アポロ計画<おおまかな時間軸>

 5.1  アポロ計画の おおまかな時間軸と流れ


アポロ計画黎明期----------

1912年 ドイツ ベルナー・フォン・ブラウン誕生

1930年8月 アメリカ ニール・アームストロング誕生

1934年 ソ連 ユーリ・ガガーリン誕生

1955年2月 アメリカ ニール・アームストロングがNACA(エヌエーシーエーでナカとは呼ばない。後のNASA)で勤務開始。

1957年10月 ソ連 スプートニク1号打ち上げ(スプートニク・ショック)、人類史上初の人工衛星、人工物が地球から出た。

1958年 米国航空宇宙局(NASA)設立(スプートニク1号打ち上げから1年後、アイゼンハワー大統領時代)  マーキュリー計画(1953-1963 現代の価値にして約2兆円)

1959年9月 ソ連 ルーニック2(無人ロケット、ルナ2号)が人類史上はじめて月に到着する。実際に月に人工物を行かせることが出来た。

1960年 NASAマーシャル宇宙飛行センターが開所し、初代所長にフォン・ブラウンが就任

1961年1月30日 アメリカ チンパンジーHAM君を打ち上げて、宇宙空間で運動&生還させることによって、人間が宇宙空間で生存&活動出来ることを証明した。

1961年4月12日 ソ連 ユーリ・ガガーリン(27才)が世界初の有人宇宙飛行(飛行時間は108分で地球1週した)に成功。人類初めて宇空間に出た。この時、アームストロング31才。(ちなみに、人間が月に上陸したのは1969年で、ガガーリンから、わずか8年後。)

1961年5月5日 マーキュリー計画でアラン・シェパードがアメリカ人として初めて弾道飛行。人類として2番目に地球から出た。本当はガガーリンよりも先の3月に初飛行が予定されていたが、ブースターのトラブルで5月に延期になっていた。マーキュリー計画の目的は、人間が宇宙空間で生き延びられることを証明することだった。ちなみに、アポロ計画で使用したサターン5ロケットの推力(340万キログラム)は、アラン・シェパードが乗ったレッドストーン・ロケット(3.5万キログラム)の100倍以上の推力がある。

1961年5月25日 ケネディ大統領が有名な演説「今後10年以内に人間を月に着陸させ、安全に地球に帰還させる」を行ない、アポロ計画(1961-1972年)が

           国家最優先事項になる。この時点でアメリカは人間が5分間宇宙空間に出ただけだった。フォンブラウン50才。

1962年2月 マーキュリー計画でジョン・グレンがアメリカ人として初めて軌道飛行(地球3週)する。人類5番目で宇宙に出る。

1963年 月にアポロ宇宙船を打ち上げたサターン5ロケットの製作開始 (スプートニクショックから5年後)

1963年6月 ソ連 ワレンチナ・テレシコワが26才で、人類史上初の女性として地球を出る。

1963年11月 ケネディ大統領 逝去、ジョンソン副大統領が昇格して大統領になる。もともと宇宙政策はジョンソン副大統領が担当していた。

1966年 ソ連 ロケット開発者 セルゲイ・コロリョフ死去

1966年2月 アポロ1号>無人。アポロ指令船と機械船が弾道飛行 アポロ指令船が大気圏突入に耐えるかのテスト

1966年7月 アポロ3号>無人。サターンVの三段ロケットのテスト 2回目だがアポロ3号という名称になっている。

1966年8月 アポロ2号>無人。アポロ宇宙船の制御システムと生命維持システム、熱遮蔽の再チェック

1967年1月 アポロ4号 (当初はアポロ204号で、事故後にアポロ1号に改名)> 発射場でのテスト中に、アポロ指令船内の機器のショートによって発火し、宇宙飛行士3人(ガス・グリソム、エド・ホワイト、ロジャー・チャフィー)が逝去。この事故を記念してアポロ1号クルーと名づけられる。アメリカ宇宙開発史ではじめての犠牲者。

1967年 無人のルナ・オービターから送られた4322枚の月面写真を詳細に調べ、約3ヶ月かけて16の着陸候補地点を選び出す。

1968年1月 アポロ5号>サターン4ロケットを用いて月着陸船を打ち上げテスト。(無人)

1968年3月 ユーリ・ガガーリン 訓練中の飛行機事故で死亡(享年34才)。

1968年4月 アポロ6号>サターンVロケットを用いて打ち上げテスト。(無人) 無人のアポロ宇宙船と実物大月着陸船を載せてサターンV

(サターン5)ロケットの初飛行。強烈な騒音と振動で、打ち上げ場所から6km離れた場所において天井タイルが剥がれ、ガラスが割れそうな勢いだったそうで、その後、周辺への影響対策が取られた。

1968年10月 アポロ7号>ロケット、宇宙船の信頼性確立のために地球を11日間回った。

     12月 アポロ8号>フランク・ボーマン、ジム・ラベル、ウイリアム・アンダースが、人類で初めて月に到達し、無事に戻ってきた。

無人での練習飛行なしで、宇宙を漂う可能性も高かった。

1969年1月 ニクソン大統領誕生

1969年3月 アポロ9号>地球軌道で月着陸船の性能を確認。

1969年5月 アポロ10号>月着陸の直前まで行って、すべてをテスト

1969年7月 アポロ11号 >月面着陸に成功(ニール・アームストロング 1930年生まれ、39才)

1970年4月 アポロ13号>事故によって、月を周回した後、命からがら地球に帰還 。アポロ13号から、ミッションの目的が月の地質探査になった。

1970年夏 アポロ18号のキャンセル決定。 ちなみに、現在、ヒューストン、フロリダに展示されているサターンロケットはアポロ18、アポロ19号で使用するためのものであった。

1971年1月 アポロ14号>手押し式カートを初めて持ち込み、月面で様々な科学分析装置や実験装置を展開、作動させた。

1971年7月 アポロ15号>月面に3日以上滞在し、電動車を持ち込んで、広い範囲で調査を行った。

1971年8月 ニール・アームストロングがNASAを退職、大学教授になる。(41才、NASAにいたのは累計16年間)

1972年4月アポロ16号>ジョン・ヤングとチャールズ・デューク、月面に電動車を持ち込んで3日間、 27kmドライブして探索(主に月の高地)を行った。ケン・マッティングリーが人類として初めて深宇宙(地球と月の間の何もない空間)で、宇宙遊泳を行う。

1972年5月 フォン・ブラウンがNASAを退職 (60才)

1972年12月アポロ17号>最後の月面着陸ではじめて地質学者(ハリソン・シュミット)を連れて行った。月に行きたいベテラン宇宙飛行士は多くいたが、選ばれた地質学者は訓練中は複雑な心境だったそう。月面を車で探査し、オレンジ色の土を発見した。月に行くための最適な打ち上げ時期、いわゆる打ち上げ窓「ローンチ・ウインドウ」の関係で、はじめて夜間打ち上げになった。

アポロ計画終了-------------、

スカイラブ計画、アポローソユーズ計画、スペースシャトル計画に続く。

1977年6月 フォン・ブラウン逝去(65才)

2012年8月 ニール・アームストロング逝去(82才)

2017年1月 ユージン・サーナン逝去(82才)

2018年1月 ジョン・ヤング逝去(87才)

2018年5月 アラン・ビーン逝去(86才)