おもしろい?世界史年表・歴史年表

 おもしろい?世界史年表・歴史年表

 = 世界の歴史を楽しむ =

楠本 慶二 著(更新停止、永久掲載)


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 年代          事項

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138.2億年以前  ひもの時代(超弦理論)、 重力が分岐するとインフレーション(大膨張)が起きて、「宇宙は一瞬で原子サイズから銀河サイズになり」、強い力(核力、陽子同士を結び付けている力)が分岐し、いわゆるビッグバン が始まった。

138.2億年前  宇宙の誕生、いわゆるビッグバン

 ハッブル宇宙望遠鏡で130億光年先の宇宙が見えて(ライマンα線の変調によって判断する)、ビッグバン当初は何億度もあった宇宙温度が2.7K(ケルビン、-270℃)ぐらいでなので、計算するとこの時期にビッグバンがあったろうと推定されている。1000年を1380万回繰り返すと138億年になる。人間が100年生きるなら、1.38億人前のご先祖の時。

ビッグバン直後   素粒子は光速で飛び交っていた 。ちなみに、光(=電磁気)には重さはない、スピードは常に一定とのこと。

ビッグバン100億分の1秒後 ヒッグス粒子が生成した結果、素粒子の速度が遅くなり、質量(重力)が発生する。

ビッグバン0.0001秒後  粒子と反粒子が反応してエネルギーになるが、10億分の1の割合で粒子の方が多く、この世界が生成。粒子だけが残る。

ビッグバン0.001秒後  宇宙の温度1兆K(ケルビン)。粒子が結合して陽子、電子等が生成。

ビッグバン1秒後  宇宙の温度100億K。ニュートリノが中性子を陽子と電子に変換。

ビッグバン3分後  宇宙の温度10億K。陽子が核融合を起こして重水素やヘリウムを作製。

ビッグバン10万年後  宇宙の温度1万度。プラズマが冷えて陽子と電子が結合し、水素原子が出来る。 水素原子が集合して巨大な重力が発生し、水素が核融合を始めてヘリウムを作り出し、その過程で強力な光を発生始める。(太陽、恒星の誕生)

ビッグバン37万年後  宇宙の温度3000度。

ビッグバン9億年後  星や銀河が出来る。 現在、宇宙の物質(エネルギー)の70%はダークエネルギー、27%はダークマターで、3%が物体と考えられている。

               ちなみに、真空は「本当に何もない」のではなく、何かが充満しており、実際に、イオン加速器で「真空空間」に強力なエネルギーを注入すると元素が発生することが確認されている。

地球誕生以前 隕石同士の衝突、超新星爆発による核融合、核分裂にともなって、主要元素、化合物が生成される。 

46億年前       地球の誕生 (地球の1日は5時間、月が出来ていなければ今も8時間ぐらいだった。)

45億年前~2億年前  ダイヤモンドの生成が始まる

38~40億年前 マグマから放出された大量の水蒸気によって雨が三千年降り続き、海 と島が誕生 最初の生命バクテリアが海中で発生。

大気中の紫外線を避けるために深海に住んでいた。

34億年前       単細胞生物の発生

46億年~5億7千年前 先カンブリア時代

46億年~24.5億年前 先カンブリア時代 始生代

24~22億年前 大氷河時代 地球すべてが数百万年凍結(全球凍結)、地表の平均気温は-50℃と推定

24.5~5.7億年前  先カンブリア時代 原生代 光合成を行なう生物 「シアノバクテリアの祖先」が現在のオーストラリアのパース周辺~ヒマラヤ山脈(パンゲア大陸当時は一続きの海岸線だった)で誕生して光合成を行うようになって大気中の酸素が急増

「シアノバクテリアの祖先」は後に植物の祖先となる細菌に侵入して「葉緑素」となり、植物の光合成によって加速度的に大気の酸素濃度が上昇した。

6億と8億年前   大陸の分裂によって、川がたくさん出来て、川の流れによって大気中のCO2濃度(炭酸化合物が多く合成された)が下がり、地球温暖化効果が薄れ、地球全体が凍る、いわゆる全球凍結(注>北極みたいに海の内部は凍らない)が起こったらしい

5.8億年前   ナメクジのような「動物(=自分の意思で動ける生物)」が現れる。 

5.7~2.48億年前  古生代(カンブリア紀、オルドビス紀、シルル紀、デボン紀、石炭紀、ペルム紀)

5.7~5.1億年前  カンブリア紀 多種類の生物が短い時期に発生する(カンブリア爆発) 三葉虫も 、この時期に発生し、敵から逃れるために進化によって「目」を獲得する。 ヒトも含む脊椎動物の先祖ナメクジウオ登場

5.1~4.39億年前  オルドビス紀  この頃、地球の一日は21時間

4.39~4.09億年前  シルル紀 植物が陸上に進出 。サンゴ虫が海水中のCO2を使って炭酸カルシウムを作り、サンゴ礁を作りはじめ、地球大気中の有毒なCO2の量を激減しはじめた。

4.09~3.63億年前  デボン紀 両生類が出現 (地上に住むために、魚のヒレが脚に進化する)。そもそも陸がなければ、進化は魚止まりで、今も人間は存在しなかった。

3.63~2.9億年前  石炭紀 動物が陸上に進出、爬虫類が出現

2.5億年前    直径6-12kmの小惑星又は彗星が地球を直撃(ペルム紀の生物の大量絶滅の原因の一つ)

2.9~2.48億年前  ペルム紀(二畳紀)生物の大量絶滅(三葉虫も。三葉虫は約3億年も繁栄。)

2.48~0.65億年前  中生代(三畳紀、ジュラ紀、白亜紀)

2.48~2.06億年前  三畳紀 鳥類の発生、哺乳類が出現。恐竜が出現。恐竜の活躍期

              三畳紀、地球上にはパンゲア超大陸と呼ばれる一つの大陸しかなく、現在のニューヨークの隣の町は現在のモロッコ、また、マダガスカル島の隣はインド大陸だった。インド大陸はその後、大きく移動し現在のユーラシア大陸と衝突して現在のアルプス山脈を形成した。この頃、一部のカタツムリが殻を捨ててナメクジに変化した。 鳥の羽毛は、まずは毛髪が保温のために変化し、鳥の祖先が、捕食者から木の上に素早く逃げるために手の羽毛を使ってバタバタさせるうちに翼に変化したらしい。

2.1億年前  現在のカナダ・ケベック州あたりに直径3-8kmの隕石(重さ、5000億トン)が落下し、直径約100kmのマニクアガン・クレーターが出来る。この隕石の影響で、それまで繁栄していた哺乳類型爬虫類が絶滅し、恐竜が巨大化したと考えられている。

2.06~1.44億年前  ジュラ紀 巨大恐竜の活躍期、始祖鳥がいた時代

       ジュラ紀の「ジュラ」はフランス~スイスにあるジュラ山脈の石灰岩層に由来。ジュラ紀を英語ではジュラシック ピリオド( Jurassic period)といい、映画「ジュラシックパーク」のジュラシックの意味。映画「ジュラシックパーク」に出てくる恐竜は、ジュラ紀の後の白亜紀のものがほとんどらしい。

1.5億年前 火星と木星の間にある小惑星帯で、小惑星同士が衝突し、その破片が地球に向かう。

1.4億年前 巨大大陸 パンゲアが、4つの大陸に分裂する。

1.44~0.65億年前  白亜紀 ティラノサウルスがいた時代、生物の大量絶滅(恐竜、アンモナイトなど)

              恐竜は1億6500万年程度地球上に君臨。 白亜紀(はくあ)とは、元来は白アク紀と書いて白い土時代という意味でここでいう「白い土」は、粘土質の石灰岩(炭酸カルシウム)が多く含まれて白っぽい石がある時代をいう。

6500万年前  直径6-12kmの小惑星又は彗星が一億年かかって地球に到達し、メキシコのユカタン半島沖を直撃(恐竜の大量絶滅の原因の一つ)、 直径約180kmのクレーターが出来て、高さ4000mの津波が襲い、1000年にわたってチリが太陽光をさえぎって氷河期が到来。 地球規模の地殻変動によって、現在と同じような大陸配置となる。

6500万年~現在 新生代(第三紀、第四紀) 哺乳類が繁栄

6500~5500万年前  暁新世

5500~3370万年前  始新世

3370~2380万年前  漸新世

2380~530万年前  中新世

2500万年前 人間とニホンザルの先祖の進化が分かれる。

2300-1500万年前 人間とオランウータンの先祖の進化が分かれる。

1200-1050万年前 人間とゴリラの先祖の進化が分かれる。

700-600万年前 人間とボノボ、チンパンジー (チンパンジーと人間はDNAが99%同じ)の先祖の進化が分かれる。

450万年前   アフリカ大陸(ケニヤ)で森林の砂漠化によって猿が森から追い出されて 草原に住むようになり、ライオン、狼などの肉食動物に追われて逃げるうちに、4足歩行から2足歩行になり、猿人が出現し、手が自由に使えるようになった。

530~177万年前   鮮新世

200-300万年前  石器が作られるようになる。

177~1万年前    更新世   人類の出現

150~10万年前  ジャワ原人が生活していた時代

120万年前 人間の体毛が薄くなる。

69万年前    北京原人が生活していた時代

50万年前    海中火山の噴火によってハワイ諸島が形成される

20万年前  突然変異?によって現人類の祖先が生まれる。(ホモ・サピエンス)

アフリカで現人類の祖先となる数千人の集団が生まれる。ホモ・サピエンス、数千人が後に66億人になる。女性身長90-120cm、男性身長150cm程度。

17万年前 環境が寒くなって、人が服 (主に動物の毛皮)を着始める。 

13~3万年前  ネアンデルタール人が生活していた時代

8万年前  現人類がアフリカ(ケニヤ辺り)を出て世界中に渡る。

3-4万年前    日本に人が住み始める

4万年~1万年前  ホモサピエンス(現人類)やクロマニヨン人の出現

1.6万年前  世界で土器が作られはじめる。

1万年前~   完新世 日本で初めての土器が作られる。 人間が手づくりで織物を始める。 北米大陸に人が移住する。地球上の人口500万人。

6000年前辺り   縄文式土器が作られる    縄文時代の人間の平均寿命は約15歳

6000年前     青銅器が作られ始める。

紀元前3000年(5000年前)------------------------------------------------------

紀元前3000年頃(5000年前)エジプト第一王朝(メナス王、エジプト最初のファラオ)の成立、


         ガラスが作製されるようになる

2600年 インダス文明が始まる。(インダス川中流 現在のパキスタン北部辺り) 、モヘンジョ・ダロでは、当時の人口4万人程度で、レンガ造りの家には、浴室と井戸があり、今でいう水洗トイレまであった。

紀元前2589年(4500年前) エジプトでクフ王が誕生。クフ王のピラミッドの建造。ギザの3大ピラミッドで一番大きいピラミッド。

この頃、日本は縄文時代(平均寿命15歳)。古代エジプトでは、この頃、ハサミ、カミソリ、鏡がすでに存在し 、クフ王のピラミッドは43階建てのビルと同等の高さ。

2530年頃 エジプトでカフラー王のピラミッドが作られる。ギザの三大ピラミッドで二番目に大きいピラミッド。スフィンクスもこの頃建造。

2000年辺り 弥生式土器が作られる。トルコあたりで鉄器が作られはじめる。

        古代エジプト第12王朝 アメンエムハト1世

1800年 インダス文明滅亡

1600年辺り 中国で磁器が発明される。中国は青銅器時代(紀元前1600-200年辺り)

1600年 バビロニア(現在のイラクあたり)で60進法(例1時間は60分)が発明される

1479-1458年? 古代エジプトのハトシェプスト女王が生きた時代。ハトシェプスト葬祭殿が有名

ちなみに、旧約聖書でモーゼをナイル川で拾って育てた義母は彼女とも言われているらしい(時間軸は合わないが)

この頃に旧約聖書が書かれたとされる。(3400-3500年前)

1353年頃(3300年前)古代エジプトのツタンカーメン (18歳の生涯)が王に即位

1290年 古代エジプトのラムセス2世が即位  

1250年頃 モーセ(モーゼ)の生きた時代、出エジプト

1200年頃 ギリシャ トロイ戦争(アキレス(伝説上の人物)もこの戦争に参加)

563年(2500年前) ネパールでシャカ族のガウタマ=シッダールタ誕生 (後にブッダと呼ばれる人)

552年 孔子誕生

550年 ペルシャ(現在のイラン辺り)はアケメネス朝(紀元前550-330)時代(黄金のリュトンなど)

528年 インドのブッダがブッダガヤの菩提樹の下で悟りを開く(仏教の誕生)

500年 古代ギリシャのピタゴラス 地球は球体であると予想。

紀元前483年 インドのブッダ入滅 (享年80才)

479年 孔子死亡 (享年73才)

400年 中国 万里の長城の原型が作られはじめる。(2400年前)

356年-323年 マケドニア(現在のギリシャ北方地域)のアレキサンダーが20歳で即位(後のアレキサンダー大王 (享年33才))

300年(2300年前) 古代ギリシャ アリストテレス 地球は球体と書物に記述。 

280年 エジプトで聖書の元になる本が書かれる

260年(2200年前)秦の始皇帝が生まれる

220年 始皇帝が中国の統一を図る

210年 始皇帝が死亡 (享年50才)

196年頃 日本が縄文から弥生時代になる  縄文時代の人間の平均寿命は約15歳

130年頃 現在、「ミロのビーナス」と呼ばれている彫刻が作製された。(2130年前)

69-30  エジプト  プトレマイオス王朝最後の女王 クレオパトラ7世が生きた時代(享年39才、クレオパトラとはギリシャ語で”父の栄光”という意味)、古代ローマのシーザー(カエサル)も

27年 ローマ帝国の成立

紀元前4年 イエスの誕生

紀元1年(2000年前)------------------------------地球の人口  約3億人

紀元後30年頃 イエスが十字架の刑に処される。 (実在したとすれば享年34才)(キリスト教の成立)

西暦 37年 ネロ・クラウディウス・カエサル・アウグストゥス・ゲルマニクス(後の古代ローマ皇帝 ネロ、暴君ネロ)生まれる。

68年 ネロ自害 (享年31歳)

79年  ベスビオ火山の噴火によってイタリアのポンペイが全滅

90年頃 旧約聖書の確立

220-280年頃 中国三国志の時代、三国(魏、呉、蜀)時代 この時代に、日本の卑弥呼は魏から金印をもらう。(魏志 倭人伝)

250年頃 日本:古墳時代(3~7世紀)

397年頃 新約聖書が正式に公認される

400年頃 バーミヤンで大仏が建立される

538年頃 日本に仏教伝来

600年頃 日本:飛鳥時代(600-800年)

600年頃 玄奘三蔵(三蔵法師)が生まれる 

610年 マホメット(ムハンマド)がヒラー山中で啓示を受ける(イスラム教の誕生)

     イスラム教では、「創造主は、ユダヤ教、キリスト教に託したが、だめだったのでイスラム教に託した」というストーリーになっているらしい。

632年 マホメット病没

645年 三蔵法師 (玄奘三蔵)がインドから帰る

651年 ペルシャ(現在はイラン辺り)が、イスラム化される

664年 三蔵法師 (玄奘三蔵) 入滅 (享年62才)

710年 日本:奈良時代(710-794)

820年  クフ王のピラミッドが、イスラム勢によって、こじ開けられる。

1096~1099年 第1回十字軍遠征 エルサレム王国(十字軍国家)の建国

1147~1148年 第2回十字軍遠征

1189~1192年 第3回十字軍遠征

1202~1204年 第4回十字軍遠征

1206年 中国 元の初代皇帝 チンギス・ハーンが生まれる。カンボジアのアンコール ・ワットがこの頃、建造される。

1218~1221年 第5回十字軍遠征

1228~1229年 第6回十字軍遠征

1248~1249年 第7回十字軍遠征

1270年 第8回十字軍遠征

1271年 マルコ・ポーロが父親に連れられてアジアへ行商に出る。その後、中国(当時は元)で17年過ごす。

1291年 エルサレム王国滅亡

1348年頃 ヨーロッパでペスト(ペスト菌による内出血によって黒くなって死んだから黒死病ともいう)大流行。

       一説にはヨーロッパ人口の3分の2が死亡。

1368年 中国 明の初代皇帝 洪武帝が生まれる。

1452年 イタリアのビンチ村でレオナルド誕生(レオナルド・ダ・ビンチ)

1453年 ローマ帝国滅亡

1490年頃 日本は戦国時代始まり 、コペルニクス(地動説の完成者)が地動説に関心を持つ

1492年 コロンブスがアメリカ大陸を発見する

1495年 レオナルド・ダ・ビンチが「最後の晩餐」を描く

1502年(500年前)レオナルド・ダ・ビンチが「モナリザ」を描く

1519年 レオナルド・ダ・ビンチ死去 (享年67才)

1534年 織田信長 誕生

1537年 豊臣秀吉 誕生

1582年 織田信長 死去(享年48才)、この頃、世界で望遠鏡が発明される。

1598年 豊臣秀吉 死去(享年61才)

1600年頃 「西遊記」が作成される。

1603年 江戸幕府が開かれる。  江戸時代初期の人間の平均寿命は約30歳

1610年 ガリレオ・ガリレイ 天体望遠鏡を自作し、木星の周りを衛星が回っているのを発見し、太陽も含めて他の星は地球を中心に回っていないことを(地動説)確信する。土星に輪があることを発見。人類としてはじめて月のクレーターを見る。

1616年 李が佐賀県有田で日本で初めて磁器を焼く

1616年 中国 清の初代皇帝 ヌルハチが生まれる。

1650年頃  地球の人口 約5億人

1684年 徳川吉宗 誕生

1685年 J・S・バッハ 誕生

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1709年 ヨーロッパで白い磁器の製作が可能となる。マイセン窯の始まり

1711年 中国 清朝 乾隆帝誕生

1750年 J・S・バッハ 死去 (享年65才)

1751年 徳川吉宗 死去 (享年67才)

      江戸時代中期の男性の平均身長155cm程度、女性は145cm程度。江戸の人々は栄養状態、及び長屋での密集した生活でのストレスから日本歴史上、最も背が低かった。

1756年 モーツァルトがザルツブルクのゲトライデ通りで誕生

1760年 葛飾北斎 生まれる。

1770年  ベートーベン誕生

1776年 アメリカ 独立宣言

1783年 モンゴルフィエ兄弟がフランス パリで熱気球を発明し、ヒツジをはじめて空中に浮かせる。次に、ロジェ男爵とダルランド公爵がモンゴルフィエ兄弟の気球にのって人類としてはじめて空中に25分間、9キロメートル滞在する。

1785年 イギリスで機械動力による織り機械が発明される。(それ以前はほとんど手織り。)

1791年(200年前)モーツァルト死去 (享年35才)

1799年 中国 清朝 乾隆帝 死去

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1827年 ベートーベン 死去 (享年57才)

1835年 中国 清朝 西太后 誕生

1836年 坂本龍馬 誕生

1839年 アメリカ チャールズ・グッドイヤー 天然ゴムに硫黄を混ぜて加熱すると丈夫なゴムになることを発見、現在のグッドイヤー社は、グッドイヤーに敬意を払って名づけており、グッドイヤー社の創業者ではない。

1847年 トーマス・アルバ・エジソン誕生

  この時期、イギリスの労働者の労働時間は一日12-18時間で、調査によるとリバプールの労働者の平均寿命は知識層、地主の半分以下。

1849年 葛飾北斎 死去 (享年89才) 江戸の識字率70%、ロンドン20%、パリ10%

1853年 ビンセント・ヴァン・ゴッホ 誕生 地球の人口 10億人程度(男性の平均身長150cm程度)

1853年 ジョージ・ケイリーが人が乗れる空飛ぶ機械を作成し、275m飛行する。

1867年 坂本龍馬 死去 (享年31才)、日本の人口3000万人程度

1868年 明治維新      江戸時代後期の人間の平均寿命は約35歳、女性は出産で健康を害することが多く、40歳で老婆と呼ばれ60歳になる人は珍しかった。

1873年 明治 政府が、太陽暦の採用によって旧暦の12月3日をもって、新暦の1月1日と定める。

1875年 中国 清国 光緒帝誕生

1879年 アルバート・アインシュタイン誕生

1888年 スコットランド ジョン・ダンロップが自転車のゴムを改良して空気入りゴムチューブを発明

1890年 ビンセント・ヴァン・ゴッホ 死去 (享年37才)

1890年 ドイツ オットー・リリエンタールがグライダーを作成し、2000回以上も滑空する。

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1900年頃 日本人男性の平均寿命 44才

1905年 アインシュタイン 特殊相対性理論を発表

1908年 中国 清朝 西太后 死去 (享年73才)

1914-1918 第一次世界大戦

1931年 トーマス・アルバ・エジソン 死去 (享年84才)

1939-1945 第二次世界大戦

1950年頃 日本人男性の平均寿命 60才  日本人男性の平均身長160cm、女性の平均身長150cm

1955年 アルバート・アインシュタイン 死去 (享年76才)

1961年 旧ソ連 ガガーリン 人類としてはじめて地球の外に出る

1967年 日本の人口 1億人突破

1968年 アポロ8号(宇宙飛行士 ボーマン、ラベル、アンダース) 人類としてはじめて月に到着 、人類として、はじめて肉眼で丸い地球を見る。

1969年 アポロ11号にてニール・アームストロング、人類で初めて月面に立つ

2002年 地球の人口 62億人

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2012年 人類で初めて月面に立 ったニール・アームストロング逝去

現在

2013年 現在 地球の人口 70億人 日本人男性の平均身長172cm、女性の平均身長160cm 地球の一日24時間。

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未来

2050年 地球の人口 73~107億人

500万年後 大陸の移動によってヨーロッパとアフリカがくっつく。寒冷化によって人類絶滅

1億年後  温暖化によって海水面が上昇、生物が暮らしやすい状況になる

2億年後  世界の大陸は一つになる。 地球の一日25時間

10億年後  この頃、地球の一日は26時間

20億年後 太陽の発する熱の増加にともない、地球の海水が蒸発

30億年後 天の川銀河は隣の大銀河M31と衝突しはじめる

50億年後 二つの銀河が1個の楕円銀河になる

未来は、「フューチャー・イズ・ワイルド」、wikipediaの記事を参考にした。

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おもしろい世界史年表・歴史年表

 = 世界の歴史を楽しむ、世界史 =

スペースシャトルの世界を楽しむ

 スペースシャトルの世界を楽しむ

   楠本 慶二 著(更新停止、永久掲載)


 はじめに> ここでは、個人の趣味として、スペースシャトルの世界(宇宙、NASA、構造、費用、速度、打ち上げ、技術等)の情報を集約しています。(宇宙関係本 現在 約62冊から選び出した知識の集合体)。 


目次>----------------------------------------

< スペースシャトル >

0 スペースシャトル・システム

1 スペースシャトル・オービターの名前、建造の経緯

  1.1 スペースシャトルのユーチューブ動画

2 スペースシャトル・システムにかかる お金関係

    2.1 宇宙服のあれこれ

3 スペースシャトルの打ち上げ関係

  3.0 打ち上げ前の準備

  3.1 打ち上げに使用する燃料

  3.2 打ち上げ時のエンジンの点火順序とタイミング

  3.3 スペースシャトル・システムの爆破システム

  3.4 スペースシャトルの緊急時脱出システム

4 スペースシャトル・オービターの宇宙空間での状況

5 スペースシャトル・オービターの着陸関係

6 スペースシャトルの構造

    6.1 スペースシャトル・オービターの構造(クルーモジュール、トイレ、コンピュータ、タイヤ、エンジン等)

    6.2 スペースシャトル ・オービター以外の構造、付属施設(固体ロケットブースター、燃料タンク等)

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< スペースシャトル >


0 スペースシャトル・システム


 一般にスペースシャトルと呼ばれている飛行機型のオービター(軌道船)だけでは、宇宙には行けず、外部燃料タンク、固体ロケットブースター、発射台、管制塔、 運搬用トラック(クローラー)、着陸用滑走路、整備棟、部品メーカー、輸送用改造ジャンボジェット機2機、予備のエンジン、世界各地にある緊急着陸用滑走路、等々を含めて「スペースシャトル・システム」と呼ぶ。


 システムの開発費5兆円+建造費1兆円+運行経費12兆円=18兆円で、システムの開発費が30年前の金額であることを考慮すると、累計24兆円以上は使用していると考えられる。


スペースシャトル(オービター)> 大きさは小型旅客機(ボーイング737程度)なみ。重量73トンで15トンの荷物を運ぶ事が出来る。重量・容積でいうと「最大定員81人を詰め込んだ大型路線バス(15トン)」を何度も地球外に運ぶ能力を有している。100回の打ち上げに耐えるように設計された。

 シャトル(オービター)には、メインエンジン3基、軌道操作用エンジン2基、姿勢制御用エンジン44基、形状の異なる約3万4千種類の断熱タイル、約370kmの配線と1060個のバルブ、50個近くの各種タンクがあり、部品の総数は約250万点で、世界で最も複雑で精密、高価、かつ打ち上げ時の衝撃3G以上、マッハ25に100回以上耐える乗り物として設計された。

 形状の異なる約3万4千種類のタイル(当然、タイル個々に設計図を作成し、コンピュータ制御工作機で切り出す。)で覆われており、すべてのタイルに部品番号がついている。


 スペースシャトル1機には約370kmの配線と1060個のバルブがあり、部品の総数は約250万点で 、すべての部品には番号がついていて管理されている。


○スペースシャトルが飛行機ではなく、宇宙船であるという証明> スペースシャトルの内側の水循環式冷却パイプの配管図


 シャトルのコッピットは断熱性 向上のために魔法瓶のような二重構造になっており、この配管は、内部コックピット部分と外部殻の間に設置されている。図では見にくいが、冷却システムの故障を考えて独立して機能する2系統の冷却パイプが並列して設置されており、高温になるであろう窓付近にも配管が設置されている。シャトルの金属 製胴体部品は、金属の一枚板ではなく、ハニカム構造のアルミニウム合金を薄いアルミ合金板でサンドイッチした構造となっている。


1 スペースシャトル・オービターの名前、個々の船の建造の経緯


 米国では歴代のシャトルの船名から考えると、スペースシャトルは飛行機ではなく、”宇宙を航海する船=宇宙船”という感覚で捉えており、歴史上の船、有名な船から名前を採用している。


●エンタープライズ号( Enterprise, 1976年建造、飛行試験機 NASAの型式 OV-101、Orbiter Vehicle-101 )> 宇宙から帰還時の滑空飛行試験用に建造。最初は1976年のアメリカ合衆国発布200年を記念してConstitution(コンスティテューション、意味>憲法)という名前になる予定だったが、人気テレビ番組「スタートレック」の宇宙船の名前をつけてほしいという手紙が多数届いたために、当時のフォード大統領によってエンタープライズ(冒険という意味)と命名。現在はスミソニアン航空宇宙博物館に展示中だが、ニューヨークのイントレピッド海洋航空宇宙博物館に移管予定。


●パスファインダー号( Pathfinder, 1977年建造)> スペースシャトルの扱いに慣れるために作られた実物大の大きさと重さの模型。最初は、粗いハリボテだったが、後年、日本人が100万ドル(当時で約2.5億円)かけて、外観をスペースシャトルそっくりにレストアした際に「パスファインダー」と名づけられ、日本で展示(大スペースシャトル展)されたこともある。


●コロンビア号( Columbia, 1979年建造 OV-102 )> スペースシャトルとして初めて宇宙に行った機体。「コロンビア」とは、大航海時代にアメリカではじめて世界一周した船「コロンビア号」から命名。ちなみに、コロンビアという名前は”アメリカ大陸を発見した”とされるコロンブスの名前を女性風にした名前のつけかたで、コロンビア号を擬人化した際はher(彼女の)と表現され、英語圏では女性の名前らしい。28回目の飛行時に事故で失われた。

 この機体は初期は偵察戦闘機SR-71ブラックバードから転用された射出座席2席及び射出用ハッチが装備されていた。しかし、射出座席は打ち上げ時に射出すると固体ロケットブースターの2800℃の炎にさらされる、マッハ3以下の時(=着陸の7分前程度)だけしか使用できない、最大で乗員が7人搭乗しているのに、仲間を残して船長とパイロットだけ逃げ出すことは出来ない等の理由から、中期から射出座席による脱出システムは不採用になった。 開発初期から随時改良が加えられており、機体が事故で失なわれた際の後期型は垂直尾翼先端にテレビカメラが設置された関係で垂直尾翼先端の形が違うのが特徴である。


累計飛行回数>28回  2003年 STS-107ミッションの帰還時に空中分解 搭乗員7人死亡


●チャレンジャー号( Challenger, 1978年頃建造 OV-099 )> 構造強度試験機として建造され、256本の油圧ジャッキを使用して836ヶ所の荷重ポイントを制御して、11ヶ月に及ぶ連続耐久性試験、耐熱試験に使用された。その後、スペースシャトルに改修されたが、10回目の飛行時に事故で失われた。「チャレンジャー」とは、イギリス海軍の研究用帆船の名前に由来。 英語でチャレンジとは、「出来そうにないけれど、やってみる、挑戦する」という意味。


累計飛行回数>10回  1986年 STS-51-Lミッションの打ち上げ時に空中分解 搭乗員7人死亡


●ディスカバリー号( Discovery, 1983年建造 OV-103 )> 船名は大航海時代にハワイ諸島を発見したクック船長(キャプテン・クック)の地球探査船に由来。既に40回近く飛行している。 チャレンジャー号の事故の後には、24億ドル(日本円の現在の価値にすると約1兆円ぐらい)かけて、茶色の燃料タンクには8ヶ所、メインエンジンには31ヶ所、固体ロケットブースターには155ヶ所、シャトルには220ヶ所の改良が加えられた。さらに、コロンビア号の事故後は、主翼に1秒間に2万個の微小物体との衝突を検知できるセンサー、22個の温度センサー、66個の加速度センサーが設置された。退役後、ディスカバリーはスミソニアン航空宇宙博物館の別館のウドバー・ハジー・センター(バージニア州)で展示される予定。1984年の初飛行以来、2011年の運用終了までの27年間で合計39回、365日l間飛行し、地球を5800回程度回った。


累計飛行回数>39回


●アトランティス号( Atlantis, 1985年建造 OV-104 )> アトランティスとは「大西洋」を意味し、1940年頃に活躍した海洋調査船に由来。アトランティス号以前では、断熱タイルのメンテナンスに非常に手間がかかったため、従来の断熱タイルの他に「耐熱ブランケット(布)」を大量に採用し、結果として大幅に軽量化された。スペースシャトルの初飛行はコロンビア号だったが、一番最後はアトランティス号が飛行し、これまでに累計33回飛行して退役した。アトランティスはケネディ宇宙センター(フロリダ州)に展示予定。


累計飛行回数>33回


●エンデバー号( Endeavour, 1991年建造 OV-105 )> エンデバーは「努力」という意味で、大航海時代のクック船長の船名に由来し、公立の小・中学生を対象とした一般公募から決定。チャレンジャー号の事故後、建造が検討され、エンタープライズ号の宇宙船への改修が検討されたが、改修費用の点から、ディスカバリー号とアトランティス号の予備部品を利用して建造。合計、25回飛行した後、退役し、今後はカリフォルニア科学センター(ロサンゼルス)に展示される予定。


累計飛行回数>25回


スペースシャトルの合計飛行回数>135回

 当初の計画では、シャトルは1機当たり100回飛行し、2週間に1回の割合で打ち上げる予定だったが、システムが複雑すぎてメンテナンスが大変だった、膨大な維持費がかかった等の理由によって、結果的には、シャトル30年の運用によって打ち上げ回数は135回にとどまった。計135回の打ち上げで、日本人の宇宙飛行士7人を含む計16カ国の355人(のべにすると852人)を宇宙に運んだ一方、1986年のチャレンジャー爆発事故と2003年のコロンビア空中分解で計14人が犠牲となった。


参考文献>コクピットイズム「スペースシャトル最終便」イカロス出版


1.1スペースシャトルのユーチューブ動画


打ち上げ、船内風景>


よく見る打ち上げ風景(sts-124、ディスカバリー号)


シャトルのコックピット後部からの打ち上げの様子(コロンビア号初期)


スペースシャトルのパイロットが打ち上げ時に実際に見ているフロントガラスからの風景(すごく貴重)


コックピット前方からの打ち上げ風景(sts-112)


機体前部のカメラによる打ち上げ風景


スペースシャトルメインエンジン点火ハイスピードカメラ映像


固体ロケットブースターから見た打ち上げ風景


固体ロケットブースター の海上での回収風景


宇宙飛行士の生活風景


大気圏突入から着陸>


宇宙空間での姿勢制御風景(ディスカバリー号)


エンデバー号 夜の大気圏再突入から着陸までの風景


着陸風景(アトランティス号、カリフォルニア)


着陸風景(エンデバー号、ケネディ宇宙センター)


着陸風景(ディスカバリー号、ケネディ宇宙センター、HD)


エンタープライズ号のラフな着陸シーン


旧ソ連版スペースシャトル「ブラン」の無人着陸風景


打ち上げ中止>


メインエンジンの不調によって打ち上げ直後に引き返したケース(sts-51F、チャレンジャー号)


エンジン不調による打ち上げ中止(sts-93、コロンビア号)


打ち上げ中止風景(sts-51、ディスカバリー号、エンジンを水?で冷やしている珍しい風景)


打ち上げ中止風景(sts-68、エンデバー号)


整備、シャトル内部映像>


シャトルの内部映像(ディスカバリー号)


シャトルと外部タンクの接続風景


シャトル のメインエンジンテスト風景


ボーイング747によるシャトル搬送風景(この747は元日本航空の機体で塗装にJALの面影がある)


整備工場からの搬出風景(sts-117、アトランティス号)


整備工場からの搬出風景(ディスカバリー、アトランティス号)


シャトル内のトイレ使用の練習風景


シャトルの熱防御システム


歴史的映像、その他>


エンタープライズ号の着陸テスト風景


シャトルの初打ち上げ風景(sts-1 コロンビア号 1981年)

シャトルの初着陸風景(sts-1 コロンビア号)

耐熱タイルを接着剤で貼り付けている風景(シャトル開発時の映像)

旧ソ連のスペースシャトル「ブラン」の開発経過映像


2 スペースシャトル・システムにかかるお金関係

 一般にスペースシャトルと呼ばれている飛行機型のオービター(軌道船)だけでは、宇宙には行けず、外部燃料タンク、固体ロケットブースター、発射台、管制塔、着陸用滑走路、整備棟、部品メーカー、輸送用ジャンボジェット機、予備のエンジン、世界各地にある緊急着陸用滑走路、等々を含めて「スペースシャトル・システム」と呼ぶ。

 最新のスペースシャトル・オービターであるエンデバー号(92年初飛行)は、建造費約 2000億円。スペースシャトル・システムの開発費は30年前の価格で約5兆円。

 シャトルの運用を維持するには、約180億円/月が必要で、ケネディ宇宙センターでは、コロンビア号事故以降は1回の打ち上げにつき、約900億円かかり、7000~9000人が何らかの形で関わってい た。初飛行から計135回の飛行でスペースシャトル計画は終了し、135回X900億円で、これまでの打ち上げで単純に計算しても合計12兆1500億円を使用していることになる。合計5隻の実飛行スペースシャトルの建造でも、2000億円X5=1兆円の建造費がかかっていた。

 システムの開発費5兆円+建造費1兆円+運行経費12兆円=18兆円で、システムの開発費が30年前の金額であることを考慮すると、累計は24兆円以上は使用していると考えられる。

 計画当初は、シャトル1機辺りの生涯飛行回数は100回、年50回の運行(2週間に1回の打ち上げを予定していた)、打ち上げ一回につき30億円の経費を予定(実際には、コロンビア号事故以前は1回の打ち上げに540億円、コロンビア号事故以降は900億円かかった)していたが、機体のメンテナンス及び事故の問題から実際には最も多い年で9回/年にとどまった。

 スペースシャトルの蛍光灯は、打ち上げ時の振動で割れない特注品で、一本数千万円。3万4千個程度ある断熱タイルは昔のデータによると1個1000-5000ドル(10万円から50万円)程度かかっている。別の資料によると、1平方mで10万ドル(=1000-2000万円)。ちなみにアポロ計画の際の大気圏再突入用遮断シールドは1平方m=30万ドル(当時のお金で約1億円)していた。


着陸用車輪のホイールは軽くする必要から、チタン製で値段は1本50万ドル(5000万円~1億円程度)。

 シャトルは、打ち上げ場であるケネディ宇宙スペースセンター付属の滑走路に着陸するのが基本であるが、悪天候の関係で、カリフォルニア州のエドワーズ空軍基地などに着陸した場合、その後、NASAのボーイング747特別機 (2機あり、アメリカン航空と日本航空の中古機を改造したもの)に「おんぶ」して輸送され、この輸送費は約600万ドル(約5億4000万円)かかる。

 宇宙への運搬費から計算すると、コップ1杯(200g?)の水は30-40万円になるらしい。ちなみに、NASA宇宙飛行士の年収は6万5千ドル~(650万円程度)、日本人宇宙飛行士は、シャトルの搭乗が決まる~搭乗後までは特別手当てがついて年収1000万円を超えるといわれる。


2.1 宇宙服のあれこれ、値段>

 スペースシャトル用に米国が開発した船外活動用宇宙服(Extravehicular Mobility Unit: EMU 重さ約120kg)は、宇宙服アセンブリが100万ドル(約9000万円)、生命維持装置が900万ドル(約8億2千万円)で合わせて1,000万ドル(約9億1千万円)。船外活動3回に1回ぐらいの割合で、徹底的に整備される。なお、船外活動用宇宙服は各パーツ毎にいくつものサイズが用意され、宇宙飛行士の体格に合わせて、パーツを交換する。グローブ(手袋)は宇宙飛行士毎に用意され、ひとつ20,000ドル(約180万円) で、最近の宇宙服では宇宙空間で太陽のあたらない場所は氷点下の温度なので、指先が冷えないようにヒーターが内臓されている。

 アポロ計画の際は、宇宙飛行士それぞれの体にあわせて(指先の長さまで合わせた)宇宙服 (地球では船外活動服 28kgだが、宇宙空間に出ると実質0kgになる。)が新調され 、背負っている生命維持装置(4時間分の酸素、通信装置入り)は、地球では約54kgで、合計すると約82kgあった。宇宙服内を単純に1気圧で加圧すると、風船のように均等に加圧され、腕を動かす 足を曲げる事さえ困難になり、事実、アポロ計画での映像を見ると、動きにくかったのでウサギ跳びをして移動しているのが分かる。


アポロ月面活動 ジャーナル(船外活動服 詳細写真編)

 最近では、宇宙服内の気圧を落とす(ただし、宇宙服内の気圧を下げすぎると、潜水病(血液中の窒素が泡となって気化する)になる恐れがあり、(現在の国際宇宙ステーションの船外活動の際は、活動12時間前から、体内の窒素を減らす準備をしている)、服の表面を鎧のように硬い気密構造にする等の特別な工夫が施されている。 また、月面活動では、宇宙服を船内に回収した際に、微細なレゴリス(月面上の微細なチリ)が宇宙船内に入り込んで、宇宙飛行士は花粉症に似た症状を示すとともに、レゴリスが機器類の中に入り込んで故障の原因になることが想定されたので、最近は、宇宙服を船内に持ち込まず、月面車と一体にして必要な時だけ、月面車から宇宙服部分を切り離して使用するという方法も検討されている。

 スペースシャトルの打ち上げ風景で、宇宙飛行士がオレンジ色の服を着ているのをよく見る。一般人は、あれが宇宙服と思っているが、あれは打ち上げ時に、スペースシャトルなどで打ち上げの際に空気漏れが起きた際に、宇宙飛行士が気絶する可能性があるのでその対策のために着ているもので、正式には「ハイ・プレッシャー・スーツ」といい、服の色合いから通称「パンプキンスーツ」とも呼ばれる服である。 初期の頃(STS-4まで)は、黄土色のハイ・プレッシャースーツを着用していたが、STS-5以降は、省略された。しかし、おそらくシャトル計画中盤あたりからオレンジ色のハイ・プレッシャースーツを着用するようになった。

 よって、打ち上げ時と帰還時にのみ着る特別な服であり、オレンジ色は不時着した時に発見されやすいようになっており、背中には簡易パラシュートを背負っている。 スペースシャトルからの脱出といっても、打ち上げ時には宇宙空間まで出て宇宙ステーションまで行くか、帰還時には着陸の1分前程度(スピードがマッハ1以下になる時)しかチャンスがないので、実際に役立つどうかは不明。

 宇宙飛行士が会見の時に着ている青い作業服(フライトスーツ)が、宇宙飛行士としての公式スーツ(初期は水色)であり、「宇宙飛行士として会見する時には必ず着るもの」である。また船外活動時に着る服こそが、本当の宇宙服であり、宇宙空間では強烈な紫外線、日の当たっているところは200℃、日陰は-150℃で、微小な隕石が弾丸のように超 高速で飛んでくる環境なので、それの対策がばっちり施されている。


< 人類初の”人間衛星”になった、宇宙飛行士 Bruce McCandless II >

 地球を回るものを衛星(月も衛星)と呼び、人工の物は人工衛星と呼ぶ。Bruce McCandless II さんは、歴史上初めて、命綱なしで、スペースシャトルから離れて人間衛星となった。しかし、問題が発生すると助けに行けなくなると批判され、その後のミッションでは、このように命綱なしで船外活動することはなくなった。


3 スペースシャトルの打ち上げ関係


3.0 打ち上げ 前の準備、機体の整備>

 シャトルの整備場(オービター点検整備施設(OPF))は、世界で最も複雑であるとともに、清潔な整備場と言われており、シャトルのコックピットの整備の際には、静電気を発生させないように白い服(最近は緑色)に着替える。 シャトルの耐熱タイルの修理には187人が関わっており、小さなキズを発見すると、歯科用ドリルを用いて穴を開けて、詰め物をして硬化させ、磨くので、一つの修理には約3時間かかり、約40-60日間かけて修理している。タイルを取り外す際には、基本的には電熱線式のリムーバーを用いて切り出し、取り出したタイル穴にパテを埋めて、穴の形のコピーを作成し、断熱タイルの製造元であるロックウェル(ロックウェル社はボーイング社に吸収されたので、後期はボーイング社)社で、型を元にして、機体のねじれ、熱膨張を計算して3ミリのすきまが出来るようにタイルを作製する。

 シャトルをクレーンで吊り下げて、補助ロケットと燃料タンクを取り付けるのに48時間かかり、1兆円以上するシャトル(オービター)本体をクレーン一本で吊り下げることが許されるまでには、クレーン運転者は3-5年の訓練を受ける。

 ロケット、燃料タンクをとりつけたシャトルは、クローラーと呼ばれる移動台に載せられて発射場まで移動し、クローラーの最高スピードは時速1マイル( 1.6km)であり、燃費が1m/Lという世界で最も燃費の悪い乗り物としても有名である。このクローラーの乗員は18人であり、移動に時間がかかるのでポータブルトイレも用意されており、発射台に近づく際にはレーザーを使用して位置あわせを行う。

 発射台では120人の技師が作業に従事しており、整備場から運搬されたシャトルは、最低三週間かけて、外観のチェック、内部の燃料の積み込みが行われる。このように、スペースシャトルの整備にはアメリカ中の12以上の施設、何万人という熟練工が関与していた。


参考情報> スペースシャトルの運搬方法、打ち上げ準備は、「宇宙開発」 ニュートン別冊 教育社に詳しく載っている。


3.1 打ち上げに要する燃料>

 打ち上げ時の最大総重量は約2000トン(シャトル本体78トン+最大荷物25トン=約100トン、外部燃料タンクは756トン、固体ロケットブースターは590トンx2)で、約100トンの本体を打ち上げるために、最初の2分間で固体ロケットブースター中の527x2=1054トンの固体燃料を消費するとと同時に、外部燃料タンク中の約730トンの液体水素と液体酸素を、打ち上げ後、約8分30秒で消費する。

つまり簡単に言うと、約100トンのシャトル+荷物を打ち上げるために、約1800トンの燃料を約8分で消費する。

 打ち上げ時に使用される固体ロケットブースターは過塩素酸アンモニウムと粉末の金属アルミニウムを混合し、合成ゴムで固めたものを燃料としており、打ち上げから約2分間燃焼し、アルミ粉末の燃焼により、ブースターからは大量の白煙が噴出する。

 ちなみに、アポロ計画で使用したサターンVロケットの第一段ロケットの燃料はケロシン(簡単にいうと灯油)で、旅客機のジェットエンジンの燃料もケロシン。

 これら燃料の違いに由来して、シャトル本体のエンジンの炎は青白く、一方、ブースターの燃焼炎は白く見える。大量の液体水素を使用して危険なので燃料供給係は、自ら志願して業務にあたっており、発射台の下には、アポロ計画時代に作成された緊急脱出用のカゴで避難できる分厚いコンクリートで出来た部屋が用意されている。

 固体ロケットブースターの推力は1本1200トン、メインエンジンの最大推力は1個200トンなので、打ち上げ時の推力は、1200*2+200*3=3000トン。つまり打ち上げ時には2000トンの機体を3000トンの推力で打ち上げていることになる。


3.2 打ち上げ時のエンジンの点火順序とタイミング>

 スペースシャトルの発射に関しては、発射の4-5時間前に統合宇宙司令部の宇宙監視網が宇宙を漂っている3500万個にも及ぶスペースデブリの軌道を解析し、スペースシャトルの軌道近くを通過する物体がないことを確認している。

 シャトルは固体ロケットブースター下部に各4本、合計8本の爆発ボルトで固定されており、発射の16秒前に、騒音防御装置が作動し、打ち上げ時の固体ロケットブースターからの音響振動、衝撃波からシャトルを守るため、及び打ち上げ場周辺への騒音を抑えるために、発射台や固体ロケットブースターの排気ガスの誘導坑に1100立方メートルの水を霧状にして放出する。1100立方メートルは110万リットル、これは25mプールの容積が35万リットルなので、25mプールにして約3個分の水を16秒程度で放出する。

 離陸の6.60秒前にシャトル本体のメインエンジンNo.3が点火される。次に、6.48秒前にメインエンジンNo.2、次に6.36秒前に中央のメインエンジンがコンピュータによって点火される。これは、シャトルの後方から見て右、左、中央の順番。シャトルのメインエンジンは、液体燃料を使用しているので、エンジンに異常があればコンピュータが燃料をカットして離陸を中止させる。メインエンジンの燃焼に異常が無い場合は、コンピュータが出力を100%にした後、固体ロケットブースターに点火する。なぜ、離陸の6.6秒前にメインエンジンを点火するかといえば、固体ロケットブースターは固体燃料を使用しているため、点火したらその後、火を消すことが出来ないためである。また、メインエンジンはシャトル(オービター+外部燃料タンク+固体ロケットブースター)の重心から外れた位置にあるため、メインエンジンの点火による巨大推力の発生によって、シャトル全体がわずかに傾き(外部燃料タンク先端で60cm程度)、この傾きが自然に垂直に戻るのに6.6秒かかるためである。

 コンピュータがメインエンジンの推力が所定のレベルに達したことを確認したら、固体ロケットブースターに点火信号が送られ、固体ロケットブースターの点火の直前に固体ロケットブースターを発射台に固定していた8本のボルトを爆破してボルトが開放され、スペースシャトルは発進する。

 打ち上げに際しては、コンピュータの「打ち上げシーケンスプログラム」によって淡々と進められるため、打ち上げセンターには「発射ボタン」というものは存在しない。よって、搭乗員が行う操作はほとんどなく、非常事態の発生時の操作に備えている。

 スペースシャトルのメインエンジンはエンジンの推力を67%から109%まで変えることができる。発射時には大きな力が必要なので104%の推力を出すが、スピードが出るにつれ、空気抵抗が大きくなるので、打上げから約28秒後に機体にかかる最大動圧(空気抵抗)を抑えるため67%まで推力を絞る。また、ある程度空気が薄くなって空気抵抗が小さくなれば、加速しても大丈夫なので約60秒後に再び推力は104%に戻す。ただ、スペースシャトルの場合、最大加速度は3G以下となっているため、空気抵抗がなくなって、燃料を使い果たして機体が軽くなり、3Gを越えそうになる前に推力は再び徐々に絞りこんでいく。最大推力が109%と中途半端なのは、エンジンが改良されて推力が増加したので、設計段階の推力から換算して使用しているため。

 打ち上げ時の映像で、メインエンジンの先で、火花が散っている映像があるが、あれは、気化して漏れた水素ガスが大爆発を起こす前に、微小な火花で、燃焼させるためである。


参考情報> スペースシャトルの運搬方法、打ち上げ準備は、「宇宙開発」 ニュートン別冊 教育社に詳しく載っている。


3.3 スペースシャトル・システムの爆破システム>

 米国連邦法によって、ロケット事故から民間人を守るためにスペースシャトルを含むすべてのロケットには最初から爆薬が設置されている。これは打ち上げ時にスペースシャトルのコントロールが効かなくなって、市街地へ墜落することを防ぐためであり、打ち上げ場の安全主任(Range Safety)である空軍将校が、打ち上げ時のすべての情報を一方的に監視しながら(=飛行管制センターとの情報のやりとりはしない)、必要に応じて遠隔操作によって爆破できるようになっている。具体的には、外部燃料タンクと両方の固体ロケットブースター内部に爆薬が設置されており、このシステムを作動した場合には、シャトルのコックピットに「爆破システム作動」の表示が出た直後に爆破するようになっている。確実に爆破出来るようにシステムは二重に設置されており、片方が故障しても、もう片方の指令で実行できるようになっている。

 打ち上げ場安全主任は、地上近くでシャトルを爆破した場合、固体ロケットブースター中の527x2=1054トンの固体燃料と、外部燃料タンク中の約730トンの液体水素が爆発することになり、爆風及び衝撃波で打ち上げ場近くの民間人も事故に巻き込むことになるので、大気の状態によっては打ち上げを中止させる権限も有している。

 空軍将校は、「宇宙飛行士の命を奪う可能性の高い爆破指令をためらわない」ように宇宙飛行士主催の行事には一切参加しないという慣例になっている。

 これまでの130回近い打ち上げにおいて、このシステムは一度だけ使用されたことがあり、それはチャレンジャー号爆発の時に制御不能になった固体ロケットブースターが近隣地域に落下するのを防ぐために作動された。

 爆破システムの存在は、当然、宇宙飛行士にも知らされており、宇宙飛行士は搭乗前に遺書を準備している。打ち上げ時には、家族(配偶者、子まで)が発射場の特等席で打ち上げを見守るが、その際には家族と親しい宇宙飛行士が寄り添い、打ち上げ失敗時の精神的ケアを担当することになっている。


参考文献>ライディング・ロケット ぶっとび宇宙飛行士 スペースシャトルのすべてを語る (上巻、下巻)、化学同人


詳細は、スペースシャトル・クルー・オペレーションマニュアル(フライトマニュアル 1161ページ PDF 無料)の「1-4-7ページ」を参照。


3.4 スペースシャトルの緊急時脱出システム>


打ち上げ時の脱出> 打ち上げ準備中にトラブルが発生した場合、宇宙飛行士達は、自力でスペースシャトルから脱出し、緊急脱出用のカゴに乗ってケーブルカーのように打ち上げ台から脱出出来るようになっており (この風景は映画「メン・イン・ブラック3」の後半で見られる)、そのために、スペースシャトルのドアは内側から簡単に開くように出来ている。これは、内側のドアが開きにくくて、死亡者が出たアポロ1号事故の反省に基づいて設計されたためであるが、その後、スペースシャトルでの宇宙飛行中にドアの取っ手に興味を示した飛行士 (某国の王子)がいたことから(宇宙飛行中にドアが開くと全員死亡する。)、シャトル運用中期以降は、取っ手部分に船長が飛行中にカギをかけられるように変更された。

 実飛行一号機のコロンビア号には、初期は偵察戦闘機SR-71ブラックバードから転用された射出座席2席及び射出用ハッチが装備されていた。しかし、射出座席は打ち上げ後、2分以内なら射出できる設計になっていたが、2分以上立つと脱出高度が高くなりすぎ、速度も高くなりすぎる上、射出すると固体ロケットブースターの2800℃の炎にさらされる、マッハ3以下の時(=着陸の7分前程度)だけしか使用できない、最大で乗員が7人搭乗しているのに、仲間を残して船長とパイロットだけ逃げ出すことは出来ない等の理由から、中期から射出座席による脱出システムは不採用になった。


着陸時の脱出>


空中脱出> シャトル運用中期以降は着陸時にドア部分からパラシュートで脱出出来るように「脱出バー」が設置された。この脱出バーについては、映画「スペース ・カウボーイ」の後半で脱出風景を見ることが出来る。


海上での脱出> 旅客機と同じように滑り台式のゴムボートがあり、出入り口ハッチから脱出する。詳細は、スペースシャトル・クルー・オペレーションマニュアル(フライトマニュアル 1161ページ PDF 無料)の「2-10-14ページ」を参照。


着陸後の脱出> 本来の滑走路以外に不時着し、出入り口ハッチから脱出できない場合には、コックピット上部の窓から脱出出来るようになっている。この際、機体外部 (上部)は大気圏再突入時の加熱によってまだ200-300℃であるので、脱出に際しては、専用の耐熱毛布を機体外面にかけてから脱出するようになっている。

詳細は、スペースシャトル・クルー・オペレーションマニュアル(フライトマニュアル 1161ページ PDF 無料)の「2-10-18ページ」を参照。


参考文献> スペース・シャトル搭乗員ハンドブック 角川書店


3.5 スペースシャトルのその他>

 スペースシャトルが、地球周回軌道に乗るまでの時間は約8.5分、一回のフライトで翼を使用する時間は着陸時の5分間。基本は宇宙に2週間滞在するようになっており、宇宙空間で機体に深刻なトラブルが生じた場合は、予備のシャトルが救出に行く体制が整えられていた。


参考文献>コクピットイズム「スペースシャトル最終便」イカロス出版


4 スペースシャトル・オービターの宇宙空間での状況

 宇宙空間では、太陽光の当たる場所は表面温度が100℃以上、影の部分は-150℃になるため、シャトルが軌道上にいる間は、貨物庫(ペイロードベ イ)のハッチを開けて、機内に熱がこもらないようにしている。またペイロードベイハッチの裏側には、銀色のラジエーターが装備されており、燃料電池から発生する熱を宇宙空間に放出している。よって、写真でよく見る「宇宙で貨物庫を開けている姿」が宇宙空間に滞在している時の本来の姿である。

 スペースシャトルの同じ面を長時間太陽方向に向けていると、その部分の温度が上昇し(その反対面は低温になって)熱的にひずむので、このような姿勢は長時間は取れない。従って、実験要求などの理由がなければ、基本的には、地球に背を向けた状態で飛行する。

 NASAの定義では、地球からの高度100km以上を宇宙と定義しており、高度100km以上に到達した人を宇宙飛行士と呼ぶ。国際宇宙ステーションは地上400kmを飛行している。ちなみに、地球から月までの距離は約38万km、スペースシャトルが高度100-400kmを周回するのに対して、アポロ計画では、月まで片道3日かけてスペースシャトルの3800倍の距離を往復した。

 スペースシャトル、国際宇宙ステーション内が無重力状態なのは、地球重力の届かない高度を飛行している訳ではなく、実際には宇宙ステーションの高度でも、地球の9割の引力が働いている。しかし、猛烈なスピードで地球を回転することで遠心力が働き、これが引力とつりあっていることで、無重量状態となっており、周回速度が下がると重力に負けて地球に落下を始める。

 < スペースデブリ問題 > 西暦2000年段階で、人類は約4500個の人工衛星を打ち上げており、宇宙には9000個以上の、人工物体が浮遊しており、1ミリメートルから10センチメートルの破片(デブリ)は3500万個は地球周辺を漂っているという。そのために、スペースシャトルのコックピットの窓は、ほとんど毎回、新品に交換されているという。中型のデブリの位置情報はNASAがすべて把握しており、スペースシャトルの飛行中は、デブリがスペースシャトルの軌道に近づく場合は、警報が出され、衝突が予測される場合には、シャトルの軌道を変更するように決まっている。


参考情報> スペースデブリについては、「宇宙への挑戦」 ニュートン別冊 ニュートンプレスが詳しく解説。


5 スペースシャトル・オービターの着陸関係

 シャトルは、打ち上げ場であるケネディ宇宙スペースセンター付属の滑走路に着陸するのが基本であるが、悪天候の関係で、カリフォルニア州のエドワーズ空軍基地などに着陸した場合には、その後、NASAのボーイング747特別機に「おんぶ 、ピギー・バック」して輸送され、この輸送費は約600万ドル(約5億4000万円)かかる。よって、緊急の場合を除き、出来るだけ、ケネディ宇宙スペースセンターに着陸するように努めている。

 シャトルは大気圏飛行用エンジンがないので、着陸のやり直しは出来ず、飛行場の天候を確かめて着陸する飛行場の近くまで接近した後に、”隕石が落下するように”急速に高度を下げる。着陸のやり直しは出来ないので、オーバーランに備えてケネディ宇宙センターには世界最長(オーバーラン部分も含めると全長5.2km)の滑走路が整備されている。大規模国際空港の滑走路が全長4km程度であることを考えると 、かなり長いことが分かる。また、シャトルの高速着陸に耐えるために、コンクリート舗装は厚さ40cm、平坦性も100mで1.6mmの精度で建造されている。

地球周回軌道では、飛行高度に応じて機体の遠心力と地球の重力がつりあう速度があり、この速度を維持することによって、地球を周回できる。

 地球への帰還は約1時間前から準備が始まり、約30分かけて各種システムの点検が行われる。その後、姿勢制御システムを用いて帰還用の姿勢 (進行方向とは逆方向、かつ船底が地球方向になる側)に変更した後、周回軌道の高度122km上でOMS ( Orbiter Maneuvering System )エンジンを点火して、シャトルの速度を落とした後、機首を進行方向に変更すると、その後、自然に地球の重力で落下が始まる。

 この時、着陸30分前、マッハ25程度、グライドスロープ45度(1m進む間に1m降下するということ)であり、機首から大気中に突入すると、風圧による空中分解及び大気との摩擦熱(正確には摩擦ではなく、空気を高速で圧縮した際に発生する熱、及び高熱によるプラズマの発生)によって機体表面温度が上がり過ぎるために、向かい角32度(40度の説もある)になるように自動的に機首を上げるようになっている。向かい角32度というのは、機体下面全体で空気を均一に受けることによって落下速度及び摩擦熱の増加を防ぐための角度である。

 大気圏に突入すると高度80kmから50kmまでは大気によって加熱され機首と翼の前面(シャトルで灰色の部分)は最高で1600℃以上になる。最高温度になるのは高度70kmで着陸約20分前。高度が下がるにつれて大気濃度が上がりラダーやエレボンが効くようになってくるので、さらに速度を落とすためにマッハ2.5程度の速度で最大80度に傾いて自動的にS字ターンを行う。この時のグライドスロープは30度(約2m進む間に1m降下する)。

 着陸地点から距離40km、高度15kmになるとシャトルは滑走路に進入するためのトラフィックパターン (高度に応じて、何回も旋回する)に入り、着陸1分30秒前に音速以下の速度になり(この際、衝撃波が発生し、連続して2回”ドン”という音がフロリダ周辺に響き渡る)、20度のグライドスロープ(=下降割合、下降率。 ”垂直落下は90度のグライドスロープということになる。”)にしたがって滑走路に進入してくる。ちなみに、通常の旅客機のグライドスロープは約2.5度に設定されており、旅客機の10倍程度の降下率で落下してくることになる。

 時速430kmで車輪が下ろされ、約346kmで着陸(ジェット旅客機は約260km)した後、待機していた防毒作業班が、機体から有毒な燃料であるヒドラジンを抜き取り、 着陸直後は白い部分は200℃であるので機体表面の温度が宇宙飛行士が外に出られる温度になるまで約1時間待機する。その後、さらに温度が下がるまで約4時間大気中で放置された後に整備塔に移動する。


参考文献> コクピットイズム「スペースシャトル最終便」イカロス出版


6 スペースシャトルの構造


6.1 スペースシャトル・オービターの構造

全体の寸法> 一般にスペースシャトルと呼ばれているオービター(飛行機の形をしたもの)の全長は37m、幅は23.7mで、旅客機で言うとボーイング737-800型程度、エアバスA320程度の大きさ。貨物室(ペイロードベイ)の寸法は、直径4.6m、長さ18mで、最大約24トンの荷物を収容可能。一般的な大型路線バスの寸法は、全長10m、高さ3.1m、重量10トン、最高でお客74人を乗せた場合は重量14.4トンであるので、シャトルは満員の路線バスを余裕で大気圏外に運ぶ能力がある。 100回の打ち上げに耐えるように設計されており、後期型シャトルでは、宇宙飛行士7人が最大30日間生活出来るように改造されていた。

窓(ウインドウ)> スペースシャトルには、コックピット前方に6枚、天井部分に2枚、後部フライトデッキ(ペイロードベイ側)に2枚、サイドハッチの小窓1枚の計11枚の窓がある。3層のガラスが基本であるが、後部フライトデッキは2層。また場所、層により厚さは異なる。

 一番厚みがあるのは、コックピット前方の6枚で、外側の層は、厚さ1.58cm、中央層3.3cm、内側の窓ガラスは1.65cm。この3枚は役割が異なり、外側は427℃までの高温に耐えると共に、スペースデブリ(小さい隕石や、衛星の破片など)衝突に耐えるように強化されている。一番内側のガラスは与圧を保つためのガラス。これらのガラスには反射防止コーティングや赤外線カットコーティングなども施されている。ガラスの材質は、一番内側がアルミシリカガラス、残りのガラスは、溶融シリカガラスを使用。これだけ厚みのあるガラスだが、操縦や地球観測時に支障をきたさないように非常に透過性が良いガラスとなっている。

 また、宇宙から帰還するたびに、ガラス表面を丹念に調べ、髪の毛1本のキズでもあれば事故の原因になるので交換して おり、実際にはほとんぼ毎回、スペースデブリの衝突の関係で外部ガラスは新品に交換されていた。さらに全ての窓には個々の窓ガラスを囲むようにして冷却水用のパイプが独立して(故障しても大丈夫ないように)2系統設置されており、循環水で窓枠を冷却している。

シャトルには雨用のワイパーがなく、作業中にガラスをキズつけないように打ち上げ直前まで専用のカバーで覆っている。

 外観からは分からないが、スペースシャトルのコックピット部分は断熱性を増加させるために魔法瓶のような入れ子構造になっており、そのせいでフロントガラス部分からの眺めは良好ではなく、宇宙飛行士の話によると、コックピット上部の天窓やペイロード側の窓の方が宇宙空間がよく見えるという。 また、強度的問題、宇宙からの強烈な紫外線、放射線の影響をさけるために、窓は意図的に小さく作られている。


参考にした引用元>JAXA 広報、情報センター


耐熱部品、断熱タイル、機体との接着方法、断熱ブランケット>


断熱タイル> 基本的には最小限の補修で100回の飛行に耐えるように設計されたが、実際には微小なキズが発見されたタイルは毎回取り替えることになった。


白いタイル> LRSIタイル( 低温再使用可能表面断熱タイル ) ( Low-Temperature Reusable Surface Insulation tiles )

 スペースシャトルの白いタイル部分は石英ガラスファイバー(酸化ケイ素のファイバー)の三次元構造からなる「断熱タイル(=耐熱タイルではない)」で構成され、標準的なタイルの寸法は約15cm角、厚さは約3cm、密度は0.14で、つまり80%程度は空気が含まれている軽石のようなもの。

 結晶ではなくガラス状の石英という点が重要であり、結晶石英は200℃付近で結晶変態(結晶の構造がクリスタロバイトに変化)を起こし、タイルが脆くなるので、技術者たちは純度99.7%以上の珪素砂をミネソタ州の鉱山から見つけてきた。ちなみに、石英の純度が低い場合は、耐熱温度が下がるという問題がある。

 石英ガラスファイバー層の上には、ホウ酸ケイ素ガラスでコーティングして太陽光からの熱を反射するようになっており、その上に飛行中の空気抵抗を抑えるように、耐水性ポリマーがコーティングしてある。また、すべてのタイルにはシリアルナンバーが表面に印刷、裏面に刻印されている。

 大気圏突入すると、シャトルの白い部分の温度は300℃を超えて、着陸直後でも200℃以上になっている ので、着陸後、機体表面が冷えるのを待ってから、宇宙飛行士は機体から降りる。


黒いタイル> HRSIタイル( 高温再使用可能表面断熱タイル ) ( High-Temperature Reusable Surface Insulation tiles )

 黒い部分は、白い断熱タイル上に、ホウ酸ケイ素ガラスに輻射熱を放出する黒色顔料(テトラボロン シリサイド、Tetraboron silicide, B4Si )を混ぜて、厚さ2-3mmにコーティングしたもので あり、黒いタイル表面に侵入する熱エネルギーの9割は、輻射熱、放射光として即時に外部空間に放出され、内部には1割の熱エネルギーしか伝わらないようになっており、機体のアルミ合金部分は最大で177℃以上にはならないようになっている。

 「断熱タイル」は初期の機体では、機体の約70%を占め、形状の異なる約3万4千種類のタイル( 複雑な形状の機体に合わせて作るために、一つとして同じ形状、厚みのものはないとされる。当然、タイル個々に設計図を作成しており、パソコンでタイル番号を入力すると、コンピュータ制御工作機が自動で切り出し、その後手作業によって黒い物質をスプレーして仕上げる。)で覆われており、後期のアトランティス号、エンデバー号あたりになると、断熱毛布の使用によってタイル数は2万6千個程度に減っている。

 断熱タイルはアルミ合金製の機体表面に耐熱ナイロン製のクッション材を通じて接着剤で固定されており、タイルは熱膨張及び内部金属製構造体の飛行中のねじれを計算して3ミリの隙間を設けて配置されており、その隙間にはセラミック繊維製板が挟みこまれている。

 タイルは、大気圏再突入の際に 、ある一定の温度を越えた場合、次回の打ち上げまでに交換する必要があるが、これまでは、その温度を越えたかどうかは分からず、一つ一つタイルを検査していた。そこで、最近のシャトルでは、タイルひとつひとつに無線タグと温度センサを組み合わせたものを取り付け、無線タグのデータから迅速にタイルを交換できるようにしている。

 3万4千個程度ある断熱タイルは、昔のデータによると、1個1000~5000ドル( 10万円から50万円 )程度であり、平均すると1回の飛行で30-100個の断熱レンガが交換されており、2009年から2010年にかけて約9000個のタイルが廃棄される見通しとなっている。2010年度のシャトル運用停止にともなって断熱タイルの廃棄、教育機関への配布が検討された際、石英ガラスファイバーの発ガン性も検討されたが、NASAの報告書によると発がん性はなく、目や肌に触れた時にかゆみが起こる程度との事。複雑な機体構造に一枚一枚貼り付ける構造なので、基本的にはタイル一枚一枚の形状は異なり、そのために機体ごとにタイル地図が作製されている。


参考文献> スペースシャトルのタイルの作り方の詳細


機体との接着>

 断熱タイルは、高純度の酸化ケイ素繊維で作製されているので、大気圏突入時の1600℃に耐えるが、機体はアルミニウム合金で出来ているので200℃程度で機体が軟化してしまう。また、断熱タイルはほとんど熱膨張しないのに対して、アルミニウム合金は熱膨張するので、シャトル開発にあたってはタイルと機体との接着をどうするかが問題になった。それで、断熱タイルの裏面にフエルト状シートを挟み、接着剤にはシリコーン( 高分子有機シリコン化合物 )を使用してこの問題を解決した。 また、炭素繊維強化炭素複合材料( ccコンポジット )で作製されている部分( シャトルの灰色部品 )は、交換を容易にするためにボルト締めされている。


機体タイルの補修方法>

 シャトルの耐熱タイルの修理には187人が関わっており、小さなキズを発見すると、歯科用ドリルを用いて穴を開けて、詰め物をして硬化させ、磨くので、一つの修理には約3時間かかり、約40-60日間かけて修理している。タイルを取り外す際には、基本的には電熱線式のリムーバーを用いて切り出し、取り出したタイル穴にパテを埋めて、穴の形のコピーを作成し、断熱タイルの製造元であるロックウェル(ロックウェル社はボーイング社に吸収されたので、後期はボーイング社)社で、型を元にして、機体のねじれ、熱膨張を計算して3ミリのすきまが出来るようにタイルを作製する。


断熱ブランケット、断熱毛布> Flexible Insulation Blankets ( FIBs ) (柔軟な断熱毛布)

 初期のスペースシャトル(コロンビア、チャレンジャーぐらいまで)の機首部分の多くは白い「断熱タイル」で大部分が覆われていたが、打ち上げ時のタイルの損傷、脱落、剥離の反省から中期以降のシャトルでは「白い断熱タイル」は少なく、機体の軽量化を兼ねて「白い断熱ブランケット(布)」を採用している。 場所はペイロードハッチ、翼上面、胴体側面などで、後期のディスカバリーなどでは、コックピット周辺も断熱ブランケットに変更されていた。この布は、NOMEXと呼ばれる耐熱性ナイロン繊維のシートで、厚さは4mmから1.6cm。これらの形状は、単純なものから小さくて複雑なものまであり、部品によっては工場のおばあちゃん従業員がミシンで縫って仕上げていた。


耐熱部品(灰色の部品)> Reinforced Carbon-Carbon、「炭素繊維強化炭素複合材料」

 機体先端、翼先端の灰色の部分は、最も加熱される部分(大気圏突入時に、この灰色部品は1650℃に加熱される。)で炭素複合材料製の「耐熱部品」で出来ており、この部品には最高1600℃以上の温度とマッハ20程度の空気圧、及び機体自身から発生する衝撃波の負荷がかかる。

 この部品は、英語ではReinforced Carbon-Carbon、日本語では「炭素繊維強化炭素複合材料」と呼ばれ、炭素繊維製の部品にさらに炭素を染み込ませ、さらに大気中での酸化を防ぐために表面にはシリコンカーバイト(SiC)の層がコーティングされている。また、シリコンカーバイト層と炭素部分の熱膨張差によるクラックの発生を抑えるために、テトラエチルシリケートをコーティングし、その上に空気抵抗を抑えるためにつやのあるオーバーコート材でコーティングしている。

 炭素繊維は1600℃になっても実用的な強度を維持するが、大気中では450℃以上で燃える。よって、炭素が燃えないように、シリコンカーバイトでコーティングして炭素が酸素と接触するのを防止している。

 大気圏突入時に、この灰色部品は1650℃に加熱されるが、この熱が内部に侵入しないように、灰色部品の中にはセラミックファイバーで出来た毛布とシリカガラスファイバーが詰めてある。 これら灰色の部品は交換が容易なように、ボルトで機体に接合してある。


居住空間(クルーモジュール)>

 クルーモジュールは、外部から断熱及び気密確保のために、魔法瓶のように機体外殻から幅1m程度、中空(ここが真空か、何かの気体が詰まっているかは不明)に浮かぶような構造になっている。 そのせいでフロントガラス部分からの眺めは良好ではなく、むしろコックピット上部の天窓やペイロード側の窓の方が宇宙空間がよく見えるという。

 シャトルのクルーモジュール内部は、3階建てになっており、一階は空気清浄ユニットが詰まっているので入れない。人間が排出する二酸化炭素は一階の空気洗浄ユニットにて濾過し、人間が酸素濃度が60%以上では酸素中毒になるのでそれ以下になるようにコントロールされている。

 二階は居住空間で、スペースとしては6畳間ぐらいあるが、その半分程度は宇宙服(船外活動服)を着るための大きなエアロックがあるので、実質としては、横1.3m、幅3.3m、高さは2.1mであり、つまり6畳間の半分ぐらいのスペースに、トイレ、ベッド( 3段ベット1台、縦型ベッド1台 )、台所(電子レンジ、手洗い)がある。この程度のスペースは地上では狭く感じるが無重量空間では3次元で空間を使えるので、狭くは感じない らしい。宇宙空間でのやけどを防ぐ意味で、船内で使えるお湯は60-70℃に制限されており、宇宙用のカップラーメンも60℃程度で食べられるように工夫されており、船内電力事情が厳しいので電子レンジを使うのに30分ぐらいかかるらしい。

 三階は操縦席であり、固定式のパイロット席の空間を除くと、幅1.8m、横1m(畳1枚より少し大きい程度、大人3人分の肩幅ぐらい)のスペースしかない。打ち上げ時にはここに、シートが2つ設置され、宇宙空間に出ると、このシートを片付けてミッションスペシャリスト、ペイロードスペシャリストの作業場になる。また、パイロットシートも前に折りたたんで、ここで寝ることも出来るようになっている。

 これらの空間では、最大7人が、2週間程度生活することになる。打ち上げ、着陸時に、操縦席に座る4人以外の宇宙飛行士は、窓も計器もない2階席で、天井までそびえるロッカー(ここに食料、生活必需品がスポンジ製ケースに収めてある)を前にして座って過ごすことになる。 ちなみに、よくテレビで宇宙空間で宇宙飛行士が無重力状態で空中を回転したり、飛び回っている場面があるが、あれはスペースシャトルのコックピット、居住空間ではなく(=狭すぎて飛び回るスペースがない)、スペースラブ(シャトルに積んだ荷物としての宇宙実験室)、宇宙ステーションでの映像である。ただ、宇宙飛行士の映像では必ずこの場面が出てくるので、NASAでは「宇宙飛行士は遊んでばかりいる」と思われるのは心外で、当局としてはこのシーンは流して欲しくないと思っているらしい。

 スペースシャトルは、軌道上長期滞在(Extended Duration Orbit: EDO)キットと呼ばれる主に電力確保のための液体酸素と液体水素のタンクなどを取り付けることにより16~18日間までの飛行が可能。一番新しいスペースシャトルであるエンデバー号は、建造当初より最長28日間の長期飛行能力を有しているが長期間飛行するには、食料や、衣服などの搭載スペースを確保しなければならないほか、搭乗員の筋力や操縦能力の維持などの問題があり、長くても14~16日間が現実的。

参考にした引用元>JAXA 広報、情報センター


スペースシャトルのトイレ・システム>

 打ち上げ時は、打ち上げの2時間前に搭乗し、上向きのシートに縛り付けられるので、この場合はトイレには行けず、事前に打ち上げ、着陸時のオレンジ色のフライトスーツ(通称パンプキンスーツ=打ち上げ、着陸時に宇宙船の気圧が低下した場合に備える、パラシュート装備)の下に「おむつ」をはいている。

 宇宙空間では、重力がほとんどないので、地上と同じようなトイレは出来ない。地上と同様におしっこすると、尿が狭いコックピット内を漂流し、宇宙飛行士がそれを吸引して肺に入ったり、操縦計器の内部に入ってショートする可能性がある。

 よって、スペースシャトルでは、宇宙空間用の特別なトイレが採用されている。使用方法としては、まず、トイレの扉を開き、このままでは、まだ外から丸見えなので、カーテンを閉める(上用と横用)。次に、トイレ中に体が浮かないように、足を軽く固定するとともに、ヒザ押さえで便座に体を固定し、手摺につかまる。

 「おしっこ」の場合は、男女それぞれの尿吸引アタッチメントに取り替えた上で、便器上部にあるハンドルを引くと、掃除機のホース状の機器が空気吸引を始め、それをあてがって尿を吸引する。

 「うんち」の場合は、ハンドルを引くと「便座直下のバルブ」が開き、空気吸引を開始するとともに便器内部のカッターが毎分1500回転で回転し、大便を瞬時に切り刻み、便器内部のタンク内壁に大便を貼付ける。その後、ハンドルをOFFにすると「便座直下のバルブ」は閉じ、「宇宙空間に通じているバルブ」が開いて便器内部は宇宙空間と同じ絶対真空にさらされて一瞬で凍結乾燥するようになっている。大便、嘔吐物は、このように乾燥状態にして地球に持って帰る。一方、尿、及び燃料電池で生成した水は飲用水、手洗いに使用された後、排水タンクで貯蔵した、数日ごとに宇宙空間に自動的に放出される。

 このトイレは、適切な使用が難しく、うんちが内部カッターまで届かないことがある。よって、宇宙飛行士は、事前に地上で、肛門のモニター映像を見ながら、何度も正確な場所(便座直下バルブ管の中心部)に「うんち」を落とす練習をさせられるらしい。

 このトイレの開発にあたっては、多くの女性看護士のボランティアが参加し、無重力体験用大型ジェット機がすぐに離陸できるようにスタンバイした上で、ボランティアにアイスティーを大量に飲んでもらって、一回約30秒の無重力状態下において数種類のトイレ試作品でおしっこやうんちをするテストを何百回もした。ちなみに、テレビでこの様子(ジェット機内で楽しそうに無重力状態で泳ぐ映像)が流されることがあるが、あれ(楽しそうに泳ぎ回る)は最初の数回だけで、実際にはその後(訓練では約50回無重力飛行を繰り返す)はほとんどの訓練生は飛行機酔い、及び他人の嘔吐物の臭いにつられて嘔吐し、機内には嘔吐物の臭いが充満するらしい。

 日本人は一日に0.4~2L、欧米人は~0.4Lのオナラをしており、オナラは可燃性ガスであるので、狭い宇宙船や宇宙ステーションに充満すると爆発の危険性があるので、NASAではオナラ対策で研究を進めている。


参考文献> ライディング・ロケット ぶっとび宇宙飛行士 スペースシャトルのすべてを語る (上巻、下巻)、化学同人


コンピュータ・システム>

 シャトルの操縦系統はコンピュータ制御のフライ・バイ・ワイヤと呼ばれるシステムであり、昔の飛行機のように、物理的に操縦輪とラダーがつながっているわけではない。操縦輪の操作は電気信号としてコンピュータで処理されてから、操作信号が駆動用モーターに伝わるようになっている。コンピュータは汎用でソフトも同じものが4台、バックアップ用として汎用の4台のコンピュータとはソフトも設計も異なるコンピュータ1台の計5台設置されており、これらのコンピュータが随時お互いの命令を監視しており、基本は汎用4台のコンピュータの結果の多数決によって判断している。汎用4台のコンピュータがすべて故障した場合には、バックアップ用コンピュータの指示によって動くようになっている。これら5台のコンピュータのうち、1台が故障しても安全に離陸でき、2台が故障しても安全に着陸できるようになっている。バックアップ用コンピュータは、汎用コンピュータ4台が故障した時にのみ稼動するようになっている。


参考文献> スペースシャトル 宇宙連絡船の全容 共立出版

参考文献> スペース・シャトル搭乗員ハンドブック 角川書店


シャトルの電力システム>

 シャトルには燃料電池が3基搭載されており、そこから全電力を得ている。シャトルの燃料電池は、水素と酸素を化学反応させることによって電力と水を得ることが可能であり、ここで生成された水は飲み水としても使える。燃料電池は、電気を貯めておいて放電する電池ではなく発電器の一種である。

 燃料となる酸素と水素は貨物室の下にある液体酸素タンクと液体水素タンクに貯蔵されており(=当然、これらを冷やしておくための冷却システムもある)、各燃料電池が生成する電力は、通常2kwから12kw(最大16kw)。燃料電池1基あたりの重量は約116kg、大きさは高さ約35.6cm、幅約38.1cm、長さ約1m。燃料電池から生成された水は、クルーの飲料等に使用するため飲料水タンクへ送られるが、使い切れない余分な水は船外へ排出される。


参考にした引用元>JAXA 広報、情報センター


タイヤ、ホイール>

 シャトルのタイヤはミシュラン製で、様々な高度、温度に対応できるように、窒素が充填されており、メインギヤのタイヤ(直径44.5インチ(113cm)、幅16インチ(41cm))の空気圧は340気圧、ノーズギヤのタイヤ(直径32インチ(81cm)、幅8.8インチ(22cm))の空気圧は300気圧で、エックス線検査とNASA独自の検査をパスしてはじめてシャトルに搭載される。メインギヤ用タイヤは1回着陸したら交換され、ノーズギヤは2回着陸したら交換されるようになっている。スペースシャトルのタイヤはトラックのタイヤよりは大きくはないが、ボーイング747タイヤの3倍の荷重に耐えるとともに、時速250マイル(時速400km)のスピードに耐えるようになっており、要求される性能を備えた上で、究極に軽くなるように設計されていて費用は5540ドル(日本の感覚で言うと100-300万円)。着陸用車輪のホイールは軽くする必要から、チタン製で値段は30年前の値段で1本50万ドル(今の日本の貨幣価値にすると3億円程度)。


メインエンジン> スペースシャトル・メインエンジン(SSME, Space Shuttle Main Engines)

 シャトルのメインエンジンの燃料は液体水素と液体酸素を混ぜたもので、 毎分6.3万リットルの液体酸素と17万リットルの液体水素を消費し、エンジン1基あたり200トンの推力が出る。実際にはエンジンを3基積んで最大推力600トンを約8分30秒間発生させる。ちなみに固体ロケットブースターの推力は1本1200トン。シャトル(オービター本体)は、荷物を最大限に積んだ場合の重量は約100トンなので、燃料タンクなしならば、このエンジン1基で宇宙にいける計算になる。

 エンジン燃焼中の熱によってエンジンのジェットノズル(釣鐘状の部分)が溶ける、強度低下するのを予防するためにジェットノズルには全面に渡って液体水素が循環するパイプが設置されており、打ち上げの際にはエンジン付近に大気中の水分が凝結して氷が付いているのが見える。

 メインエンジンの寿命は約450分で、55回は繰り返し使えるように設計されており、推力は65-109%の範囲で可変可能。推力が100%を超えているのは、設計後に改良されてパワーアップしたから。また、飛行中の方向転換が出来るようにロケットエンジン自体を動かす( ジンバル機構、上下 10.5度、左右8.5度)ことが可能(固体ロケットブースターも可変可能)である。

 エンジンは予備燃焼室(プレバーナー)、と主燃焼室(メインバーナー)からなり、予備燃焼室でわざと不完全燃焼させた水素・酸素混合ガスで、高圧ターボポンプを駆動させて外部燃料タンクから液化水素、液化酸素を供給するとともに、不完全燃焼ガスを主燃焼室に送り込み、水素1と酸素6の割合で完全燃焼させて、音速以下の燃焼ガスを作製し、一度ガスを狭い流路に収束することで音速のスピードにした上で、ノズルを経由することによって超音速のガスにしている。


参考文献> 「 ニュートン 特集 スペースシャトル」 教育社1981年10月号


軌道操作システム> (OMS, Orbital Maneuvering System)

 シャトルのメインエンジン によって宇宙空間に出た後に、所定の高度までの移動を行うためのエンジンシステム。シャトル尾翼の両脇のコブの出た部分に、酸化剤と燃料のタンク、エンジンがある。酸化剤は4酸化窒素、燃料は有毒なモノメチル・ヒドラジンであり、この二つは混ぜ合わせるだけで爆発する性質があるため、ヘリウムタンクからヘリウムガスで燃料、酸化剤を押し出して混合することによって宇宙空間での一時的な推力を得ており、方向制御が可能なようにジンバル機構(ノズルの噴射方向が変えられる。)が設置されている。このシステムは10年、合計1000回の点火、のべ15時間の燃焼に耐えられるように設計されている。


参考文献> 「 ニュートン 特集 スペースシャトル」 教育社1981年10月号


姿勢制御システム> (RCS, Reaction Control System)

 宇宙空間及び大気圏突入時のシャトルの姿勢制御を行うために、シャトルの機首部分及び外部ポッド部分には、姿勢制御システムが設置してある。RCSシステムのエンジンには2種類あり、プライマリー・スラスター及びバーニア・スラスターと呼ばれている。プライマリー・スラスターは姿勢制御用で、推力は3870ニュートン、バーニア・スラスターの推力は111ニュートンで、微調整に使用される。基本的には宇宙空間のシャトルの姿勢はコンピュータが自動で調整するようになっている。シャトルには38基のプライマリースラスター、6基のバーニア・スラスター、合わせて44基の姿勢制御用エンジンがある。これらの燃料は、OMSと同じ酸化剤、燃料を使用してあり、RCS専用の酸化剤タンク、燃料タンク、ヘリウムタンクが設置してあるが、故障時に備えて、OMSと燃料を融通できるような設計になっている。


参考文献> 「 ニュートン 特集 スペースシャトル」 教育社1981年10月号


貨物用ドア、アーム>

 貨物を運ぶための空間(ペイロード)の扉(ハッチ)は、無重量空間である宇宙空間で開閉するためにあるので、地上で自力で開閉する能力は必要なく、そのために、軽量化を優先するために、出力の小さなモーターで構成されている。よって、地球上ではハッチを開閉するほどの出力はなく、簡単にいうと「地球上では自力でドアを開けることは出来ない」。同様に、荷物を動かすアームも、無重量(重さが0に近い)の荷物を動かすだけなので、地球上ではアーム自身を動かす事も難しいほど非力な仕様となっている。


尾翼、エンジン付近>

 機体後部下部には、外部燃料タンクからエンジンに燃料を通す蓋つきの大きな穴が2つあいており、中には猛烈な勢いで燃料を送るポンプがある。ここは、液体水素が漏れて水素爆発しないように、燃料充填と同時に不燃性の窒素ガスを充填するように気密構造になっている。 過去には、打ち上げ準備中に、整備員がこの区画に入って数名亡くなる事故も起きている。


6.1 スペースシャトル・オービター以外の構造、付属施設


固体燃料ロケットブースター> SRB; Solid Rocket Booster

 20回程度の再使用に耐えられるように設計されており、打ち上げ後は、内臓パラシュートによって海面に着水するように出来て おり、船で回収している。固体燃料ロケットブースターは粉末過塩素酸アンモニウム69.83%(酸化剤)と粉末の金属アルミニウム16%(燃料)、酸化鉄0.17%(触媒)を混合し、合成ゴム12%(PBAN、結合剤)、エポキシ硬化剤2%(結合剤)で固めたものを燃料としており、打ち上げから約2分間燃焼し、アルミ粉末の燃焼により、ブースターからは大量の白煙が噴出する。固体燃料ロケットブースター1本には527トンの固体燃料がセットされており、1200トンの推力を発生する とともに、ノズル部分は打ち上げ方向制御可能なように可動式になっている。 打ち上げ時には、このロケットブースターの後部スカート部(厚さ1.3-5cmの高張力アルミ板製)2本がスペースシャトルの全重量2000トンを支えており、シャトルのメインエンジンが順調に作動するとコンピュータが判断すると固体ロケットブースターの爆発式ボルトが破壊されて、固体ロケットブースターに点火されて打ち上げとなる。重量的には、2本の固体ロケットブースターが打ち上げ時の全重量の半分の重さがある。


外部燃料タンク> ET; External Tank

 シャトル本体のメインエンジンに、液体酸素と液体水素燃料 (燃料合計730トン)を供給するのが目的で、打ち上げの際にはホース(直径43.2センチメートル)で、シャトル底部とつながれている。タンク前部には液体酸素、後部には液体水素が充填されている。シャトル運行初期には、太陽熱による温度上昇を懸念して白色に塗装されていたが、効果は薄いことが判明し、取りやめになり、この結果、270kg軽くなった。打ち上げ後、タンクは大気圏突入時に大部分は燃えて無くなる様に設計されており、燃え尽きない部分はインド洋に落下していた。


クローラー、トランスポータ-( シャトル運搬車)>

 ロケット、燃料タンクをとりつけたシャトルは、クローラーと呼ばれる移動台に載せられて発射場まで移動し、クローラーの最高スピードは時速1マイル( 1.6km)であり、燃費が1m/Lという世界で最も燃費の悪い乗り物としても有名である。このクローラーの乗員は18人であり、移動に時間がかかるのでポータブルトイレも用意されており、発射台に近づく際にはレーザーを使用して位置あわせを行う。


シャトル用滑走路>

 シャトルは大気圏飛行用エンジンがないので、着陸のやり直しは出来ず、飛行場の天候を確かめて着陸する飛行場の近くまで接近した後に、”隕石が落下するように”急速に高度を下げる。着陸のやり直しは出来ないので、オーバーランに備えてケネディ宇宙センターには世界最長(オーバーラン部分も含めると全長5.2km)の滑走路が整備されている。大規模国際空港の滑走路が全長4km程度であることを考えるとかなり長いことが分かる。また、シャトルの高速着陸に耐えるために、コンクリート舗装は厚さ40cm、平坦性も100mで1.6mmの精度で建造されている。


ソ連製スペースシャトル ブラン>

ギガジン>旧ソ連版スペースシャトル「ブラン」、野ざらしの今と華やかな過去の画像

 ここでは、個人の趣味として、勉強がてらスペースシャトルの世界(宇宙、NASA、構造、速度、打ち上げ、技術等)をいろいろと記述していきます。

アポロ計画の世界を楽しむサイト

アポロ計画の世界を楽しむ

~ 月面着陸、"人が他の星に行った"、アポロ8号、10号-17号 ~

 

楠本慶二 著 ( 更新中止、永久掲載 )


写真> 左から日本のH-2Aロケット、米国 サターンVロケット、人間、スペースシャトル(同一スケール)。


 はじめに> 趣味として、アポロ計画、宇宙飛行士の世界(宇宙、NASAの情報を集約しています。(宇宙関係本 約90冊から選び出した知識の集合体)。 

 詳細なデータの羅列、言葉の解説は他のサイトにまかせるとして、「これらが、いかに精密な機械、システムであるか」、「びっくりポイント、おもしろいポイント」などの自分用のメモ帳です。複数の所有文献、ネット情報を参考にしています。


目次>----------------------------------------

< アポロ計画、火星探査 >

1.1 月面活動の写真集

1.2 アポロ11号の記録写真集

1.3 アポロ計画時の宇宙服

1.4 アポロ計画時の文献リンク

1.5 アポロ計画のユーチューブ動画

1.6 ソユーズ関係のユーチューブ動画

1.7 人類月面着陸、アポロ計画

1.7.1 アポロミッションのトピック

1.7.2 月に行った人達、月面を歩いた人達

1.7.3 アポロ計画に興味を持った方へのお勧め文献 おすすめ順 >

1.8 サターンロケット

1.9 月のトリビア、月の石

2.0 地球のトリビア

2.1 太陽のトリビア

2.2 旧ソ連のロケット情報

2.3 火星探査 、マーズローバー

2.4 宇宙航行法

2.5 惑星探査(パイオニア、ボイジャー、カッシーニ)

< その他 >

2.6 宇宙開発のおおまかな歴史年表

2.7 宇宙飛行士関係

2.8 宇宙飛行士関係

2.9 NASA、JAXA ( NASDA ) 関係

3.0 人類史上はじめて地球から出たガガーリンについて

3.1 その他、未分類 ( 今後のデータの倉庫 )

3.2 国際宇宙ステーション

3.3 このサイトを作るきっかけ

3.4 スペースシャトル、アポロ関係の実物品が欲しい方のための情報

3.5 参考文献及び関係リンクのリスト、各本の見所

3.6 スペースシャトル関係

3.7 アポロ計画、ロシア宇宙船関係

3.8 宇宙旅行、ロケット、宇宙ステーション

3.9 宇宙関係、宇宙論、相対性理論

4.0 アポロ計画のリンクリスト

4.1 アポロ、スペースシャトル関係の模型、おもちゃリスト

------------------------------------------------------


○まずは写真で楽しみ、興味があれば文章を読んでください。

 アポロ計画:人類月面着陸 >

 アポロ計画では、今から50年前ぐらいに”旧ソ連に対する技術的優位性を示すための米国の国家優先事項”として、企業2万社、 ピーク時には40万人の労働者、総合すると延べ300万人が10年、当時のお金にして300億ドル(今にすると日本では20兆円ぐらい)で取り組んで巨大ロケット(サターンV)を 20機ぐらい作製し、月への上陸を目指した。

 アメリカは、 ソ連のガガーリンの宇宙初飛行の1ヶ月後に、ソ連に対する技術的優位を示すために、”国家優先事項”として「人類の月面上陸及び安全な帰還」を宣言し、この時点でアメリカは 「人間が5分間、宇宙空間に出ただけ」の経験しかなかった。

 ”人間がはじめて月まで行ったアポロ8号、月に上陸したアポロ11号”まで、月に向けて無人宇宙船を合計33機打ち上げて 、月まで確実に行く方法、月の表面の性状、気候調べ、数万枚の写真をとって月の地図を作成、軟着陸の技術開発、月の砂に着陸船が埋まらないか、等々の経験を積んで事前準備をした。

 人工衛星が地球を回るのに比べると、 「他の惑星に確実に行って帰ってくる」というのは、太陽も、地球も、目的の星も常に動いている(自転、公転、秤動運動(コマの首振り運動)、重力の不均一分布、大気の影響もある)ので、実際は「遊園地のメリーゴーランド上でキャッチボールするような状態」となり、厳密な軌道計算、タイミングが必要とな り、実際には683台の計算機で軌道を計算してから、打ち上げのタイミングを決定していた。 まずは、マーキュリー計画(一人乗り宇宙船)で地球を回る技術、ジェミニ(双子座、二人乗り宇宙船)計画で2人宇宙飛行する技術、宇宙空間でドッキングする技術を固め、月面に向けてアポロ計画 (3人乗り宇宙船)を実行した。歴史上、これまでに月に行った人は24人、月の上を歩いた人は12人。

 

< アポロ宇宙船:司令船(コマンドモジュール)+機械船(サービスモジュール) >



 アポロ宇宙船は三角錐状のアポロ指令船(コマンド・モジュール)+機械船(サービス・モジュール)を合わせて、アポロ宇宙船と呼び、この他に月着陸船(ルナ・モジュール)がある。全長110mのサターンロケットでも、3人を月まで運ぶアポロ宇宙船の居住スペースは写真の通り。 司令船の直径は3.9m、キャビンの容積はたったの5.9m3。これは1.8mx1.8mx1.8mの空間に相当する狭さ。アポロ指令船には、必要な装置が詰め込まれており、スイッチだけでも560個程度あるという。実際には、打ち上げ後、月着陸船の中に2人移動し、シートを取り外して、このスペースを一人で使用していた。 一方、地球に帰還時は、月着陸船を月面に廃棄してきたので狭い司令船で3日ほど暮らし、最大で2週間暮らした。機械船に搭載しているロケットは月軌道に入るための減速及び、地球に戻るための月軌道からの脱出のために使用される。


< 月着陸船(ルナ・モジュール、LM) >

 下の写真は月着陸船のコックピットで、月面は重力が地球の6分の1なので、スペースの関係でイスは不要とされ、月面での船内では宇宙飛行士をフックで吊っていた。写真下部のハンドルのついた四角い部分が外部への出入り口で、幅は人間の肩幅より大きいぐらい。このスペースに、かさばる船外活動服を来た2人の宇宙飛行士が滞在していた。ドアは内開きで左側が大きく 開く構造であり、人類初の月面着陸では、狭い空間では船長がパイロットよりも先に出ていかざるを得ないことが判明して、左側が船長席であるアームストロング船長が先に月面に立つことになった。ちなみに、計器盤のスイッチ一つでも1960年代で5000ドルのコストがかかっており、これは現代の日本の感覚でいうと300万円以上になる。 ルナ・モジュールは、米グラマン社で、Tom Kelly ( Thomas Joseph Kelly )が設計をとりまとめたので、彼は”ルナ・モジュールの父”と呼ばれている。 ルナ・モジュールは、大別して2層構造になっており、月面に着陸後は、飛行士達の基地となり、地球に帰還時は上部のみが分離して月軌道に戻ることになり、飛行士が月司令船に移動した後は、月軌道上に廃棄される。


 

1.1 月面活動の写真集


●アポロ11号の月面着陸の実際の写真(バズ・オルドリン飛行士)

 日本で月面着陸というと”白黒の乱れたテレビ映像”ぐらいのイメージだが、実際には精密カラー写真が多く残されている。 上の写真は、先に上陸したニール・アームストロング船長が、オルドリン飛行士の上陸シーンを撮影したもの。バズ・オルドリン飛行士は、映画「トイ・ストーリー」のバズ・ライトイヤーのモデルになった人で、月面の足跡、星条旗に向かって敬礼する姿など月面活動の写真のほとんどは、オルドリン飛行士の姿である。 船外活動のすべては、事前に地球上で月面着陸後、何時何分何秒に、どこにどういう機器をセットして、どういう行動をする、どういうアングルで、どんな写真を撮る等、すべて何回もシミュレーションしており、スケジュールにそって実行された。よって、どういう写真がとれるか、どういうTV中継ができるかは、事前にある程度分かっていた。

 写真は、ハッセルブラッド社のカメラ(機種は500ELの改造版の500EDC(HEDC(ハッセルブラッド 電子データカメラ)で、Zeiss Biogon 5.6/60 mm レンズが埋め込まれたReseau-plate(十字マークのついたガラス板)付き、十字線は写真内の距離や高さを計算するために使用))で撮影し、カメラは胸に固定されており、ファインダーを覗くことが出来ないことから、事前に、うまく写真をとる練習をしていた。 月で採集した岩石を積み込み、月から離陸するためには、機体をなるべく軽くする必要があったので、アポロ計画では、合計12台(一人1台)のカメラは月に置き去りにされ、フィルムだけ持ち帰った。もともとは、無名だったウォルター・シラーが1962年にヒューストンのカメラ屋で購入したハッセルブラッド社のカメラ(500c)を私物として宇宙飛行に持ち込んだことから、NASAとスウェーデンのカメラメーカーとの付き合いが始まった。当初、NASAは、人間が宇宙に出る事が重要で あり、写真記録、ビデオ記録は重要視していなかったが、写真、映像がNASAのイメージアップを向上させる効果に気づいて、その後、映像、メディアを重要視するようになった。


●アポロ12号のアラン・ビーン飛行士

 アラン・ビーンは、 はじめての月上陸(アポロ11号)の次のミッション(アポロ12号)で人類で第4番目に月面に立った人。NASAを引退後は、経験を活かして、月を描く画家として暮らしている。 彼は、アメリカ海軍出身なので、月面活動の際、月着陸船の近くのクレーターにアメリカ海軍の銀バッジを置いてきた。


●アポロ16号(ジョン・ヤング船長)で月面に残してきた家族の写真

 アポロ16号では、チャールズ・デューク飛行士が、家族の写真を月面に置いてきた。月面では大気がほとんどないので風も吹かず、砂に覆われたり、写真が劣化しない限り、何万年もこの状態であり続ける。


●アポロ15号(デビッド・スコット船長)で月面に残してきた「宇宙開発で命を落とした宇宙飛行士のリスト」とモニュメント


●アポロ16号でジャンプしながら敬礼するジョン・ヤング船長

 ヤング船長は、月に2回(アポロ10号で月周回、16号で上陸)来ており、後にスペースシャトル初飛行で船長も勤めた。 船外活動服&ヘルメットに赤いラインがついているので船長と分かる。アポロ11&12号では、船外活動服が白色で、後で写真分析で飛行士を区別するのが難しく、アポロ13号から船長用には赤いラインがつけられた。


●アポロ14号で活動中のエドガー・ミッチェル飛行士

 ミッチェル飛行士は、飛行中にテレパシー実験を行った。この時期は米軍では超能力実験を行うのは普通だった。


●アポロ14号でのアラン・シェパード船長

 シェパード船長は、土採取用スコップを使用して、人類で初めて月面でゴルフ&一人オリンピックを行った。 ゴルフについては、分厚い宇宙服が邪魔で、片腕によるスイングのためにあまり飛ばなかった。シェパードはアメリカ人として初めて宇宙飛行(宇宙船で地球を周回飛行した)をした人物でもある。


●アポロ15号で月面で電動自動車で探検中(おそらくデビッド・スコット船長)

 地球時間で3日以上、月に滞在して調査した。この電動自動車は組み立て式で、使用後は月面に残してきた。 腕に赤いラインがあるので、船長ということが分かる。


●アポロ15号(デビッド・スコット船長)で敬礼するジェームズ・アーウィン飛行士

 船外活動服、ヘルメットに赤いラインがついていないので、船長ではないという事が分かる。 アーウインは、NASA退役後に、牧師となってノアの箱船探索を行った。


●アポロ17号でのユージン・サーナン船長

 サーナン船長は、現時点で、人類で月に一番最後まで滞在した人で、月に来るのは2回目(アポロ10号で月周回、17号で上陸)。月に2回来た人は、他にジョン・ヤング飛行士(アポロ10号、16号)、ジム・ラベル飛行士(アポロ8号、アポロ13号)しかいない。 同僚のシュミット飛行士とともに、月面でのべ22時間船外活動を行い、電動車で35km移動し、歴史上、最も月面を広範囲に活動した人物。月面に娘の名前 のイニシャルを落書きしており、月面は風も吹かないので、落書きは半永久に残る。


●アポロ17号で月面を探査するハリソン・シュミット飛行士

  月にはこのような巨大な石もある。シュミット飛行士は、月面歩行者で唯一の地質学者であり、米軍に所属したことのない純粋な民間人。


●アポロ15号(デビッド・スコット船長)で月面から帰還する際に、アポロ宇宙船内部からから見た月

  写真に宇宙船の窓枠が写っているので臨場感がある。


●アポロ15号で月面から帰還する際に、アポロ宇宙船内部からから見た月


1.2 アポロ11号の写真集


●事前に砂漠で地質調査の予備練習を行った。(左、ニール・アームストロング船長(当時38才)、右 バズ・オルドリン飛行士 (アメリカ空軍大佐、39才))

 1月にアポロ11号の搭乗員決定してから、7月の打ち上げまで、1000時間の訓練を行い、その他に予備メンバーの飛行士3人がまったく同じ訓練を受け、支援メンバーの飛行士3人も参加して、正式メンバーの影に6人の宇宙飛行士が支援していた。


●実物大シミュレーターで月面着陸の練習(アームストロング船長)

「一人の人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては大きな飛躍」という有名なフレーズの”小さな一歩”とは、このオレンジ色のお皿から踏み出すことを意味している


●実物大シミュレータで岩石採取訓練(アームストロング船長)


●月へ出発するために船外活動服に着替えるアームストロング船長。

 打ち上げ時の事故による急減圧に備えて、打ち上げ時は船外活動服を着用していた。


●サターンロケットに乗り込む3飛行士(打ち上げ3時間前ぐらい)


●ロケットに乗り込むアームストロング船長、うしろはマイケル・コリンズ飛行士( 米国空軍中佐(後に大佐に昇進、当時38才)、服が指令船パイロット用)


●オルドリン飛行士が着陸船から出てくる場面。(1969年7月21日午後0時近く)

 月に着陸した時、衝撃で月着陸船(地球では重さ14.7トン、月面では2.45トン)が壊れていないかチェックするのに6時間費やした。アームストロング船長が、月面に立った後、緊急事態で早急に月面を離れなければならない事も予想されていたので、まずは、月の砂、石を拾ってヒザのポケットに収納し、その後、余裕を見て観測機器を設置した。その後、オルドリン飛行士は、アームストロング船長の18分後に月面に立った。船外活動服のデザインは変更されていないのに、出口の扉が設計変更で小さくなったので月着陸船から出るのに苦労した。 オルドリンは月着陸船から外に出て、月面に立つまでに時間があったので、「ハシゴにつかまっている間に、おしっこをした」そうで、人類史上はじめて月面でおしっこをした人間である


●有名な足跡写真。オルドリン飛行士の足跡で、これを撮影することは事前に決まっていた。

 風も吹かない月面では足跡は半永久に残るという。月の土は、風、水による風化がないので、微細に割れたガラス片のように尖っており、流動性に劣るために細かい濡れた泥のような状態であり、宇宙飛行士が歩くと(地球上で体重80kgとして、月面では6分の1では体重13kg)、1-2cm沈んだという。月着陸船(地上では14.7トン、月面では2.45トン)では、場所によって最大20cm程度、着陸時に脚部が土にめり込んだという。


●星条旗に敬礼するオルドリン飛行士。(1969年7月21日)これも撮影することが事前に決まっていた。

 月面から離れる時も大きなリスクがあり、使用されるロケット(1機しかない)は、開発にあたって 累計1000回近く動作試験を行ったという。背負っている生命維持装置は、4時間分の酸素、通信装置が入っており、地球では重さ54kg。着ている船外活動服は、地球では28kg。


●月着陸船の設置状況。月着陸船は砂にはあまり埋まっていない。オルドリン飛行士。

 月には大気がほとんどないために宇宙空間から、超高速の微粒子が降り注ぐととともに、月面の昼は+200℃、夜は-200℃になるために着陸船の脚にまで保護フイルムで覆っている。月面が船外活動にちょうど良い温度の時間帯(月面の夜時間帯)につくように、計算してから地球を出発したので、写真の明かりは月着陸船によるライト光である


●有名な写真。オルドリン飛行士。

 左手を曲げているのは、腕内側に記してあるチェックリストを見ている時に撮影したためと思われる。月面では、やることが分単位であらかじめ決まっていた。胸の部分の箱は、生命維持装置のコントロールボックス。月面用ブーツは、月面の熱や寒さに耐えるために、アルミ蒸着したプラスチックフィルム13層とガラス繊維12層を交互に重ねたもので、靴底はガラス繊維のフエルト、シリコンゴム、金属製布で作られている。 特徴的な金色のバイザー(お面)は、大きいので、横を向いても動かず、写真をとる時点でオルドリンがカメラを見ていたかどうかは不明である。宇宙服の気圧は大気圧の3分の1であり、純酸素で満たされている。大気と同じ1気圧では、宇宙服が風船のようにパンパンに膨らんで、動きにくくなるとともに、アポロ宇宙船、月着陸船内が1気圧であると、余計に強度が必要となりロケットの重量が重くなるので、1/3気圧になるように設計した。


●月面着陸に喜ぶヒューストン管制センター


●月着陸船の脚に残して来た記念プレート。この脚部分は永久に月面に残るものの一つ。

 地球の東半球と西半球、3人の飛行士とニクソンの署名、そして「西暦1969年7月、惑星地球から来た人間が月面に初めて足を踏み降ろしたことをここに記念する。我々はすべての人類の平和のために来た」と記述されている。


●月着陸船の脚部分


●月着陸船の後部と地球。


●月着陸船の脚部分。伸びている棒は月面に接触した事を知らせるセンサー。


●月着陸船の後ろのトランクから様々な観測機器を取り出して設置している場面。


月面に、様々な観測機器を設置している場面。

 オルドリン飛行士の手元は月面地震計。腕部分の装置はレーザー反射装置。その奥の遠くの棒状のものは白黒テレビカメラ。この頃は、小型の白黒テレビカメラも画期的だった。


●月面での船外活動を終了した後のアームストロング船長。


月面での船外活動を終了した後のオルドリン飛行士。

 アポロ11号では月面では2時間船外活動し、不要物を月面に投棄した後、7時間の睡眠をとった後、2時間半の離陸準備を終えてから月面を離れた。この際、離陸のジェット噴流によって月面に立てた星条旗が吹き飛んだことが知られている。ルナモジュールは月周回軌道に放置され、その後、月面に衝突したと見られている。


●アポロ11号で月面から帰還する際に、アポロ宇宙船内部からから見た地球


●アポロ11号で月面から帰還する際に、アポロ宇宙船内部からから見た地球

 宇宙ステーション 、スペースシャトルの飛行高度からは地球全体は見渡せない。


●海上に着水し回収を待つ飛行士達と回収要員(一番左の人物)。

 時速3.9万kmで大気圏に突入し、大気との摩擦熱は2800℃に達した。高度7kmから3つのパラシュートが順番に開いて時速35キロで海面に着水。(7月24日 午前11時50分) 打ち上げから6日間経っているにも関わらず、予定よりも1分早いだけの正確さだった。この頃は月から未知の細菌を持ち込むことが懸念されたために検疫係が飛行士と宇宙船内を消毒し、マスク付きの防護服の着用が課された。


●空母ホーネットに到着した飛行士達。未知の細菌の可能性があるために移動検疫室(隔離施設)に直行。

 当時は、月面に未知の細菌、ウイルスがいるかもと予想されていたので、衛生面でも命がけの冒険だった。


●船上で大統領栄誉礼の儀式


●儀式終了後に飛行士達をねぎらうニクソン大統領。

 窓の上部には「空母ホーネット+3」とあり、3人多く乗っているという意味。 左からアームストロング、コリンズ、オルドリン飛行士。


●隔離施設に入ったまま、輸送機でアメリカ本土ヒューストンの「月物質受け入れ施設」まで空輸された。


8月11日まで隔離施設で2週間過ごして、徹底的に検査されて体調の変化を見た。

左から、コリンズ、オルドリン、アームストロング飛行士。


●アポロ11号で月面から持ち帰った石、砂の運搬作業。


●ニューヨークでの凱旋パレード。

左からオルドリン、コリンズ、アームストロング飛行士。

 

1.3 アポロ計画時の宇宙服

 アポロ計画では、宇宙飛行士ごとに専用の宇宙服(船外活動服 地球では重さ28kg、ちなみに背中に背負っている箱は生命維持装置で重さ54kg)が用意され、手袋については、指先まで長さを測って合わせるとともに、月面は極寒であるので指先までヒーターが設置されていた。腕の内側には、月面で行う活動のチェックリスト(ここで写真をとる等)が記されている。宇宙服内部は、0.3気圧で動きやすくなっていた。ちなみに、当時の旧ソ連の宇宙服は内部が地球と同じ1気圧に加圧してあったが、真空に近い状態の宇宙では、風船のようにパンパンに膨らんで、指を曲げるの一つに凄く力が必要だった。白い布は、太陽光の輻射熱を避けるためにアルミ箔を内臓するとともに、月面で微小隕石が直撃して宇宙服に穴が空いても大丈夫なように、20-21層の素材で構成されていた。下着のシャツ、パンツに相当する服は、極細の柔軟パイプで編んであり、冷却水を循環させて体温調整を行った。下記画面で黄色い帯に見えるのがおしっこをためておく袋で、飛行士はコンドーム状のゴムをはめており、いつでもおしっこ出来るようになっていた。うんちの場合は、透明な袋をお尻にあてて、用済み後は蓋を閉じるもので、後に通称”アポロバック”と呼ばれるようになった。初期は、お尻にパイプを突っ込んで吸引するタイプが提案されたが、当時の宇宙飛行士達の猛反対によって 、この案は撤回された。


1.4 アポロ計画の文献リンク

  船外活動服> アポロ計画の際は、宇宙飛行士それぞれの体にあわせて(指先の長さまで合わせた)宇宙服 (地球では船外活動服 28kgだが、宇宙空間に出ると実質0kgになる。)が新調され 、背負っている生命維持装置(4時間分の酸素、通信装置入り)は、地球では約54kgで、合計すると約82kgあった。宇宙服内を単純に1気圧で加圧すると、風船のように均等に加圧され、腕を動かす 足を曲げる事さえ困難になり、事実、アポロ計画での映像を見ると、動きにくかったのでウサギ跳びをして移動しているのが分かる。

 アームストロング船長が先に、月面に降りた理由> アポロ計画では、3人一組で月に行ったが、一人は月の周回軌道(2時間で月を1周するペース)上の指令船で待機して、月面からの帰還に備えていた。通常の探検では、部下が先に下船して様子を探るものだが、月着陸船では機体の構造上、かさばる 船外活動服(着るのに1時間かかるらしい)を着た部下が先に出ようとすると、狭い機内で船長をまたぐ格好になり、結果として船長が先に月面に出るように変更された。

 船外活動服に赤い線が入っている理由> 初期の宇宙服は船長、パイロットの二人とも同じデザインで、後に写真で区別がつかなかったので、アポロ13号から船長の着る宇宙服には「赤いライン」がつけられた。

 宇宙飛行士は公務員> 宇宙飛行士は、NASAの職員。イコール公務員なので、宇宙行く時も「宇宙へ出張」となっていた。その出張手当ては当時で1日3ドルだったらしい(今で言うと2000円ぐらい?)。また、月から帰還してハワイ沖に着水し、ハワイに入国した際、税関で税関申告書を書かされ、出発国「月」、持込物 「月の石、ほこり」という書類も残っている。

 バズライトイヤーとオルドリン飛行士の関係> ピクサーアニメ映画「トイ・ストーリー」で主人公の一人としてバズ・ライトイヤーという宇宙飛行士が出てくるが、これは2番目(アームストロング船長に続いて20分後に上陸)に月面を歩いたバズ・オリドリンに由来している。有名な月面に記した足跡の写真、月面での船外活動のほとんどの写真は、オルドリン氏のものである。ちなみに、「おもちゃのバズ・ライトイヤー」は2008年のスペースシャトルミッションSTS-126のクルーとして宇宙ステーションに行っており、の夢は実現された。

 サターンロケットは2000トンの燃料を2.5分で消費> アポロ宇宙船の打ち上げに使用されたロケット「サターンV」は、全長110m、燃料込みの総重量3000トンで、25万人の技術者と、約2000の企業が関わったとされ、最下部の第1段ロケット部分は、燃料のケロシン、液体酸素合わせて2000トンを2分30秒で消費した。

アポロ計画時の宇宙服の文献

ILC-Space Suits(宇宙服の歴史が見られる)

アポロ計画時の宇宙服のwikipedia

アポロ計画時の宇宙服 (背負っている生命維持装置)のwikipedia

the Apollo Lunar Excursion Module Familiarization Manual(アポロ宇宙船 月面着陸モジュールの操縦マニュアル)

SATURN V FLIGHT MANUAL(サターン V ロケット フライトマニュアル)

Technical Information Summary Apollo 11

Lunar Module Structures Handout IM-5

アポロ飛行記録ジャーナル

アポロ月面活動ジャーナル

アポロ月面活動ジャーナル(機器類ページ編)

アポロ月面活動 ジャーナル(船外活動服 詳細写真編)

アポロ11号 飛行計画書 330ページ (秒、分単位でやるべき事を記述)

アポロ 船外活動服>金色のバイザー(LEVA、ヘルメット)

Heroicrelics.org>アポロ 宇宙船の写真が満載

アポロ イメージギャラリー(写真インデックス)

NASA有人宇宙飛行 イメージギャラリー

アポロ宇宙船の構造が詳しい>SpaceAholic.com

鮮明画像で見るアポロ11号(月面着陸)の本物の写真記録

アポロ11号(月面着陸)でオルドリン飛行士(人類史上2番目)が出てくる時の「本物の高解像度写真」

アポロ11号 船外活動服 ニール・アームストロング船長用 (詳細写真編)

 アポロ計画の際は、宇宙飛行士それぞれの体にあわせて(指先の長さまで合わせた)宇宙服 (地球では船外活動服 28kgだが、宇宙空間に出ると実質0kgになる。)が新調され 、背負っている生命維持装置(4時間分の酸素、通信装置入り)は、地球では約54kgで、合計すると約82kgあった。ただし月面は、重力は6分の1になるので、実質は13kgになる。柔らかい宇宙服内を単純に1気圧で加圧すると、風船のように均等に加圧され、腕を動かす 足を曲げる事さえ困難になるので、実際は鎧のように硬い部分から構成されている。

 

1.5 アポロ関係のユーチューブ動画

打ち上げ>

ユーチューブ動画> 本物のアポロ11号の打ち上げ風景(カウントダウン音あり←おすすめ)

アポロ11号の打ち上げ(地上からの追跡カメラ限定←おすすめ)風景

アポロ11号の打ち上げ 前から打ち上げ後までの風景(HD、音なし)

アポロ11号の打ち上げ風景

アポロ11号の打ち上げ 前から打ち上げ後までの風景

アポロ・サターンロケットの打ち上げのハイスピードカメラ映像

アポロ11号 月 へ向かう途中の船内からのTV中継

アポロ11号 NASA製作 全般的映像

アポロ12号 NASA製作 全般的映像(8分めから船外活動)

アポロ12号  アポロ12号の驚くべき冒険 HD

アポロ13号 NASA製作 全般的映像

アポロ13号   実映像  「ヒューストン、問題が起きた」 

アポロ13号  実映像「地球に帰還~着水」 

アポロ14号 NASA製作 全般的映像(6分めから船外活動)

アポロ15号 NASA製作 全般的映像 (7分めから船外活動)

アポロ16号 NASA製作 全般的映像 (20分めで月面車でドライブしているのが楽しそう)

アポロ17号 国旗を立てる様子 実況テレビ中継

アポロ17号 NASA製作 全般的映像 (10分めから楽しげに月面活動している) 

ロケットの打ち上げ失敗映像集 

1.6 ソユーズ関係のユーチューブ動画

ソユーズの打ち上げ風景

ソユーズの準備から打ち上げまでの風景

ソユーズの着陸風景(ソユーズは着陸寸前にジェット噴射で衝撃を抑えるので、遠目には地上に激突したように見える。)

ソユーズの組み立て風景(工場見学みたいで見ていて楽しい)

フランス領ギアナ領からのソユーズロケットの打ち上げ風景(アリアンスペース)

 

1.7 人類月面着陸、アポロ計画

 アポロ計画では、”米国の国家優先事項”として、企業2万社、ピーク時には40万人の労働者、総合すると延べ300万人が10年、当時のお金にして300億ドル(今にすると日本では20兆円ぐらい 、20兆円は数字で表示すると20,000,000,000,000円)で取り組んで巨大ロケット(サターンV(5))を 20機ぐらい作製し、片道3日かけて月を目指した。 ロケットも含めて何もかもが一から特注で作製され、例えば、月着陸船のメカニカルスイッチ一つで、1960年時点で5000ドル(現代の相場感にして300万円以上)のコストがかかっていた。

  アメリカは、 旧ソ連のガガーリンの宇宙初飛行の1ヶ月後に、旧ソ連に対する技術的優位を示すために、”国家優先事項”として「人類の月面上陸及び安全な帰還」を宣言し、この時点でアメリカは 「人間が5分間、宇宙空間に出ただけ」の経験しかなかった。

 ”人間がはじめて月まで行ったアポロ8号、月に上陸したアポロ11号”まで、月に向けて無人宇宙船を合計33機打ち上げて 、月まで確実に行く方法、月の表面の性状、気候調べ、数万枚の写真をとって月の地図を作成、軟着陸の技術開発、月の砂に着陸船が埋まらないか、等々の経験を積んで事前準備をした。

 衛星が地球を回るのに比べると、他の惑星に確実に行くというのは、太陽も、地球も、目的の星も常に動いている(自転、公転、秤動運動(コマの首振り運動)、重力の不均一分布、大気の影響もある)ので、実際は「遊園地のメリーゴーランド上でキャッチボールするような状態」となり、厳密な軌道計算、タイミングが必要となるらしい。

マーキュリー計画で地球を回る技術、ジェミニ(双子座)計画で2人宇宙飛行する技術、宇宙空間でドッキングする技術を固め、月面に向けてアポロ計画を実行した。

 アポロ計画の”アポロ”は、NASAのエイブ・シルバーシュタインがサターン・ロケットに載せる宇宙船の名前を考えていた時に、たまたま手にした神話の本で太陽の車にのって大空をかけるアポロンの姿を見て、アポロと命名することを提案をして採用された。(出典 ニュートン別冊 月のミステリー、教育社)

 スペースシャトルは離陸後8.5分で高度150km程度の周回軌道に到達する(国際宇宙ステーションは高度約400km)のに対して、アポロ計画では月まで38万キロ(宇宙ステーションまでの距離の950倍、光のスピードで片道1.28秒)の距離を片道3日かけて行った。新幹線で行くと片道で約80日、ジェット旅客機で行くと約20日、コンコルドでマッハ2の速度で行くと約2週間かかる距離だそう。ちなみに火星に行くまで(片道8000万キロメートル)は現在の技術では 火星の位置によるが片道で最短で4ヶ月、一番長いと2-3年かかるそう。宇宙空間では、太陽光が当たる部分は、200℃、当たらない部分は-200℃ぐらいになるので、 バーベキューのように少しづつ宇宙船が回転するようにして、宇宙船の温度が均一になるようにした。

 地球をリンゴの大きさ(約10cm)と仮定すると、大気の厚みはリンゴの皮以下(0.08ミリメートル)で、この大気層が、宇宙からの紫外線をカットするとともに、地球内部からの熱、太陽光由来の熱の宇宙空間への放出を抑えているらしい。ちなみに宇宙ステーションはリンゴ表面の3ミリメートル上空を周回しているだけで、月はリンゴの約3m先を周回していることになり、このことからも「アポロ計画で月に人間が行った(どれだけ遠くまで行ったか)」という事実がいかに偉業かということが分かる。

 実際問題として、光のスピードでいうと、月までは片道1.28秒、太陽までは8分、火星は最も地球に近くにあると片道4分、地球と最も反対位置(太陽の向こうにいるから)にいると片道20分かかり、人類が作り出した人工物として最も遠くにいる惑星探査機ボイジャーは現在太陽系を脱出しつつあり、光のスピードで17時間かかる場所(太陽系の端まで35年かけて行った。)にいる。

1.7.1 アポロミッションのトピック

< 主要なアポロ計画と、任務、トピック >

アポロ1号>  1967年1月  ガス・グリソム船長。 発射台で、打ち上げ本番さながらの訓練中にアポロ宇宙船内で火事が発生して、グリソム、ホワイト、チャフィー飛行士が脱出出来ずに死亡。 この反省から宇宙船内部から迅速に脱出出来るように簡単にハッチが開くように改造された。 (注>初期はアポロ1号という名称ではなかったが、事故後、正式にアポロ1号と命名された。)

アポロ2号、3号> アポロ1号の事故を受けて事故対策のためにキャンセル

アポロ4号>  1967年11月  無人のアポロ宇宙船と実物大月着陸船を載せてサターンV(サターン5)ロケットの初飛行。強烈な騒音と振動で、打ち上げ場所から6km離れた場所において天井タイルが剥がれ、ガラスが割れそうな勢いだったそうで、その後、周辺への影響対策が取られた。 (無人)

アポロ5号>  1968年1月  サターン4ロケットを用いて月着陸船を打ち上げテスト。(無人)

アポロ6号>  1968年4月  サターンV (5) ロケットを用いて打ち上げテスト。(無人)

アポロ7号>  1968年10月  ウォルター・シラー船長。 ロケット、宇宙船の信頼性確立のために地球を11日間回った。

アポロ8号>  1968年12月  フランク・ボーマン船長。 人類史上はじめて人が地球の周回軌道よりも遠くに出て、月の軌道に行って、月から地球が出てくるシーンを撮影し、無事に戻ってきた。しかし、無事に戻ってくる保障はなく、そのまま宇宙をさまよう危険性もあった。

アポロ9号>  1969年3月 ジェームズ・マクディヴィット船長。 月面着陸に備えて、地球の軌道上で指令船と着陸船の切り離しとドッキングがうまく出来るかを10日間かかってテストした。

アポロ10号>  1969年5月 トーマス・スタフォード船長。 月まで飛行し、着陸船の降下テストを行い、月面高度15.6kmまでの距離に近づいた。またアポロ11号の着陸予定地点「静かの海」が本当に着陸に適しているかを調べた。宇宙空間からのカラーテレビによる生中継を行った。

アポロ11号>  1969年7月  ニール・アームストロング船長。 月に着陸した際に着陸船が砂中に沈んで、地球に帰還できなくなることも予想されていた。月から離脱する際に、発射スイッチが外れており、オルドリン飛行士がマーカーペン”Duro 'Rocket' aluminum bodied marker pen”の先でスイッチを押して出発したという逸話が残っている。昭和44年7月20日、月着陸船イーグルは、日本時間の5時17分に月面に着陸し、この映像は世界40か国以上に同時中継され、5億人以上の人々が見ていたといわれる。

 アームストロング船長の言葉、「これは一人の人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては偉大な飛躍である」はあまりに有名で、NHK特別番組『アポロ11号月着陸』では、月面着陸までの様子を深夜0時から衛星生中継で計13時間にわたって伝え、着陸に成功した瞬間の視聴率は68.3%だった。 「これは一人の人間にとっては~」の言葉は、その場で思いついたと長年言われてきたが、アームストロングの弟の証言によると、月面上陸の数ヶ月前に考えていた文章 だった。月面から未知の病原菌を持ち込んでいる可能性があるということで、地球帰還後、 「手、足、頭がつながったスーツ」を着て、アポロ宇宙船から出て、空母上の移動式隔離施設(キャンピングカーのようなもの)に隔離され、隔離されたまま輸送機で米国に運ばれ、約3週間 、隔離施設で過ごした。

 ニール・アームストロングが選ばれたのは、月着陸船の開発段階で参加し、着陸船の操縦に慣れていたことと、元軍人ではあるが、アポロ計画時はNASA職員であったこと、オルドリンに比べて冷静沈着な性格であったことが理由とされている。 また、バズ・オルドリンが選ばれたのは彼が宇宙航行、ランデブーの専門家だったことが要因として考えられており、オルドリンは人類で最初に月面に立つことは出来なかったが月面活動中の姿のほとんど、及び有名な「月面の足跡」の写真はオルドリン飛行士の足跡である。

参考情報>

アポロ11号の運行記録> 「宇宙開発」 ニュートン別冊 教育社に詳しく載っている。

「アポロ写真集 月着陸第1号」 朝日新聞社 AP通信 共編 昭和44年発行

> 半分ぐらい白黒写真であるが、当時の宇宙食、訓練風景写真などが収められており、アポロ計画に興味がある人には有益。

 

アポロ12号>  1969年11月  ピート・コンラッド船長。 アポロ11号では不正確だった着陸精度の向上(無人月面着陸機 サーベイヤー3号が見えるぐらいの場所に着陸)、岩石の採取などを行った。12号の予備乗員達のいたずらによって月面で使用するチェックリスト中に「プレイボーイ誌のヌード写真」が仕込まれており、人類史上はじめて月にヌード写真が持ち込まれた。

アポロ13号>  1970年4月  ジム・ラベル船長。 月に向かう途中で事故のために月面着陸は中止されたが、月を回ってから奇跡的に帰還した。このエピソードは、後に「アポロ13」として映画化された。 アポロ13号から、船外活動中の宇宙飛行士を特定するために船長用の宇宙服には赤いラインがつけられた。

アポロ14号>  1971年1月  アラン・シェパード船長。 手押し式カートを初めて持ち込み、月面で様々な科学分析装置や実験装置を展開、作動させた。月面を初めてカラー撮影を行った。岩石採取スコップを使用して、人類初めて月面でゴルフを行った。また、月面で使用するスコップで槍投げを行い、人類初めて月面でオリンピックを行った。エドガーミッチェル飛行士は、月に向かう途中で 地上と超能力実験を行った。 アラン・シェパード船長は、マーキュリー計画のフリーダム7でアメリカ人としてはじめて宇宙に出た人物で、月面に立った人類としては最高齢の47才だった。

アポロ15号>  1971年7月  デビッド・スコット船長。 月面に3日以上滞在し、電動車(ルナ・ローバー)を持ち込んで、広い範囲で調査を行った。ミッション終了後に、飛行士がこっそりとNASA非公式の約400通の初日カバー((FDC, First Day Cover) 、郵便ハガキみたいなもの)を月面に持って行ったことが明らかになり、スキャンダルとなった。

アポロ16号>  1972年4月 ジョン・ヤング船長。 チャールズ・デューク、月面に電動車を持ち込んで3日間、 27kmドライブして探索(主に月の高地)を行った。デューク飛行士が月面に家族の写真を置いてきた。

アポロ17号>  1972年12月 ユージーン・サーナン船長。 最後の月面着陸ではじめて地質学者(ハリソン・シュミット)を連れて行った。 月に行きたいベテラン宇宙飛行士は多くいたので、選ばれた地質学者は訓練中は複雑な心境だったそう。月面を車で探査し、オレンジ色の土を発見した。

1.7.2 月に行った人達、月面を歩いた人達

 歴史上、これまでに月に行った人は24人、月の上を歩いた人は12人。人類がこれまでに行った最も遠い所は 、月の周回軌道の地球から裏側でアポロ計画では宇宙飛行士が3日かけて月に行った。

40年前に月の上を歩いた人の順番と名前、及び指令船パイロットとして月面上空で支援した人>-------------------------

1番目● 船長 ニール・アームストロング (故人。人類最初に月面に立った人で当時は39才)

2番目● バズ・オルドリン (アームストロングの20分後に上陸 、トイストーリーのバズライトイヤーのモデル、月面ではじめておしっこした。 元来は宇宙オタクでドッキング理論に詳しいこともあってメンバーに選ばれた。人づきあいが苦手なのに、アポロ11号メンバーになったので、後年、ギャップに苦しんだ。)

     指令船パイロット マイケル・コリンズ (アポロ11号 、引退後、スミソニアン航空宇宙博物館の館長になった。)

3番目 船長 ピート・コンラッド (故人。船外活動ヘルメットの上に巨大な野球帽を被ろうとしたがNASAに却下された。バックアップクルーのいたずらによって、結果的に人類はじめてヌード写真を月面に持ち込んだ。月面で初めてダンスを踊ったと自称していた。)

4番目● アラン・ビーン   (引退後、画家になった。)

     指令船パイロット リチャード・ゴードン (アポロ12号)

 注>アポロ13号は事故のため途中で帰還。

5番目 船長 アラン・シェパード (アポロ14号、故人。47才で月面に立った最高齢の人。月面で初めてゴルフ、一人オリンピックした。月面に、はじめて手押しカートを持って行った。 アメリカ人として、はじめて宇宙飛行した人)

6番目● エドガー・ミッチェル  (宇宙から地球にテレパシー実験した人)

     指令船パイロット スチュアート・ローサ (アポロ14号)

7番目 船長 デビッド・スコット (アポロ15号、月面をはじめて電動車でドライブした人)

8番目 ジェームズ・アーウィン (故人。ジム・アーウインとも表記、NASA退役後は牧師として活動し、ノアの箱船探索に活動した。)

     指令船パイロット アルフレッド・ウォーデン (アポロ15号)

9番目● 船長 ジョン・ヤング  ( アポロ16号、月に二回行って、一回は月面を歩いた。スペースシャトル第一回飛行時の船長、合計6回宇宙飛行。月面を車でドライブ)

10番目 チャールズ・デューク  (家族の写真を月面に置いてきた。月面に立った12人中で最も若くして(37才)月面に立った人)

     指令船パイロット ケン・マッティングリー (アポロ16号)

11番目● 船長 ユージン・サーナン( アポロ17号、現時点で最後に月を離れた人 、ジーン・サーナンとも表記。月面に娘の名前を落書きしてきた。 月面を累計22時間探査し、月面を電動車で約35kmもドライブするなど、月面でもっとも広範囲を活動した。)

12番目 ハリソン・シュミット( 月に立った唯一の地質学者、他の人は軍隊、NASA上がりの宇宙飛行士。月面を累計22時間探査し、月面を電動車で約35kmもドライブするなど、月面でもっとも広範囲を活動した。)

     指令船パイロット ロン・エバンス(故人) (アポロ17号)

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アポロ8号 船長 フランク・ボーマン   パイロット ジム・ラベル  パイロット ウイリアム・アンダース (ビル・アンダースとも表記))(人類で初めて、月に到達した人達)

アポロ10号 船長 トーマス・スタッフォード    パイロット ユージン・サーナン  指令船パイロット ジョン・ヤング (月面着陸寸前まで行った)

アポロ13号 船長 ジム・ラベル (月に2回行ったが、結局立つことはなかった。)   パイロット フレッド・ヘイズ(月に立つハズだった。)   指令船パイロット ジョン・スワイガート(故人)

●は著者が直筆サインを有している飛行士。

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 太字の人は月に2回行った人達。ジム・ラベルは月に合計2回行ったが月面には降りられず。ジョン・ヤング、ユージン・サーナンは月に2回行って一回は月面を歩いている。

 ○9番目に月面を歩いたジョン・ヤングは、アポロ10号で月を周回、16号で月面を歩き、スペースシャトル初飛行(STS-1)STS-9を含め合計6回も宇宙に出かけており、マッハ35という人類最高スピード記録を体験した人でギネスブックにも掲載されており、人類史上、最も移動した距離の長い人、及び「ミスター宇宙飛行士」であろう。

 

1.7.3 アポロ計画に興味を持った方へのお勧め文献 おすすめ順 >

●「アポロ写真集 月着陸第1号」 朝日新聞社 AP通信 共編 昭和44年発行

> 半分ぐらい白黒写真であるが、当時の宇宙食、訓練風景写真などが収められており、アポロ計画に興味がある人には有益。

「フル・ムーン 」 マイケル・ライト 著 新潮社 1999

> アポロ計画で撮影した写真集。臨場感抜群。月面の写真、カラー写真満載。

「アポロ11号 月面着陸から現代へ 」 河出書房新社 2009

> アポロ計画で撮影した写真集。臨場感抜群。打ち上げ前の訓練風景から帰還後までの精緻なカラー写真満載。

●「APOLLO 11 Owners' Workshop Manual」, Haynes Publishing, 2009

> アポロ11号の設計図面、カラー写真満載。

●「LUNAR ROVER Owners' Workshop Manual」, Haynes Publishing, 2012

> 折りたたみ式の月面車の構造、設計図など、興味深い

映画「宇宙へ(そらへ) 原題 Rocket Men」 ブルーレイソフト ソニーピクチャーズエンタテインメント

> すごくお勧め。ブルーレイ画質で、実際の映像で月面着陸を体感できます。

映画「ザ・ムーン」 アスミック

●映画「月のひつじ」 角川書店

> 月面着陸のテレビ中継を行ったオーストラリアの天文台のドラマ。強風で、実際の中継は綱渡りだったようで、同時中継が出来なかった可能性もあった。この映画の1時間以上の特典映像がすばらしく、余計なナレーションや装飾がないために、実際に昔のテレビ中継を今見ている感じになれる。

●DVD「月面中継 成功への軌跡」, NHKエンタープライズ, 2009

> 月面からのTV中継の歴史をアポロミッション順に紹介していて、画質がどんどん向上していった経過が分かる。また、テレビ中継機器など貴重な映像も見られる。

●「NASA The Complete Illustrated History」 トランスワールドジャパン

> NASAの貴重な資料写真満載で、豪華なNASA歴史紹介集というところ。

 

1.8 サターンロケット

    ~ 人類史上、最も速く、最も遠くへ旅した乗り物 ~

< 43年前に”月まで3人を運んだアポロ宇宙船”を打ち上げるのに使用した史上最大のロケット” サターンV (5) ” >

 

 サターンロケットは、2000トンの燃料を2分半で消費し、打ち上げ後11分でほとんどの部分が廃棄される>

 1960年代、アポロ計画は旧ソ連に対する科学技術の優位性を示すためにアメリカ国家の最優先事項として計画され、企業2万社、延べ300万人が10年、当時のお金にして300億ドル(今にすると日本では20兆円ぐらい)で取り組んだ。スペースシャトルが地上100kmぐらいを周回する(打ち上げて約9分で打ち上げ完了)のに対して、アポロ宇宙船は、43年前に月まで片道3日かけて38万kmを宇宙空間を単独航行し、帰ってきた。(スペースシャトル:アポロ=100km:380000km→ 3800倍の距離)。

 アポロ宇宙船の打ち上げに使用されたロケット「サターンV」は、全長110m (30階建てビルに相当)、燃料込みの総重量3000トンで、トータルで20機ほど製作され、25万人の技術者と、約2000の企業が関わり”当時の技術で可能な限り小さく作った”とされ、最下部の第1段ロケット部分は、燃料のケロシン (成分は灯油とほぼ同じ)、液体酸素合わせて2000トンを2分30秒(毎秒15トン、自動車50万台以上、ジェット戦闘機543機の推力)で消費した。第1段ロケット部分は、街で見かけるタンクローリー(1.6万L)48台分のケロシン、75台分の液体酸素を搭載し、2秒間の燃焼でタンクローリー1台分のケロシンを消費した。ロケット上部の”銀色以上の部分がアポロ宇宙船”で、すぐ下の三角錐部分に月着陸船を収納 している。48トンのアポロ宇宙船を月軌道に運ぶためには、打ち上げ時には3038トンのロケットが必要で、第一段ロケットの燃料は2056トン、第二段ロケットは485トン、第三段ロケットは26.7トンの燃料を使用し、ロケット本体の重量は470トンに対して燃料は約5倍の2568トンが必要である。

 地球に帰還したのは銀色部分の上にある三角形部分(アポロ指令船)だけで、この形が”アポロチョコ”の原形になった。左図の下部に見えるのは大型ヘリであり、ロケットの巨大さがよく分かる。 打ち上げ時のロケットには窓がないので、宇宙飛行士は地球を出るまで外の風景を見ることはな く、打ち上げ直後の重力加速度は1.1Gと快適で、宇宙船内部は意外と静かだったという。この時代(40年前)のコンピュータは初代ファミコン以下の計算能力であったのは有名な話。 月面が熱くない夜に上陸することを目標にして、当時700台近くのコンピュータを使用して月までの軌道を計算して (地球も、月も、太陽も動いているので、実際にはメリーゴーランド上でキャッチボールするような状態になり、そのための計算)から打ち上げた。 5つある第一段ロケットのエンジンの一機でも、故障すれば離陸は不可能であり、そういう時の脱出に備えて、アポロ宇宙船の上部に、脱出用ロケット(一番上の筒状の部分)が装備されてい る。また、燃料充填係は、志願制で、打ち上げ時には、地下にある地下壕に避難していた。

 「サターン(土星)」という名前は、以前に使用していたロケットが「ジュピターC(木星)」だったので、次は順番からいくと「土星(サターン)だろう」という経緯で決まった。

 最新のロケットは外板の厚さは、1.6mmで、これをハニカム構造にすることによって強度を保っている。ロケットの直径4mに対して板の厚さが1.6mmなので、割合でいうと1万分の4しかない。一方、卵は殻の厚さが0.3mmなので直径4cmに対する割合は1万分の75なので、「卵の殻は最新ロケットの20倍も厚い」ということになり、これぐらい薄くなると、タンク内部にガスを注入しないと変形して、ロケットを立てることも出来ない。

ユーチューブ動画> 本物のアポロ11号の打ち上げ風景(カウントダウン音あり←おすすめ)

 

<第1段ロケット S-IC  燃料>液体酸素+ケロシン >

~地上から大空へ~

 打ち上げから、2分42秒燃焼し、マッハ8、高度70kmまでの加速を担当。直径、約10m、全長42m、上部タンクには約1400トンの液体酸素、下部タンクには約630トンのケロシンが入っており、下部のF-1エンジン5基に燃料を送り込む。第1段ロケットに5つ装備されている、F-1エンジンは、一基でスペースシャトルのメインエンジン3基以上の推力を発生し、5基のエンジンは、スペースシャトル5機以上の出力、1億6000万馬力を発生し、小学校の25mプールの水を30秒で空にするほどのポンプを搭載している。 打ち上げ時には2200トンの重量であるが、燃料を除く本体は、約137トン(打ち上げ時の重量の6.2%)しかない。

 発射8.9秒前に、5つあるうちの、中央エンジンが点火され、続いて周囲の向かい合わせになるエンジンが、機体にかかる負荷を抑えるために0.3秒の間隔をおいて点火される。発射2秒前にエンジンが全開になり、機体に搭載されたコンピューターが異常がないことを確認すると、ロケットと塔をつないでいたアームが切り離される。続いて第一段ロケットを発射台に固定していたピンが外され、機体はすみやかに離陸を開始する。いったん離陸してしまえば、エンジンが停止するような事態が発生したとしても、ロケットを発射台に戻す方法はない。

 ロケットが完全に塔から離れるまでには、約12秒かかる。その間、強風が吹いて塔と接触したりすることのないよう、機体は塔と反対の方向に1.25度傾けられる。高度130mに達すると、機体は方位角を合わせるためにローリングを開始し、第二段ロケットの点火38秒前まで、徐々に角度を傾けていく。このプログラムは、発射が行われる季節の風向きによっても異なってくる。周囲の4基のエンジンは、仮にどれかが故障して燃焼を停止しても推力線が重心を外れることのないよう、わずかに外側に傾けられている。飛行の初期段階はもっぱら高度を得ることに費やされ、速度を得るのは後半部分になる。

 第一段ロケットは150秒の燃焼で2,000トンの燃料を消費し、機体を 高度130mまで上昇させた後、飛行制御で傾きはじめ、高度68km、マッハ8にまで到達させる。 高度68kmで分離した第1段ロケットは、惰性によって高度110kmまで上昇したあと、ケネディ宇宙センターから560km離れた大西洋上に落下する。

< 緊急脱出システム LES 分離 >

 燃料には液第2段ロケットが燃焼をはじめて35秒後に、高度96kmで安全が確認されれば緊急脱出システムが分離されて、この時点(打ち上げから3分17秒後)で宇宙飛行士は、はじめて外の風景が見られる。緊急脱出システム自体が一種のミニロケットであり、発射台上でトラブルが発生した場合、システムが月司令船を抱えて打ちあがり、安全に月司令船を脱出させるようになっている。

 

<第2段ロケット S-II  燃料>液体酸素+液体水素 >

~大気圏から宇宙へ~

 燃料には液体水素と液体酸素を使用し、打ち上げ直前まで、気化して損なわれる液体水素を充填している。打ち上げから、第一段ロケットの分離後、5基のJ-2エンジンが360秒燃焼して、アポロ宇宙船を高度184km、秒速7kmまで加速させた後、発射点から4200km離れた大西洋上に落下する。

<第3段ロケット S-IVB  燃料>液体酸素+液体水素 >

~地球から月へ~

 第2段ロケットと同じJ-2エンジンが一基ついており、最初の165秒の噴射でアポロ宇宙船を地球周回軌道速度まで加速後、その後、335秒の噴射で地球の重力圏脱出速度である秒速11.2kmまでアポロ宇宙船を加速する。その後、分離して太陽を回る軌道に投入される。

  

< 宇宙飛行士、その他 >

1.9 月のトリビア、月の石

 月の大きさ> 月は、大きさはオーストラリア大陸程度で地球の回りを楕円軌道で公転する「衛星」。衛星とは地球などの惑星のまわりを公転する自然の天体のことで、人間が打ち上げたものは「人工衛星」として区別している。月の直径は3478km、体積は219億km3、質量は73.48京トン、地球の1.23%の質量に相当。

 月の誕生> 月は、45億年前に原始地球に巨大な隕石が衝突してそのカケラが集まって出来たとの説が有力となっ ており、地球のように風化作用がないので月の石は生成時、つまり45億年前の岩石がそのまま残っているという。月は地球からは丸く見えるが実際の形状はいびつであり、「いびつさ」が有力な証拠となっている。表面の平均気温は-23℃、最高気温123℃、最低気温-233℃。 月は自転しているが、表側に比重の重い玄武岩(月の黒い部分)が偏在しているために、月自体の重心が偏っており、ダルマ人形のように、長い年月の間に地球の自転周期とシンクロ(自然になるらしい)して地球からは常に表側しか見られない といわれるが実際には月は長い時間をかけてわずかにぶれる(秤動)ので、丹念に調べると60%は地球から観察できるらしい。 月の黒い部分を「~の海」と命名されているのは、昔、ドイツの天文学者ケプラー(1630年没)が、黒い部分には海があると信じて名前をつけたから。ガリレオも1642年没だが、このころには望遠鏡が発明されており、この時代の望遠鏡でも木星の衛星(ガリレオ衛星)まで見えていたというから驚きである。

 月面での生活> 月の重力が地球の6分の1であるのは有名な話だが、地球でも水中では浮力との関係で重力?は9分の1になっているらしい。 ちなみに、木星は地球の2.5倍の重力あり、木星を回る月は63個あるという。地球の周りを回っており、月と地球の自転周期がシンクロしており、月は地球の周りを回転しているので、月の同じ場所(例えば月面基地)から地球を見た場合、地球は常に空の同じ位置にあって動かない。(地球で太陽や月を見たときのように移動しているように見えないということ。)月の北極、南極などでは、月の地平線近くに地球が見えて、月の赤道上では地球は真上に見えるという。

 月には大気がほとんどないので、宇宙からの隕石が、燃え尽きることなく、高速で直撃するからあのようにデコボコのクレーターだらけになり、水も空気もないのでクレーターが何万年たってもそのまま残っている。また、これらの石は長い間繰り返し徹底的に粉砕され、水、風の風化作用がないので、小さくても尖った形状をしており、宇宙服にこびりつくほか、月面探査から帰還した宇宙船内を浮遊し、それらを吸った宇宙飛行士は、花粉症に似た症状を示したそう。月には大気はほとんどなく(重力が小さいので、宇宙空間に大気成分が揮発した)、水の流れ、風も吹かないので、アポロ計画で人間が歩いた足跡は、少なくとも100万年は、そのまま残ると言われている。

 月の1日は地球の時間になおすと656時間(27.3日、地球の感覚でいうとお昼が15日間続いた後、夜が15日続くということ。)、(地球は24時間)、火星は24.5時間、宇宙ステーションの場合は45分で朝と夜が入れ替わる。よってアポロ計画では、地球時間では月面で何日も過ごしたが、月の時間でいうと一日も過ごしていない。これは、月の一日において太陽が当たる時間になると、月着陸船付近の温度が200℃になるため、ちょうどいい温度時間帯になるように計算して着陸した。 よって、月面着陸関係の写真で背景、地面が黒いのは月の夜時間に活動したから。

 また、月面では、大気がほとんどないので、太陽が見えても地球のような”青空(=太陽光が大気で青色の補色を吸収しているから人間には青く見える)”というのは、そもそも存在せず、地球で夜空を見るように、”月あかりのような”強烈な光をはなつ太陽が見えるだけで、大気がないので昼と夜の境目がハッキリしており、月面は太陽光が射すと急激に温度が上昇するらしい。

 月の石 > 月が白く見えるのは、「レゴリス」と呼ばれる隕石や溶岩の噴火によって溶けた直径10ミクロン~1mmのガラスや土が強烈な太陽光線を反射しているから。月の白い部分は、斜長石(詳しく言うと(Ca,Na)長石、灰曹長石、ラブラドライト とも言う)と、細かい玄武岩と斜長石が物理的に混ざった角礫岩(かくれきがん、角は粒子が角張った、礫は物理的に混じったという意味)で出来ており、 全体に黒茶色の玄武岩が分散しえいるので、全体的には月は灰色に見える。アポロ計画によると、その他にマグマの噴火、隕石の衝突にともなって生成したオレンジ色のガラス質の鉱物、黒色球状の石も発見されている。月の黒い部分は、溶岩が噴出して固まった黒っぽい 茶色かかった玄武岩

  玄武岩は、地球のマントル層にも豊富にあるカンラン石(宝石名 ペリドット、カンランとは植物のオリーブの事、オリーブのような黄緑色をしているので、カンランと呼んでいる。) が溶融して生成される非晶質系の岩なので、月の内部にはカンラン石もあると推察されている。

 多くの隕石はカンラン石((Mg, Fe)2SiO4, 宝石名 ペリドット)や、金属鉄、ニッケルから出来ており、隕石が衝突すると隕石中のカンラン石が溶けてマグマとなり、マグマが冷える過程で斜長石(宝石名 ラブラドライト)が析出し、のこりの成分が黒い玄武岩として残るとされている。玄武岩が黒いのは2価の鉄イオンの影響。 ちなみに火星が赤いのは3価の鉄イオンの影響。

 月の石として販売されているものには、アポロ計画で持ち帰ったもの、月起源隕石、ニセモノがあり、アポロ計画で月から人間が持ち帰ったものは、非常に稀であるがアメリカのオークションで販売されることがある。これは、アポロ計画の宇宙飛行士がお土産に家族、知人に配ったものが、40年たって売りに出される場合である。その他、月には大気がないので、古代に大きな隕石が月に衝突した際に、宇宙空間に月の石が飛び出して長年漂っており、過去に地球に隕石として落下したものがある。これを月起源隕石という。このカケラがアメリカのオークションで販売されている。多くは黒色と白色の岩の混じった角礫岩で、黒、白の岩が、ゴマつぶぐらいに小さいものが本物。実物については、国立科学博物館で見るか、グーグルで”月の石”で画像検索してみるとよい。黒、白の岩が数ミリ~1cm以上あるものは、たいがい地球で採取されたニセモノである。

 月と地球の関係> 月は地球のまわりを楕円軌道で回っているが、月も質量が大きいので、「地球と月が引っ張りあってお互いを振り回して」おり、地球と月の重心は、地球の中心から約4600km(地球の半径が6400kmなので地下1800km、下部マントルの辺り)の所にあ り、厳密にいうと太陽の周りを地球が中心になって公転しているのではなく、実際には”地球と月が2人でダンスするように”回転しながら、”地球と月の重心部分を中心にして”太陽の周りを公転している。 もっとも、より正確に表現すると、地球の巨大な重力で、地球周辺の空間が歪んでおり、その歪んだ空間に向けて月(月の重量も大きいので月周辺の空間も歪んでいるが、月と比べると地球は圧倒的に大きい)が落下する際に回転を始めて、遠心力と落下の力が釣り合ったのが現在の月の軌道ということになる。

 月が無かったら> もし月が誕生していなかったら、月の引力がないので現在の地球の自転速度は現在よりもっと速く一日は8時間。地球が誕生当時は5時間と推定されている。潮の満ち引きは、太陽の引力だけで引き起こされる ようになる(現実には、地球に一番近く、重量のある月が地球の海水を引っ張っており、月が見えなくなる新月と、満月の時期(=海水に遠心力がかかる時期)が最高に潮が満ちる)ので、規模は3分の1になり、進化の場になった干潟の面積は小さくなり、魚が地上に進出するかどうかは疑わしかった。地球の自転が早いために猛烈な風が吹き荒れ、台風のような環境で 毎日生活することになる。

 月は光っていない> 月は自分で発光しているのではなく、強烈な太陽光線を鏡のように反射しているだけなので、満月になるのは、太陽から見て地球よりも外側に位置したから。新月(ほとんど見えなくなる)になるのは、ちょうど太陽と地球の直線状に入った時。三日月になるのは、太陽と地球の直線状からずれた時。上弦の月、下弦の月になるのは月の軌道が、太陽と地球の軌道よりも角度がついて公転しているから。

 月は自分で光っているのではなく、太陽光を反射しているだけであり、例えば三日月は、三日月の光っている方向に太陽があるということ。また、理論的には、昼間見える月と夜見える月は同じ明るさのハズで、夜明るく見えるのは人間が見ている場所が夜になって暗くなるから。 日本で「上弦の月」を見ている時には、反対側のブラジルでは「下弦の月」を見ている。

 月という名前> 月は英語ではムーン、ラテン語ではルナ。形容詞でルナティックというと「月の~」という意味であるが「狂ったとか、狂気の」という意味もある。ムーニーという形容詞も口語では「イカレた」という意味もあり、日本語の月(つき)という語源は「憑き(魔物が憑くの「つく」)」から来ており、古来から青白い月の光は人間に作用していたらしい。

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2.0 地球のトリビア

 地球の自転速度> 地球1周の長さは、赤道上で約40,000km。24時間で1周すると考えれば、40,000(km)÷24(時間)=1,667(km/時)

日本付近(北緯30度)で計算してみると、時速約1,450km。(マッハ1.2ぐらい、ちなみにジェット旅客機の巡航速度は時速800km。)

ちなみに、地球誕生時は一日4-5時間であり、遠心力の関係で、今よりも重力はかなり小さかったはずである。

 地球の公転速度> 地球が1年(1年は正確には約365.24219日)で太陽の周りを1周する速度(公転速度) で太陽の周りを秒速30kmで公転している。

地球は太陽の周りをほぼ円に近い楕円(だえん)軌道で回っており、計算を簡単にするために、完全な円軌道と仮定する。

地球と太陽との距離は、約1億5,000万kmなので、円軌道1周の長さは1億5,000万(km)×2×3.14=9億4,200万(km)。

1日に進む距離は、9億4,200万(km)÷365(日)=258万(km/日)=時速約10.7万km、秒速30km。

 月の公転速度> 月は地球に対して秒速1kmで公転

 太陽の公転速度> 太陽は、所属する「天の川銀河」内を2億2千万年かけて一周し、秒速8万3700kmで移動している。
 
 地球の一日の時間> 24時間。 地球誕生(45-46億年前)当時は4-5時間と推定されている。もし月が誕生していなかったら、月の引力がないので現在の地球の自転速度は現在 (24時間)よりもっと速く一日は8時間。潮の満ち引きは、太陽の引力だけで引き起こされるので、規模は3分の1になり、進化の場になった干潟の面積は小さくなり、魚が地上に進出するかどうかは疑わしかった。地球の自転が早いために猛烈な風が吹き荒れ、毎日が台風のような環境で生活することになる。
 

 地球の歳差運動> 駒のように回転しているものには自転、公転の他に歳差(さいさ、コマの首振り)運動があり、自転軸を中心にして円を描くような運動をしており、現在の地球は2万5800年で1回円を描くようになっており、この運動によって見えている北極星が時間とともに異なってくることが知られており、この現象は2100年前にすでに発見されていたという。

○地球の重力は、地中では一律とは限らないらしい。

 重力は、巨大な物質質量による引力の結果、生じるものであるが、例えば、エベレストの頂上や、赤道上では地球の自転による遠心力の関係で、重力は少し 小さくなっている。また、地球の中心には巨大な鉄とニッケルの玉(コア)があるとされて おり、(これは岩石型惑星のカケラである隕石の一種として鉄とニッケルの合金である隕鉄が存在することからも推定されている)、地球中心部の質量と、地表からの測定地点の距離までの質量の引っ張り合いの結果、地球中心近くは重力は小さくな っているそう。事実、エベレストなどの巨大な質量が存在するところは、山脈の質量によって、地球内部からの重力が緩和されて、重力は少し小さくなっているという。つまり、理屈で言うと、遠心力のかからない、北極又は南極の 地表付近が一番重力がかかるということになる。

 引力とはお互いが引き合う力の事をいい、木からリンゴが落ちるように見えるのは、リンゴと地球は引力でお互いに引き合っているが、圧倒的に地球の引力 (正確には、地球の巨大な質量によって地球周辺の時空(時空=時間と空間が一体になったもの)が歪んでいる)が強いので、地球に引っ張られて”落ちたように”見えるらしい。天体同士、たとえば地球と月では、重量がどちらも大きいので、お互いに引っ張りあって今の均衡状態となっているらしい。ちなみに地球での物の重量(人なら体重)は、地球の引力から、遠心力を引いた値になっており、同じ人でも遠心力の強い赤道上では体重が軽くなり、北極、南極などの極地では体重は重く観察されるらしい。

○鉄のありがたみ

 一般に鉄(Fe)は、星の爆発にともなう核融合反応において、電子構造的に安定であるために、自然に大量に合成され、宇宙の至る所に存在する。たとえば火星が赤いのは主に三価の鉄酸化物の色。ちなみに二価の鉄酸化物は黒い。

 金属鉄の比重が重いために星が誕生した際は溶けた鉄(及びニッケル)が星の中心部に集まって巨大な金属核を形成し、地球サイズの星では、重力によって大気が宇宙空間に揮発しないで留まったために、地球は月のように太陽が当たる所は+150℃、当たらない場所は-200℃という極端な気温変化を示さず、海が安定して存在し、結果として生物の発生、発展をもたらしたという。また、鉄が磁性を有していることで地球は大きな磁石として作用し、磁極があり、太陽からの太陽風(プラズマ)の直撃を遮蔽しているという。(北極と南極で太陽風が大気とぶつかるとオーロラになる)

 SFで、実は地球の中心部には大きな空洞があって、もう一つの世界が存在するというのがあるが、仮に巨大な空洞があるとすると、上記のように、重力で地球表面に大気をとどめることが出来ずに、理屈としては空気のない月のような状態となるが、実際はそうなっていないので、地球中心部には巨大な空間はないということになる。

 宇宙の始まりとされるビックバン直後は、水素やヘリウムといった軽い元素ばかりであり、これらが莫大にあると太陽のような恒星は出来るものの、水(H2O)が出来るための酸素や、生体を構成するためのリン、炭素、窒素が生成されていないために、生命が誕生するためには、恒星の爆発による核融合反応が何回も起こって(140億年?かかった)各種元素の生成が必要であった。

 地球の中心にあるという金属鉄とニッケルの巨大な金属球(コア)によって発生する強力な重力によって、大気、海が存在し、重力によって無機物が沈殿し、(無重力では、そもそも沈殿現象自体ない。)海底のマグマ噴火口付近で無機物のゴッタ煮状態、スープ状態が何億年も続いた中で、無機物が反応して有機物になり、有機物が生物に変化したと考えられている。

 人間などの脊椎動物の血はヘモグロビンで鉄を介して酸素を運ぶために赤いが、タコやエビなどの軟体動物の血はヘモシアニンといって銅を介して酸素を運ぶために、酸素を含んだ状態は青く、軟体動物が死んで酸素が供給されない状態では血液は透明になっているという。よって、生きたタコ、エビをさばくと青い血がみられるハズだそうだ。そういえば、虫も赤い血を出しているのを見たことないような気もする。。。青い血なのか。

 宇宙空間には、星が爆発した際の金属核のカケラが隕鉄(鉄とニッケルの合金)として漂っており、酸化鉄の還元技術がなかった古代には、隕鉄を加工して武器を作っていたらしい。ちなみに古代エジプトのツタンカーメン王(3500年前)の副葬品として錆びていない鉄製の剣が発見されており、それ以前から鉄製製品は存在していたらしい。

●隕石から分かる地球の内部

 宇宙由来の隕石には、大きく分けて「酸化物の隕石」、「鉄+ニッケルからなる金属製の隕鉄(いんてつ)」、「隕石+隕鉄が均等に混じったパラサイトと呼ばれる石 (酸化物と金属では比重が違いすぎるので重力の大きい地球では、金属と酸化物が均等に混じったものを生成することは困難)」がある。

 隕石が、地球のような岩石型惑星の爆発したカケラと仮定すると、隕鉄(鉄とニッケルの合金)から地球の中心に鉄とニッケルの巨大な玉があること、隕石から地球に玄武岩(マグマが固まった溶岩)+カンラン石(宝石名でいうとペリドット)からなるマントル層 (マントルが溶けたものがマグマでマントル層はほとんど固体!)があること、隕石と隕鉄が混じったものから、両者の混合領域があることが類推できる。 マントルはカンラン石(宝石名 ペリドット)で出来ているとされ、これの一部が溶けるとマグマになり、噴火などで急に冷却されると黒い玄武岩と呼ばれ、ゆっくり冷えると「はんれい岩」と呼ばれる石になる。マグマが少しづつ冷えると「かんらん石」「斜長石」が析出し、次に輝石、角閃石、黒雲母が析出し、残りがカリ長石、石英となる。

 また、巨大な隕石が地球に衝突すると、地上で核爆発が起こったと同じような状態になり、高熱で周囲の砂が溶けてモルダバイト(モルダウ川周辺で採れたからモルダバイト、緑色)やリベリアンデザートグラス(リビヤ郊外の砂漠でとれる黄色のガラス、別名、ツタンカーメンのガラス)といった石英ガラスが出来るので、これから昔、巨大隕石が地球に落下したことが分かる。

 月がクレーターだらけなのは、大気がほとんどないために、宇宙空間から隕石が高速で何度も直撃し、風も吹かないので、そのままの形状で何百年、何千年、何万年も残っているから。 隕石売り場に行くと、ウィドマンシュテッテン( Widmanstatten )構造の見られる隕鉄が売られているが、あれは、「宇宙空間で100万年に1-3℃の割合で冷却される」ことによって、ニッケルの多い組成と少ない組成に分かれるからで、ここにも宇宙のスケールの大きさが現れている。 地球落下に際して条件が良かった隕鉄に関しては隕石売り場で販売されているようなスライス片ではなくても、隕鉄の外部からウイドマンシュテッテン構造特有の格子模様が観察出来る。

○< オーロラ >

 オーロラは高度100-500km上空に現れる太陽から来る粒子が大気中の元素と衝突することによって発光する。北極や南極あたりでよく見られるのは、地球自体が磁石となっており、S極、N極に太陽からの粒子を集めるため。高度200km以上では酸素の割合が多いために赤く光り、200km以下では緑色に光る。それ以下の高度100km程度では窒素の割合が多いことから紫色に光っている。よって、虹のように、上空から赤、緑、紫に同時に光っている。日本など緯度の低いところから、オーロラが見える場合は、オーロラの上の方だけしか見えないので、赤いオーロラしか見えないとの事で、過去には赤道に近いキューバでもオーロラが観察された事もある。

○< 地球が海ばかりで、陸地がなければ、今頃、恐竜も人間もいなかった >

 地球は地表の約7割が海に覆われているが、地球の全重量からすると、0.02%しかないという。海水が多すぎると、海の深さが数十km-数百kmとなり、陸地の無い世界になって、たとえ生命が生まれていても、そもそも陸地がないので、進化は魚どまりだったという。今の地球の海の深さは数kmであり、太陽系外に、たとえ海の星があっても海だけだと進化は魚どまりであろう。

 

2.1 太陽のトリビア

 地球には太陽が発する光の22億分の1しか届いていない。太陽は、ほとんど80%水素と20%ヘリウムで出来ており、とても大きくて重いから水素ガスが揮発せずに星の形をなし、中心部は2400億気圧 、1500万℃になっているとされ、この状態では金属水素が存在すると考えられている。このような状態では毎秒400万トンの水素が核融合してヘリウムが生成して、その際に膨大な熱と光が発生している。太陽程度の重量の恒星では、水素がなくなったらヘリウムが核融合を起こし、炭素や酸素が出来て核融合反応は終了するらしく、身の回りの炭素や酸素は太陽起源のものもあると考えられている。寿命は100億年で、現在は46億年経過し、太陽光は8分かかって地球に到達しており、つまり8分前の姿を見ている。仮にジェット機で行けるとしたら片道21年かかり、月までは20日かかる距離にある。太陽も自転しており、ガスの塊なので、北極と南極は35日間、赤道辺りは25日間で一周している。単純にいうと1ヶ月で1回自転している。太陽表面に現れる黒点は、地球一個分の大きさがあり、磁石でいうSかN極になっており、磁石と同じようにS極の黒点とN極の黒点は引き合うし、同じ極同士は反発しあう。ちなみに、アインシュタインの重力場では空間が曲がっているという予言は、太陽という巨大な重力を有する天体の観測時に証明された。太陽から遠ざかるにつれて、太陽光は弱くなるので、地球から外側の惑星(木星以遠)にいく探査機は、太陽光パネルは作動せず、原子力電池を搭載し熱電素子によって発電している。

 有名なガリレオ・ガリレイは、望遠鏡が発明された頃に自作で天体望遠鏡を作製し、独自に太陽の黒点を観察したが、当時は強力な太陽光線の害について知られておらず、長年、直接太陽光を見続けたために、極度に視力が低下し、晩年には両目とも失明した。

< 天文学的数字 >

< 宇宙の銀河の数、惑星の数 >  太陽が属している「天の川銀河」には太陽が約2000億個あり、単純にいうと太陽系が2000億あるといってよい。また、数十億から数千億の太陽系を有する「銀河が1000億個以上ある 」という。一つの太陽系には10ぐらいの地球などの惑星があるので、宇宙の惑星の数は太陽2000億X銀河1000億X惑星10個=2京個の惑星 (月などの衛星を含めると、この数倍の数)があるということになる。

< 天の川銀河において、生命が存在可能な地球型惑星の存在する位置 =銀河系のハビタブルゾーン >  天の川銀河でも、中心部は”中心部にあるというブラックホール”に近いので宇宙放射線量が高くて、たとえ地球型岩石惑星が存在しても生命の住める環境ではない。  一方、銀河の外周部は星の構成元素に金属の割合が少ないので、岩石型惑星の存在は少ないと予想されている。よって、【地球型惑星が存在するのは、天の川銀河において我々の太陽系の位置する辺りのみ】であるという。

< 太陽系における地球型岩石惑星&水が存在できる領域=太陽系のハビタブルゾーン >  太陽系では、木星以降はガスが主成分の惑星となり、岩石型の惑星は水星~火星ぐらいまで。かつ、太陽に近すぎると惑星の表面温度が高すぎるので、水が液体で長期間存在出来るのは地球ぐらいの距離の星。

< 宇宙における人間が住んでいる星の数の試算 400億個? >  最近の観測結果では、各太陽系の20%程度に地球型の岩石タイプの星があるとされており、太陽2000億個X0.2X銀河1000億個=400兆個の地球 型惑星があるという計算になる。400兆個の地球候補のうち、銀河1000億個の10%に、宇宙放射線が少なくて生命体が存在できる可能性がある(銀河系のハピタブルゾーン条件)とすると40兆個。さらに、水が液体として存在する可能性(太陽系のハピタブルゾーン条件)が10%と仮定すると、4兆個。そのうち、陸が存在する確率(=生命が魚以上に進化するということ)が10%と仮定すると、4000億個。生命が人間まで進化する確率を10%と仮定すると、人間が存在する地球型の星は400億個程度はあると計算される。ただし、今の人間の技術では、我々の太陽系を出るのに片道40年ぐらいかかるのが現実であ り、宇宙に人間は多くいるが、互いに行き来出来ないというのが現実だろう。

恒星> 太陽のように自ら光っている星、夜空で光っているものはほとんど恒星。月は太陽光を反射していて、夜になると目立つだけである。太陽の次に近い恒星(ケンタウルス座のアルファ星は40兆キロ以上離れていて、光の速度で行っても4年以上かか り、北極星までは430年、一番遠い銀河には光のスピードで138億年かかる 。光のスピードで一年間に進む距離=1光年は、新幹線で行くと360万年、ロケットで行くと2万7千年かかる)

銀河> 太陽のような恒星が集まったもの

惑星>太陽のような恒星の周囲を公転している天体、星

衛星>月のように惑星の周りを公転している物体。人工物は人工衛星で宇宙ステーションも、スペースシャトルと衛星。

小惑星> 隕石、隕鉄のように岩の塊、小惑星のカケラが隕石、隕鉄

彗星(すい星、ほうき星、コメット)> 宇宙空間にただよう氷(汚れた雪だるま)の塊、彗星のカケラが流れ星。 彗(すい)という漢字は、ほうきという意味で、形が掃除道具の「ほうき」に似ているので。

ユーチューブ>銀河を公転する太陽の動きを加えた太陽系惑星の運行シミュレーション映像

 

2.2 旧ソ連のロケット情報

 旧ソ連の宇宙開発は、今のところ興味はないので、興味のある方は以下の文献に詳しいのでそちらを参照されたし。

ロシア語で、ミールは平和、サリュートは礼砲、花火、ズベズダは星、スプートニクは衛星、ソユーズは「団結、結合、同盟」、ブランは吹雪(単発的な猛吹雪)、クバントは量子、ボストークは東、ボスホートは「日の出」を意味する。

参考情報>

「宇宙開発」 ニュートン別冊 教育社

> (ソ連版サターンロケット N-1や、アメリカのロケットNOVAの情報も。)

「ロケット 人間は何を作ってきたか 交通博物館の世界」、日本放送出版協会

> スペースシャトル以前(ロケット黎明期からスカイラブ時代まで、ソ連のロケット情報も。)の情報がいっぱい。

「日本人宇宙飛行士公式写真記録集」、小学館、1991

> 日本初の宇宙飛行士 TBSの秋山さんの訓練風景から帰還までの記録集。 旧ソ連のロケット、訓練施設などがバッチリ載っていてオススメ。

 

2.3 火星探査、マーズローバー

 火星探査は、火星を通過する探査機、火星の上空を回る探査機、火星に着陸して動かないもの、火星上を動き回って探査するもの(探査車)がある。Wikipediaのキーワードで「火星探査」「火星探査機」、「マーズ・ローバー」で検索すると詳しく載っている。「火星探査機」のキーワードが一番分かりやすいかも。

 火星までは 地球との軌道の関係で、約2年ごとに最短で行くことが出来る機会が発生し、最短では片道約4ヶ月かかる。人間が片道4か月かけて火星に行った場合、地球に帰還するには、地球との軌道の関係で、次の機会が巡ってくるまで、最低でも1年8か月は火星に滞在しなければならず、帰りにも4か月かかるので、合計で2年4か月は最低でもかかる。

 人類は下図の火星探査機【キュリオシティ】のような軽自動車クラスのロボットを正確に火星の特定の場所に送る技術、通信、制御する技術を有している。これぐらい精緻なロボットが作れるなら、危険を冒して人間が火星に行く必要はないかも。過去の反省を生かして太陽電池は使用せず原子力電池 (おしりの黄色い部分)を搭載しており、地球に戻ることはないので、今後、火星の砂に埋まるまで何百年も火星上に留まることになる。総額予算は23億ドル、日本円にして実効レートにすると5000億円ぐらいのプロジェクト。 火星の重力は、地球の3分の1であり、地球より重力が小さいので、重力による【星を丸くしようとする力】が小さく、山にかかる重力が少ないので、エベレストの3倍の標高(24km)を有するオリンポス山などが存在するという。


2.4 宇宙航行法

○地球から月へ行く方法

 地球の上空で水平方向に秒速8kmの速度を与えると、ロケットは円軌道を描いて地球のまわりを回りはじめる。これが人工衛星である。初速度が8kmを超えると軌道は細長い楕円になる。初速度を秒速10kmにすると地球から38万km離れた月のあたりを回ってくる楕円を描くようになる。これが月ロケットの軌道である。秒速10kmで飛び出したロケットも、地球を離れるにつれて地球の引力に引っ張られて速度が低下し、打ち上げから2日半ほどして月の周回軌道に到着することには秒速170mほどになっている。月の周回軌道あたりになるとロケットは月の引力を受けて加速されるので、逆噴射で速度を調節し、月の回りをまわる孫衛星軌道に乗る。そこで、さらに速度をゆるめると月面着陸となる。<引用元 世界の博物館 ワシントン航空宇宙博物館 > 

 実際には地球も動いており、月も動いており、いい加減に打ち上げると、月を通り過ぎたり、到達することが出来ない可能性があるために、厳密にこれらの位置、軌道、ルートを確認した上で、打ち上げ時間、ロケット噴射時間が決定された。

○ホーマン軌道(Hohmann orbit)、ホーマン遷移軌道(Hohmann transfer orbit

○スイング・バイ(swing-by)、重力アシスト((gravity assist

○バン・アレン帯、(ヴァン・アレン帯、Van Allen radiation belt

 地球の地場に捕らえられた陽子、電子からなる放射線の高い領域。磁場を有する惑星の外側にはだいたい存在する。当所は、放射線量が高いので人間はこの領域を通過することは出来ないと考えられたが、通過時間が短いこと、放射線対策を施せば大丈夫であることが実証された。オーロラはバンアレン帯からの粒子が大気中の酸素分子、窒素分子と衝突した際に発光する現象。

〇地球の大きさをリンゴに例えると、大気層はリンゴの皮以下、宇宙ステーションは3mm上空、月は3m先を回っている。

 地球をリンゴの大きさ(約10cm)と仮定すると、大気の厚みはリンゴの皮以下(0.08ミリメートル)で、この大気層が、宇宙からの紫外線をカットするとともに、地球内部からの熱、太陽光由来の熱の宇宙空間への放出を抑えているらしい。ちなみに宇宙ステーションはリンゴ表面の3ミリメートル上空を周回しているだけで、月はリンゴの約3m先を周回していることになり、このことからも「アポロ計画で月に人間が行った(どれだけ遠くまで行ったか)」という事実がいかに偉業かということが分かる。

 実際問題として、光の速度でいうと、月までは片道1秒、太陽までは8分、火星は最も地球に近くにあると片道4分、地球と最も反対位置(太陽の向こうにいるから)にいると片道20分かかり、人類が作り出した人工物として最も遠くにいる惑星探査機ボイジャーは現在太陽系を脱出しつつあり、光のスピードで17時間かかる場所(太陽系の端まで35年かけて行った。)にいる。

○地球から他の星まで行くのにかかる日数。♪

 手元の本によると、アポロ宇宙船は時速3.8万キロ( マッハ32 )で月に片道3日かかって行ったそうである。地球と月の最短距離を、このスピードで単純に割ると10時間で行けるということになる。実際には、マッハ32まで加速し、月の手前で減速するために時間がかかるので、12-14時間かかるかも。

 この計算で行くと、すぐ隣の惑星である火星までは85日(NASAの計画では実際に行くとすれば片道9ヶ月、往復で2年かかる予定)、太陽まで5.5ヶ月、木星までは2年、海王星まで13年、冥王星まで17.3年(60億キロメートル)、つまり、人間が太陽系を脱出するのには短距離で約20年はかかるということ。ただ、実際には、惑星探査機ボイジャーは34年かかって太陽の影響の及ばない領域に到達しているそうだ。

 また、最も近い隣の太陽系までは4.2光年(光のスピードで4.2年かかる)離れているので、計算ではアポロ宇宙船では12万年!かかり、今も夜空に明るく光っている星ベガは25光年離れているので、計算では片道71万年かかる!ぐらい離れている。

 もっとも近くの地球型惑星は、20光年先にあるそうで、仮に光の99.9%のスピードが出せる宇宙船が出来たとすると、地球時間では片道20数年で行くことが出来るが、相対性理論によると宇宙船内の宇宙飛行士は、約5か月しか年をとらず、地球に戻った時には、10か月しか年をとっていないそう。しかし、地球では40数年たっているそう。また、宇宙船が光速近くで移動すると、宇宙空間にある水素ガスに、ほぼ光速で衝突することになって、水素が放射性物質に変化し、宇宙飛行士が被爆するという問題がある。しかし、それ以前に、宇宙船を光速近くまで加速するのに時間がかかる&減速するのにも時間がかかる&途中で少しでも進路変更すれば膨大な遠心力がかかるというところが問題かもしれない。

参考> 1光年=9兆4600億キロメートル

 もし、人間並みの技術を持った宇宙人が隣の太陽系にいたと仮定すると、片道12万年かけて地球にやってくる意味はあるのでしょうか? まともな知識を持った宇宙人ならやってこないかも。1896年にイタリアのマルコーニが電磁波を使って無線通信に成功しているので、理論的にはこの電波が116光年先に届いており(=地球に知的生命体がいるということを知らせている)、ここの宇宙人から返事がくれば西暦2128年には返事がとどくかも。

○宇宙人は存在するが、地球には来ないと思う理由。

 最近、秋葉原のブックオフで購入した本「コスモス 果てしない宇宙に向かって」という本によると、地球から、地球の属する銀河系の中心までは、約3万光年(光のスピードで3万年かかる)の距離があるそうである。仮に、近い将来、技術が進んで、光のスピードを出せる宇宙船を作れたとすると、銀河の中心までは、地球時間では、たしかに片道3万年かかるが、乗員は「相対性理論」によって21年しか年を取らないのは事実らしい。よって、理論的には20才の青年が、片道21年(41才)かけて銀河の中心に行って、1年ぐらい観光して(42才)、また21年かかって63才の時に地球に帰る事は可能らしい。

 ただし、ここからが問題点である。まず、人間が光速まで加速するのにゆっくりと時間をかけないと加速度に耐えられないことである。スペースシャトルでは最高3G(体重の3倍の力)ぐらいかかり、アポロ宇宙船では最高で何分か7Gかかったらしいが、光速までゆっくり加速していっても、何ヶ月ぐらい?はずっと3Gぐらいは体にかかり続けるだろう。また、止まる時もゆっくりと減速する必要があり、これは動いているジェットコースターの中で1年ぐらい生活しろというのに等しい。次に、光速に加速できたとしても、目的地に着くために、ほんの少しでも軌道修正したら、物凄い遠心力がかかって、これも人間を苦しめることである。これはジェット戦闘機で高速で曲がった際に、パイロットに大きなGがかかることからも容易に推測できるだろう。さらに、いくら宇宙が広いからといっても、途中には何千万もの太陽、惑星、隕石がうようよして、しかも動いている! これらを上手に避けながら光速で目的地まで行くことは可能だろうか。

運よく往復42年かけて地球に帰ってきても、地球では6万年経っており、その頃には人類が絶滅している可能性もある。これでは、「何のために銀河の中心に行くのか」という意義さえ疑われる。これらの事情は、人間に限らず、宇宙人も、この大自然のルールに従うハズであり、これらの問題を解決しない限り、地球にこないだろう。また、最近では地球によく似た星はいくつも見つかっているので、わざわざ地球に来る意味はあるのだろうか。

●今さら?話題の小惑星探査機「はやぶさ」技術のすごさ

○地球外の岩石を人工的に持ち帰ったのは、アポロ計画で宇宙飛行士が月から岩を取ってきたのに続いて2度目。

○試料を入れる容器の大きさは餃子2個分。

○小惑星「イトカワ」の大きさは東京スカイツリー程度。火星の外側を回っている、光でも片道16分かかる距離にある(動いている)東京スカイツリー大の大きさの惑星に遠隔操作(ラジコン操作 16分遅れで動くラジコン)で近づいて、岩を取って戻ってきたということ。

○衛星本体は地球重量では510kgあるのに対して、メイン推進エンジンであるイオンエンジンの推進力はたったの1g。宇宙では無重力状態なので、1gの推進力でも、うまく働かせれば、高速が作りだせて火星の外まで行って帰ってこれるらしい。

○「はやぶさ」の電波出力はタクシー無線程度であり、イトカワ付近では地球に届くのは「出力電波を1億で割った値を、さらに1億で割った程度の出力」であり、地球では直径64mの電波望遠鏡を通じて3億kmの距離を電波で片道16分かけて指令を送っていたらしい。

〇月よりも遠い所に行く場合は、火星、木星、土星といった重力場の影響を受けて引き寄せられるので目的の惑星に飛行できない(千鳥足の航路)難しさがある。

○ものすごいスピードで大気圏に突入するので、パラシュート分離のタイミングが1秒でもずれたら、着地目標から大きく逸脱して海などに落下し、サンプルケースを回収できない可能性があった。

○火星で調査している無人探査機”キュリオシティ”は軽自動車並みの重量があり、地球から片道4ヶ月かかる火星の表面に、軽自動車なみの物を正確に、安全に運ぶ技術をNASAは有している。

●「惑星(わくせい)」という言葉は、夜空で星が行ったり来たり迷っているように見えたところからついた。

 地球を含めた惑星という名前は、昔、天動説が主流の頃、天体観測すると火星や木星などが行ったり来たりして戸惑っているように見えたので、惑星とつけたらしい。

●月の表面の黒い部分は、巨大クレーター内にマグマが流れ出て固まった跡。

 月の写真をよく見ると表面が黒と白色になっており、黒い部分もよく見ると黒丸がつらなった形をしている。これは、月の形成時に、巨大な隕石が衝突してクレーターが出来た際に、月内部のカンラン石((Mg, Fe)2SiO4, 宝石名 ペリドット)が主成分のマントル層(マントルは固体)が溶けたマグマ(溶岩)となって噴出し、カンラン石が黒い玄武岩と斜長石(宝石名 ラブラドライト)に変質して冷却されたから。玄武岩が黒いのは2価の鉄イオンの影響。カンラン石が緑色なのはおそらくマグネシウムイオンの影響。

 岩石型惑星の誕生過程> 過去に爆発した星のカケラであるカンラン石主体の隕石、金属鉄とニッケルから構成される星の核(コア)のカケラである隕鉄が徐々に集まっていくと、重力が加速度的に大きくなり、周辺の大きな隕石を呼び寄せるようになる。大気もない状態で、大きな隕石が高速度で衝突すると地表で巨大な核爆発が連続して起きたのと同じ状態になり、金属鉄は溶けて星の中心部に落下していき、やがて巨大な金属核(コア)を作るようになり、比重の軽い成分(カンラン石)はドロドロに溶けた マグマ(溶岩)が冷えてマントル層となり、最表面部分は宇宙空間で冷却されて固まり地殻となる。

地球コース> 地球はたまたま太陽から適度に離れた位置に形成したために、水星のように暑くもなく、火星のように寒くもなく、生物が住めるようなちょうどいい温度となった。マントル層からは、水蒸気や各種ガスが発生したが、地球は大きいために重力が強く、これらのガス(この時は酸素ガスはほとんどない)は地表に溜まった。地表に大気が存在し、地殻が冷えてくると、水蒸気が雨になり、雨が3000年間降って海が出来た。その後、地殻からミネラル分が溶け出して、海水は塩水となり、海水と海底火山の熱、有機成分、ミネラル成分が交じり合って原始的な生物が誕生し、これらが光合成を行うことによって、大気中の二酸化炭素から酸素を作り出し、大気中に酸素が充満した。酸素は大気上面でオゾン層を形成し、太陽からの有害な紫外線が地表に届かないようになった。紫外線が遮蔽されると生き物は地上に出られるようになって、その後、地上で動物が繁栄するようになった。

月コース> 月は重力が小さいので、マントル層からのガスを留めることが出来ずに宇宙空間に揮発した。よって、月には高速で隕石が落下し、現在のようにクレーターだらけになった。また月面では風も海もないので、これらの石は風化もせず、長年の隕石の落下によって角ばった微細な粒子となり、強烈な太陽光線を反射して白く輝いているように見える。月は太陽光をさえぎる大気がないので、月の一日(地球時間で言うと27.3日、地球は24時間)では、最高気温123℃、最低気温-233℃となり、平均気温は-23℃となり、アポロ計画では月の温度がちょうどいい時期を狙って月面に上陸した。

●宇宙空間から見ると地球上の人間はマッハ1.36で回転している。

>高度36000kmの上空にある静止衛星の速度の計算

高度36000km上空を地球一周する時の衛星の軌道距離の計算>(高度36000km+地球の赤道の半径 6378km)x2x3.14=266134km

266134km/24時間=11089km/時間→185km/分 →3km/秒、つまり秒速3km(時速1万1000km、マッハで表現するとマッハ9程度)

>地表における人間の回転速度の計算

地球赤道半径6378kmx2x3.14=40054km →地球1周の距離

40054/24時間=1669km/時間 →463m/秒(時速1669km、マッハ1.36)

●今の北極星と古代の北極星では、、、違う星のことを意味している。

 北極星は、北極上空に輝く明るい星を意味しており、その周囲を星が回っているように見えて、北極星自体は動かないように見えるので、昔から航海や旅行の目印になってきた。しかし、時間の経過にともなう地球の回転軸の揺らぎ(歳差運動)によって、昔と比較すると北極上空の延長線がずれてきており、約4000年前のクフ王のピラミッドが建造された時代の北極星は、「りゅう座アルファ星」だった。しかし、時間の経過にともなって地球の回転軸がゆらいだ結果、現在は「こぐま座アルファ星」が北極星とされている。

 ちなみに、中国の故宮博物院は、昔は紫禁城と呼ばれており、天帝が住んでいる星とされる北極星を紫微星(しびせい)、北極星の周辺を回る星座の辺りを紫微垣(しびえん)と呼んだのに由来する「紫宮」、及び「天帝の命を受けて世界秩序の維持に責任を持つ皇帝」の住居たる「禁城」(禁という漢字は、特別な人以外は出入りを許されない場所。宮中。という意味もある)の二語をあわせて「紫禁城」と呼んだことに由来する。つまり、紫禁城とは世界の中心を地上に再現した領域であり、天帝にかわって地上を治める皇帝の住む宮殿として建設された。

カーナビと相対性理論の関係

 GPS衛星は秒速4kmで地球を回っているので、特殊相対性理論「光速に近づくとその空間の時間の進みが遅れる」によって衛星内の時間は1日あたり0.0000071秒だけ地上の時計より遅くなる。一方、重力のほとんどない宇宙空間を飛行しているGPS衛星は一般相対性理論「重力の強い所ではその空間の時間が遅れる」によって衛星の時計は1日あたり0.0000457速く進む。よって差し引き1日あたり進む分0.0000457-遅れる分0.0000071秒=0.0000386秒だけ速く進む。これは100年で衛星時計が1.4秒速く進む程度。よって、このままでは地上の位置情報に大きなズレが生じるので、衛星では、この0.0000386秒を補正して時間情報を発信しているそう。

日曜日、月曜日、火曜日などの曜日は、惑星 (太陽の周りを回る星)の名前から命名されたらしい

 日曜日は太陽の日、月曜日は月、火曜日は火星、水曜日は水星、木曜日は木星、金曜日は金星、土曜日は土星。英語では、日曜日はSun+day,月曜日はMon(Moon)+day、火曜日はTuesdayでtyr+dayでTyrは火星Marsと同じ意味を持つ北欧の戦争の神様の名前、水曜日はWednesdayでMercury(水星)は北欧の神様Wodenと同じ商業の神様と同じということからWednes+day、木曜日はThursdayで北欧神話のThor(トール)が語源でジュピター(木星の意味も)も雷の神様ということでThurs+day、金曜日はFridayでFreija(フレイヤ)は、北欧の愛の神。金星は、ヴィーナスといって愛の神様なのでFreija+dayでFridayになった。土曜はSaturdayで、 Saturn(サターン(土星もサターン))が語源でSaturn+day。

○地球、月が、何の原動力もなしに何十億年も動き続けられる(自転、公転)出来る理由

 地球は誕生以来、47億年も毎日、自転するとともに太陽の周りを1年かけて公転している。 この動くエネルギーはどこから来ているのか? ネットで調べると、太陽の重力に引っ張られて地球が太陽の周りを回りだした時のスピードと、 公転にともなう遠心力の関係で、現在の軌道が定まり、宇宙空間はほとんど真空状態なので、公転エネルギーを消耗せず、慣性の法則にしたがって、ずっと何十億年も回り続けるいるのだそう。

 人工衛星もスペースシャトルも、実際には地球の重力の影響下にある所を飛行して自由落下しているが、 早い飛行速度(一秒に8km移動する速度、秒速8km)による遠心力でつりあっていることから、無重量(無重力ではない)状態であり、空気抵抗のない所を回るので、スピードが落ちずに、ずっと公転しつづけているという。 ちなみに、スペースシャトルが地球に帰還する際は、進行方向とは逆方向に逆噴射することによって飛行速度を減少することによって遠心力を減らすことによって自由落下を開始するということをしている。このように軌道上では飛行スピードが大事なので、時々、飛行スピードを維持するために姿勢制御用エンジンを作動させていた。

 地上でボールを投げるとすぐに落下するが、早いスピードで投げると遠くまで飛ぶ。これをものすごいスピード(秒速8km以上)で投げるとついには地球を一周するようになり、この速度を維持できるならば(空気抵抗が無視できる宇宙空間ならば)重力と遠心力がつりあって地上には落下しないという理屈らしい。

ちなみに、航空機の中で無重力(正確には無重量空間)空間を作り出して、遊んでいる映像があるが、あれは、飛行機が自由落下しながらの映像ではなく、急上昇した後に、水平飛行に移った際(ジェットコースターでふわっと浮き上がった状態と同じ)に無重力状態を作り出しているらしい。

 地球の自転に関しては、月の公転が潮の満ち引きに影響を及ぼしているので、地球の自転速度は遅くなり、地球誕生時は一日8時間だったのに、現在の24時間になっているそう。 ちなみに、太陽も天の河銀河にある2000億個の恒星(太陽)の一つとして、銀河内を公転しているそう。地球の自転、公転とは関係ないが、時計が右回りなのは、日時計が原理的に右回り(太陽は東から南を回って、西に沈むと、日時計の針は、右回りに動く。)に針が動くから、その名残で時計は右回りになっているそう。

2.5 惑星探査(パイオニア、ボイジャー、カッシーニ)

 人類が作り出した人工物として最も遠くにいる惑星探査機ボイジャーは現在、太陽系を脱出し、光のスピードで17時間かかる場所(太陽系の端まで35年かけて行った。 ちなみに、地球から月までは光で片道1秒、太陽までは約8分の距離)におり、時速約6万km(マッハ50-60)で飛行中。これは指令を出して、返事が来るのには、電波で34時間(片道17時間)かかる距離。地球よりも外側に 行く惑星探査機は、太陽光が弱くなるために、太陽光パネルは搭載せず、原子力電池を搭載して核分裂による熱を電力に変換して使用している。 よって、理論的には、原子力電池が消耗するまで、数十年は電力を維持可能である。

< 惑星探査機ボイジャーの次に遠いところ(太陽系の外)を飛行中のパイオニア10号に搭載された”宇宙人に宛てたメッセージ” >

 下図は、1972年に打ち上げられた惑星探査機パイオニア10号に搭載された宇宙人に宛てたメッセージ。惑星探査機ボイジャーに抜かれたが、それまでは人間が作った物体で、”地球から最も遠いところに行った機械”であり、40年かけて太陽系(冥王星を通過した)を出た。順調にいけば170-200万年後に、53光年離れた恒星(太陽系) アルデバランに到着すると想定されており、人類が絶滅した後に、”人間が存在した証拠”の一つとなると予想されている。この金属板を搭載することについては、宇宙人に地球人の存在を知らせて地球侵略の原因になると議論されたが、人類は100年ぐらい前から電波を利用しており、理屈では電波が100光年先の宇宙空間(太陽系の直径の16.6万倍の距離)に届いているので、金属板の有害性はないということになった。


2.6 宇宙開発のおおまかな歴史年表

紀元前 380年 古代ギリシャ アリストテレス 天動説に言及

紀元前3世紀(2300年前) 古代ギリシャ アリスタルコス 太陽系モデル(太陽の周りを地球が回っている)を提案。

1500年頃 ポーランド コペルニクス(ドイツ人)が地動説を主張(教会との関係から、主著「天体の回転について」の死後に出版)

1650年頃 イタリア ガリレオ・ガリレイが44才ぐらいの時、望遠鏡を自作して、人類史上、詳細に星空を観察。土星に輪があること、

       月の表面がデコボコしていること、太陽に黒点があること、天の川が星(恒星)で出来ていることを発見。ガリレオは太陽を

       望遠鏡で直接見続けたために、晩年、失明した。地動説を主張したために、教会によって異端審問され、晩年は軟禁されたが、

       軟禁中の活動によって後世に名前を残す結果となった。ガリレオが亡くなった年に、アイザック・ニュートンが生まれる。

1700年頃 イギリス アイザック・ニュートンは既に現在の静止軌道衛星の理論を考えて著書にて発表済み。

       物を遠水平に”速く”投げるほど、遠くに落下して、”ある一定のスピード以上になると”地球を一周するということ。 有名なリンゴの

       落下の件では、重力を発見したのではなく、地球がリンゴを引っ張る力が、天体間(地球と月がお互いに引っ張っている)に働くこと

      (引力の逆2乗の法則)を発見したといわれる。ちなみに、ニュートンの庭に生えていたリンゴは、小さい実が、たくさん成る種類(品種名

       ケントの花)であり、随時、ぼとぼとと落下するという。

1857年 ロシア ”宇宙旅行の父” コンスタンチン・チオルコフスキー誕生

1865年 フランス SF作家 ジュール・ベルヌ 「地球から月へ」出版(後世のロケット研究者は、これに大きく触発された)

1882年 米国 ”近代ロケットの父” ロバート・ゴダード 誕生

1894年 ハンガリー ”ドイツ一のロケット学者 宇宙旅行啓蒙の第一人者” ヘルマン・オーベルト誕生( 宇宙旅行協会設立、若きフォン・ブラウンも参加していた)

1903年 米国オハイオ州のライト兄弟 世界初の動力飛行に成功

1907年 ソ連 ロケット開発者 セルゲイ・コロリョフ 誕生

1912年 ドイツ ロケット開発者 フォン・ブラウン 誕生

1915年 米国国立航空諮問委員会(NACA)設立(NASAの前身組織)

1926年3月 米国 ロバート・ゴダード 人類最初の液体燃料ロケットを作製

1935年 ロシア ”宇宙旅行の父” コンスタンチン・チオルコフスキー死去

1942年10月 ドイツ V-2ロケット(ロケット自体が自分で判断して大陸間飛行する)初飛行

1945年5月 ドイツ降伏 フォン・ブラウン 米国に亡命

1945年8月 ゴダード死去

1947年10月 アメリカ チャック・イエーガー X-1ロケット機で人類で初めて音速以上のスピードを出す(公式記録)

1955年4月 東京大学 糸川教授 東京 国分寺(現在 早稲田実業学校)でペンシルロケット発射実験

1957年10月 ソ連 スプートニク1号打ち上げ(スプートニク・ショック)、人類史上初の人工衛星、人工物が地球から出た。

         スプートニクとはロシア語で”衛星”という意味。ちなみに、人間が月に上陸したのは1969年で、スプートニクから、わずか12年後。

1957年11月 ソ連 スプートニク2号で、生物史上、初めてライカ犬のクドリャーフカ(小さい巻き毛の雌という意味)という名前のメス犬が宇宙空間に出るが飛行中に死亡。

1958年 米国航空宇宙局(NASA)設立

1959年9月 ソ連 ルーニック2(無人ロケット、ルナ2号)が人類史上はじめて月に到着する。実際に月に人工物を行かせることが出来た。

    10月 ソ連 ルナ3号が人類史上はじめて月の裏側を撮影して、人類がはじめて月の裏側を見る。

1961年4月12日 ソ連 ユーリ・ガガーリン(1934年生まれ、27才の時)世界初の有人宇宙飛行(飛行時間は108分で地球1週した)に成功 。人類初めて宇宙空間に出た。

         (ちなみに、人間が月に上陸したのは1969年で、ガガーリンから、わずか8年後。)

1961年5月5日 マーキュリー計画(この事実を映画にしたのが映画「ライトスタッフ」)でアラン・シェパード(この人は後にアポロ14号で月面に立つ)がアメリカ人として初めて弾道飛行(15分間)する 。人類として2番目に地球から出た

1961年5月25日 ケネディ大統領が有名な演説「今後10年以内に人間を月に着陸させ、安全に地球に帰還させる」を行ない、アポロ計画が

           国家最優先事項になる。 この時点でアメリカは人間が5分間宇宙空間に出ただけだった。

            (映画「月のひつじ」の特典映像に、本演説の全部が収録。)

1961年7月 アメリカ ガス・グリソム(この人は、後にアポロ1号の火事で犠牲となる)が人類3番目として宇宙に出た。

1961年8月 ソ連 ゲルマン・チトフが人類4番目として宇宙に出た。

1962年2月 マーキュリー計画でジョン・グレンがアメリカ人として初めて軌道飛行(地球3週)する。 人類5番目で宇宙に出る。

1963年 月にアポロ宇宙船を打ち上げたサターン5ロケットの製作開始 (スプートニクショックから5年後)

1963年6月 ソ連 ワレンチナ・テレシコワが26才で、人類史上初の女性として地球を出る。テレシコワはパラシュート降下が趣味の民間人女性だった。

1963年11月 ケネディ大統領 逝去、ジョンソン副大統領が昇格して大統領になる。

1964年4月 アメリカ ジェミニ1号 無人で発射(初の二人乗り宇宙船)

1964年7月 アメリカ レインジャー7号 月面に衝突して人類史上、はじめて月面上に人工物到着

1964年 アメリカ マリナー4号 人類史上はじめて、火星表面まで到達

1965年1月 アメリカ ジェミニ2号 無人で打ち上げ

1965年3月 アメリカ ジェミニ3号 有人ではじめて打ち上げ、ガス・グリソム船長、ジョン・ヤング飛行士  ジョン・ヤングが無断でサンドイッチを持ち込む

1965年3月 ソ連 ボスホート2号にてアレクセイ・レオーノフが、人類で初めて宇宙遊泳(12分間)する。

1965年6月 ジェミニ4号でアメリカ ジェームズ・マクディヴィッド船長、エドワード・ホワイト飛行士 ホワイトが、アメリカ人として初めて

        宇宙遊泳(21分)する。(人類2番目の宇宙遊泳、この人は後にアポロ1号の火災で犠牲になる)

1965年12月 ジェミニ7号でアメリカ フランク・ボーマン船長、ジム・ラベル飛行士が、月周回のテストとして(イス一つの空間で)14日間過ごす。

1966年 ソ連 ロケット開発者 セルゲイ・コロリョフ死去

1966年2月 アポロ1号> 無人。アポロ指令船と機械船が弾道飛行 アポロ指令船が大気圏突入に耐えるかのテスト

1966年3月 ジェミニ8号でアメリカ ニール・アームストロング船長、デビット・スコット飛行士が、ランデブーの実験を行うがトラブルが発生し、

        アームストロングの冷静な行動によって、安全に帰還。この件で、アームストロングが後に月面着陸候補者として注目を浴びた。

1966年6月 ジェミニ9-A号でアメリカ トーマス・スタッフォード船長、ユージン・サーナン飛行士 船外活動の練習

1966年7月 アポロ3号> 無人。サターンVの三段ロケットのテスト 2回目だがアポロ3号という名称になっている。

1966年7月 ジェミニ10号でアメリカ ジョン・ヤング船長、マイケル・コリンズ飛行士 ランデブーの練習

1966年8月 アポロ2号> 無人。アポロ宇宙船の制御システムと生命維持システム、熱遮蔽の再チェック

1966年9月 ジェミニ11号でアメリカ チャールズ・コンラッド船長、リチャード・ゴードン飛行士 ランデブーの練習

1966年11月 ジェミニ12号でアメリカ ジム・ラベル船長、エドウィン・オルドリン飛行士 船外活動の練習 オルドリンはNASA最初の水中訓練者

1967年1月 アポロ4号 (アポロ1号とも呼ぶ)> 発射場でのテスト中に、アポロ指令船内の機器のショートによって発火し、宇宙飛行士3人

                  (ガス・グリソム、 エド・ホワイト、ロジャー・チャフィー)が逝去。 この中に、人類2番目に宇宙遊泳を行ったホワイトが含まれる。 この事故を記念してアポロ1号クルーと名づけられる。宇宙開発史ではじめての犠牲者。

1967年4月 ソ連 宇宙船ソユーズの運用開始 、ソユーズ1号の飛行士、ウラジミル・コマロフ パラシュートがうまく開かず地上に激突し逝去。

                人類初の宇宙での犠牲者。

1968年1月 アポロ5号> サターン4ロケットを用いて月着陸船を打ち上げテスト。(無人)

1968年3月 ユーリ・ガガーリン 訓練中の飛行機事故で死亡(享年34才)。

1968年4月 アポロ6号> サターンV (5) ロケットを用いて打ち上げテスト。(無人) 無人のアポロ宇宙船と実物大月着陸船を載せてサターンV

                 (サターン5)ロケットの初飛行。強烈な騒音と振動で、打ち上げ場所から6km離れた場所において天井タイルが剥がれ、ガラスが

                   割れそうな勢いだったそうで、その後、周辺への影響対策が取られた。

     9月 ソ連 ゾンド5号(無人)、11月ゾンド6号(無人)が、月周回飛行から帰還し、人間が物理的に月に行って帰って来られる事を証明。

1968年10月 アポロ7号> ロケット、宇宙船の信頼性確立のために地球を11日間回った。

      12月 アポロ8号> フランク・ボーマン、ジム・ラベルウイリアム・アンダースが、人類で初めて月に到達し、無事に戻ってきた。

                    無人での練習飛行なしで、宇宙を漂う可能性も高かった。

1969年1月 ニクソン大統領誕生

1969年 日本 宇宙開発事業団 設立

1969年3月 アポロ9号> 地球軌道で月着陸船の性能を確認。

1969年5月 アポロ10号> 月着陸の直前まで行って、すべてをテスト

1969年7月 アポロ11号 > 月面着陸に成功(ニール・アームストロング 1930年生まれ、39才) (映画「メンインブラック3」、「月のひつじ」)

       この時、使用されたサターンVロケット(全長110m、打ち上げ重量、約3000トン)の開発には、25万人の技術者と、約2000の企業が

       関わったとされる。 ガガーリンが大気圏外に出てから、たった8年で人類は月に降り立った。

1970年 日本発の人工衛星「おおすみ」打ち上げ

1970年4月 アポロ13号が事故によって、月を周回した後、命からがら地球に帰還(映画「アポロ13」)

1970年 ソ連 ヴェネラ7号が人類史上はじめて金星に着陸

1971年1月 アポロ14号>   手押し式カートを初めて持ち込み、月面で様々な科学分析装置や実験装置を展開、作動させた。

                  月面を初めてカラー撮影を行った。

1971年 ソ連が世界初の宇宙ステーション「サリュート(挨拶という意味)」を打ち上げ

     6月 ソユーズ11号の飛行士3人、地球に帰還中に指令船の空気漏れによって逝去。

1971年7月 アポロ15号>   月面に3日以上滞在し、電動車を持ち込んで、広い範囲で調査を行った。

1972年-1973年   アメリカ パイオニア10号、11号打ち上げ(パイオニア10号、11号には”宇宙人宛の手紙”(カール・セーガン 博士が発案)を搭載)

1972年4月 アポロ16号>  ジョン・ヤングとチャールズ・デューク、月面に電動車を持ち込んで3日間、 27kmドライブして探索(主に月の高地)を行った。

1972年12月 アポロ17号>  最後の月面着陸ではじめて地質学者(ハリソン・シュミット)を連れて行った。 月に行きたいベテラン宇宙飛行士は

            多くいたが、選ばれた地質学者は訓練中は複雑な心境だったそう。月面を車で探査し、オレンジ色の土を発見した。

1973年5月 アメリカ 宇宙ステーション「スカイラブ(空の研究室という意味)」を打ち上げ

1975年5月 アメリカ バイキング1&2号で人類史上はじめて火星に探査機を着陸させる。

1977年 ロケット開発者 フォン・ブラウン 死去

1977年 アメリカ 惑星探査機 ボイジャー1&2号 打ち上げ

            ボイジャーには宇宙人向けに「地球の音(地球の様々な音を収録)」というレコードが積まれている。

1981年4月 スペースシャトル「コロンビア号」が宇宙へ(STS-1) 、船長はジョン・ヤング、パイロットはボブ・クリッペン

1983年 シャトルではじめて船外活動、アメリカ初の女性宇宙飛行士 サリー・ライドが搭乗、スペースラブ(宇宙実験室)で初実験

1984年 Bruce McCandless II (ブルース・マキャンドレス)さんが、歴史上初めて命綱なしで船外活動(=人間人工衛星になった)(STS-41B)

1986年 ソ連が宇宙ステーション「ミール(平和という意味)」を打ち上げる。ミールにはのべ100人以上の宇宙飛行士が滞在した。

1986年1月 チャレンジャー号の爆発事故(STS-51L)

1988年9月 スペースシャトル飛行再開 ディスカバリー号打ち上げ  

    11月 ソ連版スペースシャトル「ブラン (吹雪という意味)」無人で打ち上げ。

1989年 ”ドイツ一のロケット学者 宇宙旅行啓蒙の第一人者” ヘルマン・オーベルト死去

1989年 探査機ガリレオ 木星に突入 (人類史上初の木星に着陸?)

1990年 ハッブル宇宙望遠鏡の放出(STS-31)

1990年 2月 アメリカ ボイジャー1号  人類史上初めて太陽系の外から太陽系の写真を撮って送信

1990年12月 TBS記者の秋山さんが日本人飛行士としてソ連のソユーズで宇宙に出る。

1992年 毛利さんが日本人としてはじめてスペースシャトルに搭乗(STS-47)

1994年 日本人女性初の向井さんが搭乗(STS-65)

1995年 ロシアの宇宙ステーション ミールとドッキング(STS-71)

1994-5年 ロシアのワレリー・ポリャコフが宇宙ステーション ミールで438日間過ごす

1996年 若田さんが搭乗(STS-72)

1997年 土井さんが搭乗し、日本人として初めて船外活動(STS-87)

1998年 国際宇宙ステーションの建設開始

2000年 国際宇宙ステーションに宇宙飛行士が常駐開始

2001年 デニス・チトーが世界で初めて宇宙観光で宇宙ステーションに滞在

2003年 コロンビア号の空中分解事故(STS-107)

2003年 マーズローバー スピリットとオポチュニティが火星を走り回る

2005年 野口さんが搭乗(STS-114)

2008年 星出さんが搭乗(STS-124)

2010年 山崎さんが搭乗(STS-131)

2011年 アトランティスが最終飛行し(STS-135)、スペースシャトル計画が終了

2012年 人類で最初に月面に立った人間 ニール・アームストロングが亡くなる(享年82才)

2012年8月25日ごろ アメリカ ボイジャー1号 人類史上 、人工物として、はじめて太陽系を出たと推定されている

      太陽から190億キロメートル先を、時速約6万(マッハ50-60)キロメートルで飛行中。

29.6万年後 アメリカ ボイジャー2号 恒星(=別の太陽) シリウスに到着

2.7 宇宙飛行士、NASA、JAXA( NASDA )関係

2.8 宇宙飛行士関係

 NASA宇宙飛行士の所属は軍とNASAに別れ、給与は軍人の場合は軍の規定に従う。一方、NASA所属の場合は、国家公務員の規定に従って支払われ、年収は340690万円程度、日本人宇宙飛行士は、だいたい年収600-800万円であり、シャトルの搭乗が決まる~搭乗後までは特別手当てがついて年収1000万円を超えるといわれる。

 初期の日本人宇宙飛行士のように、外科医、大学助教授などの前職を捨てて宇宙飛行士になった場合は、大幅に年収がダウンし 、多数の宇宙飛行士が存在する現代では元宇宙飛行士というだけで老後は悠々自適とは行かなくなりつつある。

 宇宙飛行士は、NASA、軍の職員=公務員なので、宇宙行く時も「宇宙へ出張」となっていた。その出張手当てはアポロ計画当時で1日3ドルだったらしい(今で言うと2000円ぐらい?)。また、月から帰還してハワイ沖に着水し、ハワイに入国した際、税関で税関申告書を書かされ、出発国「月」、持込物 「月の石、ほこり」という書類も残っている。

 航空機事故の死亡率は100200万分の1と言われており、それに対してスペースシャトルは実績からすると「66分の1の死亡率」となり、今でも飛行士全員が遺書を書いてから打ち上げにのぞんでいる。

 これまでに宇宙へ飛び出した人間は、男性464人、女性53人(20105月時点)で計517人。何回も行った人もいるので延べ人数で言うと1138人になる。

 宇宙飛行士は目立つことから、子供に夢を与える存在、宇宙開発予算を獲得するための要として、テレビ、新聞メディアとのコミニュケーション対策が徹底されており、「怖い思いをした」「当局に対する不満」とかを現役時には言わないよう指導されている。 また、個人の意思を前面に出すこと(小さいころから宇宙に興味があった、行きたかった、皆を代表して宇宙に行く等々)については、多額の税金を使って個人の夢を実現させているのかという批判もある。

 宇宙飛行士は、打ち上げが決まると、打ち上げに備えて、打ち上げ1年前からプライベートでレース、スキーなどの危険な活動をすることが禁止され、8ヶ月前からは野球やバスケットボールなどのスポーツも禁止。一週間前からは風邪などをひかないように関係者以外と会えないように隔離される。

 スペースシャトルの場合、打ち上げ時は、打ち上げの2時間前に搭乗し、上向きのシートに縛り付けられるので、この場合はトイレには行けず、事前に、打ち上げ、着陸時のオレンジ色の 船内宇宙服(カボチャ色(オレンジ色)しているので通称パンプキンスーツと呼ばれるが、正確にはハイプレッシャースーツといい、打ち上げ、着陸時に宇宙船の気圧が低下した場合に備える 服。パラシュート装備。これとは別に訓練用の簡素なパンプキンスーツもある。)の下に「おむつ」をはいている。下着の交換は数日に一回で、汚れた下着や食べ物の包装ゴミは倉庫に一時保管した後、食料を運んできた輸送機に詰めて大気圏に突入させた際に輸送機ごと燃焼させている。最近の衛星は、大気圏突入時に大部分は燃え尽きるように設計されており、日本のH2ロケットなどは軽量化のために風船のように燃料を入れて初めて強度が出るような設計になっている。

< トイレ >

 宇宙空間では、重力がほとんどないので、地上と同じようなトイレは出来ない。地上と同様におしっこすると、尿が狭いコックピット内を漂流し、宇宙飛行士がそれを吸引して肺に入ったり、操縦計器の内部に入ってショートする可能性がある。よって、おしっこ、 散髪する時は掃除機みたいなホースで吸い取る。

 日本人は一日に0.4~2L、欧米人は~0.4Lのオナラをしており、オナラは可燃性ガスであるので、狭い宇宙船や宇宙ステーションに充満すると爆発の危険性があるので、NASAではオナラ対策で研究を進めている。

< 洗面、風呂 >

 手や顔はアルコールか洗剤を含ませたタオルで拭くのみ。歯磨きは出来るが水で口をゆすいで吐き出すことは出来ないので飲み込むか、タオルでぬぐって済ませる。お風呂は体を拭くだけ、シャンプーは泡が飛び散らないドライシャンプーを使い乾いたタオルで拭く。スペースシャトルの一回のミッションは往復15日間程度であるので、この間はいっさい、水のお風呂には入らない。また国際宇宙ステーションでは、6ヶ月間お風呂には入らない。 宇宙ステーション「ミール」、「スカイラブ」には、シャワー付きのお風呂が設置されたことがあった。

参考情報> 国際宇宙ステーション関係は、「宇宙への挑戦」 ニュートン別冊 ニュートンプレス、宇宙ステーション「スカイラブ」「フリーダム」は、「宇宙生活への招待状」TOTO出版に詳しい。

< 睡眠 >

 国際宇宙ステーションは、90分間で地球を一周するので、一日に16回昼と夜が繰り返され、正常な睡眠をとるのが難しく、グリニッジ標準時間を基準にして労働をすることが定められており、しっかりとした睡眠をとることも仕事の一環となっている。無重量状態(=無重力ではない)で寝ると体の体圧が分散され、ぐっすり眠れるという意見もあるが、狭い船内では、交代で誰かが起きており、 また、宇宙船内は二酸化炭素の滞留による窒息を予防するために、常にファンが回っており、結構うるさいらしい。よって、多くの宇宙飛行士は不眠に悩んでおり、睡眠薬を服用していることが多い。

< 体の異常 >

上半身への体液の移動、宇宙酔い> 地上では体液が下半身にたまっているが無重力では体液が上半身に移動し、結果として顔がパンパンに丸くなり(俗にいうムーンフェイス)、鼻がつまったり、嗅覚、味覚がおかしくなることもある 、逆に足は体液が減少することで細くなり、この現象はバードレック(鳥の脚)現象と呼ばれている。顔のむくみは、時間の経過と体液の現象と共に引いていくが、地球帰還時に体液が少ないと失神することがあるために、飛行士は帰還時に大量 (2L)の生理食塩水を飲む。また、吐き気などの宇宙酔いも体液による脳の圧迫が原因と考えられている。 狭い宇宙船内で吐くと汚物が空間を漂い、気管に入って肺炎の恐れがあるので、吐く時はトイレなど、強力な排気装置のあるところに向かって吐き、漂流物は徹底して掃除している。

○食事はすぐに満腹になる、何もしなくても体重は減少する。> 無重力状態では液体は丸くなり壁などにぶつかると広がる特徴があり、少量食べただけで満腹感を感じるらしい。よって、胃の中で広がった食べ物を胃のセンサーがキャッチして満腹になったと感じるものと推測されている。 無重力下では、心臓付近に通常よりも多くの体液、血液が存在することによって、脳が体に水分が多すぎると誤解して、どんどん体中の水分を排出するようになるために、なにもしなくても体重が減少する。 食料は、宇宙空間でやけどをしないために65℃程度のお湯で十分に食べられるように調整されており、打ち上げの重量を減らすために高カロリーで味付けも濃くしてある。

女性はスタイルがよくなる> 女性は乳房、尻が重力の影響を受けないので垂れず、スタイルが良く見えるらしい。ただし、髪も無重力のせいで、アフロヘアのようになる。男性も無重力によって下半身の 30%の血液、体液が上半身に移動するので太ももが円周方向で4cmも細くなる。

骨がもろく、筋肉が落ちる> 無重力状態が長く続くと、体重を支える必要がないので骨に対する刺激がなく、 骨は刺激を受けないとカルシウムを蓄えようとする働きが鈍り、骨中のカルシウムが尿に溶け出して、骨がもろくなる。これは多くの骨粗しょう症患者の10倍の速度で骨がもろくなる(宇宙に1年滞在すると人間の体内にある1kgのカルシウムのうち、約300gも減少するらしい)と言われて おり、このカルシウムが尿管で石となって、尿結石となった飛行士も過去には存在する。

 また、筋肉もおとろえるので、飛行士は毎日、2時間程度自転車こぎなどのトレーニングを行って おり、宇宙ステーションで長期滞在して帰還日が近くなると一日の大半を筋力トレーニングに費やしている。宇宙ステーションで長期滞在した経験が豊富であるロシアにおいては、宇宙飛行士の帰還直後の骨折を防ぐために、ソユーズ宇宙船で帰還した場合は、着地後、自分で動くことは禁止されており、特製椅子にのって医学検査所に人力で運ばれ、医師の指導を受けながら徐々に立ち上がることが許されるという。ただし、飛行時間が2週間程度のスペースシャトルでは、骨の減少も少なく、最近では薬も飲んでいるので、地球帰還後にすぐに歩くことが出来る。

背が伸びる> 重力がなくなり、背骨のあいだにある軟骨が伸びる (=胴長になる)ことで約1-2cm身長が高くな り、背骨中の神経が物理的に引っ張られるので短期滞在では腰痛を感じる。また、足の裏は、体重による加圧を受けなくなるので、血行が良くなり、角質が取れる(見た目は水虫の様)とともに、生まれたての赤ちゃんの足のように、プヨプヨの状態になる。

窒息の危険がある> 無重力では温度差による空気の対流が起こらないので、ずっと同じ姿勢で寝ていると鼻や口の周りに二酸化炭素が滞留し、窒息死する危険がある。そのため、宇宙船、宇宙ステーション 、船外活動服(宇宙服)の中では換気扇で常に空気を循環させている。空気が動かないと、においがこもったり、風邪などのウイルスがずっと漂ったりするのでフィルターを通じて循環させている。 また、宇宙で感動して泣いても涙がこぼれるということはなく、目の中に涙が充満し続ける状態になる。

一日で地上半年分の放射線を被爆> 国際宇宙ステーションが運用されている高度では、一ヶ月で地上の12年分(宇宙ステーション内では一日0.5-1ミリシーベルト)の放射線に被曝 し、これは毎日胸部レントゲン写真を3枚撮るほどの被爆量に相当する。また、太陽フレアと呼ばれる現象がおきた時には、数十倍の放射線に被曝する 可能性があるので、そういう時は壁が厚い場所に逃げ込む。そのため一定の基準放射線量を超えた場合には、計画を中止して地上に帰還することも考えられている。 このように大量の放射線を浴びるので、地球帰還後は一定期間、子供を作る事は推奨していないらしい。宇宙ステーションでは、日常的に高い線量の放射線にさらされるために、体についた雑菌、ウイルスが遺伝子異常で有害な種類に変化する恐れがあることから、絶えず健康状態には気をつけている。

< 地球帰還後のリハビリ >

 宇宙で長期滞在(6ヶ月)して地球に帰還直後の状態> 「地球帰還当日は、身体の重心が全く分からず、立っていられない、歩けない。下を見ると頭がくらくらして気分が悪くなる。歩くつもりで足を出すが、太ももが思っているほど上がっておらずつまずく」。 帰還直後は体のバランスをとる三半規管が地上の感覚に慣れず、立ち上がれない。よって長期滞在した宇宙飛行士は4カ月半かけて訓練し、筋力や感覚などを戻していく。

 ロシアの場合、リハビリは3段階に分けて、帰還後45日目まで続き、基本は毎日2時間づつで、第一段階は介助者をつけて歩行訓練やストレッチ、マッサージ、筋力トレーニングを3日間かけて行う。第二段階は約10日間かけて敏捷性やバランス感覚を高める運動をおこなう。その後、約1ヶ月は温泉や保養所で療養する。

 

2.9 NASA、JAXA( NASDA )関係

 NASA、JAXA ( NASDA )には、今のところ興味はないので、興味のある方は以下の文献に詳しいのでそちらを参照されたし。

参考情報> NASA、JAXA ( NASDA ) の全容は、「宇宙開発」 ニュートン別冊 教育社

NASAの歴史については、豪華本「NASA The Complete Illustrated History」 トランスワールドジャパン が非常に詳しい。

 

3.0 人類で初めて地球の外に出た旧ソ連の宇宙飛行士 ユーリ・ガガーリンについて

 

 ガガーリンは、大陸間弾道ミサイルを改良したボストーク・ロケットに搭乗して、初めて地球から出た宇宙飛行士として有名。 宇宙飛行士の選抜については、3000名の候補者から選ばれた。日本で、旧ソ連の情報は極端に少ないので、初飛行の状況を知らない人がほとんどではないだろうか。以下は初飛行の際のトピック。

○初飛行は家族にも秘密であり、家族には「遠くに出張」といって家を出た。家族が事実を知ったのは打ち上げ後のラジオ放送を通じてだった。○ボストーク・ロケットは自動操縦だったが、信頼性の点から手動操縦もできるようになっていた。しかし、ソ連当局は、「手動操縦 は信頼性に劣る」と判断し、操縦装置に暗証装置を設置し、パスワードを書いた紙を宇宙船内に隠し、非常事態にのみ、隠し場所を教えるテハズになっていた。操縦といっても、実際には宇宙船のカプセルの角度を少し変えられる程度だった。○生還する見込みが低かった(当時の成功確率は50%)ので 、打ち上げ後に中尉から少佐に二階級昇格させ、宇宙空間のガガーリンに昇格を伝えた。 当時、ニ階級特進は、殉職した兵士に対する処遇だったので、この時点でガガーリンは死を覚悟した。○打ち上げ後、ロケットと宇宙船の分離がうまく行かず、大気圏突入時に激しく回転した。しかし、偶然、大気圏突入時の加熱によってケーブルが燃えて、無事、宇宙船から予定通りパラシュートで脱出することが出来た。当時の宇宙船は、後のソユーズ宇宙船のように地上に着陸時に逆噴射して、衝撃を和らげるタイプではなかったので、上空 からパラシュートで脱出する方法だった。○当時は大気圏突入時に「無線が使えない」ということが分からなかったので、結局、前述の「パスワードうんぬん」は意味が無かった。○ボストーク・ロケットでは、アポロ宇宙船のように海面まで人が乗って帰ってくるのではなく、高度何千メートルからパラシュートで降りてくることになっていて、帰還したガガーリンを初めて迎えたのは事情を何も知らない農家の人だった。人類初の女性宇宙飛行士テレシコワも同じように高度何千メートルからパラシュートによって降下した。 ちなみに、テレシコワはパラシュート降下が趣味であり、この趣味が人類初の女性飛行士実現の原因だった。○ガガーリンが選ばれたのは、共産主義社会において労働者階級出身であったこと、「ユーリ」というロシアでは 典型的な名前であったこと、身長が155cmぐらいと小柄で狭い宇宙船にぴったりだった、冷静沈着で、いつもニコニコしていたからと言われている。○「地球は青かった」という単純なセリフは、後で作られた話であり、当時は 【宇宙で健康でいられるかさえ分からなかった】ので、何分かおきに、詳細に体調、状況を無線で報告しており、「無重力下で、人間は食事出来るか」というのも実験の項目に入って おり、食べ物も一応持っていったが実際には忙しくて食事の時間は無かった。○人類発で宇宙空間に出た女性テレシコワは、打ち上げ中にパニックに陥ったために、 その後「女性は宇宙飛行士に向かない」と判断され、その後、何年も女性宇宙飛行士が搭乗しない原因を作ったとされる。○生物史上初めて大気圏外に出たのはメスのライカ犬(クドリャーフカ(小さい巻き毛の雌という意味)という名前)で、理由は不明だが、帰還時には死亡していた。

3.1 その他、未分類(データの倉庫)

 スペースシャトル1機には約370kmの配線と1060個のバルブがあり、部品の総数は約250万点。

スペースシャトルについては、37回のミッションで5247回地球を周回したディスカバリー号を2820万ドル(約26億円)で販売するそう。

最初の人工衛星は1957年にソ連が打ち上げた「スプートニク1号」。それから6000基以上が打ち上げられ、現在飛んでいるのは3000基ぐらい。

 

○人工衛星の高度と地球公転周期の関係(円軌道の場合)

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高度(km)    公転周期

100        1時間26分29秒(スペースシャトルの標準高度、約90分で地球一周している。)

500        1時間45分8秒(宇宙ステーションの高度は400km、105分で地球一周)

600         宇宙望遠鏡ハッブルが位置する高度 この高度では、なにもしないと約10年で大気圏に自然落下する。

35786       23時間56分4秒(=約24時間で地球一周していることになり、”見かけ上は”ある特定の上空に静止 しているように見えるので、静止軌道衛星はこの高度にいる)

                       この高度では、何もしないと100万年後に大気圏に自然落下する。

40000       27時間36分39秒

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ロケットの打ち上げ費用(2013年時点)---------------------

< 大型 >

米国       スペースシャトル   1800億円

    (開発、維持の総費用 24兆円/ 飛行回数 135回、シャトル後期型の建造費は一機2000億円)

欧州       アリアン5        110億円

中国        長征3         70億円

米国       ファルコン9     54億円

ロシア      プロトン       85億円

日本       H2A         100億円  (H2ロケットのHは燃料に水素(Hydrogen)を使用するから、その前のNシリーズのロケットは日本(Nippon)から)

< 中型、小型 >

インド      PSLV       25億円

ロシア、ウクライナ     ドニエプル     12億円  ドニエプルはウクライナの大河の名前 

欧州      ベガ         42億円

ドイツ、ロシア ロコット      30億円

日本     イプシロン       38億円

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3.2 国際宇宙ステーション

国際宇宙ステーション>  国際宇宙ステーション計画は、日米欧など15カ国が参加した1998年に建設が開始され2011年に完成した。ステーション(=駅)という名称は、将来、ここから月探査や火星探査に出発するという構想があったので”駅”という名称をつけた。 しかし、現在では、宇宙ステーションから他の惑星に出発するという構想はなくなり、単に、無重量試験空間(実際には地上の100万分の1の重力がある)という目的になっており、日本は 累計で約7900億円、現在も年間400億円払っている割には、成果に乏しいので国際宇宙ステーション構想自体が批判にさらされてもいる。

 総費用10兆円を超える人類最大の事業で2020年以降まで運用される計画となっている。宇宙ステーションの大きさはサッカー場程度、内部の広さはジャンボジェット機 の1.5倍程度、重さは640トン。宇宙飛行士が生活する居住棟ズベズダは、旧ソ連の宇宙ステーション「ミール」とほぼ同様なので、北海道の苫小牧科学館にある「ミール」内部を見学すると宇宙ステーションに入ったことと同じになる。

 高度400kmを周回している国際宇宙ステーション(ISS)では通常、3人のチームが3ヶ月の時間差で6ヶ月ごとに交代し2チーム6人が滞在する。 3人が滞在時には、1機のソユーズ宇宙船(3人乗り)、6人滞在時には2機のソユーズ宇宙船がドッキングしており、放射線異常時、火災、スペースデブリなど、緊急事態時には、ソユーズ宇宙船で地球に帰還するようになっている。ソユーズ宇宙船は、地球への着陸時に背中から着地する構造となっているので、宇宙飛行士が背中を痛めないように宇宙船のイスは、個人に合わせてぴったりと作製されているので、地球帰還時は、自分のイスで帰還することになっている。宇宙飛行士は週5日間午前と午後にそれぞれ4時間の作業があり、マニュアルに従って正確に実行する。作業後は宇宙の無 重量状態では骨からカルシウムが抜けて骨折しやすくなるので、二時間半の体力トレーニングが義務図けられており、ランニングマシンや特製自転車を使って運動する。ISSでの時刻はグリニッジ世界標準時を使用しており、日本とは9時間の時差がある。酸素は酸素発生装置を使用して作成し、人間が排出する二酸化炭素は、吸着剤 (水酸化リチウム)によって回収した後、廃棄される。水は地球から輸送機で運び、飲料水だけで一人当たり一日約2kgが必要となる。

 スペースシャトルでは、打ち上げ時に機体が損傷していないか2日かけて検査するなどして宇宙ステーションにドッキングしていた。一方、ソユーズも打ち上げから2日かけて徐々に宇宙ステーションに近づき、ドッキングしていたが、最近ではソユーズの計算能力の向上&宇宙ステーションの軌道を事前に調整することで、打ち上げから6時間で宇宙ステーションに到着するようになっている。

 スペースシャトル、国際宇宙ステーション内が無重量状態なのは、地球重力の届かない高度を飛行している訳ではなく、実際には宇宙ステーションの高度でも、地球の9割の引力が働いている。しかし、猛烈なスピードで地球を回転することで遠心力が働き、これが引力とつりあっていることで、無重量状態となっており、周回速度が下がると重力に負けて地球に落下を始める。 宇宙ステーションが飛行している高度350-400kmでも、地上の100万分の1程度の空気はあるので、わずかながらも空気抵抗は存在し、放っておくと加速度的に周回速度が下がって、地上に落下を始める可能性があるので、ロシアの補給船プログレスがエンジンを動かして定期的に宇宙ステーションの高度を上昇させている。また、太陽の活動が活発になると大気が熱で膨張し、空気が濃くなるので、空気抵抗が大きくなるという危険もある。

 スペースシャトルの運用が終了した現在では、宇宙船ソユーズが、国際宇宙ステーションへの唯一の往復機関となっている。宇宙ステーションから見られる地球の範囲は東京の真上にいたら沖縄の西表島からロシアのサハリンぐらいまでが見える。 宇宙ステーションは太陽光を反射して光っているので、昼間及び夜は地上から見ることは出来ず、地上が暗くなり、かつ、宇宙ステーションが太陽光を反射している朝か夕方にのみ地上から肉眼で見ることが出来る。これは、地球よりも内側を回っている金星(明けの明星、宵の明星)と同じ理屈である。

ディスカバリーチャンネル>「 巨大建造物 国際宇宙ステーション」

参考情報> 国際宇宙ステーション関係は、「宇宙への挑戦」 ニュートン別冊 ニュートンプレスが、宇宙ステーション「スカイラブ」「フリーダム」は、「宇宙生活への招待状」TOTO出版に詳しい。

 

3.3 このサイトを作るきっかけ

 作者は、熱心な天文ファン、宇宙ファンというわけではなく、「スペースシャトルはカッコいいな」ぐらいの認識だった。アマゾンで「完成塗装済み精密模型が3000円」で販売されていたので、これはいいと思って購入したが、実際に届いたのは「タミヤの100分の1 プラモデル」だった。「いまさらプラモデル作るの面倒」と思って、作らずに捨てようと思ったのだが、家族に「いつも「途中で諦めたらアカン」と言っているのに、諦めるのか!」といわれ、それならネットで本とか買ってシャトルのタイルパターン等を徹底的に調べてからプラモデルを作ろうと決意したことがきっかけ。

 ちなみに、プラモデルは3ヶ月かけて「ディスカバリー」仕様で完成させたが、製作中に3mmごとにタイルの筋を彫っていった事がいい思い出。しかし、作り始めは詳細なタイルパターンが不明だったので、本物とは少々違うパターンになってしまったのは残念 だが。具体的にタイルパターンが見たい人は、「スペース・シャトル搭乗員ハンドブック 角川書店」をどうぞ。

 また、バンダイ「大人の超合金 スペースシャトル」では、かなり正確にタイルパターンが再現されているものの、彫りが甘く、出来ればタイルひとつひとつのシリアルナンバーの模様まで再現して欲しかった。自分が作ったプラモデルの方が精密に出来ていたので、バンダイの製品は買っていない。

3.4 スペースシャトル、アポロ関係の実物品が欲しい方のための情報

 アメリカのネットオークション大手のイーベイ( ebay )では、宇宙飛行士の実物サイン、たまにスペースシャトル、アポロ関係の実物の部品が出品されてい る。日本からではセカイモン、ビッドバイ・ジャパン経由で参加すると便利です。私も、これまでガガーリンの直筆サイン、ニール・アームストロング船長の直筆サイン、バズ・オルドリンの直筆サイン、スペースシャトル部品(総チタン製トランスミッター、断熱タイル)、アポロ指令船部品(ステンレス製爆発式ヘリウムガス遮断バルブ)、アポロ8号、11号の耐熱フォイル、ソ連スペースシャトルブラン部品(断熱タイル)、宇宙飛行士の公式フライトスーツを購入しましたが、特にアームストロング船長のはニセモノが横行しているので本物が欲しいなら30万円以上は出す必要がある。30万円以下はニセモノ、NASA開発の自動サイン機によるものは1万円以下が相場。


3.5 参考文献 及び関係リンクリスト及び見所

3.6 < スペースシャトル関係 >

 

一番のお勧め> 「Rockwell International Space Shuttle」, Aerofax Datagraph 5, Aerofax.Inc.(1989)

 >白黒写真が多いが、機体構造のイラストが豊富。

 

●1 「スペース・シャトル搭乗員ハンドブック 」 角川書店

 >機体の断熱タイルパターン、打ち上げのチェックリスト、宇宙服の着方など。

2 「コックピットイズム 人類が手にした宇宙への操縦席 スペースシャトル最終便」 イカロス出版

 >各シャトルの詳細な紹介記事、打ち上げから着陸までの分かりやすい解説記事。

3 「炎の日 スペースシャトル写真集 」 集英社

 >シャトル各部の拡大写真とか、トイレのカラー写真とか。

●4 「Rockwell International Space Shuttle」, Aerofax Datagraph 5, Aerofax.Inc.(1989)

 >白黒写真が多いが、機体構造のイラストが豊富。

5 「ライディング・ロケット ぶっとび宇宙飛行士 スペースシャトルのすべてを語る (上巻、下巻) 」、化学同人

 >写真はほとんどないが、軍出身の宇宙飛行士の本音が描かれていていい。

6 「全記録・スペースシャトル 」 スコラ 講談社

 >文章でシャトルの概要を知るなら良い文献。

7 「スペースシャトル 宇宙連絡船の全容 」 共立出版

 >シャトルのコックピットは○○社製など、詳しく説明してある点がよい。

●8 「スペースシャトル30年のすべて」 別冊宝島

 >まあ、一通りの事は書いてあるので入門書としてはいいかも。

●9 「NASA Space Shuttle 1981 onwards (all models) Owners' Workshop Manual」, Haynes Publishing, 1981

 >英語版だがカラー写真満載で、貴重な写真が載っている。

●10 ニュートンコレクション 「NASA 宇宙開発のパイオニア スペースシャトル/歴史と未来」 教育社 1985

>期待してはいなかったが、サターンロケットやスペースシャトルの概要が分かりやすく紹介されていてよかった。

●11 DVD「スペース・シャトル 発射までの舞台裏」、ディスカバリーチャンネル、角川書店

 →これもスペースシャトルの技術が詰まっていて面白い。

●12 スペースシャトル・クルー・オペレーションマニュアル(フライトマニュアル 1161ページ PDF 無料)

→スペースシャトル乗員用の本物のフライトマニュアル。両面印刷しても500ページ以上あるが、さすが本物。航法や、着陸関係など詳しすぎるぐらい書いてあるので、PDFで見るだけでもおすすめ。ちなみにダウンロードに4分、すべて印刷するのに丸一日かかった。

●13 「宇宙飛行 行ってみて分かったこと、伝えたいこと」 日本実業出版社

 →宇宙飛行士 若田光一さんの本、スペースシャトル、宇宙ステーション関係のきれいな写真が満載。

●14 「 ニュートン 特集 スペースシャトル」 教育社1981年10月号

 →スペースシャトルのメインエンジン、外部タンク、固体ロケットブースターなどのイラスト解説が詳しい。

 

 

3.7 < アポロ計画関係、旧ソ連、ロシアの宇宙開発 >

 

一番のお勧め> 「アポロ写真集 月着陸第1号」 朝日新聞社 AP通信 共編 昭和44年発行

> 半分ぐらい白黒写真であるが、当時の宇宙食、訓練風景写真などが収められており、アポロ計画に興味がある人には有益。

 

●1 「APOLLO 11 Owners' Workshop Manual」, Haynes Publishing, 2009

> アポロ11号の設計図面、カラー写真満載。

2 「フル・ムーン 」 マイケル・ライト 著 新潮社 1999

> アポロ計画で撮影した写真集。臨場感抜群。月面の写真、カラー写真満載。

3 「アポロ11号 月面着陸から現代へ 」 河出書房新社 2009

> アポロ計画で撮影した写真集。臨場感抜群。打ち上げ前の訓練風景から帰還後までの精緻なカラー写真満載。

4 「ニュートン別冊 月のミステリー」 教育社 1994

> 中盤に、アポロ計画の全容がコンパクトにまとまって紹介されている。

●5 「ニュートンコレクション NASA 宇宙開発のパイオニア スペースシャトル/歴史と未来」 教育社 1985

> 期待してはいなかったが、サターンロケットやスペースシャトルの概要が分かりやすく紹介されていてよかった。

●6 「宇宙からの帰還」 立花隆著 中央公論社

> アポロ宇宙飛行士のその後に焦点をあてた作品。よくここまで調べたもんだと感心するぐらいの密度の濃さの反面、神の存在についての記述にはちょっとうんざり

●7 「アポロ13号奇跡の生還」 ヘンリー・クーパージュニア著、立花隆訳 新潮社

> 絵が少なめなので、アポロ計画、サターンロケットの概要を予習しておいてから呼んだほうがいい

8 映画「宇宙へ(そらへ) 原題 Rocket Men」 ブルーレイソフト ソニーピクチャーズエンタテインメント

> すごくお勧め。ブルーレイ画質で、実際の映像で月面着陸を体感できます。

9 映画「ザ・ムーン」 アスミック

●10 映画「月のひつじ」 角川書店

> 月面着陸のテレビ中継を行ったオーストラリアの天文台のドラマ。強風で、実際の中継は綱渡りだったようで、同時中継が出来なかった可能性もあった。この映画の1時間以上の特典映像がすばらしく、余計なナレーションや装飾がないために、実際に昔のテレビ中継を今見ている感じになれる。

●11 「日本人宇宙飛行士公式写真記録集」、小学館、1991

> 日本初の宇宙飛行士 TBSの秋山さんの訓練風景から帰還までの記録集。 旧ソ連のロケット、訓練施設などがバッチリ載っていてオススメ。

●12 漫画「宇宙兄弟」

> 宇宙飛行士の選考過程などが面白く学べて、つくば地区の風景も、そのまま再現しており、作者の取材力というか、意気込みが感じられる。たしか、2024年ごろ、人類が火星に到着する頃をテーマにした 漫画であるので、退役したスペースシャトルは出てこない。

●13 「宇宙への挑戦」 ニュートン別冊 ニュートンプレス

> 宇宙ステーション、旧ソ連の宇宙開発情報、スペースデブリ問題が詳しい。

●14 「宇宙開発」 ニュートン別冊 教育社

> スペースシャトルの運搬方法、打ち上げ準備、旧ソ連の宇宙船開発情報、アポロ計画の詳細などが詳しい。

●15 「NASA The Complete Illustrated History」 トランスワールドジャパン

> NASAの貴重な資料写真満載で、豪華なNASA歴史紹介集というところ。 表題は英語だが、内容は日本語。NASAの前組織からの記述も詳しい。

●16 「NASAライフ/人間と科学シリーズ 宇宙への挑戦」 タイム ライフ ブックス

> 火星への航行経路、ロケット開発の父ゴダードの生涯などが詳しい。

●17 「かぐや 月に挑む」 NHK出版

> それなり。月の表面は一面、灰色で特に興味を引くものでもない が、衛星用ハイビジョンカメラの開発秘話は読みもの。ロケットが大気圏を通過する際には、最大16Gかかり、衛星の切り離し時は最大1000Gの衝撃がかかる可能性があるので、それに精密機械が耐える構造を作る必要があるそうだ。

●18 「アポロ写真集 月着陸第1号」 朝日新聞社 AP通信 共編 昭和44年発行

> 半分ぐらい白黒写真であるが、当時の宇宙食、訓練風景写真などが収められており、アポロ計画に興味がある人には有益。

●19 「LUNAR ROVER Owners' Workshop Manual」, Haynes Publishing, 2012

> 折りたたみ式の月面車の構造、設計図など、興味深い。

●20 DVD「月面中継 成功への軌跡」, NHKエンタープライズ, 2009

> 月面からのTV中継の歴史をアポロミッション順に紹介していて、画質がどんどん向上していった経過が分かる。また、テレビ中継機器など貴重な映像も見られる。

●21 DVD映画「アポロ18」

> 映画としてはB級映画(途中で見るのを止めた)であるが、アポロ宇宙船、月着陸船の内部での飛行士の動きを見るにはいい。

●22 図説「探検の世界史 宇宙への挑戦」 集英社

> 宇宙開発当時の貴重な写真も多く、よくまとまっている。アポロ計画の末期の出版であるのでやたらに詳しい。

23 Apollo 13 Manual: An Insight into the Development, Events and Legacy of NASA's 'Successful Failure' (Owners Workshop Manual), J H Haynes & Co Ltd (2013/10/3)

3.8 < 宇宙旅行、ロケット、宇宙ステーション >

●1 「ザ・スペースエイジ3 宇宙ビジネス 新しい開発競争がはじまった」、NHK出版

> 旧ソ連ロケット、中国ロケット、欧州ロケットの写真が貴重。 日本人宇宙飛行士を決定した際の記録も、宇宙実験の記録も。

●2 「ロケット 人間は何を作ってきたか 交通博物館の世界」、日本放送出版協会

> スペースシャトル以前(ロケット黎明期からスカイラブ時代まで、ソ連のロケット情報も。)の情報がいっぱい。

●3 「宇宙からの帰還」、学研

> 月面に立った宇宙飛行士達”Moon walker”の意見が多数載っていて貴重。

●4 「トコトンやさしい 宇宙ロケットの本」、日刊工業新聞社

> ロケットの構造についてやさしいが詳しく書いてある。おすすめ。

●5 「図解雑学 宇宙旅行」、ナツメ社

> コンパクトによくまとまっている。おすすめ。

●6 「宇宙の歩き方」、ランダムハウス講談社

> 日本から行く宇宙旅行の案内ガイドとしてはよく出来ている。

●7 「最新 宇宙飛行論 はるかなる未来文明への飛翔系」、学研

> 買ったけれど時間がなくて、まだ読んでいない。

●8 「大人の科学 マガジン別冊 決定版 ロケットと宇宙開発」、学研

> 中身が濃くて、ぜったいお勧め。よくまとまっている。

●9 「スペースガイド 宇宙年鑑 2007」 アストロアーツ

> 旧ソ連の宇宙計画が詳しい。また、過去の宇宙関係の資料が豊富。

●10 「スペースガイド 宇宙年鑑 2006」 アストロアーツ

> 「はやぶさ」の挑戦の奇跡 特集。

●11 「スペースガイド 宇宙年鑑 2005」 アストロアーツ

> 火星探査(スピリット&オポチュニティ)の特集。

●12 「宇宙飛行士85の秘密」 PHP文庫

> 買ったけれど時間がなくて、まだ読んでいない。

●13 「宇宙への挑戦」 ニュートン別冊 ニュートンプレス

> 宇宙ステーション、旧ソ連の宇宙開発情報、スペースデブリ問題が詳しい。

●14 「宇宙開発」 ニュートン別冊 教育社

> スペースシャトルの運搬方法、打ち上げ準備、旧ソ連の宇宙船開発情報、アポロ計画の詳細などが詳しい。

●15 「はやぶさの大冒険」 マガジンハウス

> 小惑星探査機「はやぶさ」の詳細なメカニズムが写真で紹介されているところが魅力。

●16 「宇宙生活への招待状」 TOTO出版

> 宇宙ステーション「スカイラブ」「フリーダム」、宇宙での生活、食事などの記事が詳しい。

●17 「世界の宇宙開発」 旺文社

> ロケットの詳細なメカニズムなど分かりやすいイラスト満載。 ロケット関係なら、まずはこれだけで十分と思うほど中身が濃い。

●18 「ナショナルジオグラフィック傑作写真集 宇宙探査の50年 スプートニクからカッシーニまで」 日経ナショナルジオグラフィック社

> きれいな写真が満載。

●19 「人類、火星到達への道」 ニュートン 2004年 7月号 ニュートンプレス

> 人類が火星に行って帰ってくるまでの方法、課題が特集されている。

●20 「最新 宇宙飛行論 はるかなる未来文明への飛翔系」 学習研究社 1991

> 原子力ロケット、スクラムジェットなど、次世代「宇宙空間乗り物」の特集。

●21 「世界の博物館 ワシントン航空宇宙博物館」 講談社 1978

> 飛行機の説明がほとんどだが、宇宙開発の話も少々。

●22 「轟きは夢をのせて 喜・怒・哀・楽の宇宙日記」、共立出版

>日本のロケット開発の事情、内実が詳しい(相当なロケットファンでない、もしくは関係者でないと読むのは正直ツライ)

●23 「人類の星の時間を見つめて 喜・怒・哀・楽の宇宙日記2」、共立出版

●24 「いのちの絆を宇宙に求めて 喜・怒・哀・楽の宇宙日記3」、共立出版

●25 「この国とこの星と私達 喜・怒・哀・楽の宇宙日記4」、共立出版

> ガガーリン、コロリョフ、ツイオルコフスキーの生家の記事が貴重。

●26 「小惑星探査機 はやぶさ 大図鑑」、偕成社

> 「はやぶさ」の内部構造や技術的な事が多く載っていて面白い。

27 NASA Mars Rovers 1997-2013: Sojourner, Spirit, Opportunity and Curiosity: An Insight Into the Technology, History and Development of NASA's Mars Exploration Roving Vehicles (Owners' Workshop Manual), Haynes Publishing, 2013

 

>火星探査機の詳細な構造が載っていていい。

●28 「宇宙探検えほん」、小学館

> コンパクトにまとまっていて、宇宙飛行士名鑑が充実。

●29 「絵でわかる 宇宙開発の技術」、講談社

> JAXAの職員が記述しただけあり、ロケットの基礎、衛星の構造、人工衛星の軌道、スイングバイ技術が異常に詳しい。

 

3.9< 宇宙関係 、宇宙論、相対性理論 >

●1 「ここまで見えてきた 宇宙の謎 ビジュアルでわかる宇宙観測図鑑」、誠文堂新光社

> 高解像度の天体写真満載で、ロボット技術探査技術の進展にはビックリ。本当に人間が行って撮ってきた写真のよう。

●2 「宇宙のすべてが分かる本」、ナツメ社

> B4程度のコンパクトな本だが、内容は本格的でお勧め 。火星探査計画の一覧も。

●3 「宇宙がまるごとわかる本」、学研

> 買ったけれど時間がなくて、まだ読んでいない。

●4 「ニュートン別冊 太陽系全カタログ ここまでわかった惑星の姿」、ニュートンプレス

> 写真もきれいで内容も充実している。

●5 「ニュートン別冊 太陽系グランドツアー ミステリアス・プラネットへの旅」、教育社

> ボイジャーの太陽系全景写真が目玉。

●6 「宇宙のなぞ 研究室」、アストロアーツ

> 買ったけれど時間がなくて、まだ読んでいない。

●7 「最新科学論シリーズ10 最新太陽系論」、学習研究社

> ハッブル宇宙望遠鏡の構造の記事が詳しい。

●8 「火星の科学入門 最新版 火星 赤い惑星の46億年史新科学論」、ニュートンプレス 2009

> 火星についてよくまとまっている。

●9 「はじめての ほしぞら えほん」、パイ・インターナショナル 2011

> 小学校低学年向きの絵本だが、中身が濃い。あなたは地球上で、冬にオリオン座が見えて、さそり座が見えない理由を説明できますか?

●10 「こども図鑑 月の観察」、星の手帳社 2007

> 月の運行について、中身が濃い。 日食(皆既日食、部分日食)、月食(皆既月食、部分月食)ぐらいは知っていたが星食(星団食、銀河食?)、惑星食(金星食)もあることは知らなかった。

●11 「地球 宇宙に浮かぶ奇跡の惑星」、ニュートン別冊、ニュートンプレス

●12 「地球ミステリアス紀行 奇跡の惑星の素顔」、ニュートン別冊、ニュートンプレス

●13 「大宇宙 完全版」、ニュートン別冊、ニュートンプレス

●14 「大宇宙 完全版」、ニュートン別冊、ニュートンプレス

●15 「アインシュタインの宇宙 科学界のスーパースターをまるごと理解する本」、クオークスペシャル、講談社

●16 「アインシュタインの宇宙 物理学をかえた発想」、ニュートンムック、ニュートンプレス

●17 「相対性理論 4次元空間とe=mc2」、学習研究社

●18 「すべてイラストとマンガでわかる! 宇宙論・入門」、宝島社

>宇宙論の発展状況が分かりやすくてとても、おすすめ

●19 「地球惑星科学入門」、北海道大学出版社

●20 「地球から宇宙へ 測り方の科学史」、恒星社厚生閣

●21 「図解雑学 よくわかるヒッグス粒子」、ナツメ社

●22 「月の謎と不思議がわかる本」、学習研究社

●23 「宇宙と地球を動かす科学の法則」、PHP研究所

●24 「天文学をつくった12人の巨人」、ニュートンプレス

 

4.0 リンクリスト>

< スペースシャトル >

スペースシャトル、アポロ計画関係のレポート満載>NASA技術レポートサーバー

スペースシャトル熱防御システム>ORBITER THERMAL PROTECTION SYSTEM, NASA

スペースシャトル熱防御システム>Space Shuttle thermal protection system, Wikipedia

スペースシャトルオービター(軌道船)>Space Shuttle orbiter, Wikipedia

スペースシャトルメインエンジン>Space Shuttle main engine, Wikipedia

固体ロケットブースター>Space Shuttle Solid Rocket Booster, Wikipedia

外部燃料タンク>Space Shuttle external tank, Wikipedia

スペースシャトルガイド(計器類の説明などが豊富)>Space Shuttle Guide

スペースシャトルの設計図が豊富> Overall Shuttle Specifications

Space Shuttle Diagrams

WonderWorks(ハリウッド映画撮影用の特殊セットレンタル会社)

スペースシャトル・クルー・オペレーションマニュアル(フライトマニュアル 1161ページ)

国際宇宙ステーション トレーニングマニュアル(PDF 5MB)

スペースシャトルのタイルの作り方の詳細

< アポロ計画 >

アポロ計画時の宇宙服の文献

the Apollo Lunar Excursion Module Familiarization Manual(アポロ宇宙船 月面着陸モジュールの操縦マニュアル)

SATURN V FLIGHT MANUAL(サターン V ロケット フライトマニュアル)

アポロマニアックス

Working on the Moon (Lessons from Apollo)

The Apollo program

4.1 アポロ、スペースシャトル、宇宙関係の模型おもちゃリスト

飾るにふさわしいレベルの製品(主に塗装済み)だけをピックアップ

< アポロ関係 >

●【BANDA、バンダイ】 大人の超合金 アポロ11号&サターンV型ロケット 全長1m?

●【BANDAI、バンダイ】 大人の超合金 アポロ13号&サターンV型ロケット 全長1m?

スペースドラゴン 1/72◆サターンV型ロケット 全長1.5m

●ドラゴン アポロ13号ミッション サターンVロケット 1/400 全長30cm

●ドラゴン 1/6 アポロ11号船長フィギュア

ドラゴン 1/72 アポロロケット 月着陸船&司令船

●ドラゴン 1/72 NASA APOLLO 10 アポロ10号

ドラゴン 1/72 アポロ11号 CSM&月着陸船 ルナアプローチ NASA

●ドラゴン 1/72 アポロ11号 司令船/機械船&月着陸船 月面ベース付

スペースドラゴンウイングス 1/72 アポロ・ソユーズテスト計画 アポロ18号&ソユーズ宇宙船19号

●ドラゴン 1/72 アポロ 7号 CSM コマンドサービスモデル

●ドラゴン 1/48 NASA アポロ11号 月着陸船 イーグル 塗装済完成

●ドラゴン アポロ11号 月面着陸 司令船+月着陸船 1/72

●1/72 NASA アポロ8号 CSM( 司令船/機械船 )スペースドラゴン

ドラゴン 1/48 アポロ宇宙船CSM(司令船/機械船

< スペースシャトル >

バンダイ 大人の超合金 スペースシャトル エンデバー号 初回特典付

●ドラゴン 1/400 スペースシャトル ディスカバリー&ハップル宇宙望遠鏡

●ドラゴン 1/400 スペースシャトル&ボーイング747SCA

< ロケット >

●ドラゴン 1/400 スペースシャトル アトラスV 発射台付き

 

とりあえず以上。


アポロ計画、宇宙飛行士の世界を楽しむサイト

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