーク用に2つ穴があいており、布補強されているのが特徴。また、本物の肩章は、シャツにフィットするように、少し歪んだ台形なのが特徴。

 デルタ航空などアメリカ大手航空会社ではA CUT ABOVE UNIFORMS社のシャツを着ているとされる。

 機内では、操縦しやすいようにスニーカーに履き替えているパイロットもいるらしい。冬用コートは、JALは初期は羊屋製で、ライダースジャケットのようなジッパーで閉めるタイプと、ダブルジャケット・デザインがあり、合成繊維製なのか、現在の感覚からすると、とても重いコート。

その他>ヘッドセット(大手エアラインでは、TELEX Pro Ⅲ 5X5 Headset (映画「ハッピーフライト」で主人公が装着しているもの)が主流だが、TELEX AIRMAN 850 single sided HeadsetやTELEX AIRMAN 750も使用されている)、サングラス、手袋は、基本、会社から支給されるが、自費購入も許されており、個人の感覚に合わせて、使用している場合も多い。エアラインパイロットの手袋は、基本、白色で、これは遠くからでも窓越しに見えやすく、意思を伝えやすいから。黒い手袋はフライト・エンジニアに支給されていたらしい。手袋には、フル手袋、ハーフ手袋などがあり、外国では手袋しない方が多い。パイロット用は初期は鹿革製。JAL、JASは手袋に企業の刺繍が入っており、ANAの手袋は企業ロゴの刺繍はない。また、ANAの手袋は甲部分のギャザー間隔がJAL系より広いのが特徴。ANAに関して現行品はベルクロ部分のタブの形が三角形になっている。

37パイロットのトイレの行き方>

 コクピットには近くのトイレの空き状況を知らせるランプがあり、トイレ使用中のうちから、コクピット・ドアの小さなのぞき窓から人が出るのを見ておいて、人が出た瞬間を狙ってトイレに駆け込むようにしている。この際、同僚パイロットは操縦できる人間が一人になるので、高度2万5000フィート以上での巡行状態では急減圧に備えて、酸素マスクを装着している。ただし、国際線の長距離路線では、機長2人&コーパイロット1名の3人体制で運行しているので、常に2名いる状態にすれば酸素マスクの着用は不要。また、高度4万1000フィート以上の巡行状態では急減圧に備えて、パイロットのうち、一人は必ず酸素マスクをつけている。

38サイレント・サーティ・セカンド>

 フライト・アテンダントは、離着陸時に緊急時の行動を思い浮かべるために、30秒間目をつぶってイメージ訓練をしている。これをサイレント・サーティ・セカンドという。

39空港での天気観測>

 日本には約90の空港、世界には空港と呼べるものが1万ヵ所以上あり、空港の規模に応じて気象関係の役所が設置されて24時間体制で天気観測を行って空港内外の世界中の関係者に連絡している。日本の各空港の気象データは気象庁のサイトに行けば1時間ごとの天気の移り変わりを見ることが出来る。これによってどんなに長距離の飛行においても、到着予定空港の到着時の天候が事前に分かるようになっている。長距離の国際線などでは、最大で12時間飛行することもあり、目的地の天候が急変することもあるので、事前に、多少遠くても天気が良く、確実に着陸できる空港を代替え地としてフライトプランに含んでいる。

参考文献>「飛行機の事情」、東京堂出版

40航空ファン>

 航空機の調査(スポッター、スポッティング)、撮影を趣味にする人、搭乗を趣味にする人、時刻表、航空路を調べるのが楽しい人、航空機の操縦、所持を趣味にする人、航空機の本、模型、ラジコン、グッズ、廃品を収集する人、航空無線(エアバンド)を傍受して楽しむ人。フライトシミュレータ(パソコンレベル、本物のシミュレータ)を楽しむ人。ハンググライダー、グライダー、ウルトラライトプレーン、熱気球、軽飛行機。

41旅客機の巡航角度>

 巡航状態では、飛行機は水平ではなく、約3度の迎え角になっている。よって、フライト・アテンダントさんが後ろから食事を配る際は、上り坂なので非常に重い。シート付属のトレーは、飲み物がこぼれないように、わざと3度前下りで止まる(水平にはならない)ようになっている。ちなみに旅客機が滑走路に近づく時は機首が下に3度(進入降下角)下がって降下するのが標準で、滑走路の手前で機首を引き起こしてメインギヤから接地するようになっている。進入降下角度が4-5度になると、降下する割合が一分間に60mも多くなり、タイヤへの負担も大きくなるので降下率3度 厳守というのは重要になるらしい。

42大型旅客機の飛行経路関係(どこをどんな風に飛行しているのか, STAR, SID, RNAV, フライトプラン)>

 航空会社の飛行機は、通常、あらかじめ定められたルートを管制機関の指示を受けながら飛行している。JALでは、フライトプランは、JAL本社オフィス(東京都品川区)にいる運航管理者(ディスパッチャー)が、当日の天候や風などを予測し、快適で飛行時間が短く、燃料消費などの効率の良い燃費ルートを考慮し作成するそうで、これは専門用語で「ミニマム・タイム・トラック(MTT)」と呼ばれ、2つプランが作成されるらしい。今は旅客機のコンピューターに2プラン同時に入力可能であるが、かつては1プランのみだったため、変更時は再入力していた。実際に飛行機を操縦するのは、主に機長で、副操縦士は無線関係や補佐役を行っているが、これらパイロットだけで旅客機を運航しているわけではなく、整備士が毎回新品同様に整備し、飛行前に地上のディスパッチャーと飛行プランを作成し、運輸省の許可を得て飛行し、管制官の許可を受けて飛行機を動かし、飛行中は他機のパイロット同士で情報交換し、会社の担当ディスパッチャーの補佐をうけながら旅客機を運航している。基本的にフライトプランは、航空会社のディスパッチャーが作成し、昔は計算盤を使用して1時間以上かけてフライトプランを作成していたが、現在ではコンピュータにデータを入力すると10秒程度でフライトプランが作成されるようになっている。

 旅客機がどのように日本上空を飛行しているかは、複雑すぎて記述できないが、手元の資料を元におおまかに紹介。

  日本の1960年代後半は、飛行機の数が少ない、のどかな時代であり、当時の飛行は気象条件さえよければ、離陸すると自分の好きなルートで飛行していた。乗客サービスのために富士山の近くを飛行したり、飛行時間の短縮や燃料の節約を競ったこともあったという。当時は飛行機の便数も少なく、同じ時間に同じ航路を飛行する機数は少なく、有視界飛行の時は自分の好きな航路を選んで飛行していた。

 大型旅客機の飛行ルートは、「車で高速道路に入って高速道路を走行し、高速から降りるルート」に構成が似ている。つまり、一般道が「滑走路」に相当、高速道路に入る上り坂が「離陸ルート(SID)」、高速道路に合流する道が「トランジション・ルート」、高速道路が「航空路(エン・ルート)」であり、高速道路の車線の種類(本道、追い越し車線)が「飛行高度(フライト・レベル、FL)の違い」になっている。ジェット旅客機は、高度約3万フィート(高度10km)付近の巡行が最も燃費が良くフライト出来るので、長距離の国際線では高高度の航空路が割り当てられる。一方、国内の短距離路線では巡航高度まで上昇後、すぐに降下開始しなければならないので、高度1万フィート程度の航空路が割り当てられる。航空路自体は同じ路線でも複数設定されており、風の事情、航空管制の事情で、適宜、変更されるので、毎回のフライトで航路、高度が変わるものだそうだ。基本のルートがあって、天候の影響が大きければその部分だけ迂回する。SIDはほとんどの場合で使用されますが、STARについてはあまり使われないのが現状。STARを使わなくても何かしらの経路をセットするのは、到着時刻や降下のタイミングをより正確にするため。

<離陸して航空路に入る過程> 

 主要な空港では離陸ルートとしてSIDルート(Standard Instrument Departure、標準計器出発方式)という見えない空の道(ウェイ・ポイント)が複数設定されており、航空路に入る途中の過程としてトランジション・ルート(Transition route、遷移ルート)を通過して、規定の航空路(エン・ルート)に入る。多くの場合は、離陸後すぐに自動操縦に切り替えて、管制官の指示を受けながら、事前にコンピュータに入力されたルートを随時、状況に応じて管制官の了承を得て変更しながら自動飛行するので、決められたSIDルートを完全に通ることはマレらしい。巡航中は、管制官と随時連絡を取りながら、オートパイロットが正常に機能しているかを随時モニターするのが仕事であり、弁当を食べている時間も随時、計器をチェックしている。飛行ルート途中に大きな積乱雲などがあると航空管制にルート変更を申し出て積乱雲の上を通り越したり、迂回する(デビエーション)こともある。SIDは事前にリクエストは可能ですが、最終的に決めるのは管制官(コンピューター)です。 嫌なら断る権利はありますが、選ぶのは管制の方です。

<エンルート>

 エンルート・チャートにおいてMやLで始まる航路は、外国の管制空域まで繋がっている国際RNAV経路。同様に、AやGやRは国際航空路。YやZは日本の管轄空域である福岡FIR内で完結する国内RNAV経路。このうちZは自衛隊の訓練空域内を通る経路で、あらかじめ公示された時間帯に利用可能。

 地上無線施設で構成される物も、ウェイポイントを繋いで構成されるR-NAVでのルートも共に航空路。最近の航空路はR-NAVルートが多くなっている。要求してどこかのポイントへまっすぐ飛ぶ場合はFly Direct 。ルートの変針点では通常は旋回半径を考慮して少し手前から旋回するが、その地点を通過しなければいけない地点(フライ・オーバーポイント)にはポイントの印に〇か✖の印が記載されている。

 RNAV1,5,10などは航法精度のことでそれぞれマイル(nm≒1.854km)を示す。状況により下記の値の精度が必要となる。ターミナルエリアでの精度は左右0.5nmでそれこそ0.1nm単位の精度が必要になる。

RNP10(RNAV10)>主として洋上等において使用され、航法精度は10nm。

RNAV5>主としてエンルートにおいて使用され、航法精度は5nm。

RNAV1>主としてターミナル付近の空域(一部エンルートも)において使用され、航法精度は1nm。

 似たような名前のRNP(Required Navigation Performance)と言うのがあり、これは航法精度性能を満足していることを飛行機側で監視し制限を超えると警報を出すシステム。3台のGPSにより航法精度を常時監視している。精度が満足できる値にないと”Unable RNP”と表示が出るようになっている。

1つの VOR/DME 局からの方位 (青) と距離 (緑) を利用して自機の位置を特定するのが VOR/DME

2つの VOR/DME 局からの距離を利用して特定するのが DME/DME

 日本の空では必ず2つ以上の局からの信号を受信出来て、VOR/DME は精度が落ちるので必然的に DME/DME を利用している。DME/DME では局の位置によって交わる角度が悪くなる場合があるので、FMS が常に最適な組み合わせを選択している。また、DME/DME 単独ではなく+IRS(IRU) の組み合わせで RNAV を実施している。IRS (U) とは [Inertial Reference Sys (Unit)]の事でINS [Inertial Navigation System]との決定的な違いは航法能力を持っていないことで、航法は FMS が受け持っている。また、IRS には機械式ジャイロに替わってレーザージャイロを使用しているので精度が飛躍的に向上している。

RNAV 航法は、航法精度を指定しない RNAV 航法と指定した RNAV 航法に分かれるが、

・航法精度を指定したのが RNAV1(ターミナル空域:航法誤差1海里以内)。

・航法精度が指定されないのが RNAV (GNSS))進入。

航法精度を指定し、なおかつ航法性能モニターと警報機能を必要とするのがRNP1 (Required Navigation Performance :航法性能要件 ) 運航。

 現在は RNP AR (Required Navigation Performance−Authorization Required、 進入経路の95%以内において、± 0.3nm 以内の航法精度が要求されており、機上の性能監視機能と警報機能も備えておく必要があり、サークリングでの進入(=サークリング・アプローチ)も可能)などの新しい RNAV APCH(=サークリング・アプローチ) が導入されている。

Required Navigation Performanceの略で、要はRNAVで飛ぶ際に求められる航法精度。

 各フライトのフェーズに応じて許容される精度のずれは変わり、空港に近いほど高い精度が求められる。RNAV方式、経路を飛行する場合、出発では1マイル、巡航は5マイル、降下1マイル、進入で0.5マイルといった精度が求められる。実際に飛んでいる飛行機の精度はANP(Actual〜実際の精度)として計器にも表示(例えばANP/0.3と表示されると、最大で0.3nmずれているかもしれないという予想最大誤差を意味している。)され、コンマ未満の高い精度で飛行しているため問題ない。これがRNPを超えてしまうような場合、RNAVでの飛行ができなくなる。

 今の航空路は無線施設で構成されている物は少なく、設定された特定の地点(ウェイポイント)を繋いで構成されるRNAV航法が行われており、この航空路を飛ぶためには飛行機に装備された航法装置がその位置を測定する精度が決められた値以内を維持する必要が有る。例えばRNAV5と言う場合には、航法精度は5マイルで主としてエンルートにおいて必要とされる航法精度。国内の旅客機はほとんどがRNAV1・RNAV5対応機。非対応機は、現在日本の空域では、FL290以上はRNAV非対応機の飛行を原則禁止している。

 GPSで機体の航法装置は常にアップデートされていて通常では1マイルも位置精度が外れる事はないが、外れても5マイル以内に収まると言う事で保護空域も±5マイルの幅を持たせている。

 SID,STARは全てRNAV1 。直線飛行での誤差は0.5マイル以内。旋回時は1マイル以内。RNAV1はSIDやSTARに、RNAV5はエンルートに使われる。RNPの記載とのことですが、これは主に洋上経路(RNP10)が飛べるということで、その他と同じ内容ではない。

<目的の空港に着陸する過程>

 航空機は安全のために基本的に向かい風方向に着陸するので、目的空港の風向きによって進入ルートは毎回、変更されている。以下に示すSTAR方式は、安全第一で、たいていは回りくどいルート設定になっていて、【最近では「レーダー管制」という方法による誘導が主流になっていてILS電波の届く領域までSTAR経路とは別にレーダーで監視されながら誘導】される。便数の多い大規模空港では、効率的に航空機を離発着させるために、順番に並ぶように誘導することが多いので、レーダー画面を見ながら航空機を並べさせている。

 ILS方式では装置が正常に作動していれば自動操縦装置と連結して自動的に降下することが可能で、この時、管制官を必要としない。乗客に不快な思いをさせない降下率のリミットは300フィート/マイルとされており、(例えば高度3万フィートに飛行中なら100マイル(約185km)離れたところから降下しないといけない(高度1万5000フィートなら50マイル前)ことになる。)、管制官の指示に従って降下しても、高度が高すぎる場合があるらしい。

 ILSの様な精密進入では、滑走路の接地点から3度の角度で降下するよう電波施設が設定されているのでそれに従って降下して行く。それ以外の非精密進入の場合、空港内に設置された無線施設からの距離を計る電波(DME)やRNAVのGPSによる空港からの距離表示に従って降下する。最終の降下経路では滑走路の接地点に対して3度の角度になる様に通過高度が設定されているのでそれに従って降下するが、目標としては速度の5倍の降下率で降下すれば3度になる。例えば、140ノットで進んでいればこれを5倍して700feet/min(一分間に700フィート降下する)で降りれば3度の角度で滑走路へ向かう事が出来る。160ノットだ800feet/minの降下率。また、滑走路からの距離が10マイルで三千フィートだったら3度の通常の角度で降下している事になる。これはパイロットの常識の計算方法。

 航空路を経由して目的の空港に近づくと、STARルート(Standard Terminal Arrival Route、標準計器到着方式、標準ターミナル到着ルート)が設定されている場合は、STARの経路に従って降下し、ILS、RNAV、VORといった着陸方式の入り口場所まで移動する。しかし、最近はGPSの精度も向上しているので、RNAVルートによる航法が主流であり、設定されているRNAVルートにしたがって航空管制の指示を受けながら、空中に設定された特定のウェイポイントに行って、「ILS/ローカライザー(空港によってはILSだけ)」の誘導にしたがって空港に最終進入して着陸する。ILS、レーダー誘導、RNAVというのは進入方式の話であり、着陸自体(着陸、ゴーアラウンド)は、大部分は手動で、自動着陸はまれである。

 多くの場合は、3度の降下角度で空港直前まで自動操縦で誘導されており、空港の着陸条件に応じて、条件が悪い時には着陸復行(ゴー・アラウンドという)を行って着陸をやりなおすか、事前に予定していた代わりの空港に向かう。(これをダイバートという。)着陸直前にはメイン・ギヤから設置するために、機首を5度程度引き起こして着陸する。(フライ・バイ・ワイヤ方式のエアバス機はフレア(引き起こし動作)は不要らしい)これは飛行機に紐をつけて振り子のようにしたときにちょうど振り子の真下で着陸するイメージである。

 空港設備などの条件がそろっていれば、最近の旅客機は自動着陸することが可能であるが、横風が強い場合や自動着陸の途中で故障した時の対処法などを考える手間、パイロットの着陸テクニックの温存を勘案すると、ほとんどの場合、最後の最後はパイロットが手動で着陸させているそう。エアバス機に乗っていて機内前方に座っていると着陸時にコクピットから「プルッ、プルッ、プルッ」という音が聞こえたら、それはパイロットがオートパイロットを切った際の警告音である。

 ちなみに、現在の日本航空では、着陸に際して滑走路から300mの高度以下で着陸するかの重大な決断を行うようになっており、安全な進入、着陸ができるための定められた条件(滑走路からの位置、降下率、速度)のうち、どれか一つでも外れていればゴー・アラウンドする決まりになっており、コクピット内でだれかがゴー・アラウンドと叫べばパイロットはゴー・アラウンドする規則になっている。

 飛行機が着陸する際に決心高度(DH)までに、滑走路の状況が見えないなどで進入をやり直す操作をミスト・アプローチ(Missed Approach, アプローチを避けるという意味、進入復行)と呼び、所定の方法にしたがって上昇し、定められた待機コースで天候の回復を待つ。

 一方、アプローチ局面を過ぎて着陸局面で、滑走路上に、障害物があった場合や強い横風の影響を受けて着陸をやりなおす場合の操作はゴー・アラウンド(着陸復行)と呼ぶ。

 最新のSID, STAR, RNAVルート、航空路は、国土交通省傘下の「AIS Japan(Japan Aeronautical Information Service Center)」というサイトで公開されており、一般人でもアカウントを作成すると各空港のSID,STARなどが入手可能。サイトに登録しても半年以上アクセスがないと自動的に登録抹消されるので注意。

 例えば、羽田空港関係のSID等ならば、AIP>Part3>AD2 Aerodromes>RJTT Tokyo INTL>RJTT AD 2.24 CHARTS RELATED TO AN AERODROMEの所にチャートが収納されている。ただし、一つの空港でも多種類のSID,STARが設定されているので、よほど興味がないと辛いかも。

フライト・シミュレータ・ファン向けには、イカロス出版から「出発進入経路マップ」、「空港着陸コースマップ」という便利な本が販売されているが、フライト・シミュレータ内の古い航空路マップと違うことから、あまり参考にならないことも。

 RNAV航法、SID、STAR、エンルートチャート、アプローチチャート、カンパニー・フライトプランの詳細な説明、読み方は、雑誌「コクピットイズムNo.10 憧憬する旅客機操縦席」2010年、イカロス出版に詳しく紹介されている。






図>羽田空港の北風、南風時の代表的な飛行ルート

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43〇航法、航法設備(VOR, RNAV, ウェイポイント)>

NDB航法> 地上に設置されている無指向性無線標識(Non-Directional radio Beacon)からの電波を、航空機上のADF(自動方向探知機、Automatic radio Direction Finder)と組み合わせて使用し、目的地を割り出すもの。最寄りの2個のNDBの位置関係から、飛行機の現在地を割り出す事が出来る。電波の性格上、VORに比べて現在地の誤差が大きい、悪天候の場合、誤った指示を出す欠点があるが、VORが高い山地域では受信しずらい(超短波は光の性質が強くなって山によって電波が遮断される)のに比べて、NDB信号は届きやすいという利点がある。ADFは信号が安定していないので、RNAV航法で使う事はなく、VORの故障時やアラスカなど施設が不足している地域でないと使う事はない。 GPS航法の登場で、ADF(NDB)は数が減らされている。

VOR航法> 超短波全方向式無線標識施設(VHF Omni-directional radio Range)、電波指向性の高いVHF波を使用して、VOR標識を中心にして、飛行機の向かうべき方向を示す。たいがいは、VORにはDME( 距離測定装置、Distance Measuring Equipment)も設置されており、これはVOR/DME(通称ボルデメ)と呼ばれている。DMEによってVORから航空機までの距離が測定できるので、2個のVORを使用すると、三角図法によって自分の位置が分かり、現代では搭載コンピュータによってリアルタイムに自機の位置が分かるようになっている。VORとミリタリー用TACANの距離測定機能を組み合わせたもののあり、これはVOR/TAC(通称ボルタック)と呼ばれている。VOR、ボルデメ、ボルタックは地上に設置されていて、これらの上を通過して飛行していると、少し遠回りになるので、現在ではRNAVとINS、およびGPS衛星情報を組み合わせて位置を割り出しながら飛行しており、VOR設備は経費節減を含めて縮小の方向にある。しかしながら、高額な航法コンピュータを搭載できない小型機や、RNAV航法機器の不調、GPS衛星の不調時、GPS精度の政治的な変動(敵国の兵器が自国のGPSを利用していると予想される場合に、意図的にGPS精度を低下させることによってミサイル等の命中精度を低下させること)要因によって、バックアップ機能としてVOR航法が消滅することはないと予想されている。

INS航法> Boeing747の登場時に採用されたINS装置(慣性航法装置、Inertial Navigation System)を使用した航法。もともとINSは大陸間弾道ミサイル(ICBM)の航法に開発された装置で、搭載したジャイロの動きを分析する事によって、外部の支援なしに、目的地まで移動することを可能にした。特に、地上施設の支援が望めない洋上飛行時には、通過したい地点の緯度、経度を入力すると、精度良く目的地に飛行することが可能である点が画期的であった。INS装置はバックアップを含めて3台設置していることが多く、精密なジャイロ(最近はレーザー式ジャイロ(IRS))を使用しているが、長距離を飛行すると誤差が累積して現在地点が狂いやすいという欠点があるので、現在は、GPS情報などの補正を加えて、位置誤差が数センチメートルという精度で使用されている。

GPS航法> 歴史的にいうと、飛行機開発初期の複葉機時代はパイロットが地形を見ながら飛行していた(地文航法)。B-29など、コクピット前面下部が窓になっているのは、この地文航法で飛行するための工夫である。しかし、天候の関係で地上が見えなかったり、よそ見して墜落など事故が多かった。地上の目標物に頼る航法は、海上では役に立たず、初期のジェット旅客機は夜間、海上を飛行する場合は、星空から場所を推定する天測航法(1960年代まで)も使用していた。Boeing737や727、DC-9のコクピット・ウインドウの上部に小窓があるのは、星の位置を観測するための小窓で、最新の737シリーズ機は天測する必要がないので小窓はない。INS装置の普及によって、海上も飛行できるようになったが、1995年頃からGPSの使用も解放されたので、GPSも使用されるようになってきたが、GPSはGPS信号の受信状態や、運用国の都合によって精度が変更される不安がある。

RNAV航法(aRea NAVigation、エリア・ナビゲーション)> VOR航法は、VOR標識に向かって飛行するのが基本であり、例えば二地点を飛行する場合、VOR地点を結ぶジグザグ飛行ルートになることで、飛行時間が長かったり、燃料を無駄に消費したりする欠点があった。最近はコンピュータの発達によって、最寄りのVOR/DME地点の緯度・経度は分かっているので、ここから飛行機のコンピュータが、随時、航空機の現在地がリアルタイムで分かるので、より直線的に飛行できるようになっており、GPSの測定結果も合わせて精密なRNAVルート上の「ウェイポイント」を飛行するRNAV航法が主流になっている。洋上などVOR/DMEが遠い場合には、複数の人工衛星を用いたGNSSや、飛行機に内蔵した慣性航法システムINS、IRSから位置情報を割り出すように自動的に切り替わって飛行する。しかし、セスナなど小型飛行機は、高価な航法装置を搭載していないことが多く、航法機器の故障の可能性もあるので、VOR基地局は数は少なくなっているが現在も運用が続けられている。

 ウェイポイントは、GPS技術の発展によって設定された地図上の特定の場所のことで、RNAV航法の際に使用され、標準的な大型旅客機ならば簡単に計器画面に表示することができる。

航空路、ウェイポイントは各国が公示しており、日本では国土交通省航空局が航空路誌で発信している。公示内容は4週間に一度のペースで更新され、よく使うウェイポイントがなくなることもある。

 RNAVでは航空保安無線施設等の直接の助けを借りずに、機上のRNAV装置の能力で航法するのでGPSが使えなくなっても、ほとんどの飛行機のRNAV装置は、VORやDMEと自蔵航法装置の組み合わせで、航空路のRNAVに必要な航法精度を維持できる能力がある。エアバス機でもボーイング機でも、離陸後のSID経路を飛ぶ場合はまずL-NAV(行先方向ナビゲーション、LはLateralで水平方向の意味)を使用しているので、それを飛ぶように指示するFD(フライト・ディレクター)の示す方向に従って飛行する。手動で飛んでいれば操縦桿を操作するし、自動操縦を使用していればパイロットはモニターするだけ。AP(オートパイロット)の場合、HDGカーサーは必要に応じて動かすだけ。SIDなどをフォローするのはL-NAVと言う機能で、離陸前にスイッチを押して準備させて置き、離陸すれば直ぐに自動的に作動してFDを作動させ、APを使用すれば自動的に作動する。

RNP ARアプローチ(=進入)>航行経路が維持されていることを監視し、経路を外れると警報する機能を備えた航空機については、洋上以外でもレーダー監視空域外の飛行が認められる。特にこのような飛行が認められる航法性能要件(Required Navigation Performance)をRNPといい、滑走路に進入する際の航法として採用する上で、機体装置や乗務員訓練などについて、国からの特別な許可を必要(Authorization Required)とする方式をRNP ARアプローチという。航空機が着陸する際、天候が良好で前方の航空機と十分な間隔がとれれば、目視で滑走路に着陸する視認進入方式のビジュアル・アプローチができる。しかし、雨や霧などで視界が悪い時は、一般には計器着陸装置(ILS)による着陸が行われる。ILSアプローチでは、地上から滑走路の長距離の直線的な延長上に電波を発射し、航空機はこの電波に合わせて方向や降下角を定めて滑走路に進入する。ただし、これに合わせるためには、到着経路から航空機の進行方向を滑走路の延長線上になるように旋回し、相当の距離を直進してから滑走路に進入する必要がある。これに対して、RNP ARアプローチは、到着経路から滑走路に進入するために通過すべき地点を結んだ経路をFMSが計算し、自動操縦でこの経路のとおりに旋回(高精度の曲線進入、RF(Radius to Fix) Leg)して、ILS経路よりも空港の近くで、そのまま滑走路に進入できる。また、空港によっては周辺の地形などの理由でILSアプローチのための誘導電波が設定できない場合もあるが、RNP ARでは新たな地上設備をつくる必要がない。このため、最短のルートで着陸したり、複雑な地形の空港周辺で山間を縫うように旋回しながら着陸したりできる。その結果、飛行距離や時間が節約でき、滑走路の延長下に広がる市街地をできるだけ避けた着陸ルートをとって騒音対策に役立てることができる。2012年から東京国際空港などで実験的な運用が開始され、現在では地方空港にも運用が広がっている。空港によるが、ILSが設置されている方向であれぼILSを使うことが多く、基本は好天時でもILS。経路の短縮や騒音の軽減などのメリットがある場合は、RNPアプローチが行われる空港もある。国際標準の改訂により、航法精度を指定しない「RNAVアプローチ」は日本では2022年10月に廃止され、航法精度を指定した「RNPアプローチ」に改められた。

 RNAV航法、SID、STAR、ウェイポイント、エンルートチャート、アプローチチャート、カンパニー・フライトプランの詳細な説明、読み方は、雑誌「コクピットイズムNo.10 憧憬する旅客機操縦席」2010年、イカロス出版に詳しく紹介されている。

レーダー管制> 現代は、航法装置だけで飛行しているのではなく、実際には管制官の指示によって、飛行ルートが随時、指示されており、管制官の指示によって飛行スピード(ジェット機で出発機は1万フィート以下では230ノット以上。到着機で空港から20マイル以内ならば170ノット以上がルール)、高度、ウェイポイントが指定され、実際には管制官と随時相談しながら飛行している。管制の際に使用される針路はコンパスが示す磁針方向となっている。多くの旅客機で込み合う羽田空港の場合は、着陸の際は管制官の指示にしたがって決められたルートを通ることが多いが、混雑しない地方空港では「ビジュアル・アプローチ」という滑走路を見ながら滑走路に進入する方式も行われている。

44〇航空管制の世界、ゴーアラウンド>

 航空機はターミナルで動き始めてから離陸して目的地に向かって、着陸してターミナルに止まるまで、常時、航空管制官の指示に従っている。計器飛行方式というのは、管制官がコースと高度を指定して飛行する方法であり、計器だけを見ながら飛行するという意味ではない。しかしながら、最終的に重要なのはパイロットの判断であり、自らルートを決めて運航したり、着陸したりする場合もある。管制官の指示に対してパイロットが指示を復唱することによって意思疎通の確認をするのが基本で、指示に使われる用語も決まり文句になっている。離陸する航空機には風の情報を先に言ってから許可し、着陸は先に許可してから風の情報を言っている。降下の指示はDescend(ディセンド。降りる)で、英語的に上るはAscendだが、無線による聞き間違いを防ぐために、上昇の指示はClimb(クライム、登る)を使用する。イエス・ノーは聞き取りやすくするためにAffirm(アファーンと発音。肯定する)とNegative(ネガティフと発音。否定的な)を用いる。

 安全のために、滑走路は常に一つの航空機しか使っていない状態にするのが基本。毎日の混雑する時間では航空管制官は1度に15機の航空機を誘導している。航空機はしょっちゅう鳥にぶつかっており、鳥の亡骸の回収や、エンジンオイルの漏れ、ボルトの脱落などで、羽田空港では平均して一日に一回くらい何らかの理由で滑走路が短時間閉鎖されている。平均すると航空機が滑走路を使用する時間は約2分であり、着陸した航空機が滑走路から出るのに手間取った場合は、後続の着陸態勢に入った飛行機は着陸復行(ゴー・アラウンド)を指示されるので、ゴーアラウンドは、必ずしも航空機に異常があった場合だけではなく、羽田空港では200分の1回、1日2くらいゴー・アラウンドするように設定している。ちなみに、2009年のデータでは、羽田空港は1日に490機着陸し、490機離陸している。つまり、毎日、一日に2-3機はゴーアラウンドしている。航空管制官は国家公務員で日本では1900人が働いている。

 日本の場合、管制官は公務員が担当しており、常に緊張が強いられる過酷な職場である。例えば東京航空交通管制部では40-50人の管制官が1日に約3500機前後の航空機を完成しており、勤務5日目が休みになるサイクルで毎日勤務時間がずれる体制で勤務している。勤務中はミスを起こさないために集中力が大事で食事も15分ほどで済ませるという。また日本全体の空域の管制も行うので、1日24時間、365日管制業務を行っている。

 丸い地球では、日本で昼であっても、地球の裏側では夜であり、時刻は各国によって異なる。高速で地球上を移動する飛行機の場合、各国によって使用する時刻が異なると不便であるので、コックピット内の時計は、国際機関によって定められている世界共通の「協定世界時(UTC)」を表示しており、運行中の交信はすべて協定世界時を基準にすることになっている。日本では、協定世界時が昼12時とすると、日本では+9時間で午後9時となる。

参考文献>「航空機は誰が飛ばしているのか」、日本経済新聞社

45〇飛行機の重心、翼の温度、燃料>

 飛行機は搭載燃料と貨物の重量はあらかじめ分かっており、チェックインを締め切った時点で客の重量(基本的に客は荷物込みで90kgとして計算する)は決定される。よって、この時点で、飛行機の総重量が決定し、お客の座席位置の分布に応じて、決められた重心内に重心がくるように貨物の置き場所が決定される。また、どうしても重心位置が収まらないときには、鉛のバラストを積んで重心を整えることもあるらしい。飛行中は飛行機の重心の移動は敏感なものがあり、例えば客が少ない状態で片側に富士山が見えて大勢の客が移動すると傾き、前後方向では客室乗務員が移動したのも機体の微妙な姿勢の変化から分かるそうだ。飛行中に空いている席があるからといって勝手に移動すると重心がずれるので、エコノミー席でも勝手に席の移動は禁じられている。旅客機の翼には、軽量化と強度維持のためにジェットA燃料と呼ばれる燃料が詰まっており、この燃料は-35℃以下になるとゲル状になってジェット・エンジンに流れにくくなってエンジン停止の原因になる。巡行高度11kmの気温は-56℃であるが、マッハ0.85の巡行速度では大気の断熱圧縮によって機体表面は30℃も上昇し、結果的に翼面は-20℃となっている。それで燃料自体は熱いエンジン・オイルと熱交換器によって常に約10℃になるように温めているが、それでも燃料が-35℃以下になりそうな時は飛行ルートを変更するなどして対処している。飛行機に搭載する燃料としては6種類が考慮されており、それは離陸に向けての地上走行のための燃料(タキシング燃料)、飛行に使用する燃料(バーンアウト燃料)、代替空港に向かうための燃料(オルタネート燃料)、補正燃料、空中待機燃料(ホールディング燃料)、補備燃料(エキストラ燃料)であり、これらの合計量が搭載燃料となっており、常に満タンで飛行するわけではなく、航空法に基づき、必要な量だけを搭載している。

燃料自体は、翼の揚力によって翼が変形しないように「重り」として使用できるように主翼のほとんどの部分に詰まっており、「翼の形をした燃料タンク」で飛行していると表現できるぐらい詰まっている。また、飛行中の翼の変形を抑えるために、胴体下部の燃料から使用し、内側部分の翼タンク、翼端タンクの順で使用する。長距離路線の大型機が離陸後、なんらかの原因で緊急着陸する場合は、空中で燃料を散布して、着陸しても問題ない重量まで減らす。燃料投棄は5千フィート(約1500m)以上の高さであれば燃料が地上に到達する前に気化するため地上には影響はないとされている。燃料廃棄装置は長距離大型機に装備されており、近距離を多頻度で運行するB737, A320などには、そもそも燃料廃棄システムが装備されていない。

46〇場所によっては太陽は西から登るように見える>

 太陽は東から登り西に沈むのが常識であるが、北緯55度、南緯55度以上の高緯度地域、(北緯55度はモスクワから北の地域)でジェット機で西に飛行する(例えば米国を昼に離陸して日本などの西方向に向かう飛行)と太陽の移動速度(実際には地球の自転速度)よりも早く飛行することができるので、理論的には飛行速度を調整すればずっと太陽を追いかけることが可能で、かつ太陽の運行速度よりも早い飛行速度ならば太陽が西から登るように見える。

47〇空港に台風が接近したら>

 日本付近に接近する台風に限定すると、多くの台風はグアム沖で発生し、台湾、沖縄を経て日本を縦断していく。よって、多くの台風は時速30-60kmで何時ごろ空港に来るか分かり、空港が影響を受けるのは数時間なので、飛行時間が1-2時間の国内線は欠航(一日何便も出ている路線もあるので)、長距離路線では出発を数時間遅らせることによって欠航しないようにしているという。フィリピン、台湾、沖縄など強い勢力で台風が来る場所で夜間の駐機中に台風が空港を直撃することが予想される場合は、高価な航空機を守るために香港、上海、関西などに避難させることもある。飛行ルート上に台風がいる場合は、遠回りしての回避が基本であるが、国際線などの飛行高度が高い場合は勢力の弱まった台風の上空を飛び越えることも普通に行われている。衛星写真でよくみられる「台風の目」は勢力の強いときに発生するものであり、勢力の強い台風は大型であるので台風の上空を飛び越えることは出来ない。よって、通常は旅客機から台風の目は見えることはない。

48旅客機の進化はヨーロッパから>

 世界初のジェット旅客機コメットの初飛行(1949)。シュド・カラベル(DC-9のような機体後部リア・エンジン設置したはじめての機体)の初飛行(1956)。世界初の超音速旅客機コンコルドの初飛行(1965)。A300(ワイドボディ旅客機の初めてのパイロット2人運行、従来はフライト・エンジニア込の3人乗務)の初飛行(1972)。A320(世界初の完全フライ・バイ・ワイヤ機、サイドスティックの採用)の初飛行(1987年)。

49航空機は空気の密度(大気圧、気温、標高)の影響を大きく受ける>

 空気の密度と揚力は比例関係にあるので、空気が薄い(=気圧が低い、高度が高い、標高が高い、気温が高い)と燃料を多く積んだ状態での離陸は困難になる。また、ジェット・エンジンは、空気を圧縮して燃料を燃やすので、空気が薄いとスピードを出すための推力も低下してしまう。推力不足=離陸スピード不足=翼はスピードで揚力が決まり、離陸時の気温が33℃を超えると顕著にこの効果が出始める。よって、成田空港から離陸するジャンボの場合、気温が33℃から34℃になった場合、気温が1℃上昇しただけで、離陸重量を2.8トン減らさなければならない。また、離陸準備中に気温が急上昇した場合に備えて、パイロットは予想気温よりも高い場合の離陸重量もデータとして持っており、場合によっては駐機場に戻って荷物や乗客を降ろすこともあるという。大型旅客機の発生する翼端渦は強力で、高空では数分間影響することが多く、パイロットは先行機や対向機があると意識して、航路を横方向にずらして飛行している。

50偏西風とジェット気流>

 ジェット旅客機の国際線は燃費の良い高度1万メートル(約3万フィート)を巡行し、ちょうどこの高度付近は北緯及び南緯30-60度付近では偏西風とよばれる「強い西から東に吹く風」が年中流れている。

ジェット気流によって流された形の雲は「シーラスストリーク」と呼ばれている。

ちなみに赤道付近には、貿易風とよばれる東から西に流れる強い風が吹いている。赤道付近で発生した台風が貿易風でフィリピン方向に流され、北上するにあたって偏西風の影響を受けて進路を反転し、日本に向かってくるのはこの風の影響による。偏西風は高度9-14km(2万-4万6000フィート)に存在するが、特に高度11km(=3万6000フィート)あたりの最大で時速360kmにもなる強い風をジェット気流と呼ぶ。ジェット気流の発見者は日本人であるが、当時はインターネットなどの発表媒体もないので、アメリカで発見されたことになっている。アメリカがジェット気流の存在に気付いたのは、第二次世界大戦中にB29爆撃機が日本空襲する際に、サイパンから日本に行く途中で、強い偏西風によって東に流されてなかなか日本にたどりつけなかったのが原因とされる。ちなみにB29は当時の最先端技術で機体が与圧されて高度1万メートルの高高度を飛行可能であった。高度1万メートルでは酸素が薄く、当時の日本の戦闘機は酸素マスクを装備していなかった(酸素が薄いと人間は気絶する)&空気が薄いので普通のプロペラ機ではこの高度に到達できなかった(燃料を燃やす酸素自体が少ない)ので、鈍重で巨大な爆撃機でも、日本の迎撃戦闘機が無力化できるものであった。ジェット気流にも特徴があり、簡単にいうとジェット気流は巨大なトンネルのようで長さ、数千キロメートル、幅、数百キロメートル、厚さ、数キロメートルで、ジェット気流の中心部が最も流れが速く、ジェット気流自体は、季節や条件によって絶えず変化している。一番、影響を受けるのが冬の日本ーハワイ線であり、ハワイ行はジェット気流の追い風を受けて短時間で到着するのに対して帰りは、強烈なジェット気流の向かい風を受けて対地スピードが上がらず、ジェット気流を避けるにも、そうそう遠回りすることもできないので、ハワイ行に比べて日本行きは飛行時間が5割増しになる。例えば、ボーイング777-300ERの場合、巡行速度は時速約900km(対地速度=1時間に900km進んでいる状態)であるが、ジェット気流の関係で時速600kmや1200kmになることもある。飛行プランを考える運行管理者は、ジェット気流の状況を見ながら、ジェット気流を利用して飛行時間が最も少なくて済むルート(ミニマム・タイム・トラック)を作成している。

 飛行機は、飛行するために揚力が重要で、対地速度ではなく、翼面を流れる対気速度が重要である。例えば、凧揚げのように、向かい風が強くて揚力が発生し、空中に浮かんでいる状態では、地上を移動していないので、この場合、対地速度は時速0kmになる。

参考文献>「飛行機の事情」、東京堂出版

51〇航空無線上の文字の通信方法>----

 航空業界では、無線の聞き間違いを防ぐためにアルファベット、数字の読み方を決めている。

 例えばJA8905便は、J(ジュ・リ・エット)A(アル・ファ)8(エイト)9(ナイナー)0(ジーロウ)5(ファイフ)という呼び方で交信する。

 交信周波数の○○.○の(点)は、デシマルやポイントと発音する。○デシマル○とか。

A アル・ファ、B ブラ・ボー、C チャー・リー、D デル・タ、E エコ・オウ、F フォックス・トロット、G ゴルフ、H ホ・テル、

I イン・ディア、J ジュ・リ・エット、K キー・ロ、L リー・マ、M マイク、N ノ・ヴェン・バー、O オス・カー、P パ・パ、

Q ケ・ベック、R ロウ・ミ・オー(ロミオ)、S シ・エラー、T タン・ゴ、U ユー・ニフォーム、V ヴィク・ター、W ウイス・キー、

X エクス・レイ、Y ヤン・キー、Z ズー・ルー

0 ジーロウ、1 ワン、2 ツー、3 ツリー、4 フォウアー、5 ファイフ、6 シックス、7 セーブン、8 エイト、9 ナイナー

100 ハンドレッド、 1000 タウザンド

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 イエス・ノーは聞き取りやすくするためにAffirm(アファーンと発音。肯定する)とNegative(ネガティフと発音。否定的な)を用いる。各国、コクピット内の会話は、それぞれ自国の言葉であるが、「交信のやりとりは基本的に英語で行うのが国際ルール」。ただし、所属する会社との交信や、自国内での非常時には母国語で通信しても構わない。

52飛行機とジェット・エンジン開発の歴史年表>

 以下は「飛行機物語」中公新書を参考にして作成。

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西暦  出来事

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1506 イタリア レオナルド・ダ・ビンチ チェチェリ山でグライダーのようなもので有人飛行試験行う。(516年前)

1738 ベルヌーイ、ベルヌーイの定理発表

1783 フランス 紙問屋のモンゴルフィエ兄弟の熱気球(熱気球で初めて飛んだのは、ヒツジ、アヒル、ニワトリ。弟ジャック=エティエンヌ・モンゴルフィエがはじめて熱気球で飛んだ人と推定されている。)

1791 イギリスのバーバーがガスタービンを考案

1804 イギリス ジョージ・ケイリー 尾翼のついた飛行機(グライダー)を考案

1849 ジョージ・ケイリー 10才の少年をグライダーに乗せて飛行させる。 

1872 ドイツのシュトルツェがガス・タービンを製作

1883 レイノルズ 流体の粘性に関する相似則を明らかにする。

1889 リリエンタール兄弟がグライダーを作製(累計2000回以上飛行)

1891 日本の二宮が「からす型飛行器」という模型を製作。本機には車輪もプロペラもついていたが、ライト兄弟の動力初飛行ニュースを聞いて飛行機作りを中止した。

1894 ランチェスターが翼の理論を構築&翼端渦を発見

1896 オットー・リリエンタール(兄)、グライダーで墜落死

1899 ライト兄弟 飛行機の研究開始(ライト家の子供は合計7人いて、ライト兄弟は、夭折した男兄弟を数えると、五男、六男コンビ。)

1900 ライト兄弟 グライダー作製

1903 ライト兄弟キティホークで動力初飛行(ライト兄弟が飛行機を発明したというのは、自力で離着陸&飛行制御可能な機体を開発したから。3年かけて事前に数百回の飛行試験を行ない、既存の4分の1の軽量なエンジンを自主開発して、はじめて動力飛行(=自立して離陸)に挑んだ。リリエンタールは地面に突っ込んで亡くなったので、ライト兄弟の初号機は、前のめりになっても安全性の高い先尾翼形式にしたといわれている。ただし、先尾翼式は安定性に問題があり、飛行機発明後、すぐに現在の尾翼式が定着した。)約120年前。この機体は滑走路が整備されていないので、車輪ではなく抵抗の少ないソリが使用された。ライト兄弟は、元々は飛行機に興味があった雑誌編集者で、リリエンタールの成功を知って、飛行機作るならば、似たような構造の自転車を販売して、飛行機研究用の資金を稼いでいた。また飛行機に特化した軽量エンジンも工房で自作したことが成功につながった。キティホークという砂丘も、砂丘ということで墜落時の安全性を見込んでいたから。ライトフライヤー機は、操縦がとても難しく、その後の復刻機では一度も離陸できなかったらしい。

1906 ドイツでジュラルミンが発明される

1907 ボアザン複葉機には車輪がついている。

1908 フランスのロランが間欠型ジェット・エンジンを考案。イギリスのデ・ハビランドが会社設立(デ・ハビランド社)

1909 米国のカーチスが飛行機を製作、ドイツのユンカースが飛行機を製作。ルーマニアのコアンダがジェットエンジン付きの複葉機(コアンダ=1910)を作製

1910 フランス ファーブル水上機が史上初めて水面から離陸。ドイツのツェッペリン伯爵の飛行船会社が世界で初めて旅客を運ぶ。

1910 日本 現の代々木公園にて徳川好敏がファルマン機にて、日本初の動力飛行を行う。実際には、この5日前に日野熊蔵が、ドイツから購入したハンス・グラーデ機で飛行していた。

1911 日本初の空港として所沢陸軍飛行場が開設

1912 フォッカーがドイツにフォッカー社設立、ライト兄弟の兄ウィルバー・ライト死亡

1913 ロッキード兄弟(アランとマルコム・ロッキード)が飛行機製造会社(後のロッキード社)を立ち上げる

1914-18 第一次世界大戦

1915 ユンカースが全金属製飛行機を作製

1915 日本 伊藤音次郎 伊藤飛行機研究所を創立。「恵美号」を作成し、1916年に稲毛ー東京築地間を往復する。 

1916 米国ロッキード兄弟がロッキード航空機製造会社(ロッキード社)設立。ジャック・ノースロップがロッキード社に入社。

1916 フランスのブレゲーが飛行機を作製、航空会社(エール・フランスの前身)も設立。米国のウィリアム・ボーイング(William Edward Boeing)が飛行機製造会社(ボーイング社)を設立。ボーイング社の第一号機は水上機。

1917 日本国内2番目の空港として岐阜県各務原(かかみがはら)に陸軍飛行場が開設

1919 日本国内3番目の空港として福岡県大刀洗町(たちあらい)に「大刀洗陸軍飛行場」が開設(実際は巨大な野原だった。)。第二次世界大戦後、現在は大刀洗の町すべてが空港敷地と言ってよいぐらい、現在の羽田空港より広い空港だった。〇フランスで12人の軍人に対して飛行中に昼食やシャンパンが提供され、これがキャビンサービスの起源とされる。2-3人の客が運べるように爆撃機を改造してロンドンーパリ間便がはじまり、これが世界初の定期航空運送事業とされる。

1920 米国のドナルド・ダグラス(Donald Wills Douglas Sr.)がダグラス社を設立。

1922 ドイツのドルニエが会社を設立し飛行艇を製造。米国のスタウトが全金属航空機会社を設立(この会社は後にフォードに統合される。)。日本で初めての航空会社(日本航空輸送研究所、(日本航空とは関係ない。))が大阪の堺市に設立され、堺市~和歌山~徳島を水上機で結ぶ。

1927 リンドバーグがニューヨークを出発し、約6000kmを33時間30分かけてパリ郊外のル・ブルジェ空港(シャルル・ドゴール空港の隣)に着陸(単独大西洋横断飛行)。ジャック・ノースロップが、ノースロップ・エアクラフトを設立。

1928 クライド・セスナが軽飛行機セスナの販売開始。クライド・セスナがセスナ社に関わったのは累計10年で、その後は農業にいそしんだ。

1928 米国のノースロップが飛行機会社を設立(ノースロップ社)

1929 石油成金のウィリアム・バイパーが軽飛行機バイパー社を設立。

1930 ユナイテッド航空の前身であるボーイング航空で世界初でスチュワーデスを乗務させる。

1931 羽田空港(当時の名前は東京飛行場)開港

1932 ウォルター・H・ビーチがビーチ・エアクラフト社を作って軽飛行機の販売開始

1935 伝説の旅客機DC-3初飛行(累計1万機以上生産)この時代から原始的自動操縦が実用化される。

1937 イギリスのホイットルが、パワージェット社を設立して現在の原型となるジェット・エンジンを作製。ドイツのオハインがジェット・エンジンを開発。飛行船ヒンデンブルグ号が炎上し、飛行船時代終了。

1938 世界初の与圧キャビン使用の旅客機 ボーイング307が完成。

1939 ハインケル社のHe178(オハインが開発したジェット・エンジン)がジェット機として初飛行。第二次世界大戦が開戦(日本、ドイツ、イタリアvs.連合国)。マクドネル・エアクラフト社(創業者 James Smith McDonnell)が創業。

1940 ロールス・ロイス社がローバー社からパワージェット社の技術を導入。この頃からアメリカの航空会社は安全性に優れた計器飛行方式を標準化する。

1941 グロスター社のジェット機E28/39がホイットルのジェット・エンジンを搭載して初飛行。

1942 デ・ハビランド社製のジェット旅客機コメットが初飛行

1942 DC-4初飛行。米国大富豪ハワード・ヒューズが、当時世界最大の飛行機H4ハーキュリーズを完成させる。飛行機好きだったハワード・ヒューズは、最後は飛行中の機内で病死。

1945  第二次世界大戦で日本が敗戦(原子爆弾投下)し、航空関係が一切禁止される。

1945 現在の福岡空港の原型が完成。当時は、1945年4月に沖縄に上陸したアメリカ軍の偵察が主任務として建設された。3月 大刀洗陸軍飛行場はアメリカ軍の空襲によって壊滅的被害を受けて閉鎖。

1946 DC-6初飛行

1947 ベルX-1 世界初の超音速水平飛行。大型ジェット機の原型となったボーイングB-47初飛行

1948 ライト兄弟の弟オーヴィル・ライト死亡(オーヴィル・ライトは自分の発明した飛行機によって原子爆弾が投下(1945年)された事実も知っていた

1951 サンフランシスコ講和条約が締結され、日本で飛行機を飛ばせられるようになる。8月 日本航空設立(2022年で約70年の歴史)

1952 日本ヘリコプター輸送株式会社設立(ANAの前身会社)

1953 DC-7初飛行

1956 ボーイング社創業者ウィリアム・ボーイング逝去(ウィリアムは、自社の初号機(水上機)から、1945年の自社製B-29による原爆投下、現代旅客機の原型となったB707の開発までは見ていた。)。小型飛行機の傑作セスナ172シリーズが誕生。累計3万5千機以上生産されている。

1957 ボーイングB707初飛行(65年前)第二次世界大戦終了から12年後

1958 ダグラスDC-8初飛行(DCはダグラス(D)社のコマーシャル(C、民生用)という意味。)

1962 YS-11初飛行。コンコルド開発開始。

1963  ボーイング727初飛行

1965 DC-9初飛行

1967 ボーイング737初飛行

1967 マクドネル・エアクラフト社とダグラス社が合併してマクドネル・ダグラス社が誕生。例えばMD-11のMDはマクドネル(M)+ダグラス(D)の頭文字。コンコルド初飛行

1969 ボーイング747初飛行。アポロ11号、人類史上初めて人が他の星(月)に降り立った。コンコルド初飛行。

1970 DC-10初飛行、L-1011ロッキード・トライスター初飛行

1971 東亜国内航空設立

1972 エアバスA300初飛行

1976 コンコルド運行開始

1981 ボーイング767初飛行

1982 エアバスA310初飛行

1982 ボーイング757初飛行

1987 エアバスA320初飛行

1990 MD-11初飛行

1991 エアバスA340初飛行

1991 ボンバルディア CRJ初飛行

1992 エアバスA330初飛行

1993 MD-90 初飛行(パイロンフラップ装備)

1994 ボーイング777初飛行

1998 ボンバルディア Q400初飛行

2002 エンブラエルE-Jet初飛行

2005 エアバスA380初飛行

2007 ボーイング787初飛行

2024 現在

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53空港関係

○空港関係>世界一発着が多い空港は、デルタ航空の本拠地アメリカ ハーツフィールド・ジャクソン・アトランタ空港で年間90万回(一日2465回1200回の離陸→離陸専用の滑走路が一つと仮定すると、1時間に50回、ほぼ1分ごとに24時間、365日離陸)の発着回数。

 羽田空港は日本最大の空港で2007年の年間利用者数は約6700万人、年間30万回(一日400回の着陸、400回の離陸)の昼定期便が離発着し、一日に新千歳空港行きが約51便、福岡空港行きが約46便、伊丹空港行きが28便、那覇行きが約23便ある。羽田空港の地下には総延長40kmに及ぶ燃料の配管が巡らされており、300ヶ所の給油口から、機体に給油されている。


図>羽田空港の滑走路名と使用割合。

 日本には米軍や自衛隊と共用している空港が8か所あり、これら共用空港ではほとんどの場合、軍側が管制を行っている。これはスクランブル発進の時に、軍用機を優先させるとともに、燃費の悪い軍用機を先に着陸させるための意味がある。

 空港の滑走路は大型機では300トンの物体が空からひっきりなしに一年中降ってくる衝撃に耐える強度が必要になる。映画ではセスナが高速道路に着陸するシーンがあるが、ジャンボクラスの旅客機は普通乗用車の200倍以上の重さと着陸時の荷重がかかるので高速道路に着陸はできない。ジャンボが下りられるような国際規格の滑走路はアスファルト部分だけでも2-3mの厚みがある。滑走路は平らではなく端に向かって微妙に溝と傾斜がつけてあり、雨水がたまらないようになっている。

 大型旅客機用の国際線規格の滑走路は幅60m長さ3000m以上であるが、例えばA380の翼幅は約80mと大きく、翼幅よりも狭い幅60mの滑走路内に着陸するには、いかに正確に着陸する技術が必要か分かる。

 成田空港は離発着にともなう騒音の関係で離発着が出来るのは午前6時から午後11時までに制限されており、緊急事態でない限り、時間厳守となっている。よって、風の都合で予定よりも早く到着した便は着陸許可が出るまで上空で旋回して待機し、午後11時に間に合わない便は周辺空港に行き先を変更するなどの措置を行うが、実際にはお客に迷惑がかかるので、そういう事態にならないようにいろいろ工夫されている。

 世界ではじめて設置された空港はアメリカのオハイオ州デイトン郊外にある「ハフマン・ブレイリー・フライングフィールド」。ここは人類として初めて動力飛行(エンジン付きで自力で離陸着陸したということ。ちなみにドイツのリリエンタールは、ライト兄弟以前に200回もグライダーで飛行している)した自転車屋のライト兄弟がノースカロライナ州キティホークでの初飛行後に、銀行家ハフマン・ブレイリーの援助を受けて飛行場を作り飛行実験を繰り返した場所で、現在はすぐ隣に「ライト・パターソン空軍飛行場」がある。 

 空港のコードとしてはIATAによって決めた3レター・コード(羽田はHND、成田はNRT)の他に、空港位置が特定できる4レター・コードがあり、パイロットはこちらを使用している。例えば、羽田空港(RJTT)の場合1文字目のRは日本、韓国、フィリピン方面を意味し、2文字目のJは国名、3文字目はその国の主要エリア(東京のT)を示し、4文字目は特定の空港の名前(羽田空港ならば、東京国際空港のT)を意味している。よってRJTTというだけで、日本の東京地方の東京国際空港という意味を含んでおり、パイロットは主にこの記号を空港の略語として使用している。旅客機は、飛行している時間以外は、どこか地上にとどまる訳で、空港は国や民間会社の物であるので、航空会社の旅客機も、有料で置かせてもらっていることになる。よって、着陸毎&空港に駐機しているだけで使用料金を払っている。羽田空港の所有者は国土交通省、中部国際空港(セントレア)は国の関与する指定会社。

 通常、滑走路上の標識は白色だが、北日本で雪の多い空港(例えば新千歳空港)では、積雪と区別するために、滑走路上の標識はオレンジ色になっている。

機種の表現の仕方> 主要空港の公式ホームページの「今日のフライト」という所には、機種が表示してあり、例えばB738とか記述してある。これはボーイング737の800型を意味している。これを、一部のマニアは、B38と表現する人もいるが、一般的ではない。さらに、マニア度の高い人は、個々の機体番号を把握し、「JA〇〇機は、JALに納入された一番機で、売却されて今は海外〇〇航空の機体番号〇〇機」という風に個々の機体の機体人生を識別して楽しんでいる場合もある。


54〇航空図「ジェプセン・チャート Jeppesen Chart」

 ジェプセン・チャートは、正式にはジェプセン・エアウェイ・マニュアルという名称で、ほとんどの全米の航空会社が採用し、日本でも採用されている飛行機運航用地図。もともとは1934年にアメリカのジェプセン機長(Elrey.B.Jeppesen)が個人的に作成した手書きのメモが始まりで、航空郵便のための空港への進入方式図や空港の図面を描いたものだった。1930年代には、飛行機用地図も、正確な山の高さを記述した地図もなく、当時のパイロットは地上の目標物をたよりに郵便物を飛行機で運んでいた。当時は、一冬で航空輸送会社のパイロットの4分の1が亡くなるぐらい、危険な職業であった。また、操縦席は吹きさらしで、寒く、当時のパイロットは飛行服や飛行靴を二重に着込んで寒さに耐えるしかなかった。当時の新人パイロット達が、ジェプセン機長のメモの存在を知って、分け与えたのがはじまりで、人気であったことからジェプセン機長が起業して会社を設立した。現在はボーイング社傘下に属しており、毎月2000枚のチャート(地図)を更新し、世界中の航空会社に送付している。昔、国際線パイロットは、国際線で必要ないマニュアル(細かな規定が書かれたもの)を運行マニュアル・バインダー、ルートマニュアル・バインダーから取り外し、運行先に応じた最新のマニュアル類に入れ替えていた。

 B777などのハイテク機あたりからは、航空図はコクピットの液晶画面に表示されるようになっており、地図情報はICチップに収められ、ほぼ毎月、ICチップを入れ替えて世界中の最新情報の入った地図が旅客機に入力されている。

詳しくは「航空図のはなし」、成山堂書店を参考にされたし。

55国内線の旅客機は最大で一日に9回飛行している。

 JALのサイトによると東京ーニューヨークなど、片道12時間かかる場合は一日一往復だが、近距離の国際線では2往復、つまり4回、国内の短距離路線では最大9回飛行する。LCC航空会社などでの使用が多いエアバスA320やボーイング787などは、一日8回飛行して整備時間を除いて年に10か月飛行するとすると、8回X30日X10か月=2400回、飛行機の運用年数は約20年と言われるので生涯で4万8千回飛行する計算。長距離路線で使用されるボーイング777などは生涯に2万回のフライトをこなす。A320の定員は180人なので、平均6割の人が乗ると一回100人載せて、100人x48000回=480万人。つまり、A320、1機で一年に24万人乗せていることになる。ちなみに、A320の価格は、約116億円。現時点で最も高価な旅客機A380はカタログ価格で500億円。

 一般に、最近の旅客機は飛行システムの信頼性に関しては「飛行時間10億時間に1回以下のトラブル」になるように規定されている。ボーイング737シリーズについで、世界的なベストセラー機になりつつあるエアバス社のA320は、6万回のフライトに耐えるように設計されている。実際には飛行時間2万時間で退役になっている場合が多いとされ、これは片道1時間のフライトを往復すると就航から退役まで1万往復することになり、整備を抜いて年間200日、毎日3往復(6回飛行)飛行すると仮定すると16.6年間稼働するので、やはり実態にあっている。旅客機は、総飛行時間も大事だが、地上と上空を往復すると機体が伸縮する(気圧の低い上空では、機内が0.6-0.8気圧になるように、ジェットエンジンの圧縮空気を取り込んで適温にして取り込んでいる。

 0.8気圧なので富士山の5合目、単純にいうと一回の呼吸で地上の8割しか酸素が吸えない)で、金属疲労を考慮して総フライト回数も安全性のために重要視されている。飛行機会社のパイロットは平均すると年に800時間飛行しているそうで、年間200日働くと、毎日4時間、つまり片道1時間のフライトなら、一日2往復、年間800回も飛行機に乗っていることになる。飛行機の安全性については、エアバスA320の場合は、何らかの事故に会う確率は800万回乗って1回の確率だそうで、パイロット人生を2回繰り返す中で1回、飛行中にジェットエンジンを停止する事態があるぐらい、安全性が高くなっている。

56 〇天気が良い場合の飛行高度と見える範囲の関係

高度3万5000フィート (約10km)で約422km先。岡山上空10kmから富士山頂上が見える範囲

高度2万フィート (約6km)で約320km先。

高度1万フィート (約3km)で約230km先。

高度5000フィート (約1500m)で約160km先。

  日本の大手航空会社に所属するパイロットは約6000人。老舗の航空雑誌エアラインの出版部数は月10万部。実売で7万部売れていると仮定し、毎月購入しない人が5倍いると仮定すると、日本の航空ファン(民間機)は約35万人というところでしょうか。日本人の100人に1人の割合が100万人ですので、民間機の航空ファンは少ない部類でしょう。LCCなど格安航空会社が普及した最近でも、地球規模からみると旅客機に乗れる人は世界人口の4-5%だそう。


57 おすすめの本、資料

累計100冊以上の本から選んだ本です。

< 電子本 43冊 >

〇「エアバスA380まるごと解説」、サイエンス・アイ新書、ソフトバンク・クリエイティブ

〇「ボーイング787vs.エアバスA380、ブルーバックス

ボーイング787まるごと解説、サイエンス・アイ新書

〇「ボーイング787はいかにつくられたか」、サイエンス・アイ新書

空を飛べるのはなぜか、サイエンス・アイ新書、

世界の傑作旅客機50、サイエンス・アイ新書

機長の一万日、講談社

飛ぶメカニズム、魅力のすべて飛行機、主婦の友社

飛行機に乗るのがおもしろくなる本、扶桑社

10〇旅客機運行のメカニズム、ブルーバックス

ジャンボジェットを操縦する、ブルーバックス

飛行機の大疑問、KAWADE夢文庫

ゼロから始めるエアー・バンド、三才ブックス

これだけは知りたい旅客機の疑問100、サイエンス・アイ新書

カラー図解でわかる航空力学「超」入門、サイエンス・アイ新書

最新鋭の航空機、ニュートンプレス

みんなが知りたいLCCの疑問50、サイエンス・アイ新書

カラー図解でわかるジェットエンジンの科学、サイエンス・アイ新書

ボーイング777機長まるごと体験、サイエンス・アイ新書

20〇インテリジェント・ジェットAIRBUS A320/A330/A340、イカロス出版

旅客機が飛ぶしくみ、新星出版社

ボーイングvsエアバス熾烈な開発競争、交通新聞社新書

ジェットエンジンの仕組み、ブルーバックス

図解・飛行機のメカニズム、ブルーバックス

航空路・空港の不思議と謎、実業之日本社

カラー図解でわかる航空管制「超」入門、サイエンス・アイ新書

飛行機はなぜ、空中衝突しないのか?、KAWADE夢文庫

ジェット旅客機をつくる技術、サイエンス・アイ新書

名機250選、イカロス出版

30〇カラー図解でわかるジェット旅客機の操縦、サイエンス・アイ新書

航空会社驚きのウラ事情、KAWADE夢文庫

ジャンボ旅客機99の謎、二見書房

カラー図解でわかるジェット旅客機の秘密、サイエンス・アイ新書

みんなが知りたかった空港の疑問50、サイエンス・アイ新書

機長たちのコックピット日記、朝日文庫

航空機事故50年史、講談社

飛行機事故はなぜなくならないのか、ブルーバックス

PEN 最強のエアラインを探せ、CCCメディアハウス

図解パイロットに必要な航空気象、成山堂書店

40〇AIRBUS A320 AIRCRAFT CHARACTERISTICS AIRPORT AND MAINTENANCE PLANNING, AIRBUS

飛行機のしくみ パーフェクト事典、ナツメ社

ジャンボジェット機を楽しむ、講談社

43〇「機長たちのコックピット日記002便」朝日文庫

< 本(冊子)50冊 >

●「飛行機・ロケット」、学研 1977

●航空実用事典 日本航空 1978

飛行機メカニズム図鑑、グランプリ出版 1985

●航法入門 日本航空協会 1993

●「エアラインハンドブックQ&A100」、ぎょうせい 1995

●「世界の珍飛行機図鑑」、グリーンアロー出版 1997

●「続・世界の珍飛行機図鑑」、グリーンアロー出版 1998

ジェット旅客機 その系譜と変遷酣燈社 1998

●航空機のグランドハンドリング 日本航空技術協会 2000

10●飛行機の100年史 PHP文庫 2002

●Boeing 777 イカロス出版 2004

●エアバスA320 イカロス出版 2004

旅客機の開発史、日本航空技術協会 2006

●空港着陸コースマップ、イカロス出版 2006

●航空無線のすべて 三才ブック 2007

●エアバスA380 イカロス出版 2009

出発進入経路マップ6、イカロス出版 2009

憧憬する旅客機操縦席、イカロス出版 2010

●Boeing787 イカロス出版 2011

20●旅客機の秘密、PHP研究所 2011

The Jet Engine、日本航空技術協会 2011

エアバスA380を操縦する、ブルーバックス 2012

THE 航空メカニック 2011-2012、イカロス出版 2012

旅客機と空港のすべて、JTB 交通ムック 2012

世界の旅客機ファイル、学研パブリッシング 2012

基礎からわかる旅客機大百科、イカロス出版 2014

●Avionics Lesson 日本航空技術協会 2014

AIM-J、日本航空機操縦士協会 2015

●エアラインオペレーション入門 ぎょうせい 2015

30●航空機のひみつ、小学館 2016

●A350XWB イカロス出版 2016

本当にあった!特殊飛行機大図鑑、彩図社 2018

めざせ!旅客機雑学王、イカロス出版 2018

ジェット旅客機操縦完全マニュアル、ソフトバンク・クリエイティブ 2021

●飛行機メカニズムの基礎知識 日刊工業新聞 2018

航空知識のABC、イカロス出版 2020

●エアバスA380 完全マニュアル イカロス出版 2020

●フライトナビ イカロス出版 2021

航空機ビジュアル図鑑、イカロス出版 2021

40●「現役航空整備士が書いた飛行機豆知識」、日本航空技術協会 2021

世界の「最悪」航空機大全、原書房 2023

●「ジェット旅客機のしくみ パイロットの操作でどう動くのか?」SBクリエイティブ 2023

●Boeing 737-600/700/800/900/900ER flight Crew Training Manual

●EMBRAER 170/175/190/195 Standard Operating Procedures Manual

●AIRBUS A320 The Flight Crew Operating Manual

●Boeing 777 Flight Crew Operating Manual

飛行機のしくみ パーフェクト事典、ナツメ社

●「旅客機のしくみと謎」、永岡書店

●「パイロット雑学」、KADOKAWA

50●「コックピット雑学」、KADOKAWA


58 〇航空灯
 旅客機が主翼前方に付いている着陸灯を点灯するのは、高度1万フィート以下を飛行する時に自機の位置を他機から見やすい様にする為。高度1万フィート以下に降りて来ると言う事は空港周辺を飛んでいると言う事なので、互いの存在を見やすくするために昼間でも夜間でも点灯している。高い高度を飛んでいる時には点灯させず、夜間にすれ違う時などにはここにいるよと知らせるために点灯する事も有る。旅客機で前方を照らすライトは「着陸灯」と「タクシー灯」の2つがあり、前者は着陸時に滑走路を照らすライト、後者はタキシング中に前方を照らすライト。飛行中に光るのは、他の航空機などから見えるようにするための航空灯のみ。

59. 〇水平飛行

 旅客機は水平飛行中は本当に“水平”な角度で飛んでいるわけではない「水平飛行」では、速度や高度、機体重量、上層の気象条件などにもよるものの、機首を1.5度から3度くらい上げた状態で飛行している。水平飛行時は、飛行機を持ち上げる揚力と、機体重量による重力が釣り合った状態。機首が水平に近いと十分な揚力が得られず、機首を上げすぎると抵抗が大きくなってしまうので、機首を1.5度から3度くらい上げた状態で重力と揚力がつりあうように機体がデザインされている。客室乗務員は、機体が若干上向きとなっていることを前提にサービスを行っている。乗客が利用するシートのテーブルも、あらかじめ3度ほど前下がりになるようにデザインされており、水平飛行中に平行に近くなるよう設計されている。

60 着陸時のリバース、地上スポイラー、ブレーキの役割分担

 ジェット旅客機の車輪が、確実に地上に接触すると、逆噴射(リバース)が動作可能になる。着陸時は短距離で停止したいので、リバースは前方への推進力(ファン推力90%:ジェット推力10%=合計100%)から、圧倒的なファン推力を逆方向に作用させることによってジェット推力を無効化させるとともに、逆方向の推力によって、急激に機体スピードが減少するという意味がある。地上では物理的にリバースで機体はバック可能なので、相当な推力が発生可能。地上スポイラーは、空気抵抗を増加させるというよりも、着陸直後に作動することで翼の揚力発生を阻害し、浮き上がりを阻止するととともに、翼を地上に押し付けることによって車輪に負荷をかけブレーキ効果を高めるために行う。機体重量の約9割は、機首車輪ではなく主車輪にかかっているので、オートブレーキによって機体が原則する。

61 滑走路番号

 滑走路で、例えば福岡空港の「滑走路34」というと、おおまかに340度方向(180度が南方向、360度が北方向なので、簡単にいうと北方向に離陸、南方向からアプローチして北方向に着陸する)に離着陸するための滑走路と思えばよい。「滑走路16」とは、おおまかに160度方向、簡単にいうと南方向に、離陸、着陸する時に使用する滑走路。何もなければ、滑走路番号なんて気にしないが、フライトシミュレータで、着陸時のアプローチプランを考える時に、どの方向からアプローチするか、STARやILS周波数を調べる時にイメージする必要がある。例えば、「滑走路34」というと、南側から着陸するとか、北方向に向かって離陸するとイメージできるようになる。

62 〇炭素繊維

炭素繊維は炭素で出来ているが、燃えやすいのでは?

 炭素繊維は規則正しい網目構造をもつが、木炭は、規則性も少なく(=アモルファス状態)強固な絡みあい(=ダイヤモンドのようなシグマ結合)も少ないため壊れやすい構造になっている。 炭素は酸素と反応して二酸化炭素になる(C+O2→CO2)。この酸化反応では、ある温度(酸化開始温度)を超えると急激に反応が進行する。この反応は発熱を伴うため、発熱して温度が上がると、さらに酸化反応は起きやすくなる。燃焼とは、(酸化反応→発熱→温度上昇→酸化反応性高)の循環を断ち切ることができず、酸化反応が激烈に起きている状態を言う。酸化反応の程度は①温度、②炭素の供給、③空気の供給に依存する。①の例としては放水による消火があり、水の蒸発潜熱により冷却して酸化反応を抑える。毛布やシーツで炎を包み込む消火方法が③。空気中の酸素を遮断して酸化反応を抑える。そして結晶構造による燃焼性の違いは、②の因子で説明される。規則的な配列で炭素原子同士の結びつき(=シグマ結合)の強い炭素繊維は燃えにくく、不規則な構造(=アモルファス状態)で空気が入る隙間の多い木炭は比較的燃えやすいことになる。また炭素繊維に限って言えば構造が規則的であればあるほど燃えにくいことになる。

 ボーイング787やエアバスA350XWBは炭素繊維の胴体であるが、実際にはCFRPといって炭素繊維を樹脂で固めた物であり、ボーイング機は熱硬化性樹脂(=加熱すると固いままのプラスチック)、エアバス機は熱可塑性樹脂(=加熱すると柔らかくなるプラスチック)で固めている違いがある。エアバスA350の火災事故では、ボディ外板が少しづつ溶けているように見えたのは、ろうそくのように、まず最初に熱可塑性樹脂が高温で溶けて燃焼したから。

プラスチックはなぜ燃えるか

 燃焼に必要な3要素は可燃物、点火源、酸素供給です。プラスチックの主な構成元素は炭素(C)、水素(H)、酸素(O)です。プラスチックに火源(点火源)を接炎すると、温度が上昇し、やがて分解温度に達します。プラスチックの種類にもよりますが、酸素の存在下で熱分解するとメタン(CH₄)、一酸化炭素(CO)などの可燃性ガス(可燃物)が発生し、発火します。大気中(酸素供給)ではいったん燃え出すと燃焼が持続することになります。また、製品肉厚が薄いほど、接炎箇所の温度上昇が速いので燃えやすいことになります。

燃焼性の違いはプラスチックの構成元素の違い

 プラスチックの構成元素によって燃焼性に違いが生じます。一般的には、次の傾向があります。

a)分子中に酸素や水素元素を多く含むプラスチックは燃焼時に可燃性ガスを多く発生するので燃えやすく、逆に少ないプラスチックは燃えにくいです。

b)分子中にふっ素、塩素、硫黄などの元素を含むプラスチックは燃焼時に不燃性ガスを発生して酸素を遮断するので難燃性になります。このようなプラスチックには、ふっ素樹脂、ポリ塩化ビニル、ポリフェニレンスルフィドなどがあります。


63 プロペラ機とジェット機の需要

○ボンバルディアQ400のようなプロペラ旅客機(正確にはジェットエンジンでプロペラを駆動しているのでターボプロップ機)は、ジェット機に比べて短い滑走路で運用可能で、雲の下を飛行するので見晴らしは良いが、低い高度の揺れやすく、欠航しやすい。また、巨大プロペラが回転する関係で、機内に振動と音が伝わりやすい。一方、ジェット機は気流の安定した雲の上を飛行するので揺れにくく、欠航しにくい。同規模の飛行機、同区間の飛行距離であるならば、プロペラ機はジェット機よりも燃料が3割ほど安く済むので、航空会社は使用したいと考えているが、一般客は「いまどきプロペラ機?」という感覚で、ライバル航空会社がジェット機で運行していると客を取られるので、最新の小型ジェット旅客機が使用される場合が多い。

64 ライト兄弟

 1899年にライト兄弟が飛行機の研究開始する。ライト家の子供は合計7人いて、ライト兄弟は夭折した男兄弟を含めると、五男と六男である。

1900年に、グライダーを作製する。

1903年にキティホークで動力初飛行する。ライト兄弟が飛行機を発明したというのは、自力で離着陸&飛行制御(エルロンを実用化した)可能な機体を開発したからである。累計200個以上の模型を作成し、3年かけて事前に数百回の飛行試験を行ない、既存の4分の1の軽量なエンジンを自主開発して、はじめて動力飛行(=自立して離陸)に挑んだ。リリエンタールは地面に突っ込んで亡くなったので、ライト兄弟の初号機は、前のめりになっても安全性の高い先尾翼形式にしたといわれている。ただし、先尾翼式は安定性に問題があり、飛行機発明後、すぐに現在の尾翼式が定着した。約120年前の事。この機体は滑走路が整備されていないので、車輪ではなく抵抗の少ないソリが使用された。パイロットは腹ばいで寝そべり、今でいうエルロンとラダーを同時に「腰を使って操舵する」操縦方法であり、現代からすると特殊な操縦系統だった。ライト兄弟は、元々は飛行機に興味があった雑誌編集者で、リリエンタールの成功を知って、飛行機作るならば、似たような構造の自転車を販売して、飛行機研究用の資金を稼いでいた。また飛行機に特化した軽量エンジンも工房で自作したことが成功につながった。キティホークという砂丘も、砂丘ということで墜落時の安全性を見込んでいたから。ライトフライヤー機は、操縦がとても難しく、その後の復刻機では一度も離陸できなかった。ライトフライヤー号の飛行対地速度は9ノット(時速16km程度)、大気速度は28ノット(時速~60km)で、強烈な向かい風があったので何とか離陸したというのが事実のよう。


写真>弟(オービル・ライト)が操縦し、兄(ウィルバー・ライト)が見守っている。


65 Top of Decend (TOD)

 航空機が滑走路に向かって降下する時の角度を進入降下角といい、どの機種でも「3度」が適正となっている。どのジェット旅客機も時速200km程度で限られた長さの滑走路に着陸しなければならないので、角度が浅かったり深かったりすると安全でスムースに着陸することが困難になる。それでパイロットは3度の角度で着陸するための降下開始点(Top of Decend)を確認する。例えば、滑走路手前の10マイルで高度3000フィートの高さにいると約3度でスムースに降下できる。滑走路手前20マイルだと高度6000フィート。滑走路手前30マイルでは高度9000フィート。


xx その他(今後の編集のための倉庫)

SIDはNo.42。RNP(RNAV)はNo.43で紹介している。

標準的な飛行計画経路はAICで告示されている。AICはAIPと同様にAIS JAPANのサイトに登録すれば無料で閲覧可能。

○主翼上面への日光の当たり具合によって、飛行中の旅客機でも衝撃波が発生していることが見ることができる。

○飛行高度があがると空気が薄くなり、空気抵抗が減るのでスピードは出しやすいが、衝撃波の発生速度(マッハ1の時速)が遅くなるので、マッハ1を超えないように飛行すると、理論的巡行速度がおのずと決まる。実際には、機体の一部でマッハ1を超えるので、燃費も考慮すると、実際にはマッハ0.85程度で飛行している。

○ヘリコプタなど繊細な操作が必要な航空機の場合は、右利きの人間が多いのでフライトスティックを右手で操作し、左手で推力レバー(スロットル)を操作するので、旅客機とは異なり、右側が機長の席。一人乗りの戦闘機は、左右の区別はないが、右手でフライトスティックを握り、左手で推力レバーを扱う。最近の旅客機は、頻繁に推力レバーを触る必要はないので、船の習慣にともなって左側が機長席。飛行機は基本、左旋回であり、理由は不明だが、これも左折の方が人間の特性に適しているからだという。

〇大気速度を測定するピトー管は、フランス人科学者ピトー(Pitot)が考案した。また、ジャイロスコープは、「フーコーの振り子」で有名なフランス人フーコーが考案した。

〇飛行機でHeadingは機種の向いている方向、Trackは飛行機の進行方向。横風が強い場合は、HeadingとTrack方位が明らかに差が出てくる。

○飛行機は向かい風に向かって離陸、着陸するのが原則であるが、離陸時はスピードがどんどん増加するので必ずしも向かい風でなければならないということはない。しかしながら、基本的には向かい風方向で離陸するので、風の方向が極端に変化する日などは、空港での観測結果によって滑走路方向が頻繁に変更される。一方、着陸時はスピードが遅くなるので、向かい風がないと着陸スピードが早くなるので向かい風が好ましい。着陸ルートは風の方向、その他によって随時変化する。よって、毎回のフライトで飛行ルートが変化する。空港が新設される場合は、建設予定地で1日8回以上風向き、風速の計測が3年以上行われ、観測された風のデータによって滑走路の方向が決定される。

○日本の大手航空会社は、最近のボーイング機が準日本製である&米国に配慮して、なるべくボーイング機を導入する傾向が見られたが、最近ではエアバス機も導入している。ボーイング機とエアバス機は操縦システムの思想が異なるので、パイロットは会社の都合によってボーイング系とエアバス系に分かれて乗務する。


○上野の国立科学博物館は、上空から見ると飛行機の形をしている。これは開設された1931年当時、航空機は最先端技術だったから。

○離陸時に、ガタン、ガタンという音が聞こえるのは、機体の前輪が滑走路中央のライトを踏んでいるため。音がする=きちんと滑走路中央を走行している事の証明でもあり、パイロットによっては乗り心地重視で、微妙にずらして、音がしないように心がけている人もいる。主輪が滑走路を転がる振動はザーっという音がする。昔は、いつ着陸したかわからない「シルキー・ランディング」が、名パイロットのあかしであったが、最近では、いつ地上に設置したかわからず、地面効果で滑走路上をふわふわ漂流(フローティング現象)して、着陸すべき滑走路が短くなるのを恐れて、「地上に設置したことがはっきりと分かる程度のショック」で着陸することが標準になっている。また、濡れた路面で、タイヤが滑らないように、滑走路に強めにタイヤを設置させる意味もある。

○旅客機は高い安全性が求められるのでエンジンなどは常に新品同様に整備されており、保守などを確実に行っていれば40、50年は飛行できるが、実際には経済的理由からおよそ30年程度で廃棄される。新型機が安全という保障はなく、未知の危険が潜んでいる確率が高いので、不具合の出尽くした旧型機がトラブルが少ない傾向がある。

○旅客機は高速で飛行するために空気抵抗を小さくすることは大事で、汚れのひどい翼の前縁、機種部分、エンジン回りは5-7日ごとに部分洗いする。また、30-45日ごとに飛行機全体を洗う。747クラスでは、20人かかりで約4時間ほどかかり、その後、25人で16時間かけて機体全体を磨いていた。一回の洗浄で洗剤30L、水20トンが消費され、運航の終わった夜間から深夜にかけて行われる。

○ロッキード社は飛行機に星のニックネームをつけるのが伝統で、トライスターはオリオン座の真ん中の三ツ星、コンステレーションは星座、ロードスターは道標の星=北極星、ギャラクシーは銀河、オライオンはオリオン座という意味。

○基本的に静かな座席は機体前方でジェットエンジンの前部分。DC-9やボーイング727などは構造的にエンジンが一番後ろについているので、当時の騒音レベルとしては機内が静かとして人気があった。経験的に言うと旅客機事故時に一番安全なのは、座席最後尾の中央部、垂直尾翼の下あたりと言われている。事実、フライト・レコーダーやボイス・レコーダーはこの部分に設置してある。

飛行機の離着陸は、原則として向かい風で行う。

つまり、向かい風で離陸するという事は、飛行機の地面に対する速さ(対地速度)よりも空気に対する相対的な速度(対気速度)が速くなり、短い滑走距離で離陸することが可能となる。

着陸の場合はこの逆で、同じ対気速度でも対地速度が小さくなるため、より短い距離で止まることが可能になる。

福岡空港の場合、騒音問題があり優先滑走路が定められているために、横風や弱い追い風の場合には、北側(海側)から南側へ離着陸を行なう。

春日方面からちょうど春日原駅上あたりで旋回して着陸するのは、北風が強くかつ天気が良い場合。この着陸方法は、空港を目で見ながらの着陸となるため、気象条件が一程度以下になるとこの方法がとれなくなる。その場合には、もっと南の久留米方面から滑走路端から出ている着陸誘導電波に従って進入してくる。この時は滑走路の南側延長上から直線的に着陸します。

〇小型~大型旅客機の場合、機外から作業員がドアを開ける場合は、スライドラフトが起動しないようになっている。また、きちんとボーディングブリッジが所定の位置にあるかどうか確かめる意味もあって作業員が安全を確認するという意味で、外側からドアを開ける。

〇日本では、地方空港から大都市に向かう上りの便は下一桁が偶数(例 JAL202便)、大都市から地方に向かう便(例 JAL203便)は下一桁が奇数番号と決まっていて、偶数ならば大都市空港行と分かる。国際線では、西行きが奇数の便名、東行が偶数の便名になっている。

〇航空機(飛行船、気球、グライダー、ヘリコプター、飛行機等)の分類の中に、飛行機(固定翼&エンジンつき)が属している。


〇RNAV航法

 新千歳は、ターミナルから見て手前の01L/19Rを離陸用に、奥の01R/19Lを着陸用に使うのが基本。ただし除雪や定期的なメンテナンスにより一方の滑走路が閉鎖される場合などは、片側のみを使用する柔軟な運用が可能。多くの空港で決められている、優先滑走路(誘導上、騒音上の理由などによる)の設定もないため、風向きのみを考慮して滑走路方向を決めることがほとんど。年間を通しての風向きは、南北どちらもまんべんなく吹くので、01か19かは半々というところ。19については着陸は19Lが基本と言いましたが、19LにはILSがついておらず、滑走路に斜めに向かっていくVOR進入か、ほとんど真っすぐのRNAV進入、または視認進入(天候の良い休日がほとんど。自衛隊が飛んでいない日)であり、最近はRNAV進入がメイン。ただしILSでないと降りられないような天候(大雨、霧など)では19Lへの着陸ができないため、そういう場合は19RへのILS進入を使う。ただしこの場合は19Rの離陸機と同じ滑走路を使うことになるため、多少混雑することもある。混雑が激しくなると着陸滑走路を横断させて19Lから離陸を行わせることもある。01については両方の滑走路にILSがついているため、特に複雑なことはなく、ほとんどの着陸機は01Rを使う。ただし他機が全くいないときは、少しでもターミナルに近い01Lをまれに使用することがある。その他、01Rが閉鎖されているような場合も01Lの着陸を使うことがある。


 通常、日本において航空路というのは、無線施設(または地点)をつないで名前をつけたものをいう。(V11、G581など この中にも種類はある)

その他にRNAV経路(航空路と思われているが違う Y11など)、直行経路(航空路のようでそうでないもの 特定の名前はないが地図には乗っている)などがあり、ここまでが巡航の大部分を占める。そして巡航への橋渡し的な位置づけで洋上転移経路(太平洋路線などの大きな経路への橋渡し OTR11など)、転移経路(SIDから航空路などへの橋渡し 〜トランジション)がある。

その他出発用経路としてSID、到着経路としてSTARがある。STARがない場合も、航空路などのある地点から空港方向に経路が伸びており、フィーダールートと呼ばれることがある。

一般的な旅客機の運航を出発から見てみると。。。

出発>ほとんどの場合SIDを通る管制許可がきます。SIDがない場合や、その他の交通状況によっては管制官の誘導を前提にした許可がくることもあります。またSIDを使う場合も、途中で誘導されることが多いです。そして洋上転移経路やトランジションがあればそちらを通って、巡航部分となるルートに向かうことになります。

巡航>巡航に使うルートは路線や機材によって変わってきます。RNAV経路は一般的に近道なため、できればそれを使います。ただRNAV経路を飛ぶには必要な装置が決まっているため、機材によっては飛べないものもあります。RNAV経路がなかったり、飛べない飛行機であれば、航空路を使うことになります。またRNAV経路を組み合わせることもたくさんありますし、ちょうどいいものがなければ、直行経路などを使ったりします。出発時同様巡航中も、管制官からの誘導を受けて、さらにショートカットできることもたくさんあります。計画上のコースをそのまま飛ぶことのほうが少ないですね。

到着>ほとんどの場合管制官の誘導で飛行します。誘導により進入に使用するちょうどいいポイントまで持ってこられて、進入許可が出る感じです。空港によっては管制官による誘導ができないところもあるため、その場合はSTARやフィーダールートを通って、自分の力で飛ぶ場合もあります。また大きな空港でも、夜間などはSTAR通りに飛べといわれることもあります。

 オートパイロットとは航空機のFMS(フライトマネジメントシステム)にあらかじめ必要事項を入力する事により、LNAVおよびVNAVが動作して行う事である。テイクオフ後はSIDに沿ってLNAVするのですが、交通状況により管制官から直行指示が出る場合がある。その時はMCP及びCDUの情報を変更しながら飛行する。空港へのアプローチも同様にSTARに沿ってLNAVするのですが、交通状況により管制官から迂回およびホールドが指示され、MCPおよびCDUに変更情報を入力して行う。現在はRNAVルートが主流であり、VORとはあまり関係がありません。もしGPSが故障して使用できない場合はVORの情報を頼りに目的地まで飛行します。羽田から伊丹の場合はRNAV Y71を使用するのではないでしょうか。

 今はオートパイロットの使用を強く推奨されていますから、おそらくオートパイロットだとは思いますが、ボーイング機はエアバス機に比べオートパイロットに入れるタイミングは遅い傾向がありますので、絶対にオートパイロットだとは言えません。ただ、一般人がオートパイロットか手動かわかるような飛び方をするラインのプロパイロットなどいません。前職の関係で何度もコックピットに乗りましたが、驚くほど正確です。1kt、1ftの世界です。

飛行計画においてRNAV経路、VOR経路、直行経路(ダイレクトルート)を組み合わせても問題ありません。

SID、STARなどの情報は国土交通省のサイト、AIS JAPANからです。

https://aisjapan.mlit.go.jp/Login.do

登録は必要ですけど、無料で見られるので、登録されたら色々なチャートが見れます。ログイン後にAIPをクリック。しばらくしてから、左側のPart-3にある AD 2 Aerodomesってのをクリック。パイロットが使う、日本中の空港情報が見れます。

〇フラッペロン(=フラップ+エルロン)を装備するような大型旅客機はオートパイロットによってエルロン、プラッペロンを速度に応じて使い分ける。高速時は外側のエルロンを使用すると翼がねじれるため、フラッペロンだけ使用し、低速時にはエルロンとフラッペロンを使用する。着陸直前など超低速時は、翼面の気流速度が遅く、エルロンの効きが悪いため、片方のスポイラーを立ててエルロンを補助する。

〇使う機体のメーカーは一つに統一しておいた方が整備などのコストが下がりますが、不具合があったときに飛行禁止になると全部飛べなくなるのを防ぐために複数の機体を使っておいた方がリスクの低減になります。

〇ラジャー>航空管制において「受け取りました」という意味で「ラジャー」という言葉は頻繁に使用する。昔、航空無線が未発達のころ、「Received(受け取った)」のRを確実に伝えるために、男性の名前であるRoger(ロジャー)と発音していて、その後、ラジャーに変化した。

〇旅客機は降下が始まる10分ぐらい前から着陸の準備をしており、羽田から大阪伊丹空港の場合、伊豆半島を通過したあたりで準備が始まる。副操縦士と着陸のブリーフィングを行い、目的空港の現地天候、閉鎖されている誘導路の有無、整備中の進入灯位置などの空港情報をもとに使用滑走路、進入方式、着陸後にどの誘導路に向かうかの確認をおこなう。航空会社の運用規定では、着陸に集中するために、高度1万フィート以下では客室からコクピットへの連絡は原則禁止されている。

〇旅客機の運べる人数

●A380 600-840人

●B747-400 乗客416-624人

●B777 300-550人

●MD11 204-410人

●A350XWB 270-412人

●B767 218-350人

●B787 210-250人  787-8(国内線仕様) 335人

●A320 107-220人

●B737シリーズ 85-189人 -800シリーズ(国内線仕様) 165人

●E170 70-122人

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1月27日 土曜日 成田発の国際線JAL便(コードシェア便含む)は、1日 53便

A380 1機 ドバイ

B777 6機 ソウル、台北、上海

A330 6機 ホノルル、ヌメア、デンパサール、台北

A350 9機 香港、クアラルンプール、上海、ドーハ

B787 12機 フランクフルト、ジャカルタ、メキシコシティ、ロサンゼルス、ホーチミン、ハノイ、サンフランシスコ、台北、香港、ダラス、ベンガルール、バンコク、ボストン、ケアンズ

B767 7機 グアム、クアラルンプール、シアトル、シンガポール、マニラ、バンクーバー、ホノルル

B737 5機 台北、プサン、ウランバートル、ソウル

A320 2機 上海

A220 5機 ホーチミン、ソウル、高雄、南京、台北

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〇ベイパー・コーン>湿度が高い場所で戦闘機にぶち当たって圧縮された空気がその直後で急減圧されることにより霧が発生する現象。音速を超えた時の衝撃波とは異なり、衝撃波で必ず白い雲が出来るとは限らない。衝撃波部分は光屈折率が変わるので旅客機の翼面でゆらいでいるのが肉眼で見える。

〇普通の直線のアプローチは、ILSアプローチまたはRNPアプローチを行っています。ILSアプローチは滑走路近くに設置された機器からの電波を辿って行うもので、RNPアプローチはGPSなどから割り出した飛行機の位置をもとに行うものです。伊丹空港のランウェイ14の場合は、ILSアプローチで降下をしてきた後に、パイロットの目視で空港の西側に回り込んで旋回着陸します。これはサークリング・アプローチといいます。(交通状況と気象状況によっては、14Lに降りる小型機は空港の東側からサークリング・アプローチをする場合もあります)。なぜランウェイ14の場合にサークリング・アプローチをするかというと、空港の北と西に山がある関係で、ランウェイ14側に直線的に進入する方式を作れないからです。また、RNP ARという方式であればGPS等を使って曲線のアプローチが可能なのですが、伊丹の場合は騒音問題に配慮してRNP AR方式は設定されていないようです。サークリング・アプローチであればパイロットの手動なので、便ごとにある程度飛行経路がばらつき、それによって騒音もばらつきますが、RNP ARアプローチを設定すると飛行経路は一本に固定化されてしまい、騒音がその地域に集中するからです。福岡空港のランウェイ34でやっているのは、直線進入からのサークリング・アプローチではなく、空港の北西側までレーダー誘導された後に、パイロットが目視で旋回着陸するビジュアル・アプローチというものです。サークリング・アプローチとビジュアル・アプローチは似て非なるものです。

〇羽田→新千歳 一日63便、 羽田→福岡 一日65便、羽田→沖縄 一日38便

〇「ターボプロップ機」と「ターボファンエンジン機」の巡航速度は圧倒的な差が。JAL(日本航空)グループが使用しているターボプロップ機、ATR42-600の巡航速度は556km/hと公表されているのに対し、多くの乗客を乗せる国内幹線向けのジェット旅客機、エアバスA350-900は916km/hと公表されています。ターボプロップ機の強みのひとつは、離着陸に必要な滑走路の長さがジェット旅客機と比べて短くて済むこと。つまり、ジェット機では条件が良いときにでしか運航できない1500mの滑走路はおろか、それにも満たない短い滑走路の空港もある離島路線でも発着可能である点が、ターボプロップ機を選択するひとつの理由とされています。また燃費効率もターボプロップ機のほうが優れていることが多いのも理由のひとつでしょう。ヨーロッパの航空機メーカー「ATR」は、短距離離着陸に特化した「ATR42-600S」の開発を進めています。ATR42-600Sは40席クラスながら、800mの滑走路に発着可能としており、同社は「日本にある97か所の空港のほとんどに就航できます」とコメントしています。


〇1783年11月21日フランス人モンゴルフェ兄弟の熱気球がパリ ブローニュの森で25分間上昇した。〇オットー・リリエンタールと弟グスタフは18種類のグライダーを制作し、2000回以上の飛行実験を行った。ライト兄弟以前にはエンジンを装備した飛行機が多く試作されたが離陸することが目的で、操縦装置や本格的な着陸装置は取り付けられていなかった。〇ライト兄弟の研究には、当時著名なアメリカ人科学者、技術者のオクタブ・シャヌートが技術的、資金的後援者となって支えていた。〇現代の操縦装置のもととなる方式を開発したのはフランスのルイ・ブレリオ。ブレリオXIという機体は操縦桿とフットバー、エンジンスロットルを装備しており、現代飛行機の原型となった。

〇飛行機は高速で飛行するためには小さな翼面積、低速で安定して飛行するためには大きな翼面積が必要になる。よって、大型旅客機では、多段フラップ、スラットなどを装備している。〇飛行機が2倍の速度で飛行するためには空気抵抗は4倍になり、エンジン出力は8倍にしないといけない。〇ジェット旅客機が飛行している高度11kmでは、マイナス40度、気圧は地上の約3分の1で、空気の密度は低くなっているので、空気抵抗は少ない。空気が薄くなると通常のガソリンエンジンは出力が低くなるが、ジェットエンジンは40-50気圧まで空気を圧縮しているのでエンジン出力が低下することはない。〇グランド・スポイラーは着陸滑走時に空気抵抗を増加させて揚力を低減し車輪ブレーキの効きをよくするために使用。フライト・スポイラーは飛行中、急速に降下する際に使用。着陸滑走時にも使用。〇ジェットエンジンは機体の装備品の中でも特に重く、ジャンボ機では一機4.2トンもある。この重たいものを機体重心近くに置き、主翼に吊るすことで、主翼の補強が簡単になり、軽量化できるとともに、エンジン整備もしやすくなる。〇フランス シュド・エスト社SE210カラベルが、世界で初めて機体後方にジェットエンジンを装備する。〇最近のジェット旅客機は経済性を高めるために空気抵抗が出来るだけ小さくなるように設計されグライダーに近くなっており、エンジンがすべて停止しても最低100km(羽田空港ー静岡市ぐらいの距離)は飛行できるようになっている。〇低翼機の場合、翼内に燃料が詰まっているので、着水時に大破しなければ、翼が浮き代わりになって何時間も海水に浮いている。〇ジャンボ機の翼面荷重は685kg/m2で、ゼロ戦は104kg/m2であり、同じ面積で約6.8倍の重量を負担できるほどに進化している。〇一般的には、ジェット機の燃料としては原油を蒸留したケロシンから作られる灯油を利用した「JET A-1」が利用されるが、低温地域では着火性のすぐれたナフサ(粗製ガソリン)を混ぜた「JET B」を利用している。ケロシンを精製すると軽油と灯油が出来て、軽油はディーゼル車の燃料。〇B777で東京-大阪のフライトでは、片道2万L、200Lのドラム缶100本分の燃料を使用する。〇初期のジャンボには100個以上の計器があり、無線機器のスイッチを含めると380個以上のスイッチがあった。パイロットは機体のすべてのシステムに精通して操縦席から対処できるように設計されている。〇現代の旅客機は、これまでの機長、副操縦士の上下関係ではなく、二人のパイロットが業務を分担して操縦するように設計されている。機長の職務はPilot in commandといって航空機の運航のすべての指揮と責任を負う事を意味している〇ハイテク機では、操作に必要な情報だけ画面に表示され、離陸重量、空港の高度、気象状況を入力するだけで飛行速度が自動計算。飛行時には異常がある場合、コンピュータが警告。コンピュータに登録してあるコースを画面上で選択するだけで自動操縦となる。〇地球上では国によって時間がバラバラであるので、コクピット内、管制の時計表示はUTC(協定世界時)を表示しており、世界中でUTC時間で報告している。〇左のラダーペダルを踏むと機体は左に向く。向きたい方向のラダーペダルを踏むという事。〇国土交通省航空局は日本の空を航空機が安全に効率よく使用できるように日本のすべての空域をレーダーで24時間監視して、そこを飛行するすべての航空機の安全な飛行の援助をおこなっている。〇飛行中のジェット旅客機の機内騒音は、エンジン騒音より機体上部を流れる空気の空力騒音がほとんんどであり、この騒音は機体前方が最も小さく、後部が最も大きい。〇ボーイング機のランプ類は、3つのスイッチモードがあり、TEST、日中用のBRT(BRIGHT)、夜間用のDIM(Dimming)である。TESTにするとコクピット内のすべてのランプが点灯するしくみで不具合をすぐに見つける事ができる。




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