大手エアライン・パイロットの制服の変遷
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趣味で大手エアライン・パイロットの制服の変遷を調べています。
<目次>----------------------------------------
1. 日本航空パイロット
2. 全日空パイロット
3. 日本エアシステム・パイロット
4. パーサー・スチュワード
5. フライトエンジニア
6. 教官
7. その他(ツール)
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1. 日本航空、JALパイロット>
初代>
図> 初代のロゴマーク
制帽(初代JALマークが特徴)> 現在の日本航空の設立は昭和28年10月(1951年)。鶴丸マークが登場し、社章として正式採用されるのが1965年なので、この帽子のデザインは14年間あったことになり、少なくとも57年以上前のもの。この時代は、帽章下部がわざと黒リボンの下に埋め込んであるのが特徴。つば部分のデザインが、自衛隊風の派手なデザインになっているのも特徴。以下の写真を見ると月桂樹の模様にキラキラパーツが縫い込まれているのが分かる。あごヒモ部分は、変更された部分でオリジナル部品ではない。日本航空では、初めて日本人機長が誕生し、日本人機長・副操縦士による、初めての運航は1954年なので初期は外国人機長のみが、この帽子をかぶっていた。
当時30才の機長ならば、現在は87才以上になっているハズ。JALにおいては1953年頃から、鶴の絵(画家の永井郁氏がJALの広告向けに鶴を描いたのが始まり。もともとは千羽鶴が起源。)を、広告で用いていたのでJAL=鶴のイメージが出来た。
制服(紺色で羊屋製のオーダーメード。この時代、ボタンは標準で銀色。この時代、ジャケットの胸章は最初から縫い込んである。動きやすいように背中脇部分にタックが入っている。)
写真>胸章(ジャケット用)
写真>胸章(ワイシャツ用)
写真>羊屋の初期ロゴマーク(制服の内側用)
初代後期と思われるジャケット(1954年あたり)。洋服の生地が初代に比べて明らかに黒く、ボタンは金色。胸章も初代はJAL部分が銀色であるのに比べて、本品は金色。ラベルは「羊屋」で御茶ノ水、東京と記述。以下の羊屋のラベルは神田、銀座、東京と記述。以下のパイロットも黒地の制服を着ている。羊屋のロゴも、初代をベースに改良していることがうかがわれる。
当時のJAL案内パンフレットに載っていたJAL初代パイロットの制服姿。帽子に鶴丸マークがないのが特徴。服は機長用4本線なのに、制帽は副操縦士用なのが、違和感あり。他の資料でも、機長は月桂樹の入らない、現代でいうと副操縦士(コーパイ、コーパイロット)の帽子をかぶっているので、この時代は、飛行時間が一定以上の機長が月桂樹入りの制帽をかぶっていたのかもしれない。このパイロットのボタンは銀色。
羊屋の後期ロゴマーク(制服内側用)神田、銀座、東京と記述。ロゴがシンプル化されている。
2代目>-----------------------
二代目のロゴマーク
制帽(前期モデル、鳩の首が短いのが特徴。一般に、羊屋製マークが入った帽子は、帽子内側で額にあたる部分の革が茶色であるので、内側が茶色の帽子は古い。内側が黒色の革は新しい。)また、後期型は鶴丸部分が平坦であるのに対して前期型は鶴丸の中央部分が少しくぼんでいるのも違うポイント。
ジェット機の導入と同時に鶴丸がデザインされたのは1959年、社章として正式に採用されたのは1965年なので、本帽子で最も古いのは57年は経っている。1958年頃は、当時の国際線で、主要な客はアメリカ人であり、アメリカ人から見て日本を想起するもの&当時、JAL=鶴のイメージが出来つつあったので、鶴をモチーフとしたブランドマークを作成することになって初代鶴丸マーク(具体的にはタンチョウ鶴がモチーフ)が完成した。冷静に見るとこの帽子には鳩と鶴の2種類の鳥がいることになる。丹頂鶴(丹頂は頭が赤いという意味)は、江戸時代は日本各地に生息し、日本で鶴といえばこの丹頂鶴を意味していた。
制帽(おそらく後期モデル、鳩の首が長いのが特徴)。資料によると1978年もこのデザイン。
制帽の頭頂布の交換部品(昔、男性はポマードで整髪するのが普通で、汚れ対策でビニールが貼ってあり、ビニールが劣化すると、布自体を交換するために、替え部品が支給されていた。)
制服(黒色、初期は羊屋、その後松坂屋(表示はMATSUZAKAYA)、オンワード製になって、1980年代はベトナム製でJAPAN AIRLINESと表記されるようになる。)
胸章
羊屋ロゴマーク(ズボン用、1969年製(昭和44年)と読める。)
松坂屋製ロゴマーク(おそらくズボン用。この時代、羊屋の廃業によって、松坂屋製になった。)
オンワード製のジャケット
オンワード製ジャケットのロゴ
Japan Airlinesロゴマーク(1980年台。羊屋、松坂屋(MATSUZAKAYA)、オンワード製の後に、このマーク(日本のサンリット産業(1999年頃)や、ベトナム製の既製服)になり、おそらく以降の制服などはすべてこのマークと思われる。初期の羊屋製ジャケットは、襟の剣先が長いのに対してベトナム製は剣先が明らかに短いのが違う点。
パイロット支給コート(おそらく初期版、1965年以前?、羊屋製、ロゴマークが見えている。これにはクリーム色の取り外し可能な裏地がついていた。 )
パイロット支給コート(ダブルの6個ボタン仕様。1969年 羊屋製。ロゴマークが見えている。)
3代目>JAL四角マーク時代(1989~2002)-------------------
三代目のロゴマーク
JAL四角マーク時代のパイロット用ネクタイとラベル
(JALマークが刺繍。ラベルは、羊屋のPHOENIX、及び、松坂屋のselected CRAVAT、Japan Airlines。この時代の初期は羊屋製で、羊屋の廃業に伴って松坂屋名義で制服を作り出し、その後、コストダウンによって独自ブランドの「Japan Airlines」にしたと思われる。2012年までのJALアーク時代にもCRAVATブランドのネクタイもあるので、松坂屋製と、独自ブランド「Japan Airlines」が並行して用いられた時代があったのかもしれない。
制服は1999年はサンリット産業製なので、ネクタイは1990年頃には羊屋から松坂屋名義に変更されたのかもしれない。四角マーク時代は2002年までなので、少なくとも20年以上前のネクタイ。
4代目>JALアーク時代(JASを統合した時。2002-2012)---------------------

4代目のロゴマーク
制帽(鶴丸が廃止された時代)
制服(脇にアーク時代の制帽を挟んでいる)
副操縦士用の制服(この時代はジャケットの胸章は、全日空用制服のように後つけ式に変更されていた。現在のJALパイロット用制服も、おそらく、後つけ式と考えられる。)
ジャケット、Yシャツのラベル(書体からJALアーク時代であることが分かる。)
胸章
JEX(JALエクスプレス社)が事業停止したのが2011年で、この時代のJEXパイロットのネクタイは「selected CLAVAT (松坂屋製)」であった。
上記はJALWAYS時代(1990-2010)の帽章と胸章。デザインから考えると2002年以降の晩期もの
下は、JALアークマーク時代のネクタイで松坂屋製
5代目(現行モデル)2020年4月~>---------------
五代目のロゴマーク
制帽(鶴丸の復活)
制服(生地は漆黒色)
胸章
現行品? 訓練時 教官用帽子
2.全日空、ANA>
初代制服>
制帽(副操縦士用、つばに模様がない)
全日空は昭和33年(1958年)設立。制服(この制服の胸章は取り外し式だが、この前の時代の制服は胸章が縫い込んであるタイプもある。腰回りがぴったりしたオーダーメードで袖の作りがオーダーメード特有の形をしている。羊屋製)。手元の資料によると、少なくとも昭和46年(1971)年は、この制服(濃紺色)であることが明らかである。トライスター導入は1974年。JALの例を考慮するとYシャツは、おそらく羊屋製で夏は日本航空とは異なり開襟シャツだった。
初代の胸章(手元の資料によると1986年の写真でANAのパイロットは胸につけている)
2代目制服>-----------------
資料によると1981年はこの青い制服を着ている。
制帽(この時代の制服は、明らかに青いのが特徴)、帽子内側は黒色革で、メーカー名の記載はなし。
制服(4つボタンが特徴、胸章は取り外し式、東京高島屋製オーダーメード)、Yシャツも高島屋だった可能性あり。ネクタイは、黒ではなく、斜め模様の入った濃紺色。
1981年 全日空機長の写真例(胸章は赤いダビンチマーク)
青色4つボタン制服時代は、高島屋が制服を担当していた。
2代目?胸章(初期はANAの文字が丸いのが特徴。後期は縦長になる。)
胸章 後期モデル ANAのロゴが縦長になっている。
2代目制服時のANAグループのネクタイ。この時代、制服も高島屋製。
ANAでパイロットに採用され訓練時に着るパイロット用フライトスーツ。肩の模様が整備士用とは異なる部分。
3代目制服(現行モデル)>-----------
制帽
制服(濃紺、胸章は取り外し式、松坂屋製)
現行胸章
上からバニラエア、エアージャパン、ANA胸章
制服(初代制服に感じは似ているが、初代はオーダーメード、現行モデルはボックス型で、腰回り袖幅がゆったりしている。松坂屋製。現在の制服は伊勢丹製。
伊勢丹製の制服。胸ポケット内側下部に名前が刺繍されていたのが分かる。胸章をつける部分は濃い青色。
おそらく現行の肩章。昔の肩章は、筒形だったが、現行のものはマジックテープ式で簡単に取り外せる。全日空らしく、生地は濃い紺色。
図 現行制服の初期のYシャツの松坂屋製タグ。最新は、三越・伊勢丹の伊勢丹製「ISETAN」。ちなみに、ANAは、Peachなどグループ会社で多くのパイロットが在籍するので、Yシャツは、必ずしもISETAN製でなく、パイロットハウス製などのYシャツも許容されているらしい。羊屋、松坂屋、高島屋、伊勢丹、東急、オンワード、サンリット産業はすべて別の独立した企業。民間パイロットが少なく、高給取りだった時代は、高級百貨店でオーダーメードであり、時代とともに庶民の乗り物になると制服もコストダウンのためにベトナム製既製服になりつつある。
ネクタイ(うすい縞模様が入っている。松坂屋製 CRAVATのロゴも昔に比べてすっきりしている。3代目制服は松坂屋製、その後、伊勢丹製なので、このネクタイも現行制服のANAグループ用と思われる。CravatはANA向けは「Exellent Cravat」と名乗っていたようだ。
ネクタイ(現行 うすい縞模様が入っている。伊勢丹製。JALのネクタイは伝統的に無地の黒であるのに対してANAはうすい縞模様が入っているようである。)
3.日本エアシステム、JAS>
1981年 TDAパイロット(黒色の制服とラベルは東急製。東急製ジャケットには、TDA時代から内側にヒモがついている。)
1982年 TDAパイロット(明るいグレー色の制服)1982年に制服が大きくリニューアルされたようである。TDAがエアバスA300を導入し、虹色塗装になった際に制服もリニューアルされたと想像する。
制服(1982年~おそらくJALに統合(2002年)される晩年のもの)。日本エアシステムは、会社設立の経緯から東急グループと関わりが深いので、この制服も東急製。この制服には、ダブルボタン・ジャケット用のヒモがついているのが、他の大手航空会社とは異なる。
Yシャツ>ラベルは「TOKYU selected shirts」と明記。
胸章と機長用肩章
日本国内航空の胸章>日本国内航空は、東亜国内航空(=日本エアシステム)の前身企業の一つ。東亜航空と日本国内航空が合併して東亜国内航空になった。
4.パーサー、スチュワード>
日本航空、JAL>
制帽(初代? オンワード製。 空港での機体出発作業現場のマネージャー用(ランプ・コーディネータ)の可能性もあり。)帽子内側が茶色ならば相当古いタイプ。
初代制服(明らかに灰色 1954年、6つボタン)
制服(1954年とされる。6つボタン。明らかに黒く変化している理由は不明。灰色時代は短かった?)
2代目?制服(6つボタン)
珍しいデザインのヒツジ屋ロゴ(羊屋の初代ロゴを整理した印象、御茶ノ水、東京時代)
3代目?制服(4つボタン)白い一本線なので、スチュワーデスの教官用の制服かも。おそらく松坂屋製。
肩章、胸章(1950-80年台、黒生地ベースなので、黒い制服時代か。三本線はおそらくチーフパーサー用)
胸章(1970年頃)
制服(2003年頃 銀色の胸章、袖は銀色3本線だが、真ん中の線が細い。この時代はオンワード樫山製)
初期のオンワード樫山のタグ
銀色の肩章と胸章(2003年頃)
現行制服(2022年)
全日空、ANA>
ANA初代パーサー用?胸バッジ>胸章のデザインはパイロット用であるが、翼部分が銀色なので、おそらくパーサー用の胸章。
5.フライトエンジニア>
日本航空、JAL>
写真>日本航空の初代制服のフライト・エンジニヤ用制服とラベル
フライト・エンジニヤ用は袖の線に赤色が入っているのが特徴。羊屋には、大阪支店があったのか不明だが、東京、大阪と入っている。ウールマークのような模様も入っているのも珍しい。ウールマークは1964年からスタート&1965年には、鶴丸が採用され制服も変更されているので、この制服はおそらく1964年製。
制服(JapanAirlinesとなっているので、1980-2000年頃のものだろう。)
2代目日本航空のフライトエンジニア用の肩章、袖には3本の金色ライン全部に赤色が混じっている。
肩章フライト・エンジニヤ用の手袋は黒色(機器整備で汚れるから?ちなみにパイロット用は基本、白色。これは手による合図が遠くからでもはっきり見えるように、電車の駅員さんも白手袋しているのも同じ理由。)
全日空、ANA>全日空のフライト・エンジニヤ用の肩章、袖には、赤い筋が入った金色ラインが1本だけ入っているのが特徴。
制服は松坂屋製。全日空ではフライトエンジニヤ職はなくなったが、帽章や胸章から見ると現行品。西暦2000年以前ごろの制服。
フライトエンジニア用は、つば部分が布で覆われていた。
6. 教官>
日本航空>黒地制服で銀色4つボタン、袖線は白で1-2本。制帽は、黒地でアゴ紐は白色。つばに模様なし。テレビドラマ「スチュワーデス物語」、「アテンションプリーズ」にパイロットのような制服で出ているのが教官。
テレビドラマ「アテンションプリーズ」(1970年)時の教官の制服。
テレビドラマ「スチュワーデス物語」(1983)時の教官の制服。
アテンションプリーズ時代と比べると制帽の「帽章とヒモの間隔」が異なる。帽子内側の革が茶色ならば古い時代の帽子。
1981年の資料によると、どういう職種か不明(JALの空港男性職員?)であるが、赤紫色の制帽、制服の人もいた。以下の写真。著名デザイナーの森英恵(ハナエ・モリ)がJALの制服をデザインしていた時代(1967-1988)があり、赤紫は森英恵が好んで使用した色であったので関係があると思われる。トランシーバーを持っている人は、ランプ・コーディネータという役職の人で、明灰色の制帽を被っていた。蝶ネクタイの人は国際線ファーストクラスのパーサーか、スチュワードだと思われる。
1981年の時刻表
7. その他>
ANAのパイロット用ルートマニュアル(おそらく現役)
現代の大型旅客機は、最新の飛行ルートは機体に収納されており、機体コンピュータにルートを入力するだけで表示、設定される。パイロットは、その他にタブレット型PCを携帯している。本ルートマニュアルは、タブレットが故障した時の予備として、大きく重かった従来のルートマニュアルよりも軽量化したタイプ。
以上。